こんなん考えたシリーズ「あのころ、ヒーローに憧れたおっさんより」
その男は、異世界転移者だ
元々は科学の発達した世界で「ニホン」という国に生まれ育ち、うだつのあがらない人生を歩んでいた
ひょんなことから、というか、空いていたマンホールに落ちて異世界へとやって来た男には、いわゆるチート能力があった
どんな道具でも、MPを消費する事で一定時間召還することができる能力
自分の思考の中に展開するカタログから好きなものを取り寄せられるそれで、男はチートハーレムを作 ろうとした
が
現実は甘くない
強い武器はしこたま高い
魔法武器は勿論、実費は安いはずの地雷などもクッソ高かった
どうやら有用性によって値段が付いているらしく、抜け道を見つけることも不可能だった
諦めて定職につこうかとも思った男だったが、身一つで出てきた男に仕事があるわけもなく
結局定番どおり冒険者として働き始める
戦い方も狩りの仕方も、見よう見まね
現代知識チートなんて、金がなければできやしない
そもそも有用な知識を実用レベルで全部記憶してるわけもなく
料理なども、生きている生物が違うし、そもそも男が出た場所がかなり食文化の進んだ土地であったため、撃沈
技術系もかなり進んでいる国で、男が見たことも聞いたことも無い動力で動く「馬の無い馬車」を見たときに諦めた
そんな技術あるのに、冒険者の戦い方は型通り
剣を片手に身体を武器にモンスターと戦う
モンスターは凶暴で、野生動物とは明らか無い違う「何か」だった
1m程度のゴブリンでさえ、明確に人間を殺しにかかってくる
素手では絶対に敵わないだろう
男は使い捨て出来るナイフや剣を使い、なんとか生計を立てることが出来た
奴隷ハーレムをつくる
そんな風に思っていた時期もありました
奴隷等というのはクソ高くて買えるものではない
最低でも百万はすると思っていい
法と管理の下に置かれているため、扱いにも気をつけねばならない
一日の稼ぎが五千をきることもある日雇い労働者に、そんな金額を用意できるはずが無い
必死に駆けずり回って、酒を飲んで寝る
日本にいたときと変わらない
そんな男に、転機が訪れた
いつもの寝床から離れてしまい、小さな村に立寄った
寝床が借りられればいいと思ったのだ
村人にいくらか金を払い、寝床を確保
だが、その夜
村に魔獣が出たのだ
その村は開拓村で、まだ周囲にはモンスターがいくらでもうよついている
結界は張ってある
強力なモンスターを遠ざけるものだ
だが、網目が大きすぎると小物がすり抜けるように、雑魚は通り抜けてくる
雑魚とはいえ、農民にしてみれば恐ろしい敵だ
槍を持ってへっぴり腰で、農民達は戦っていた
男は能力を使い、武器を投げまくってそれを退治した
驚いたのは農民達だ
男はとっさに、自分の能力を魔法だと言った
ふだんはあまり人に見せないし、武器は回収するので、消えるところは誰にも見られない
だが、起き抜けだった事もあり、男は回収しきれない数の武器を投げてしまったのだ
田舎モノである農民達は、それをすぐに受け入れてくれた
普段は人に見せないようにしているものだというと、秘密は守ると返された
「アンタ、命の恩人だ!」
確かにモンスターは恐ろしく、死人が出ることもあるものだ
戦うのには命の危険がともなう
だが、そんなことを言われたのは初めてだった
そもそも、誰かに感謝された事がなかった
冒険者は言ってみれば、別の生き物を殺して金に変える仕事だ
大きな街では、余程凄腕でもない限り尊敬される事など無い
ただの食い詰め者のろくでなし扱いだ
男も冒険者と言う仕事をしているうち、それが正しいと思ってたし、そう思われることに疑問もなかった
だが
心の底から誰かに感謝された事など無かった男は、面食らった
自分はただ危険を払っただけ
モンスターの討伐の金は貰う
ただ仕事をしただけだ
自分はただのクズで、礼を言われるような人間じゃない
だが
誰かに感謝されるというのは、麻薬のようだと、男は思った
ただ単純に嬉しかった
日本でいたときも、こんなに感謝された事はなかった
人に礼を言われて、喜んでもらえるだけでこんなに嬉しいのか
男は時折、その村に滞在するようになった
村が大きくなれば、結界の数を増やす金も出来るだろう
だが今は、そうする余裕もない
村人達は毎夜自分たちで武装をして、村を守っていた
男は駆け出しの冒険者だったが、戦いに関する知識だけは多少あった
ニホンで見ていたものもあるし、実地で学んだものもある
それを彼らに教えたり、自分でも夜番にたったりした
変わりに、村で倒した魔獣は男が引き取った
本来村の収入になるはずのもの
だが、村は「死人が出るよりはずっといい」と、男に譲る事を快諾した
「アンタのおかげで怪我人が減ったよ」
「畑が荒らされないってのは助かるな!」
ちがう、そんな綺麗なもんじゃない
俺はただのクズで、汚いおっさんだ
子供が、キラキラした目で言った
「おっさんはこの村のヒーローなんだよ」
ヒーロー
ガキの頃はあこがれていた気がする
でも、そのうちひねて来ると「ダークヒーローのほうがかっこいい」とか
分かった風な顔で「あんなもの偽善だ」とか
至り顔で「ヒーローより悪役の言ってるほうが正しい」とか
そんなことを言い出したものだった
今考えてみればどうしようもないことだ
ヒーローは、ヒーローなのだ
正義の味方で
かっこよくて
困っていると助けてくれて
ピンチに必ず駆けつける
なら、ぜんぜんちげぇじゃねぇか
俺はヒーローなんかじゃなくて、ただの薄汚くてどうしようもねぇおっさんだ
男はそんな子供の頭を小突いたが、子供は笑って走っていった
ある日
街の安い飲み屋で飲んでいると、妙な噂を聞いた
近隣で「オークキング」が生まれたらしい
オークキングはオークを従えて、狩りを行う厄介なやつだ
特に人間の村を良く襲う
エロイゲームのように人間を苗床にするわけではなく、武器を欲するからだ
クワやら槍やら
小さい村は小さいからこそ、「結界を抜けてくる魔獣用」の武器を持っている
それをねらうのだ
オークはサル以下の低脳だが、力が強い
オークキングはサル程度のオツムで、力がバカ強い
オークキングのなかには、村の結界の中心に岩などを投げ、壊す手合いがいる
まさか
いや
まさか
男はあの小さな村に向って走っていた
強烈に嫌な予感がした
いてもたってもいられなかった
夜の道は危険だが、関係なかった
酔っ払ってるからこんな無茶苦茶をしてるのだ、と自分に言い訳をしたが
男は薄めた安酒を一口飲んだだけだった
走って、走って、走った
嫌な予感は的中した
村に行く途中、オークの群とかち合った
武器を投げ、MPを削り、武器を投げ、オークを殺した
冗談じゃない
こんな、オークなんかにやられて堪るかってんだ
ふざけんじゃネェ、このクズが
オークが、この野郎
男は頭に血が上り、殆ど反射的に攻撃をはじめていた
ここで冷静に行動が出来ないから、男はうだつの上がらない冒険者なのだ
途中でもっと上手い手があったのではと思うが、後の祭りだ
頭は弱いくせにクソみたいに力が強いオークがあいて
最初は後ろから襲い掛かったとはいえ、すぐに対応される
なにせ相手は低脳だ
混乱し続けられるほどオツムが宜しくない
何匹か殺した
だが、やたらと怪我も喰らったし、満身創痍にされた
オーク達はご丁寧に、近づくのを警戒して武器で突くように攻撃してきた
無駄に近づいてくれれば、頭の上に手を置いて、デカイ金床でも出してやるのに
オークキングがやたらと騒いでいるところを見ると、そういう指示を出してるらしい
勘がいいのか頭がいいのか
サル脳は伊達じゃないようだ
死にたくないと、男は思った
冗談じゃない
こんなところで死んで堪るか
村ってのは人間様の居場所じゃ、テメェらブタヤロウのもんじゃねぇ、バカヤロウ
男は必死になって、次の武器を探した
何でもいい
投げられるものでも、弓矢でも、とにかく使える何かが欲しい
武器じゃなくてもいい、とにかく状況をひっくり返せるようなヤツだ
このとき男は、自分の命より村を優先に考えていた
自分に礼を言ってくれた連中や、あの生意気な事を言っていた子供の顔が頭に浮かんでいた
ほかの事は考えていなかった
余裕がなかったからだ
自分が逃げ出すことも、余裕がなかったから考えなかった
礼というのは、麻薬みたいなもんだと、あとから男は、改めて思った
ほかの事がどうにも考えられなくなる
もっとも、そんなことをいったら方々から怒られるだろうが
男はそう思ったのだから、仕方が無い
何か なんでもいい 状況を打開できる何か こいつ等をぶちのめせる何か
アイツラを助けられるなにか
ヒーローに なれる なにか
そこは、うらぶれた町工場だった
時は2222年
やたらメモリアルイヤーだなんだと騒がれて、お祭り騒ぎ
だが、工場長である男は祝う気分ではなかった
自分の作ったものが、「所持を許可」されたからだ
男はヒーローに憧れていた
戦争も遠隔操作でやる昨今に、昭和やら平成時代にやっていた「特撮ヒーロー」に憧れていた
キックやパンチで悪いやつをやっつける
なんとすばらしい事だろう
マニアの中には「勧善懲悪ヒーローなんてユルサナイ」とか抜かすヘタレがいるが、そんなヤツは性格がゆがんでいるだけだ
と、工場長は思っていた
強くて、かっこよくて、ピンチの時にやってくる
そんなヒーローのどこが悪いのか
工場長はヒーローに憧れ、その手で再現してのけた
パワードスーツ技術も随分進んだ昨今、技術と金と、あと金さえあればわりと出来ない事ではなかった
ただ、兵器を作るわけにも行かない
そんなことをしたら、腕が後ろに回る
まず、パワードスーツ自体は医療用として作った
介護アシストパワードスーツという扱いだ
見た目が派手なのはネタということにした
国で定められた「人保護プログラム」も入っている
人間に暴力をふるえず、近くに人間がいると四肢の速度がある程度制限される
大きな荷物を運ぶために、出力はあるものの、速度が出なければあまり意味が無い
正義のヒーローは人間を傷付けないので、コレはこれでよし
走るのとかは早い
建物から建物の間の移動用だといったら、査察官には意外と受けた
現場受けも意外にしたのにはびっくりした
ヒーローはタフでなければならないので、来ている人間のメディカルチェック系は必須だ
治療ユニットも入れた
作り上げたヒーロースーツは、かなりよいできばえだった
法律のギリギリをつく仕様もあったが
自信作と言っていい
もしこの世に「怪人」がいれば、真正面から戦えるかもしれない
だが、実際はそんなものいない
第一、この時代に重火器もなければ武器も無い、素手ってどういうことだよ
大体、スペックだって軍事用に比べたらおもちゃだ
まあ、当然だが
工場長がその気になれば、軍事用パワードスーツも作れる
というか、製作に携わった事もある
だが、そんなもの兵隊の兵器だ
ヒーローじゃない
必死に、夢中に作っても、完成した品は「おもちゃ」同然
百年前なら軍事用で十分通用したレベルだろうが、今はただの「おもちゃ」でしかない
そもそも怪人もいないようなこんな世の中で、人に攻撃できないってどうよ
せめてもの抵抗に、「攻撃動作検知」は省いておいた
あってもいいし、なくてもいいプログラム、と法律には定められている
それは、「攻撃するような動きを検知すると、動きの速さと出力を制限するもの」だ
それがないので、このヒーロースーツは、「周りに人がいなければ」思い切り武器を振り回せる
威力はかなりのものになるはずだ
鉄パイプで生木ぐらいならへしおれるかもしれない
出来たところで空しさが募るだけなのだが
「結局、おもちゃなんだよなぁ。ただのおもちゃ……」
(なら、ちょうどいいかしら?)
そのときだった
工場長の「おもちゃのヒーロー」が、光に包まれた
「何だこりゃ……」
無我夢中で召喚したそれは、男の身体を包み込んだ
瞬間、痛みが消え、耳元でガンガン変な音が響く
「着用者の負傷を確認 治療開始 終了」
目の前のオークにターゲットが絞られる
「対象を「ブタ怪人」と確認 周囲に人体反応無し 着用者の保護を優先するため、出力制限、機動制限解除 ヒーローモードを実行」
視界に違和感が無い
というか、余計に広がった気がする
実際その通りで、男の顔はヘルメットに覆われていたが、視界を補うカメラアイの映像を視覚に組み込まれていた
男が見ているのは現実の視界ではなく、「カメラの映像に、コンピュータが作った映像を重ねたもの」だった
だが、召喚した瞬間にはそれを着用していたため、男はそうとは気が付かなかった
男は僅かに混乱しながら自分の体をみて、混乱した
何だこの恰好
鎧か?
工場長は、自分のヒーロースーツが消えて焦っていた
すぐにヒーロースーツの状況を確認することが出来るPCを立ち上げ、各種センサーを立ち上げる
「何だこりゃ……」
ジョークで入れた、絶対に起動しないからこそ許可が降りた機能が立ち上がっている
ヒーローモードは、「一世紀前なら軍事用として通用するレベル」のパワードスーツを、遠慮なく使えるモードだ
誰もいない山の中で熊にでも襲われたら起動するかもしれない
まあ、今の時代熊なんぞ日本の山にいないのだが
テロリストに襲われたって起動しないはずのものが、どうして
工場長はカメラの映像と解析データを見て、顎が外れた
実際に、物理的に外れた顎を必死で直しながら、結果を見る
遺伝子改造か何かで出た、人間のDNAを使っていないブタを基にしたような何か
DNAの改造にうるさい昨今、絶対に作られないはずのものがそこにはいた
医療用であるヒーロースーツが、その辺り間違えるはずが無い
スーツは法令順守だ
工場長が取り付けた「外見怪人判断プログラム」曰く「ブタ怪人」は、人DNAを使っていないので人ではない
殴ったら器物損壊になるかもしれないが、ヒーロースーツに悪意があるようだし、飼い主登録表もつけてないっぽい
恐らく、いや、確実に「ヒーロースーツ」は戦う事ができるだろう
そこで、工場長ははっとあることに気が付いた
ヒーローモードが起動した時に、着用者の目の前に現れる文章がある
黒歴史ノートを見られるような羞恥心が、工場長を襲った
あの日、ヒーローに憧れたおっさんから 着用者へ
コイツは人間を傷付けられない
悪いヤツでも人間は駄目だ
それでもコイツが「ヒーローモード」になったなら、あんたの敵は「人間」じゃなくて「怪人」なんだろう
コイツは車に轢かれて平気なぐらい頑丈で、コンクリブロックを拳で割れるぐらいパワフルだ
きっと役に立つはずだ
出来るなら、誰かのために使って欲しい
あの頃、ヒーローに憧れて、そうなれなかったおっさんから
どこかで戦うヒーローへ
変な笑が出た
なんだか分からないが、これを作ったやつは偉くぶっとんだヤツらしい
でも、なんでもいい
男はそう思った
今はそんな関係無い
これでやりたいことができる
あのブタども、ぎったぎたにしてやれる
男は残ったポイントで武器を取り出した
普段使えないような、でかくて重い剣だ
やたら飾りが多いイミテーションの宝剣で、でかいだけで切れ味もすこぶる悪い
だが、オークをぶっ飛ばすにはおあつらえ向きだろう
「さあ、もう一勝負だ、ブタヤロウ」
男は剣をにぎり、オークに踊りかかった
画面に次々浮かぶ警告に、許可の警告音
状況を把握するためのセンサーがデータを報せてきて、周囲を立体映像で作り出す
訳が分からなかった
わかるのは、森の中でヒーロースーツを着たやつが戦い始めたということだけ
そこで、ようやくセンサーが周囲の人のデータを拾い上げた
かなり離れた所に、いくらか人がいるのがわかる
分からない
分からない事が多すぎる
ブタ怪人達はそこにむかっているのか?
ふとそんな考えが頭に浮かんだ理由は、てんでわからない
工場長の頭が余程おめでたかったのかもしれない
だが
そうかもしれない
なら、たたかってるのか?
この怪人から、この人の固まり守るために
あんた、アンタもしかして
誰かのために戦ってるのか?
そこからはほぼ反射だった
別の事を考えてる余裕などない
クソ忌々しい機能制限を、遠隔操作で解除していく
法に触れる改造だが、知った事じゃない
もし戦いの最中に制限がかかってみろ、遠くにいる人たちが死ぬんだ
やってやる
ああ、やってやるさ、こうなりゃ法律なんて知った事じゃねぇぞチクショウ
ヒーローが誰かのために戦うって時に、サポートが腹を決めネェでどうするんだバカヤロウ
あの日、ヒーローに憧れたおっさん二人の、誰にも見られることの無い戦いが始まった