キツネの王様
その森は、とても平和な森でした。
ところが、最近その森の奥に恐ろしいトラの姿を見かけるようになったと噂が立つようになり、森の動物たちはおびえるようになりました。
けれど、キツネだけは「そんなの森の奥にあるおいしい木の実を独り占めしたがる奴が流した嘘だよ」と言って信じていませんでした。
ある日、キツネがその嘘を証明してやろうと思い立ち森の奥を歩いていると、噂のトラと出くわしてしまいました。
キツネはとびあがって驚き、木の根っこにつまづいて転んでしまいました。
トラはゆったりと近づいてきます。
このままでは食べられてしまう!!
とっさに、キツネは言いました。
「トラさん、トラさん。私を食べるのはよくありません。私はこの森の王様として神様につかわされたキツネなのです。」
トラは足を止めると、じっとキツネを見つめました。キツネは必死です。
「本当です。その証拠に、森の動物たちは王様である私の姿を見たら恐れをなして逃げ出すでしょう。疑うのでしたら、どうか私の後ろをついてきて下さい」
トラはキツネの後ろをついていくことにしました。すると、キツネの言った通りになりました。
トラは言いました。
「王様とは知らず、大変失礼をいたしました。どうか王様、私を家来にしては下さいませんか?」
キツネはしばらく考えて「他の家来に手を出さないのであれば、あなたを家来にいたしましょう」と言いました。そうして、トラはキツネの家来になりました。
キツネは一度トラと別れると、すぐに森中の動物を集めていいました。
「トラは私の家来になった。君たちも私の家来になれば、トラにねらわれることはなくなるよ」
トラを怖がって過ごしてきた動物たちは、喜んでキツネの言葉に従うことにしました。
それからというもの、キツネはトラを率いて歩くようになりました。
初めはドキドキしながらその様子を見ていた動物たちでしたが、やがて日常の光景として見慣れてくるようになりました。こうしてトラの脅威はなくなり、動物たちはキツネに感謝しました。
それに気をよくしたキツネは、だんだんと動物たちに対して威張り散らし、わがままをいうようになっていきました。
最初は大人しく従っていた動物たちでしたが、日に日にひどくなるわがままぶりに手を焼くようになりました。中には直接いさめる者もおりました。
けれどキツネは「嫌ならいつでも家来をやめていいんだよ。家来をやめて、トラにおびえて暮らす生活に戻ればいいさ」と返しておりました。
いつの間にかキツネの通る道には誰も寄り付かなくなりました。
ある時、トラが言いました。
「王様の進む道には誰もいないんですね」
キツネは鼻高々にしていいました。
「当然だよ。邪魔だからね。仮にもし王様の進む道に邪魔になるものがあるならば、それは家来が前もって取り除いておくれよ。」
ある日、キツネが目を覚ますと森が異常に静かなことに気づきました。
朝を告げる鳥の歌も、動物たちのあいさつの声もありません。
不思議に思って外に出てみましたが、やはり誰もおりませんでした。
そのかわり、手紙が一通ありました。
『キツネの王様へ
突然このような手紙を出すことをお許し下さい。
今まで、私は恐れられるばかりで、とても孤独でした。
しかし、王様と出会い、この森で過ごすうちに少しずつ私に声をかけ、受け入れてくれる方々が現れるようになりました。気がつけば喜びや悲しみを分かち合える友達もできておりました。
このように暖かい居場所をくれた王様には、どんなに感謝しても足りることはありません。
できるならば、いつまでもここにいたい。そんな思いもしておりました。
しかし、森のものは今、あなた様の振る舞いに傷つき、苦しんでおります。このままでは私を含め、王様の進む道を邪魔する者が現れるでしょう。
「王様の進む道に邪魔になるものがあるならば、家来はそれを事前に取り除いておく」――私は家来として、ご命令に従い王様の邪魔になるであろう者たちと共に森を出て行きます。
これでなにものにも邪魔されることなく、王様の進みたい道を歩んでいけるでしょう。
どうぞ、お元気で…… トラより』
手紙を読み終えたキツネは、しばらく立ち尽くしていましたが、やがて森の奥へと消えていきました。
静かな静かな森の中。
たった独りの王様のお話……