メリーさんVS
メリーさん
それは、突然電話をかけてきて接近している事を報せてくる都市伝説だ
段々と近づいてきて、最終的には対象の真後ろに立つ
そして、対象を殺害するのである
実に恐ろしい、直接的な危害を加えてくる怪奇
それがメリーさんだ
今日もメリーさんはターゲットに電話をかけ、そのすぐ近くまで接近していた
王手はもはや目の前
メリーさんはアカ○に止めを刺さんとするワ○ズ様のような表情で、ケータイに手をかけた
「もしもし、私、メリーさん。今、あなたのうし……ろっ!?」
確かに電話を持っていたはずのターゲットの姿が、メリーさんの視界から消えた
文字通り掻き消えるように居なくなったことに愕然とするメリーさんだったが、次の瞬間後ろから声をかけられる
「女の子が得物持ってそんなさっき飛ばしてちゃぁ、あぶねぇーなぁ」
得物という言葉に、メリーさんは反射的に空になっている目に視線を走らせた
無い
確かに握っていたはずの、今まで幾人もの血を啜ってきたナイフが消えていたのだ
慌てて声のしたほうへと顔を向ければ、そこには
手の中で「メリーさんのナイフ」を遊ばせる、ターゲットの姿が
落ち着いた雰囲気を漂わせるその笑顔は、しかし、メリーさんの背筋をいてつかせた
刹那
メリーさんの視界が揺らぎ、真っ暗な闇に包まれ、意識が吹き飛んだ
それがターゲットの放った一発のけりによるものだと分かったのは、メリーさんが目を覚ました後であった。
メリーさんは焦っていた
今まで一度も味わった事のない敗北である
それも、必殺を確信した瞬間の、圧倒的な敗北
惜敗、惨敗、見る影もない、絶望的なまでの負け
気が付けば奪われたはずのナイフはすぐ近くに、きちんと手入れをされて置かれていた
その屈辱
あまりにも的確で正確無比であった蹴りはピンポイントに顎を貫き、脳をゆすっていた
そのため、ダメージは殆どのこっていない
ナイフも手元にあるので、物理的に失ったものはなかった
だが
しかし
メリーさんは、決定的なものを奪われていた
自信
今まで一度も失敗をしなかったという、自負
積み重ねてきた実績
そして、プライド
取り戻さねばならない
かならずかの暴虐なる男を倒さねばならないと、メリーさんは心に誓った
だが、リベンジの前にやる事がある
自信の回復だ
メリーさんは怪異であり、その能力はメンタルに大きく左右される
ターゲットの位置を確実に見つけ電話をかけるためには、揺るがない信念と高ぶる高揚感が必要なのだ
今の心理状態では、ターゲットへの苦手意識が先行してしまう
2、3人殺せば、勢いも付くはずだ
メリーさんはとりあえず、手近なターゲットを検索した
この周囲で一番強い人間
あそこまで頭のおかしい相手は、早々いるはずがない
若くて活気のある人間を殺し、勢いをつけるのだ
程なく対象は見つかり、メリーさんはケータイを手にした
それは、やや小柄な老人であった
老い先短い命を散らせるのは、メリーさんにとって至極の喜びだ
メリーさんは残忍な笑顔を浮かべつつ、接近の電話をかけ続ける
そして、ついにその背後へと立つ
「もしもし、私、メリーさん。今、あなたの」
「おやおや、これは案外な別嬪さんじゃのぉ?」
メリーさんの手にあったはずの電話は、いつの間にか真横に居た老人の手の中にあった
だが、その声は耳元で囁くように確かに聞こえる
なんのことはない
老人がメリーさんの耳に息を吹きかけていたのだ
「いやぁあああっ!?」
「ひょっひょっひょっひょっ!」
思わず飛びのくメリーさんのリアクションを見て、老人は嬉しそうに笑う
反射的にその腹をナイフで突き刺してやろうかと思ったメリーさんだったが、握っているはずのナイフの手ごたえが無い事に気が付く
メリーさんの表情が歪む
頭に浮かぶのは、あの悪夢だ
そして
「お探しなのは、これかのぉ?」
再現される、絶望の光景
老人の手には、ケータイと、ナイフがあった
後ずさるメリーさんを尻目に、老人はしげしげとそのナイフを見つめる
「オマエさん、随分殺してきたようじゃなぁ。どこぞのヒットメンかの? いや、ヒットマンじゃったか? びっと? ビット戦士!? そんなわきゃないのぉ!」
なにやら楽しげに笑っている老人だったが、メリーさんは動かなかった
否
動けなかった
もしうかつに動けば、確実に殺される
ソウ確信させられるだけの何かが
いや
老人の気配によって、メリーさんは強制的に「そう理解させられて」いたのだ
ゆっくりとした動作でナイフとケータイを投げ捨てると、老人はほっとため息を吐いた
「とりあえず、あれじゃ。お穣ちゃんはおねんねの時間じゃね」
何をされたか分からなかった
老人がそう告げた次の瞬間には、メリーさんの意識は刈り取られていたのだ
次にメリーさんが目を覚ましたのは、なぜか某有名駅の有名犬の銅像のうえであった
二度
重なる失敗
今までにない敗北
一度も経験した事のないそれに、メリーさんは震え上がった
だが、必死に気持ちを切り替え、敗北の原因を探す
全力を総動員し、あの二人の正体を探った
そして、判明する
あの二人は、「格闘家」であった
広く一般的に知られるようなものではない
格闘技によって拳銃を使うような相手と対峙することが出来る、おおよそ現実とは思えない存在
マンガやゲームの中にしか存在しないような類のもの
何を馬鹿なと思ったメリーさんだったが、考えてみればメリーさん自身の存在が大概である
そういうものが居たところで不思議ではない
実際に目にし、対峙してしまったのだ
納得せざるを得ないところだろう
しかし
それにしても常識から逸脱しすぎている
あんなものは格闘技でもなんでもない
自分の存在を丸無視して、メリーさんは唇を噛み締めた
とにかくあの二人を、打倒せねばならない
これは誇りの問題だ
あの二人を殺さないことには、「メリーさん」の存在を肯定できない
自身で自身を認識できないというのは、怪異にとっては致命的なことであった
存在が認識できなければ、存在が消えてしまうのだ
メリーさんがなくなるわけではない
メリーさんという都市伝説は消えずに残り続ける
だが、それは「今いるメリーさん」ではないのだ
倒さねばならない
自分が自分であるために
恐怖の権化、メリーさんであるために
メリーさんはとにかく調べ上げた
そして、とある事実にぶつかる
あの二人の格闘家は、特別に強い存在ではないという事だ
確かに強くはあるが、最高峰の使い手と呼ばれるなかの、一人でしかなかったのである
それは、「他にも何人かあのレベルが居る」ということを差していた
更に彼らは常に切磋琢磨し、お互いをライバルとし、強くなり続けているとも
メリーさんは絶望の淵に立たされた
そして
「ふっ……ざけるなぁあああああ!! 私は! メリーさんだっ! メリーさんだぞぉおおお! 私が恐怖して堪るかっ! 私がっ! この私こそがっ! 恐怖を与えるがわなんだぁあああああ!!!」
決意の咆哮
メリーさんの心は、折れなかった
時に、200X年
メリーさんが格闘家への道を歩むきっかけになった年であった