ふぁんたじー・うぉー
その日、「山田 宝物」はいつものように目覚まし時計よりも早く目を覚ました
眠い目を擦りながら、枕元にあるはずの時計を探すため手を伸ばす
あちこち触ってみるが、時計は見つからない
どこかに落としただろうか、などと考えながら、体を起こす
ここで、オウジは違和感を感じた
目が見える
オウジは超がつく近眼で、メガネをかけないと視界がはっきりしないのだ
おかしいと思いつつ目を擦るが、はっきりとした視界がぼやける事はなかった
どういうことだ、と考えて、もう一つの疑問が浮かび上がる
目の前にひらひらとした布があったからだ
周りを見回せば、周囲は布で囲まれていた
一瞬混乱するが、はたと「コレはテントの中なのではあるまいか」と気が付く
コレはおかしい
オウジは寝る前、確かに自室である安アパートに居たはずなのだ
いや、多分居たはず、というのが正しいだろうか
オウジはコアなネットゲーム「ファンタジー・ウォー」をしながら、ネオチしてたはずなのである
MMOというジャンルのネットゲームにも色々なものがある
その一つが「ファンタジー・ウォー」だ
このゲームの売りは、「集団を指揮しての大規模戦争」であった
プレイヤーは「傭兵団長」になり、いくつかある国に所属する
そして、参加者が集まると各地で開催される「戦争」に挑むのだ
傭兵団長であるプレイヤーは、それぞれに「部隊長」と呼ばれるユニットを三体配下にする
プレイヤーはこの「部隊長」達に指示を出す事で、複数の兵士に円滑に指示を出す事ができるのだ
その「部隊長」達は、それぞれ種族、兵種ごとに異なる「兵士ユニット」を指揮することが出来た
たとえば「人族・騎士」の「部隊長」であれば、「大剣士」や「突撃騎兵」などを指揮することが出来る、といった具合だ
三対全ての「部隊長」を同じ系統にすることで、特化した部隊を作るのか
はたまた、それぞれ別々の兵種にすることで、応用力を取るのか
すべてはプレイヤーの選択次第だ
オウジはとりあえず、自分の体を見回した
見た目は普通だが、明らかに自分の手ではない
自分の手はもっとなマッチロイはずなのだが、今の手はどうにもごつごつしている
身体もなんかゴツイ
とにかく、オウジは外に出てみることにした
恐る恐る布をめくり、外へ顔を出す
まず目に飛び込んできたのは、でかい木であった
その木は地面に手を伸ばし、土をえぐりとり口へと運んでいる
いや、木、というには支障があるだろう
それは動く樹木「トレント」と呼ばれる物であった
オウジはあんぐりと口をあけたまま、凍りつく
トレントは手を止め、オウジのほうへと振り向いた
視線が絡み合い、お互いの動きが止まる
見つめあう二人
止まる時間
「なにやってんだお前ら」
そんな二人の時間を切り裂いたのは、合成っぽい声だった
声のほうに振り向くと、そこには金属製の骸骨が立っていた
骸骨、と言ってしまうとこれまた語弊があるだろう
正確には、「骸骨っぽい頭部を持った、全身金属製のケンタウロスっぽい何か」だ
そのケンタウロスっぽい何かは、片手に持った歯ブラシで歯を磨いていた
反対の手には、木製と思しきコップを持っている
「いえ。コレと言って意味のあることではないのですが。団長が見つめて来ましたので」
「キモイな。ヤロウ同士で」
木に性別があるのか
そんなツッコミを胸にしまい、オウジは脳みそをフル回転させた
なんとか状況を打開すべく考えをめぐらし、最適と思われる言葉をひねり出す
「おはよう。モクターン、ベイリーアワー」
「はい。おはようございます」
「おはよう」
木と金属のケンタウロスは、それぞれに返事をしてくる。
オウジはゆっくりとその場に四つん這いになると、深い深いため息を付いた
「なんだこれ……どうなってんだ……」
絶望の淵に立つような表情のオウジを見て、モクターンとベイリーアワーと呼ばれた二体は、不思議そうに首を傾げた
「ファンタジー・ウォー」は、その名のとおりファンタジーの世界観で戦争をするゲームだ
プレイヤーの種族には「エルフ」や「ドワーフ」といったもののほかに、「魔族」と呼ばれるものもあった
人ならざる邪悪なものとなり、人ならざる邪悪な兵士たちを率いるのだ
その場合、プレイヤーの種族は「魔王」になる
随分規模の小さな「魔王」ではあるが、まあ、そういう設定なのだ
「魔王」の配下となる「部隊長」のは、当然ながら「魔族」である
たとえば、「魔族・トレント」といったような具合だ
そう
オウジの目の前に居た木とケンタウロスっぽいものは、「ファンタジー・ウォー」でのオウジの配下である「部隊長」達だったのだ
混乱から何とか回復したオウジは、ゆっくりと顔を上げた
とにかく状況を把握しようと、思考をめぐらせる
「ファンタジー・ウォー」はプレイヤー同士の戦争がメインのゲームだが、個人ごとにモンスターを狩ることも可能なゲームであった
その場合は、自分が雇われている国の領地内に自然発生するモンスターが敵となる
モンスターとの戦争は収入も低く、得られる経験値も微量だ
だが、技を試すにはもってこいである
それに、その土地の地形を覚えるのにも役に立つ
大人数戦闘では、地形の把握は重要だ
今後戦場になるかもしれないフィールドに赴き、地形を覚えながらモンスターを狩る
いってみれば、戦争の前準備といった所だ
オウジはそれをしながら、ネオチしてしまったわけだ
「なあ、ベイリーアワー。ここどこだ?」
「どこって。オレに聞くなよ」
ベイリーアワーは金属製の肩を、軽くすくめて見せた
それを見て、オウジはベイリーアワーの設定を思い出す
彼は「アイアンゴーレム」であり、どちらかというと脳筋気質の武辺者だ
魔法というよりも機械的な印象のある、ファンタジーゲームなどにありがちな感じの種族なのだが、オウジはそのままな頭のいい系キャラになるのを嫌ったのだ
メカなのになんかアホい
それがいいと考えたのだ
変わりに応えたのは、トレントのモクターンであった
「ここはサナティー山脈、バイナス大河近くの大平原です。お忘れですか?」
僅かに心配そうな声音
モクターンは思慮深く、温厚な性格、と言う設定だった
「いや、だいじょう、でもない。大丈夫じゃない。うん」
オウジは両手で顔を多い、低い唸り声を上げた
そして、唐突に片手を挙げ、声を出す
「増兵」
その瞬間、オウジの影が膨れ上がった
質量を持って起き上がった影は、見る見るうちに膨れ上がる
まるでタールのように起き上がったそれは、人の形をとり始めた
完成したのは、片手にハルバートのような長得物を持った影人形だ
影人形はブルリと震えると、ぐにょりとその形を崩し始める
頭部から真っ二つに割れたかと思うと、それぞれに傷口を補うようにぐにょりとタール状のものを噴出させた
そして、瞬く間に二つの影人形へと変化する
「やめやめやめやめ」
再び震え始める影人形を見て、オウジは慌てて声を上げた
戦争には兵士がつき物であり、「ファンタジー・ウォー」でもそれは同じだった
プレイヤーたちは町で「兵士ユニット」を雇いいれて戦争に赴くのだが、「魔族」に関しては例外だ
「魔族」であるプレイヤーと部隊長は、戦争に「兵士ユニット」を持ち込むことが出来ない
兵士は、戦争が始まると同時にスキル「増兵」を使い「作り出す」のだ
当然「増兵」で兵士を作るのに時間がかかる
そのため、スタートダッシュでは遅れをとりがちなのが「魔族」という種族であった
だが、「増兵」は他の種族では難しい「戦争中の兵士補充」を簡単に可能にするスキルだ
このメリットは非常に大きい
「増兵」で作り出せる兵士は他の種族の「兵士ユニット」より若干能力が劣るという欠点こそあるものの、それを補うに足るメリットだろう
味方が戦っている間に「増兵」で兵士を揃え、突撃
数が減ったら撤退して、再び「増兵」で兵力を整え、突撃をかける
それがプレイヤーが扱う「魔王」での基本戦術なのだ
「なんだよ突然。ダンナ、寝ぼけてんのか?」
「そうかも」
ベイリーアワーに問われ、オウジは弱りきった声を出す
もはや骸骨頭にも拘らず口に水を含んでうがいをしている姿に、突っ込む気力もない
「ちょっと調子悪いみたいだから……もう一回寝なおすわ……」
「分かりました。後で起こしに伺いましょうか?」
「あ、うん。なんか、一時間ぐらいたったらお願い……」
オウジはそういうと、ふらふらと寝床へと戻った
寝よう
きっとゲームしすぎて頭がおかしくなったんだ
寝ておきれば夢は覚めているはず
次に目を開いた時には、自宅の安アパートの天井が見えるはずさ
そう考え、オウジは静かに目を閉じた
だが、残念ながらというか予想通りというか
一時間後オウジを揺さぶり起こしたのがしゃべる樹木であった事は、言うまでもない




