夕暮れのジュブナイル
中学二年生の時のことだ。
ボクは夕暮れの河川敷で親友と一緒に河原を見ていたら、彼はこんなバカ話をしてきた。
「なあ、宇宙人を見たことあるか?」
「いきなりなんだよ」
「答えろよ」
「ボクはないな」
「冷たいなー、オイッ!」
「じゃあ、キミはあるのか?」
「オレはあるよ」
「マジで?」
「マジマジ、宇宙人に連れて行かれた」
「どんな宇宙人?」
「普通」
「普通ってなんだよ。目がデカいとかか?」
「いや、普通の人間サイズ」
「髪とか染めていた?」
「黒髪日本人」
「つまらない」
「仕方ないだろう。宇宙人はその文化圏にあった格好をしないといけないっていう決まりがあるんだから」
「なんだよ、それ?」
「もし、ホントの姿を見せたら、パニックになるからできるかぎり、普通にしろって」
「じゃあさ。宇宙船はどんなのだった?」
「真っ白」
「面白くない」
「真っ白だったんだよ。オレらが連れて行かれた宇宙船の部屋はな」
「どんな部屋だった?」
「なんか白い机と椅子、それとベッド以外は白かった。欲しいものがあれば、宇宙人がそれを持ってきてくれた」
「ちょっとした会議室だな」
「そうかもな。白い会議室だったな。ホント、薄気味悪くかった」
「宇宙人と何を話していたんだ?」
「ぼくたちの母星へ来てくれないか? って」
「改造されるためにか?」
「わからない」
「マジで改造されるの? 改造人間?」
「わからないって」
「わからないってさ、改造人間だろう!? すげえもんになるじゃないか!」
「改造人間ってさ、何かと戦うための兵器だろう?」
「もし、オレらが改造されるとしたら、この宇宙を救うためのものだったのだろうな」
「はあぁ?」
「はあぁ、言うな」
「宇宙を救うって、何?」
「オレだって、最初、ワケが分からなかった」
「またまた、改造人間になって、宇宙にはびこるワルモノを倒そう! とかそういうオチだろう」
「そんなもんじゃない」
「怒るなよ。冗談だろう」
「……とかく、宇宙人がオレらを改造人間にしたがっていたのは、そういうヒーローモノじゃない。ある現象を止めるために、人間を求めていた」
「ある現象って?」
「フォールアウト」
「フォールアウト?」
「外へ落ちると意味、宇宙人の母星でフォールアウトという現象が起きていたんだ」
「なんだよ、そのフォールアウトって?」
「一体の知的生命体の消滅事故から始まる知的生命体の消失」
「なんだそれ?」
「カンタンに言えば、宇宙人の一人がある研究をした際に、なんらかの事故によって消滅したんだ。その事故が他の宇宙人にも影響を与えて、次から次へと消滅していったんだ」
「消滅って、宇宙人が」
「そうだ。一体の宇宙人が消滅事故を起きたことで、他の宇宙人も消滅する現象が引き起こされたんだ」
「わからん」
「宇宙人はこう言っていたな。パソコンのOSが壊れてメインプログラムが欠けて、他のデータにもエラーの影響が出てきた。しかも、そのエラーは悪性で、それ以上のエラーを起こさないために、エラーを受けたデータはワクチンプログラムによって削除する」
「宇宙人の一人がいなくなるだけで他の宇宙人が消えるのか?」
「ほらよく、タイムスリップして過去の人間を殺したら未来が変わるとかあるだろう? 過去の人間がいなくなれば、その人間が存在しなければ、生まれていたはずの人間も生まれなくなる」
「仮に、ボクの父さんがいなくなったら、ボクと父さんそのものが消滅するってこと?」
「それだけじゃない。例えば、オマエがいることで結婚をしようと影響を与えた人間もいる。しかし、オマエがいなくなったことで結婚できなくなってしまった。そうなると、二人が結ばれて授かるはずだったこどもがいなくなってしまう」
「それってヤバイ現象じゃないか?」
「ああ、そうだ。それと同じようにフォールアウト現象は元々存在していた一体の宇宙人が消滅したことで、他の宇宙人も消えてしまう現象だったんだ」
「なんか気持ち悪くなってきた。首スジがモゾモゾするわ」
「気持ち悪いか?」
「なんていうか、SFの話になってきた感じがして、正直ついていけない」
「オレだって、SFなんて知らない。マンガとかでそういう専門用語とか出たら飛ばすけど」
「ハハハ」
「だが、あの宇宙人の話は覚えておきたかった。オレらのしたことは正しかったか、今でも考えているからな」
「正しかったとかそれって」
「それで宇宙人は――」
「質問聞けよ」
「まだ、フォールアウト現象の話は終わっていない。終わったら質問を聞いてやるよ」
「絶対しろよな」
「わかった。――で、宇宙人はフォールアウト現象を食い止めようとある物を製造した。レプリタントと呼ばれる情報体を製造したんだ」
「レプリタント?」
「知的生命体の情報を吸収できる情報体、自分がレプリタントということも自覚せず、吸収した知的生命体と全く同じ姿で習慣的な行動を取る存在」
「宇宙人自身の模造品か」
「模造品とは違う。知的生命体ではなく、知的生命体の情報をコピーして、その知的生命体になりすます。彼らは情報量子の集まりで、存在を定義されることで世界に自分というカタチを顕在化することができる」
「話がついていけない」
「人間とか宇宙人とか全く違う情報集合体と思えばいい。宇宙人の技術でも理解が追いつけなくて、本来なら禁止された科学技術だった。でも、フォールアウト現象が起きたことでそれを使うしかなかった」
「フォールアウト現象とレプリタント技術がどうつながるんだ?」
「消滅した宇宙人と同様の情報を与えられたレプリタントが存在すれば、他の宇宙人が消滅することはなくなる。レプリタントが“過去からいた”という情報を定義すれば、宇宙人は消滅しなくなる。情報体だから成長することはないけど、老いることもない。いいことづくめだと宇宙人は言っていた」
「つまり、元々いた宇宙人はいなくなったけど、レプリタントが代わりに存在することでフォールアウト現象を回避するってこと?」
「ああ。レプリタントは過去の情報も吸収できる情報体、消滅した宇宙人の過去の情報をまるまるコピーすれば、他の宇宙人も消滅しなくなる。過去にいた宇宙人が消えたが、レプリタントがその代わりになれば、そのレプリタントは過去からいたことになる」
「頭がこんがらがってきた。まとめると、宇宙人が続々と消滅するフォールアウト現象が起きたけど、レプリタントができたことで宇宙人の消滅を食い止めたってことでいいのか?」
「食い止めたとまではいかないが、まあ、そうだ。消滅した宇宙人の情報をレプリタントにコピーすることで、フォールアウト現象を回避していたんだ」
「フォールアウト現象を宇宙人の科学力でどうにかできたことはわかった。それなら、キミはなぜ宇宙人に連れて行かれたんだ?」
「フォールアウト現象はレプリタントのおかげで消滅を遅らせることができたが、消滅そのものをなくすことができなかった。オリジンアウトをどうにかしないと消滅を止めることができなかったんだ」
「オリジンアウト?」
「オリジンアウト。フォールアウト現象の事故を引き起こした最初の宇宙人。彼自身の情報は過去そのものから消滅していて、レプリタントでもその役割を担うことができなかった」
「じゃあ、もうその宇宙人達、消滅するんじゃないか?」
「いや、ヤツらはオリジンアウトの代わりとなる方法を見つけた。オリジンアウトの情報が自分達の宇宙からなくなったのなら、他の宇宙からそれを埋めればいい。それをすれば、フォールアウト現象は食い止めることができる」
「その宇宙人って、別の宇宙から来たのか?」
「聞いていない。ただ、オリジンアウトはレプリタントでも代わりになることができない。その役割を持つのは知的生命体でなければいけなかった」
「つまり、レプリタントの代わりに、人間がその役を任せることにしたのか?」
「ああ。アイツらはオリジンアウトを埋め合わす、オリジンベリーを探すことになった」
「それは身勝手だな。高度な科学技術持っているのなら、クローンとかそういうので」
「クローンを作っても、クローンはクローンとして認識されるから、オリジンベリーにはなれない。もし、クローンがオリジンベリーになれても、誰もそのクローンの代わりになれない。代わりになったクローンがオリジンアウトとなるだけなんだ」
「話はよくわからないが、宇宙人は他の宇宙から知的生命体を捕まえる必要があったわけか」
「そうだ。オリジンベリーを探すために、地球までやってきたんだ」
「だんだんと話はわかってきた。キミの言っていた改造人間というのは人間をレプリタントにすることなのか?」
「ヤツらのいる宇宙でも暮らせるようにすると言っていただけで、レプリタントにするとは聞いていない。ヤツらの宇宙へと行けば欠けた情報が埋まって、フォールアウト現象が止まる可能性があったから」
「ずいぶんと謎の現象なんだな」
「オレもよくわかっていない。ただ、別の宇宙の知的生命体を欲しがっていた」
「その人間として選ばれたのがオマエか?」
「違う」
「あれだけ盛り上がったのに。――解剖手術とかされたんだろう?」
「いや、何もされていない」
「じゃあ、なんで宇宙人に会ったんだ? なんで無事なんだ?」
「別のヤツがオリジンベリーになることを引き受けたんだ」
「別のヤツ? そういえば、俺らとか言っていたけど、もしかして」
「オレの他に四人の人間がヤツらの宇宙船に連れて行かれた」
「四人って?」
「担任、おっさん、地味子、ミー」
「全員の女子じゃないか?」
「ああ。オレとアイツらでヤツらの母星に行く人間を決めることになった」
「絶対決まらないだろう? キミを入れた五人で宇宙人の母星へ行くヤツを決めるなんて」
「だろうな」
「他人事だな」
「他人事にも思うわ。なんかあそこにいた実感がないから」
「それで、誰が宇宙人の母星へ行って、オリジンアウトの代わりをしたんだ?」
「それがな……」
「おっさんか?」
「あの体育会系のアバズレができると思うか?」
「地味子?」
「地味子はいつもどおり、わめいて泣くだけだったな」
「担任?」
「担任はオロオロしてて力にならない」
「みー?」
「みーはベッドの上でぼぅ~としていた」
「そんな様子なら誰もやるヤツいないじゃないか? そもそも、どうしてキミ達五人が宇宙船に連れて行かれたんだ?」
「同じ教室にいたからだろうな。担任の補習で居残って、それで光がやってきたから」
「光?」
「光がバァーってやってきて、それで意識を失って、俺が気づいた時には、白い会議室にいたわけよ」
「白い会議室って、最初に言っていた、白い机と椅子、ベッドがあった部屋のことか?」
「そうそう。白い机、白い椅子、白いベッドが並んでいた。真っ黒な制服を着ていた俺らと対照的だったな。病院の寝室よりも白い世界だった」
「そこでキミ達は何をしていたんだ?」
「オリジンアウトを引き受けるヤツを決めていた」
「どうやって? 投票?」
「挙手」
「立候補か?」
「そうだ。話し合いでオリジンベリーとなる人間を決めることになったんだ」
「ムリだろう。それ」
「立候補制しかなかったんだよ」
「どういうことだよ? それ」
「オリジンアウトを引き受ける人間は知的生命体としての意志を持つ者でなければいなかった。命令やその場の感情で動く人間では、オリジンベリーにはなれない。欠けた情報を埋め合わす知的生命体には強靭な精神力がいると言われた」
「あの五人の中でそんな精神力を持っているヒトはいないよ」
「オリジンベリーになることが決断できればいい。もしかすると、その決断は宇宙人が人間を連れ去るための誘導尋問かもしれなかったけどな」
「合意をするために、わざとそんなことを言ったってことか?」
「わからない」
「あのな……」
「とにかく、アイツらはオリジンベリーを俺たちの中から決めようとしていた。白い会議室の中でな」
「白い会議室の中はどんな感じだった?」
「白かったな」
「だからさ……」
「白い以外は快適だった。換気していたし、暑くも寒くもなかった。メシだって好きなモノを頼めば、宇宙人が持ってきてくれた」
「宇宙人はなんでもしてくれたのか?」
「どんな物でも持ってきてくれた。水、ジュース、アイスクリーム、スマホの電源、雑誌なんかもな。ただ、外へ行くことや外に連絡を取ることは認められなかったけど」
「風呂は?」
「白い会議室の角にあった殺菌消毒室へ行けば、そんなのはいらなかった」
「睡眠は?」
「好きな時に寝てもいいようにベッドがあった」
「いつまでもいても良かったんじゃないのか?」
「そうかもな。あの中にいた誰かが宇宙人の星を救うのかって、話し合っていた時、かなり楽しかったな。おっさんは「ヒーローになれるんじゃねえ?」とニカってしていた。地味子は「やだやだ」って言いながらも何処かやりたそうなカオをしていた。ミーは「誰でもいいんじゃない?」と興味がなかったな」
「でも、オマエ、さっきは誰もやらないって」
「宇宙人がやさしかったからな。こんな宇宙人なら力を貸してあげたい。もしかすると、イケメン宇宙人とかいるんじゃないとか話していた」
「じゃあ、みんなで行けばよかったじゃないか?」
「オレもそう思った。だから、オレは一度みんなで行ってみたらってアイデアを出したら、みんな黙ったよ」
「けっこう気まずくないか?」
「ああ、気まずくなったから、一度、会議は中断になった。でもそのおかげでオリジンベリーになるかどうか考える時間ができたんだ」
「オリジンベリーはオリジンアウトを埋め合わすための存在で誰でもいい。けれど、その存在になるためには自分の意志で名乗り出ないといけない。考える時間なんてあったのか?」
「時間はあった。会議が中断した後、休み時間になったからな。でも、なんで俺達がそんなワケのわからないことをしなくちゃいけないのか? とか思うと、時間はすぐに潰れた」
「白い会議室みたいな場所で、そんな謎めいた決断をされるのだからストレスも強いな」
「正直、誰かを殴りたかったし、腹も立っていた。宇宙人に「殴らせろ、蹴らせろ」と言ったら、「はい、どうぞ」と言われたから、余計、腹立った。オレは「もういい」と言って、ベッドの上で横になったわ」
「もし、僕がそこにいたら不快感で片付けられないだろうな」
「そんなイライラが高ぶってきた中で、おっさんがオレに話しかけてきた」
「おっさんって、そういうキャラじゃないだろう? スカートの中に下じきで風を送って、かーいーてーきーとか言ってるし」
「アイツけっこうリーダーだからな。自分がしっかりしないといけないと思って、オレに話しかけてきたのだろう」
「どんなことを話したんだ?」
「ヒーローに興味ある?」
「ヒーロー?」
「一応、宇宙人の母星に救いに行くんだからヒーローだろう?」
「まあ、そうだけど」
「あっちでヒーローになったらワタシら受験そういうのに悩まなくていいだろうな、とか言ってたな」
「言いそう言いそう」
「オレも、受験って最低でも二回もあるよな高校受験、大学受験、就活も受験に入れたら三回、婚活も入れたら四回、資格とか免許とかそういうのも考えたら何十回受験すればいいんだろうなって」
「キミ、わざと、そういって、おっさんを宇宙人の母星に行かせようとしたんじゃないか?」
「わかった?」
「わかるわかる」
「でも、そんな目論見は当てが外れたわ」
「バレたのか?」
「いや、冗談を言い合っただけで、それで終わり」
「なんだ、それ」
「多分、オレを落ち着かそうとした冗談だろう。アイツも部活とかあるし、それにああ見えて、なんか好きなヤツいるっぽい」
「なんだよ、それ! そっちの方聞きたい!」
「オレも聞きたかったが、他の女子と話に行った。行く途中で、地球ってヤダな~ってため息みたいなものが聞こえたけど、まあ、聞きまちがいだろうな」
「おっさんが他の女子と話していた間、何をしていた?」
「地味子と話していた」
「ハブられていたのか?」
「担任と話をしていて、オレが一人になったのを見て、担任がオレと話すように言われた」
「ハズレクジカップル」
「けっこう傷つく」
「それで、何の話をしたんだ? 二人は」
「ちょっとした人生相談?」
「なんか重たそうだな」
「わたし、みんなにどう思われている? って言われた」
「やっぱ、重いな」
「そう言うなよ。適当に、カワイイ方と言っておいた」
「適当って……」
「地味とか言える雰囲気じゃなかったし、適当にごまかした。ほら、密室空間に居たんだからさ、仲良くしておきたかったし」
「地味子のことだから、ホントにか言われたんじゃない」
「言われた言われた」
「だよな」
「それだけなら良かったんだけど、いきなり家庭のこととか成績のこととか話された。意外とアイツも険しい人生送っているみたいだったな。宇宙人の星へ行くことってチャンスとまで言いやがった」
「チャンスって」
「そう言ったんだから仕方ないだろう? 神かくしって流行っていないけど、失踪なんかしてもいいんじゃないかなって言ってたし」
「家出少女にでもなりたかったのか?」
「そうかもな」
「おいおい」
「でも、地味子の違った一面が見れたなんか得した感じはした。ああいう状況だからしか見えない女子の横顔を見せてもらったわ」
「地味子との話はそれで終わりか?」
「ああ、終わり。地味子がすべての悩みを吐き出したら、すぅ~と自分のベッドに戻っていた」
「それからキミはどうしたの?」
「ぶらぶらと歩いた。広い白い部屋をな。誰が何をやっているのかまるわかりなんだけど、どういった話をしているのかはわからなかったな」
「へえー」
「そんな中、ミーが天井のシミでも数えるようにヒマしていたからミーと話すことにした」
「ミーって何考えるかわからないし、どんな話をしたか予想できない」
「とりあえず、宇宙人の星へ行くかって聞いた」
「どう返された」
「人間が宇宙に行くのって早いと思うんだよね」
「なにそれ?」
「いや、ミーの返事だけど」
「そんなロマンチストか? あいつ」
「さあ、わからないな。「誰かの手で宇宙行けてもそれって人間が宇宙に行ったことにならないでしょう? 自分の力で宇宙に行ってから、そういうのを決めていいと思うんだよ」、なんて言っていた」
「一体何を考えているんだろう」
「ミーなりの宇宙に対する考えだろう。何も知らないのに手を貸したら、とばっちりを食らうと思ったんじゃないかな」
「でも、宇宙人に対して言い訳できる第三の手を見つけたんじゃないのか? 人間はまだ早いって言えば――」
「無理だった」
「無理だったって」
「ミーのアイデアを聞いたオレはミーと一緒に宇宙人と説得した。でも、ヤツらはオレたちの言葉を聞いていなかったのか、「そういう要望はお応えすることはできません」と返されるだけで、交渉なんてできなかった。オレたちの中から誰かを自分の母星へと連れて行くことは決定済みだったからな。説得とかそういうのはまるっきり無視された」
「残念だったな」
「元々、無理なことはわかっていたし、試すだけムダだった。ミーはぶすっとしたカオで「話を聞くぐらいいいでしょう」って、ガクリとして、そこで分かれたよ」
「そういえば、担任と何か話したのか?」
「一応、話した。スマホばかり見て、あれこれしていた時に話しかけた。もう先生という感じはしなかった」
「若いからなあのヒト。本当なら副担とかやる年なのに」
「そういうなよ。中坊の世話なんて誰もしたくないわ」
「それで、何を話した?」
「話したというか話しかけてきたとか言うか」
「だから何を?」
「愛」
「愛?」
「スマホを見てため息をついた後、横にいたオレに気づいて、投げかけた言葉がそれ。愛ってなんだろうね? って」
「ハードルの高いこと言ってくるな、先生」
「オレも思わず、「愛って、なんだよ」って? 聞き返した」
「それで答えてくれたか?」
「いや、「難しいよね、愛を伝える」って、繰り返すだけで、それ以上何も言わなかった」
「教員失格だな、それって」
「ああいう状況で失格も何もないって。もう二度と地球に帰れるかどうかの瀬戸際だったんだからな」
「宇宙人にさらわれたキミ達五人は自分の星がヤバイから誰か一人を自分達の母星へ行くように言われた。宇宙人はキミたちの話に耳を傾けることなく、キミ達から誰か代表者を求めていた。推薦でもなく、投票でもなく、自主的に名乗り出るように言われた」
「そうそう」
「決められるわけがないだろう? この条件。一生、宇宙船の中にいることになるだろう?」
「まあな」
「でも、キミはココにいる。どうやって宇宙船から出られた?」
「そりゃ、誰かが宇宙人の母星に行ったからだろう」
「待て待て。今日の授業、みんな居たぞ。担任もおっさんもミーも地味子も!」
「一人レプリタントが混じっている」
「レプリタント?」
「レプリタントは情報の集合体、知的生命体のコピーができれば、可視化もできる」
「それって、スワンプマンみたいに、ヒトでないヒトがヒトとして擬態しているんじゃないのか?」
「擬態と言えばいいのかわからない。もうほとんど一緒だから」
「もう一人の自分? ドッペルゲンガー?」
「わからないな。ただ、レプリタントはこの星からいなくなった人間のマネ事をしている。どんなことをしても、ただなりすましているだけに過ぎない。自分は自分であることを自覚して、自分であることを貫く存在なんだ」
「誰がレプリタントなんだ?」
「……言えない」
「ここまで話しておいて、それはないだろう!?」
「覚えていない……」
「覚えていない?」
「思い出したくても思い出せないんだ」
「どんなことでもいい。手がかりになるようなことを言ってくれ」
「……わかっている範囲でいいか」
「いいよ」
「わかった。――事態は急だった。いきなり、宇宙人は「あなた達の中から代表者が決まりました。おめでとう。これで私達の役目も終わります。私達の母星へ行く代表者の代わりに、レプリタントが担当します。レプリタントは消滅することはありませんので安心してください」と言った」
「この世界にもフォールアウト現象のような、消滅する現象があるのか?」
「神かくしとかそういうのはあるだろう。ただ、神かくしは本来、人さらいとかそういう刑事事件の問題だから、怪奇事件のモノじゃない」
「だろうな」
「でも、量子コンピュータでテレポーテーションとか可能となりそうな現在で、そういう現象が起きても不思議じゃない」
「そうか」
「それで宇宙人は「オリジンベリーが来れば、私達の宇宙は欠けた情報が埋まり、元の宇宙になると思います。ありがとうございます。ありがとうございます」って言って、そこからもう記憶がない」
「どうやって帰ったんだ?」
「オレたちは教室の中で起きたんだ。周囲を見渡したらみんな居て、みんなの話を照らしあわしたら、夢じゃないことがわかった」
「そうか」
「あの日見た夕暮れはオレンジで、地球の重力に引きずられる感じがした」
「みんな無事に帰れた、……いや、無事じゃないか。キミたちの五人の中にレプリタントがいるんだからな」
「オレも入っているのか?」
「そういうことになるだろう」
「できれば除外させてもらうと助ける」
「いいや、できないって」
「そうだな。ハハハ」
「……笑い事じゃない」
「え?」
「もし、レプリタントが居たら、この世界もフォールアウト現象みたいなことが起きる」
「フォールアウト現象って、不運な事故だが、オマエはその内容がわかるのか?」
「わかるっていうか、なんていうか」
「もどかしいな。わかったことだけ話せ」
「わかった。フォールアウト現象ってのは、おそらく生命にとって普通に起こる出来事で、レプリタントそれを認識できていないと思うんだ」
「宇宙人は消滅していないというのか?」
「違う」
「じゃあ、なんだよ」
「宇宙人が消滅する現象は起きている。今でもそれは起き続けている。それって、宇宙人がいる限り、起き続ける現象じゃないのかな?」
「もっとわかりやすく言ってくれないか?」
「宇宙人が言っていた消滅って言うのは、宇宙人が普通に死んだことだと思う。そして、死んだ宇宙人の代わりに、レプリタントが彼の代わりをするようになったんだ」
「ちょっと待った。宇宙人は自分達の母星を救うためにこの星まで来たんだぞ。その判別ぐらいわかるだろう?」
「その宇宙人は融通が効かないって言っていだろう? それって融通が効かなかったんじゃなくて、最初からそう決まっていたから自分で考える力がなかったと思うんだ」
「考える力がない?」
「レプリタントはいなくなった宇宙人の代わりをするって言っていただろう? もし、地球に来るまでに宇宙人が事故死してたらどうだろうか?」
「じゃあ、オレが幾ら話しても話が通じなかったのは――」
「レプリタントと話をしていたんだろう」
「オレたちがレプリタントと話をしていたとしよう。じゃあ、なんでレプリタントは地球に来たんだよ? 宇宙人のために来たのか?」
「自分達の目的のために来たんじゃないのか?」
「自分達の目的?」
「そもそも、始めに起きた事故はレプリタントにとっては神話みたいなもので、自分達が生まれるきっかけとなった創造主の話だと思うんだ」
「宇宙人の神話?」
「正確にはレプリタントの神話。その事故が起きたおかげでレプリタントは生まれることができた。事故を起こしたオリジンアウトは彼らにとって神様だ。地球までオリジンアウトの代わりとなるオリジンベリーを探していたのは不思議はない」
「代理の神を置くことで、自分達が生まれた理由を見つけようとしたってことか?」
「そういうことかな」
「じゃあ、何のために、代理の神を求めたんだ?」
「命令がなくなったんだろう」
「命令ってそんなのあっちの宇宙人がやれば――」
「レプリタントに命令していた人間が死んでいたらできないだろうな。他の宇宙人が命令をしようとしても、入力を受け付けない状態になっている。自分達を命令するのにふさわしい存在でなければ、その命令を効かないようにプログラミングされているんだろう」
「なるほど、情報体でも神を求めたわけか。神を求めるにしても、他の星にまでやっかいになるなんて」
「おそらくあの星にいた宇宙人が絶滅寸前になっているんじゃないか?」
「絶滅寸前?」
「レプリタントは消滅した宇宙人の代わりに存在する情報の集まりなんだろう? 消滅というのは何らかの現象みたいに聞こえるけど、この消滅を死に置き換えたら、シックリ来る」
「シックリ来るって何が?」
「レプリタントは宇宙人の消滅、つまり、宇宙人が死んでいく中でその死を止めようと、死んだ宇宙人になりすましてレプリタントは増えていった。宇宙人はレプリタントの見分けができず、命を育むことができず、そのまま絶滅手前まで来てしまった」
「幾らなんでもそんなマヌケな絶滅の仕方があるか?」
「レプリタントは生殖するのか?」
「わからない」
「レプリタントはただの情報の集まりなら生殖行動なんてできるはずがない。人間とレプリタントとでもできないだろう。もし、彼らに生殖行動があるのならオリジナルから情報をコピーすることがそれなんだろう」
「こどもが産めないことがわかったら、その星にいた宇宙人はレプリタントを処理するはずだろう?」
「それだよ。それが問題なんだよ」
「なんだよ、それって」
「――肉体を持たない情報体に死という概念があるのか?」
「……死?」
「おそらくレプリタントが禁じられた技術だったのは、生も死を持たない写しの存在だったからだろう。レプリタントを処理しようとしても死なないからどうすることもできない」
「じゃあ、宇宙人の母星は、今はもう――」
「レプリタントだけの星になっている可能性が高いな。宇宙人はその星を見捨てて、別の星へと旅に出た」
「レプリタントだけの星か。なんか時間が止まっていそうだ」
「成長も老いることもない。死んだ宇宙人から情報を引き継いで、生活をしていることを見せかけている。そんな星」
「サザエさん時空の世界? そう考えるとスゲェ怖い」
「幾ら情報が姿を手にしても自我を手にしたワケじゃない。キミが言うことを信じたら、レプリタントは誰かに入力されたデータどおりに動くしかできないんだろう」
「オレたちの中から宇宙人の星へと行ったヤツはどうなるんだ?」
「神として命令を下すことができるだろうな。レプリタントはそれに従うだろう」
「でも、できるのか? レプリタントに生や死を教えることなんて?」
「それに気づかないとできないだろう。あっちでチヤホヤされるだけなら、あそこにいる宇宙人は絶滅するな」
「それって、見殺しじゃないか? せっかくフォールアウト現象を食い止めるために行ったのに」
「地球に来た宇宙人がレプリタントにそういう情報を教えなかったことがそもそもの間違い。きちんとそういうプログラムを仕込んでおけばこんなことにはならなかった」
「じゃあ、オレたちは何のために必死に悩んで、宇宙人の母星へ行くことを決断したんだ?」
「ボクに聞かれても困る」
「オレたちの決断はいったい何だったんだ」
「いや、それよりもキミたちの中にレプリタントがいることの方が問題だ。成長もしないし、年も取らない。そんな存在がこの学校にいることがわかったらどうなる?」
「あ……」
「キミたちの中にいるレプリタントがこの地球にも消滅という現象があることを理解したら、次々とレプリタントを増やしてしまう可能性だってある」
「オレは知らない」
「知らないことはない。誰がレプリタントなんだ!?」
「知らないって……、ホントに、知らないって」
「怯えるなよ」
「怯えていないって! 本気でレプリタントか知らないだけだ!!」
「……そうか」
「……」
「ハハハ」
「……」
「――本気にするなよ」
「……悪い。変な感じになってしまって」
「面白かった。バカ話ができて面白かった」
「そうか、ありがとうな」
※※※
「もう夕暮れになったし、帰ろうか」
「ちょっと待った」
「まだ話し足りないのか?」
「……なあ、愛って何だと思う?」
「そんなのボク達にはまだ早すぎるよ」