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【旧作】ノームの終わりなき道程  作者: 山鳥はむ
【第二章 不幸の枷】
36/196

運河の夜風

 ――語り部のリラート『宝石の丘の冒険譚・第四節』――


 行くは地獄の参道、大寒地獄

 視界遮る白魔の吹雪、凍てつく風は唸りを上げて、

 雪崩落ちるは山の怒りか、旅人達を呑みこみ流す

 タバル傭兵隊から一人が消えた。グレミー獣爪兵団から二人が消えた

 道のり過酷な雪山を、身寄せ合って突き進む

 ハミルの魔導鎧は盾となり、獣人達の毛皮で暖を取る

 凍土の裂け目が口開き、ハミル魔導兵団の学級長レーニャが消えた

 氷の崖を見下ろせば、隙間に詰まるレーニャの姿

 無事に引き上げ再び進む

 白い地獄をひたすら進む


 運河の都カナリス。街並みが夕闇に沈む前のわずかな一時、川面が斜陽を反射して、運河全体が燃え盛るように赤く染まる。その美しい光景に人々が足を止めて眺めるなか、俺は足早に街の通りを歩いていた。

「ねぇ、クレスー、いい加減に機嫌を直してよ」

「…………」

 昼時の一悶着、あの件でレリィには反省するように指導したのだが、事の問題点がどこにあるのか理解しておらず、いまいち反省の色が見えないことに俺は苛立っていた。

「短気は損気っていうじゃない。そのくせ神経質とか、君も周りの人も皆が疲れちゃうよ? もっと心に余裕を持って生活するべきだと思うな、うんうん」

 やはりまだ、反省が足りないようだ。俺が普段からどれだけ周囲を警戒しながら生活しているのか理解していない。本来なら、騎士であるレリィが不測の事態に備え警戒すべきところだというのに。


「いいか、レリィ。何度も言うが見知らぬ人間に対して、迂闊に名前を名乗るんじゃない。関わらなくてもいい厄介事に巻き込まれる危険性が増えるんだ。ただでさえ俺は敵が多いのだから……」

「まあまあ、休暇中なんだし。そんなに気を張らないで。いざという時はちゃんとあたしが君を守ってあげるから、騎士として、ね?」

 批難の眼差しを向ける俺に対して、レリィはにこやかな笑みを浮かべ翠色の瞳で真っ直ぐに見返してくる。そこに嘘偽りはなく、軽い口調ながらも彼女の決意と覚悟が伝わってきた。

(……まったく、仕方のないやつだ……)

 騎士としての自覚があるのはいいことだ。ただ、田舎から出てきて間もない彼女は、まだ人の悪意というものをよくわかっていないのだろう。俺から見れば彼女の無垢な振る舞いは、とても危ういものに見えてしまう。

 同時に、どこか心休まる部分があるのも事実ではあるが。


「そうだ、夕食はどこで食べるの? 決まっていないなら、この街の名物料理の一つに海鮮ピザとかあるし、それ食べに行きたいな」

「お前はまた食事のことか……本当に仕方のないやつだな」

「お腹が減って、ご飯が美味しい。健康的な証拠だよね」

 悪びれた様子もなく、朗らかにお腹を叩くレリィ。昼間にあれだけたくさんの食事をしたというのに、いまや彼女のお腹はへこんでおり、相変わらずの美しい体型を保っている。お腹の辺りから下へと視線が落ちて、思わず白磁のような肌をした太ももにまで目が移ってしまう。

 レリィの服装は休暇中ということもあり軽装で鎧の類は身に着けておらず、袖のない白い胴着に切れ込みの入った腰巻きといった具合だ。肌の露出は多いがいやらしさはなく、確かに健康的な魅力を見せつけてくれる。


「まあいい。今は休暇中だ。説教はこのくらいにしておいてやる。海鮮ピザはこの街でも人気の料理だしな……。地元のワインとよく合う風味に仕上げているとも聞く。有名店が幾つかあるから、早めに席を取ってゆっくりするか」

「おー! 賛成!!」

 恥ずかしげもなく腕を掲げ、脇をさらしながら歩くレリィ。胴着の横から胸が見えそうになっているが、本人は全く気がついていない。どこから何を注意したものか、どうしようもなく隙だらけだった。



 店内はランプの炎で食事に困らない程度の明るさを保たれ、テーブルに置かれた一枚の大皿にはあらゆる海産物が並んでいる。具が盛り沢山の海鮮チーズピザだ。

 潮の香りと濃厚な味わいに負けない赤ワインがグラスに満たされ、ピザの一切れを口に放り込みながらワインも一口含み、レリィは満面の笑顔で舌鼓を打っていた。

「はぁ……、幸せ……。こんな美味しいものが食べられるなんて。村にいた時じゃ考えられなかったよ」

 俺の専属騎士となってからは度々、外食を取る機会が多くなっていたはずだが、いまだにレリィにとって外で食べる食事というのは贅沢に感じられるらしい。料理を口に運んでは表情をほころばす姿は、見ていても小気味が良いものである。


 レリィが美味しそうに食べる姿につられて、俺も海鮮チーズピザを一切れ手に取った。垂れ落ちそうになるチーズを舌ですくいながら、扇状に分割されたピザの端にかじりつく。エビのぷりぷりとした身が歯の間で弾け、濃厚なチーズが舌に絡み口を楽しませる。

「これはうまいな……」

 夢中になって二切れ、三切れと口に運ぶ。合間にワインを口に含めば、チーズのくどさがワインの渋みで打ち消され、ピザを飽きずに食べ続けることができる。見る間に皿の上のピザはなくなってしまった。


「あー! クレス、一気に食べ過ぎ! あたしの分までなくなってる!」

「お前だって既に半分は食べただろう。それに、足りないのならまた頼めばいい。次は……そうだな、グラタン風キノコピザなんてどうだ。食べごたえもありそうだ」

「じゃ、次はそれ追加ね! 二皿注文でー!」

 レリィが大きな声で給仕の男性に注文する。

「おい、さすがに一人一皿は多くないか?」

「だから大丈夫だって、クレスが食べ切れなければあたしが食べるから」

 初めから自分が食うつもりで頼んだのではないだろうか。レリィの飽くなき食欲を見ているとそんな風にも思えてしまう。


 追加のピザを待つ少しばかりの間隙に、店の戸が静かに開いて夜の冷たい空気が入り込んでくる。気候としては暖かな今の季節でも、カナリスの夜に吹く風は運河周辺の冷たい空気を含んでいてやや肌寒い。

 ふと戸口に目をやれば白いスーツ姿の美青年が一人、店員になにやら口添えした後で真っ直ぐこちらの席に向かってくる。面倒ごとの気配が夜風と共に入り込んできた、と俺は瞬時に悟った。



「君達に護衛の依頼を頼みたい」

 昼間には軽銀の鎧を着ていたセドリックが、今は白いスーツ姿で立っていた。薄暗い店内に白く浮かび上がる美青年の姿は、どこか現実離れした雰囲気を漂わせている。

「断る、と言ったはずだが?」

「それを承知でもう一度、交渉に来たんだ。『結晶』の一級術士、クレストフ・フォン・ベルヌウェレにね」

 思わず舌打ちが出る。こちらの素性をきっちり調べた上で再交渉に来たというわけだ、この男は。

「加えて、彼の専属騎士であるレリィ・フスカ嬢。貴女にも協力を頼みたい」

「ん? あたし? クレスが良いなら、別にいいんだけど……」

「良いわけがない。何度、頼まれても仕事を受ける気はないぞ」

 頑なに拒否する態度にもセドリックは諦めず、粘り強く話を続けようとしてくる。話の途中でテーブルに運ばれてきたグラタン風キノコピザを、これ見よがしに手に取ってセドリックをよそに食事を再開する。俺が食べ始めるとレリィもセドリックを気にすることなく、ピザに手を伸ばした。


「食べながらで構わない、少しだけ話を聞いて欲しい。実は今、ある要人の警護を僕は任されている。けれど一人ではとても守りきれる状況ではなくてね。急ぐ理由もあって、護衛を増やすため腕の立つ人物を街中で探していたんだ。魔導技術連盟と騎士協会にも応援を要請してね。そうして、連盟の幹部術士の人から推薦されたのが、ちょうどこの街に滞在しているという一級術士『結晶』のクレストフというわけなんだ」

「連盟幹部の推薦だと? 誰だ、俺が休暇中だと知りながらそんな無責任な発言をしたのは」

「『深緑の魔女』からの推薦、だね。ちなみに騎士協会からも結晶の騎士レリィがカナリスに滞在中という話を聞かされたよ。昼間に会ったのは偶然だったけれど、すぐに君達のことだとわかった」

「……あの魔女が情報を漏らしたのか。人の休暇を邪魔しやがって……」

 『深緑の魔女』のように連盟の幹部術士が、自分の権限で連盟の術士に関する情報を開示することは稀にあることだ。もちろん、開示先が社会的に信用の置ける相手であることを確認した上で、情報もかなり限られたものとなっている。今回は精々、『クレス』という名前の術士について問い合わせ、照会した結果を知らせたという程度のものだろう。それでも一級術士に関わる情報は、どれほど些細なことでも慎重に扱われるのが通常だ。それが数時間という短い時間で、こうも簡単に情報が渡されるということは――。


「事はかなり切迫していてね。護衛対象も一角の人物なのだけれど、狙っている『襲撃者』の方も相当な大物だ。そこで、どうしても君達の協力を得たいと思っている」

「ふん、それで? 護衛対象の人物に、襲撃者とやらまで、大物と言うからには名前も顔も知れているんだろうな?」

「話を聞いてくれる気になったかい?」

「話を聞くだけだ。仕事を受ける気はない。情報を漏らしたくないなら、これ以上は喋るな。機密事項を聞いたからといって、手伝う義務が発生するわけでもないからな」

「確かにその通りだ。それでも聞くだけ聞いて欲しい。話自体は機密でもなんでもない、この街では既に噂の広まっている内容だからね」

 話だけは聞く気があるそぶりを見せると、セドリックは事の次第について腰を据えて話しだした。


「ここカナリスの街には魔導技術連盟の支部が二つある。カナリスが運河の観光都市として発展してから、昔からある旧市街の支部だけでは手が足りなくなり、都市中心部にもう一つ新しく支部ができたという経緯なんだ。それが今、争いの火種になってしまっている。どちらがカナリスの正式な代表支部であるかをめぐってね」

 セドリックの話はよくある権力闘争の流れで、カナリスの街が大きくなったことで絡む利権が大きくなり、これまでのような旧市街と都市部という棲み分けだけでは看過できない問題が起き始めているのだ。

 旧支部としては古くからの伝統ある連盟支部としての誇りと義務感からカナリスの街をまとめようとしている。一方の新支部は実質的にカナリスの経済を支え動かしていることもあり、古いだけの支部に実務を取り仕切られても迷惑なだけということだ。


「問題が大きくなってしまったのは、新支部の代表であるミルトン支部長の暗殺未遂事件が発端でね。ミルトン支部長が街中で刃物を持った暴漢に襲われたんだ。それが旧支部の関係者による手引きであると噂が流れ、旧支部と新支部の関係が一気に悪化した。新支部側も一部の過激派が反撃に出るなど勝手に動き始め、裏では嫌がらせ、闇討ち、そして再び暗殺未遂と、立て続けにいざこざが発生してしまい収集がつかなくなっている」

 お手上げ、といった様子でセドリックはカナリス魔導技術連盟支部の問題を挙げていく。

「騎士協会としては魔導技術連盟のいざこざに口を出すことは良しとしていないから、騎士同士の衝突だけは避けようと、この件についてはあくまで護衛目的でのみ騎士の派遣を許している状態さ。ちなみに僕は騎士協会からの派遣でミルトン支部長を護衛する立場になっている。あくまでも双方が話し合いで解決できるように、武力行使をしようとする人間を両陣営問わず抑え込むのが仕事かな」


 正直、話を聞いて頭が痛くなる思いだった。これは完全に魔導技術連盟の失態だ。騎士協会は事が術士同士の戦争に発展しないように監督している。

 本来なら、魔導技術連盟の本部あたりが自己組織の問題解決に向けて取り組まねばならない事案なのだ。

(……『深緑の魔女』からは正式な任務としての命令はないが、現状の立場として俺が解決に適任と判断したってことか……)

 とは言え、その場にいるからといって、問題解決に尽力する義務など休暇中の俺にはない。『深緑』もそのあたりのことは理解しているはずだ。それにあの魔女は本部の運営さえまともなら、支部が何をしていようが構わないという考えも持っている。要するに今回、俺を推薦したのも連盟本部としての義理は果たしたことにしたかっただけだろう。巻き込まれた俺はひどい迷惑だが。


「連盟本部の幹部術士としては支部のいざこざを見逃すわけにもいかないが、どちらか一方に理由もなく肩入れするわけにもいかない。やはり、手伝いをすることはできないな」

「クレストフ、貴方の立場は僕も理解しているよ。問題の解決は支部同士で決着をつけるべきだ。しかし、それは武力による解決であってはならないと思っている。……今まさに、暴力でもって解決が図られようとしているからこそ、一級術士の貴方の力をお借りしたい。ひとまず一ヶ月の護衛依頼で、報酬は古代ジェルマニア純金貨で二十枚出すとミルトン支部長から確約をもらっています。一ヶ月あればこの事態に収集をつけることもできると僕も踏んでいる。その時間をどうにか稼ぎたい」

 古代ジェルマニア純金貨は高純度の金で作られていて、錬金術の材料としても優秀な貨幣だ。希少性もあいまって通常金貨の十倍の価値はあるので鋳潰すような勿体ないことはしないが、一ヶ月程度の護衛任務に二十枚出すということは、それだけこの案件が切羽詰った状況にあり、危険度も高いということ。

「それで、実際どこまで血生臭い事態に発展しているんだ?」

「……請負暗殺者、『カスクートの殺人姉妹』がカナリスに潜入したという情報が入っている。標的はおそらくミルトン支部長だろうね」

「カスクートの殺人姉妹だと……? 現役のB級暗殺者でも上位の連中じゃないか」


 ――カスクートの殺人姉妹。

 まるで軽い昼食を食べに出かけるかのごとく、白昼堂々と暗殺対象を殺して去っていくやり口から名付けられた、請負暗殺者の姉妹である。

 姉ヘリオスは三流騎士で、妹セレネは四級の武闘術士。どちらも騎士、術士としては目立ったところのない姉妹だったが、彼女らの才能は殺人技能に特化していた。

 暗殺者としての生業に手を染めたときより、騎士協会と魔導技術連盟から除名のうえ手配をかけられた賞金首だ。

 暗殺者としてはB級であり、A級と比べれば一段劣る。だが、A級暗殺者は国家レベルで警戒されており、顔と名前も売れすぎたことで暗殺業が成り立たない場合が多い。そのため、まだそこまでの警戒を受けることがなく、実力的にはA級に迫るB級暗殺者は、まさに実用的な暗殺者と言える。

 つまり、今度こそ本気でミルトン支部長を殺しにかかってきているのは間違いない。代表を殺害後に旧支部が新支部を乗っ取る算段なのか、いずれにしろまともなやり口ではない。もし、事が公になり、暗殺の証拠が旧支部と関連付けられればカナリスの連盟支部そのものが潰されることになるだろう。社会正義の観点から、連盟本部も見逃すことはできないはずだ。


(――いや、そうか。だから『深緑』は俺に直接的な命令を出さなかったのか。カナリスの支部が不祥事を起こして取り潰しとなったら、本部が運営を肩代わりする。その流れが最も、連盟本部にとって美味しい話だから、敢えて事を放置している……。これはあれだな、余裕があれば不祥事の証拠を掴み、カナリスの支部を吸収しろと。そんなところか……)


 セドリックの話を聞いて深く考え込む。敢えて関わる必要はない。連盟本部に貢献するつもりなら、問題を解決しつつ支部の不祥事の証拠を掴むまでやるのだが、俺には今現在そこまでの野心というものがないのだから。B級の暗殺者と一戦交えるかもしれないリスクを背負ってまでやる仕事ではないだろう。

「話を聞いて事情はわかったが、やはり協力はできないな」

「駄目かい? 理由を聞かせてもらってもいいかな」

「単純な話だ。リスクが高すぎる。俺にとって金銭報酬はそこまで魅力的ではない。だからこそ、希少性の高い古代ジェルマニア純金貨で支払うと言ったのだろうが……それ以外に利となる点がないからな」

「連盟本部の幹部として、見過ごせない状況だと貴方には思えないだろうか?」

「俺はむしろ結果を見て沙汰を下す立場の人間だ。積極的に組織の改善に手を貸す役回りじゃないんだよ」


 セドリックは大きく息を吐き、肩を落とした。俺が個人的にも、組織人としても、この案件に関心を持たないと理解したようだ。

 頭を抱えたまま黙り込むセドリックを見て、グラタン風キノコピザを俺の分まですっかり食べ尽くしたレリィが何か言いたげな表情で見つめてくる。だが、俺は無言で首を横に振り、親切心から手を貸しそうなレリィに視線で釘をさしておいた。


「誘いには乗ってくれないか……困ったな。そうすると後はメルヴィに頼るしかないか……」

「――メルヴィだと?」

 思わず発した声は、店の給仕が驚くほどに大きな声となってしまった。俺の過剰な反応にセドリックとレリィも目を見開いて驚いている。

「彼女を知っているのかい? この街にはふらりとやってきた、旅の術士だということだけど……」

「……まあ、少しだけ関わりがあってな。メルヴィはこの仕事を受けているのか」

「ああ、僕が直接に面接をして、信頼できると判断したんだ。少し……いや、かなり変わった子ではあるけれど、ミルトン支部長もいたく気に入られていてね。連盟には登録していないらしいけど、術士としての腕はそれなりのようだよ。ひとまず四級術士と同等の報酬で、護衛依頼を引き受けてもらった」

 よもやここであの娘が絡んでくるとは思わなかった。


 気にすることはない。無視すればいい。

 そもそもこの案件に関わる必要性はないのだから。


 ――だが、気になる。

 自称魔法少女のメルヴィ。

 かつて宝石の丘で死に別れた、氷炎術士メルヴィオーサにそっくりの娘。

 今ここで再びの接触をしなければ、二度と関わる機会はないのではないか。最悪、この案件で彼女が命を落とすことも考えられる。

 そうなれば、俺の疑念は決して晴れないままで終わるだろう。


「気が変わった。この依頼、受けよう」

「本当かい!? それは助かる! それなら明日からでも護衛の任務についてほしい。場所は魔導技術連盟カナリス新支部になる。よろしく頼むよ」

 俺の気が変わらぬうちにと思ったのか、セドリックは護衛任務の概要を勢いよくまくし立てると、色々と受け入れの準備もあると言って早々に店を出て行ってしまった。

 セドリックが店を出てからしばらく、俺とレリィの間には静かな沈黙が続いていた。ひとまず食事は終わったので、会計を済ませて外へと出る。


 少しばかり肌寒い、運河の街の夜風に吹かれながら宿への帰路に着く。その道すがら、レリィが尋ねてくる。

「ねえ、どういう風の吹き回し? この街で仕事は受けない、って言っていたのに」

「言った通りだ。気が変わった、それだけのことだ」

「メルヴィ、って知り合いの人がいたから?」

「……まあな。無視するわけにもいかなくなった。事情があるんだ」

「ふ~ん。その事情はあたしにも話してくれるのかな……? 別に、無理に聞き出そうってわけじゃないけど」

 遠慮がちに探りを入れてくるレリィ。この辺りの会話の駆け引きは下手糞だが、今の段階では俺も答えられることが少ないので追及が甘いのは助かる。


「まだ不確かなことが多い。疑問がはっきりしてからお前には話す」

「わかった。いいよ、それで」

 あっさりとレリィは了承したが、納得していないのは声の調子で伝わってきた。

 寂しげに運河の水面を眺めるレリィに対して、俺は一抹の申し訳なさを感じていた。


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