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love fool  作者: ヒルナギ
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第三幕 其の三

其の三


マキューシオは、目を開く。

視界に真っ暗な夜空に輝く月が、飛び込んでくる。

マキューシオは、自分がまだ生きていることに、軽い驚きを覚えた。

生きてはいるものの、燃え盛る焔を腹におさめたような気分である。

身体は、ばらばらになったようで、どこに手があり脚があるのかさっぱりわからない。

ただ、夜の闇より暗い痛みだけが、自分をこの世にとどめているのだと思う。

誰かが、遠くで叫んでいるようだ。

視界に、ロミオの顔が入ってくる。

どうも、叫んでいるのはロミオらしいが、声は遠くで叫んでいるようによく聞こえない。

マキューシオは、微笑もうとしたがどうやら顔がひきつっただけのようだと思う。

「落ち着け、ロミオ」

そう言ったつもりだが、多分でたのはうめき声だ。

水滴が、マキューシオの頬を濡らす。

ロミオの、涙のようだ。

そいつは、ジュリエットにとっておけと言おうとしたが、うまくいえない。

喘ぎがもれ、マキューシオは血の塊を吐いた。

言葉が、出るようになる。

「ロミオ、おれの傷をみろ」

「マキューシオ、」

「天国への門にしちゃあ、狭すぎるが、地獄へとどくには、浅すぎる。それにしたって」

マキューシオは、笑みを浮かべるのに成功する。

「死ぬには、十分だ。そうだろう?」

「マキューシオ、おれは」

マキューシオは、首を振った。

「ヴァルハラで会おう、ロミオ。だが、おまえはそんなに急いでこなくてもいい」

マキューシオは、ロミオが自分の手を握っていることを確認し、満足げに頷く。

そして、最後の力を振り絞って叫ぶ。

「キャピュレットもモンタギューも、この世から消えてなくなれ!」

そして、おれの恋人、ロミオを自由にしろ。

そう言おうとしたが、最後の文句は声にならず、死がマキューシオを連れ去った。

傷をおった獣の、遠吠えのようなロミオの叫びが、夜の闇を切り裂き凍り付かせてゆく。

孤独な獣の叫びが、夜の闇を深くし、月の光を刃のように鋭くした。

真夜中に、暗黒の太陽が昇ってくるように。

ロミオは、ゆっくりと立ち上がった。

ロミオは、世界が渦に巻き込まれているように感じる。

誰がどこにいるのか、把握できない。

ただ。

足元に、マキューシオの死体があることだけは、判った。

まるで死体以外の世界が全て粉々に破壊され、万華鏡の中の風景になったようだ。

ああ、おれは。

死にこそ、愛されている。

そう思った瞬間、ロミオの意識が闇に飲まれた。


「そこにいるのは、誰だ」

モンタギューの当主は、自分の書斎への侵入者がいることに気がつく。

彼は、自分の部屋に明かりを点けていなかった。

その部屋を照らしているのは窓から入り込む、月の光だけである。

「父さん」

その人影は、月の光の元に、蒼ざめた姿を晒す。

「ロミオか」

モンタギューは、我が子の名を呼ぶ。

「父さんおれは」

ロミオは、少し震える声で語る。

「ティボルトを、殺してしまった」

「知っている」

モンタギューは、静かな声で我が子に語りかける。

「エスカラス大公からの使者が、さっき帰ったところだ。おまえは、このヴェローナ・ビーチから追放だと言い渡していったよ」

「父さんおれは」

モンタギューは首を振って、我が子の言葉を止める。

そして、彼はロミオの身体を、強く抱き締めた。

「ロミオ、わたしはおまえに父親らしいことは、何もできなかった」

モンタギューは、夜のように静かな声で語り続ける。

「ロミオ、もしもおまえが望むのであれば、この街の全てが潰えるような戦いを引き起こそう」

モンタギューは、ロミオを抱き締めたまま、言葉を重ねる。

「わたしにできるのは、せめておまえを全てから解き放つことだ」

ロミオは、首を振った。

「父さん、おれはそんなことは望まない」

モンタギューはロミオから、身体を離す。

ふたりは、向き合った。

「追放が裁きの結果なら、おれはそれを受け入れる。ただ、朝まで時間をくれ、行くところがある」

モンタギューが何かを言おうとしたが、ロミオが首を振ってとめる。

「最後にひとりにさせてくれ。おれは、今まで何も望まなかった。ひとつくらい、願いを言っていいだろう?」

モンタギューは、頷く。

そして、ロミオは再び夜の闇へと消えていった。

死霊たちが、墓地にある棲みかへと帰るように。

闇の中へと、音もなく溶け込み気配をたった。

モンタギューはひとり、闇をみつめている。


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