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BLOODY VALENTINE DAY 笑顔のジグソーパズル 失われゆくピース

音声読み上げデータを用意しました。

VOICEROID+ 琴葉葵 1.3倍速での読み上げで1時間5分くらいです。

よろしくお願いいたします。


https://www.youtube.com/watch?v=lXkHYunrTCc

「何故?くっ!振り回される…ももの奴、こんなのを自由に扱えるっての?すべる…にがすかぁ!」

 莉乃は焦りを感じながらもスコープの中心にイカロスを捉えトリガーを引いた。

 エンジンを打ち抜かれたイカロスがオレンジ色の光を発しながら燃え尽きる。

 更にトイボックスの艦橋を狙い上方から急下降してくるイカロスが3機。

 反転した莉乃の操るβが迎え撃とうとするが機体が安定しないため狙いが定まらない。

 スライドしながら回転する莉乃のβ。

 「させるかー!」

間一髪のところでショートレンジレールガンでの連射でイカロスが火炎に包まれ失速した。

 「りのの!何してるんや!下がれ!機体を安定させるんや!」

百花がシンクロ銃座でどなる。

 シンクロ銃座へ滑り込んだ百花が射手を受け持った。

 肩のスラスターと逆噴射で機体を安定させる莉乃。

 再び急降下を試みたイカロスがデブリと化す。

 「りのの!なんでαで出んかったんや?βは防衛戦には向かん機体やで!判断力は人一倍有るやろ?どういう事や?」

 襲ってきたエジプト軍をひとまず撃退する事には成功した莉乃であるが、百花のおかげで凌いだに過ぎない事は理解していた。

 しかも、百花の指摘に反論出来ない。

 亜紗美のαが莉乃のβの肩を掴んだ。

 「りのの…わたしには判るわ…何故αを使わなかったかは…苦しいよね?…」

 亜紗美のαを振り払いトイボックスへ戻る莉乃を亜紗美は涙で見送った。

 「もも…りののを責めないで…あなたにも、理由は分かっているはずよね?わたしが船首の警戒位置についているから、りののを少し休ませてあげて…おねがい…」

「あさみん?…うん…わかった…すまん…」

百花が、シンクロ銃座から降りてブリッジを後にしようとして振り返る。

 世蘭も友梨耶も真梨耶も真凛も日菜もその上優那までもが3日間以上艦橋には来ていない。

 攻撃を受けている間も連絡すらなかった。

 優那は怪我人の治療を一人でしなければならなくなったため艦橋へ来る時間が無いのではあるが、他のメンバーは悲しみで動けなくなっていたのだ。

「もも…ごめん…わたし…」

帰還した莉乃がブリッジに入ってきた。

「うちも考えなしやった…りのの…あんたの所為やあらへん…あん時、αで出たんは正解やで。りののが船を守ってくれんかったら、みんな死んどった…気にするんやないってのは気休めやが、うちらはりののを信頼してるんやからよろしゅう頼むわ…」

莉乃の返事を待たず百花はブリッジを後にした。

 ブリッジを見渡し莉乃は拳を握りしめたまま涙を浮かべて立ち尽くす。

 「あの時、わたしがβで出ていればリフレクトキャノンを撃つ前にひなちゅんを助けに行けたはず…βの速度なら間に合ったはず…γで出ていてもγのレールガンライフルの射程距離ならソニックRを撃退してひなちゅんを助ける事が出来たはず…αのスピードやαのグラビリティーブレッドの射程距離のせいで間に合わなかった…間に合いさえすれば史樹さんを犠牲にせずに済んだはず…わたしは判断を間違ったのでは?…ももはああ言ってくれるけれど…」

莉乃は銃座へ座って援護のため船首付近にいる亜紗美のαを見つめて涙を流した。

「りのの…わたしには掛けてあげられる言葉はないけれど、あなたの気持ちは痛いほど判るわ…少し休んで…」

 インカムから亜紗美の言葉が莉乃に届く。

「あさみん…ありがとう…」

 銃座を下げリクライニングさせて瞼を閉じた莉乃の目尻から涙が滑り落ちた。

 

トイボックスの艦橋の上に展望室があった。 2mの分厚いアクリルのドームで作られた360度が一望出来る展望室だ。

 戦闘時や大気圏突入時などは船内に格納されるようになっているが通常はオープンになっている。

 戦闘が終わった事でせり上がってくるこの展望室に日菜が居た。

 展望室の中央にリフレクトウォールが設置されていた。

 史樹の影が蒸着したリフレクトウォールである。

 日菜はリフレクトウォールの史樹の影が刻まれた側に背をも垂れかけさせてうずくまっていた。

 戦闘が始まる前から日菜はこの状態だった。

 戦闘が始まり展望ドームが収納されてからもずっとこのまま動けなかった。

 史樹が守ったこの船の危機にも反応出来なかった。

 展望室の入り口で藍花が日菜の様子を伺っていたが、声も掛けられず近寄る事すら躊躇っている。

 「藍花ちゃん…悪いけど外してくれへんか?」

「ももねえちゃん?…うん…部屋に戻ってる…でも、日菜ねえちゃんはそっとしてあげて欲しい…あの時、わたし…責めちゃったから…」

 「真宙からそれは聞いたけど、藍花ちゃんは正かったと思うよ。だから、うちに任せてくれへんか?」

 藍花の頭を撫でながら百花は笑った。

 「うん…」

 藍花がドアを出て行くのを確認して百花は日菜の方へ向かう。


真凛は自室からあの日以来出ていない。

 莉乃や日菜とは全く違う理由からだった。

 戦争を画策してるのが母国という事も関係なかった。

 「真凛…あなたには来て欲しくないそうだから、落ち着くまでわたしに任せてくれる?気持ちは分かるけれど、あの子達の気持ちもわたしには分かるから…」

 優那の言葉だった。

 ビックバン・リフレクト・キャノンの初期消火を行って負傷した乗員は、真凛が守る事を誓った3人の子供たちだった。

 「わたしたちは真凛お姉ちゃんに『ケガしないでね』って言ったのに、ケガしちゃったから…真凛お姉ちゃんには言わないで…お願い…心配掛けちゃう…」

 3人が3人とも同じ事を優那に言っていた。

 真凛が3人の子供たちが居ない事に気づかないはずがなかったため、優那は状況を真凛には説明していたが子供たちの気遣いを考慮して真凛には病室へ行かないようにと釘を刺していたのだ。

 「わたしは…誰も助けられなかった…何も守れなかった…」

ベッドに腰を掛け俯いたままの真凛は明人達を思い出していた。

 「わたしが生きていて良いの?」

 明人の笑顔を思い出して真凛は一筋の涙を流した。


 「どういう事だ?お前らが船を守っただと?」

 日菜は病棟へ来ていた。

 船を守るためにビッグバン・リフレクト・キャノンの消火を行い負傷した乗員が入院していると百花に聞いてやってきた日菜。

 ベッドにいる4人を見て驚きの表情を浮かべる。

 「永井日菜か?…守ったのはそっちにいる3人の子供だ…わたしたちは後を受けて手伝っただけだ…爆発に巻き込まれてドジをやらかして迷惑を掛けているタダのバカだよ。最初からわたしたちが消火作業についていれば、そこの子供たちもケガをしないで済んだはずだし…」

 日菜にはこの事態が理解出来なかった。

 拘束していたはずのイスラエル兵が消火作業に付くなどという事を理解出来るはずがなかった。

 「何故だ?どうやって拘留室から出た?何故逃げなかった?」

 「カギはずっと開いていた。あの小鷹狩とか言う女が開けていった…これは返す…」

 iPhone9sを返す兵。

 他の3人も同じようにiPhone9Sを差し出す。

 録画された動画を再生する日菜。

「おやじ…これを見たらこの人達と家族を保護して亡命させてくれ。うちらを守ってくれた人たちや。ひなちゅんの国の人やが親父さんの部隊やから国に帰ると殺される。うちがもし死んでいても、うちとの約束やから頼む。」

百花だった。

「何故これを返す?お前らはこの船を守った。約束は有効だろ?」

 俯く兵士たち。

「さっき言った…守ったのは子供たちだ。わたしたちは最初に呼びに来た子供たちを一度は無視した。その所為で子供たちはケガを負った。その上、小鷹狩という女に約束したのは永井日菜、お前を守るという条件だ。お前を守ったのは吉川史樹という男だ。わたしたちは何も出来なかった。だから、これを持つ資格はない…」

 日菜は言葉を失った。

 思い出したのは友梨耶の言葉だった。

「そうよ。この船に乗っている以上みんな仲間よ」

 日菜は心に暖かいものを感じた。

 そうして、史樹ならどうこの兵士たちに声を掛けるだろうと考えた。

 「それはももの気持ちだ。わたしに返してもらう理由はない。お前らの気持ちは受け取った。身体を早く治して手伝ってくれると嬉しい。」

日菜はそれだけ言うと病室を後にした。

 「永井日菜…お前を守った吉川史樹に感謝する」

 4人の兵はそれぞれ俯いて呟いた。


世蘭は日菜が居ない事を確かめて展望室へ入った。

 リフレクトウォールへ近づくとしゃがみ込んで見上げる。

 瞳から流れ落ちる涙が床を濡らして星々の光を受けて光っている。

 「わたしは…生きていて良いの?…史樹さん…わたしにはもう何も残っていない…あなたが命がけで助けようとした人…わたしはその大切な人を殺そうとした…わたしの大切な友人の親友を…あの一撃で死んだ人は何百人かは知らない…何百人も殺したのに、わたしにとってはあなた一人の命の方が重い…史樹さん…」

 泣き続ける世蘭に声を掛ける事も出来ず、戻って史樹に報告しようと思っていた日菜は、展望室を後にした。


 真梨耶と友梨耶が18番と書かれた部屋にいた。

 子供たちが入院しているため閑散としてしまった部屋に二人はずっと籠もったままだ。

 「おねえちゃん…」

 「わたしがあんな作戦をさせなければ…」

友梨耶と真梨耶はガーディアン・スーツの操縦システムを奪取するために行った作戦自体を後悔していた。

 「ガーディアン・スーツ程度ならくれてやれば?生き残って地球に戻って戦争を阻止する事の方が重要でしょ?」

 二人の胸に突き刺さっているのは、この世蘭の言葉だった。

 「史樹さんの死も、重傷を負った子供たちも全部わたしの所為…こんな事になるなんて…あんな物のために大切な命を…」

 「みんな賛成したよ…わたしも…わたしが、もっとうまく動けていたら…βをもっとうまく使えていたら…おねえちゃん…ごめん…わたしには何の力も無かった…」

 壁にもたれかけて上を向いて涙を流す真梨耶。

 突然、アラームと共にシャヂーの呼び出しが掛かる。

「緊急招集!緊急招集!各オペレーターはブリッジへ集合して下さい。繰り返します。各オペレーターはブリッジへ集合して下さい。」

真梨耶と友梨耶は一瞬反応したが、身動きもせず俯いたままだった。


ブリッジへ駆け込んできた百花。

 「なんや?」

 辺りを見回すがブリッジに居るのは莉乃だけだった。

 艦首で警戒にあたっている亜紗美と怪我人の治療に集中している優那は別にしても他の乗員が誰も来ていない。

 莉乃がかるく首を横に振る。

 ため息を漏らす百花。

 「シャヂー!何の呼び出しや?」

 「乗員が揃っておりませんがよろしいでしょうか?」

 「いいわ。わたしたちで判断するから始めて」

「わかりました。通信を傍受しました。アメリカ空軍の暗号通信ですがシャドーグリーゼのギリシャ領への攻撃を発令した模様です。6千人が移住しているエリアへの攻撃です。」

 「シャヂー?なに言ってる?そんなのうちらには関係ないだろ?既にシャドーグリーゼから相当離れているし、そんなの勝手にやらせておけば良いだろ?」

 日菜がブリッジへ入ってきた。

 「つい先ほど攻撃してきたのはギリシャ空軍だろ?何をさせようというの?」

 莉乃も無関係だと言いたいようだ。

 「人が死にすぎて麻痺しちゃったみたいね。まさか本当にそう思ってるわけじゃないでしょ?わたしの仲間はそんな情けない人間じゃないよね?わたしたちを守ってくれたスカウト達の半数は、この星に移住していたギリシャ人だったはずよね?」

 優那がブリッジへ入ってきた。

 珍しく厳しい表情を浮かべている。

 優那の後ろには項垂れている世蘭がみえる。

 「ゆうにゃん…無駄やわ…今のこの連中になに言っても…」

百花がブリッジを駆け出して行った。

 後に残ったメンバーはお互いに顔を合わせるのも辛そうに配置へ着いた。

 ウィングレットでの移動が定着していた船内では今は珍しくなっていた靴音に反応した友梨耶が自室から出てきた。

 百花が走り抜けて後部のカーゴルームへ向かっていた。

 友梨耶はその表情から嫌な予感を覚え後へ続く。

 真梨耶が心配そうに見送った。


 後部格納庫に並んでロックアームで固定された2機のシャトル。

 1機は強襲シャトルと命名されたトイボックスに装備されていたシャトルだ。

 もう一機はイギリス空軍基地から奪ったシャトルである。

 百花は強襲シャトルへ乗り込むと発進のフェーズを始めた。

 グリーゼ581gを通過する際に重力ジャンプで加速したトイボックスはほぼ星間航行速度へ到達している。

 この速度で更にカタパルトとロケットエンジンの加速でシャトルを打ち出せばシャドーグリーゼまではさほどの時間を要さない。

 更に公転速度が速いシャドーグリーゼは後10数時間でトイボックスに最接近する。

 質量も小さく重力が地球と同程度のシャドーグリーゼの周回軌道に乗せるには速度が速すぎるし減速すれば赤色矮星グリーゼ581を使ったスイングバイが出来なくなるが、シャトルで降りる事は可能である。

 もちろん、片道切符である。

 トイボックスへ戻る手段はない。

 「もも?何をしてるの?」

「友梨耶か?あんたはブリッジへ行った方がええ…うちは…」

 シャヂーが入ってきた

 「百花さん!アメリカ空軍の正式発令が降りた模様です。決行は12時間後です。コーディングを外した映像が出ます。」

息をのむ友梨耶と百花。

 「君たちに裏切り者の汚名を返上し英雄として帰還出来るチャンスを上げよう。この作戦を成功させればもちろん家族の安全も保証しよう。だが、失敗すれば最愛の妻も子供も失う事となる。成功を祈る。」

 切り替わった画面に女性と女の子が銃を突きつけられて座らされている姿が映る。

 更に切り替わり違う女性と2人の男の子がやはり銃を突きつけられて座らされていた。

 「以上が発令書という名目で送られたファイルです。」

 「シャヂー!これは命令書なんかやないで!脅迫や!これが軍人のやる事か!」

 シャヂーは答えなかった。

 「もも…あんた…何する気?」

 「答える必要はないやろ?十分わかっとるやろ?」

 発進シーケンスを続けながら百花は友梨耶に言った。

 「シャヂー!作戦の詳細を教えろや!阻止できるんか?」

 「百花さん…情報が食い違っています。解析途中ですが判断出来ますか?」

「食い違っとるんは、オジェともう一人のおっさんに発令された命令とエジプト領への攻撃の内容やろ?そんなん誰でも判るわ!うちが知りたいのはオジェに発令された方の詳細や!それを食い止めればエジプト領の市民もオジェ達の命も救えるはずやろ?」

百花は最初に映し出された女性に見覚えがあった。

 チャンピオンシップを戦っていたオジェを見守る日本人女性。

 彼女はオジェの奥さんである。

 「了解しました。内容はエジプト領にある空軍基地のパワードスーツ『イカロス』の制御ユニットであるファラオの魂の奪取です。航空管制やレーダーサイトに掛からないようにクルマで領内に入り込み奪取する作戦を発令しています。しかし、それは百花さんが考えているように表面的なものだと推測出来ます。作戦には裏があります。クルマの中に水素爆弾を仕込むつもりのようです。規模は今のところ情報がありませんがギリシャ領内の水素タンクと連動した場合は全滅の危険があります。」

「なんですって?」

 友梨耶は顔色を失った。

 「シャヂー…引き続き情報を何としても掴め!優先するのは爆弾の破壊力と起爆装置の解除方法や!うちはシャトルで降りてオジェを止める!頼むで!」

 「もも…お前のプリウスは降ろすわけにはいかないぜ」

日菜が百花の頭にM16を突きつけていた。

 「日菜さん?何してるの?」

友梨耶が驚いて青ざめている。

「片道切符や…ガーディアンスーツの制御ユニットは外して降りる…少しは軽量化出来るしな…そう言う事やろ?ひなちゅん…」

 銃を納めた日菜。

 「判ってるな…もも…余計な事を言ってすまない」

「ええよ…ひなちゅんらしくて…」

 「わたしはブリッジへ行って降下位置とタキシングポイントを算出して作戦立案をしてくるわ…もも…ひなちゅん…ケンカはしないでね」

 友梨耶は駆け足でシャトルから出て行った。

 「シーケンスはうちに任せてくれないか?ももは休んでいた方が良い。世蘭と仲直りもしてないだろ?絶交したままで良いのか?」

「世蘭はひなちゅんを撃った…ひなちゅんは生きていたし、死んだのは史樹だったけれど…でも、ひなちゅんを殺す事に躊躇いはなかった…あん時の世蘭を忘れられると思うんか?」

唇を噛む百花。

 百花の瞳に涙がにじんだ。

 「だからももが撃つべきだったんだよ…世蘭が撃った一撃で死んだのは史樹だけじゃない…あの一撃で何百人も死んだんだ…そんな思いを世蘭だけに押しつけて行ってしまう気か?ももらしくないぜ…ここは任せて行ってこい…」

 拳を交わして百花もシャトルを後にした。


 重い足取りで、ブリッジへ向かう百花が、レストルームを通り抜けるとき、真宙が見えた。

 ジェシーとコーラを飲みながら休憩を取っていた。

 「出来たんか?」

 百花が声を掛けた。

 「ももか?複雑なプログラムだ…見通しは付いた気がするけど、天才のした事だから裏がある気がして自信は無いけど…」

 ジェシーと真宙はTOYの起動制限を外そうとずっとプログラムの変更に躍起になっている。

 プロトガーディアンスーツのOSとは違い、船内のガーディアンスーツには起動キーが必要だった。

 現状のままでは MISSING 100YEAR の関係者にしか操縦が出来ないのだ。

 船内のガーディアンスーツは修理中の機体も含めれば12体存在していた。

 現状ではMAXで8機の出撃しか出来ない。

 優那を入れたとしても9機だ。

 ブリッジの各座席にしても扱えるのは9人に制限されている。

YAKKYというプログラムが3つのOSを最終的には支配しているという形ではあるが、YAKKYを外しての起動を真宙とジェシーはやろうとしていた。

 だが、彼らは知らない。

 YAKKYこそがガーディアンスーツの本当の力を発動させるためのプログラムである事を。

 「修理中の機体は修理ロボットに任せているが、このプログラムを何とか完成させないと俺らは援護へも出れない…」

「すまないな…まだ、起動すら出ない…」

ジェシーに続いた真宙が項垂れた。

 「しゃーないやろな…天才が揃いも揃って否定して葬ろうとした機体や…半端な事じゃ使えないさ…まぁ、よろしゅう頼むわ」

 自販機からコーラを取り出し真宙の肩を叩いて百花はレストルームを後にした。

 「真宙…ジェシー…後は頼むで」

 声に出さず、百花は心で呟いた。

 「シオン…タイト…ケイト…」

窓から宇宙服に身を包んだ3人が飛び出していくのが見えた。

 3人は船体の補修と失われたカプセルシャトルの新設を担当している。

 カプセルシャトルは両舷に有ったため現状でも3機の射出は可能ではあったが万一のため修復する事となっていた。

 船外活動自体、今のトイボックスの速度では危険な作業である。

 エジプト空軍の攻撃の間は船内に戻っていた彼らだが時間を惜しんで飛び出していったのだ。

 「みんな全力やで…真凛…真梨耶…沈んどる場合やあらへんで…」

百花のつぶやきは自分に向けられたものでもあった。


ブリッジで友梨耶は作戦立案を行っていた。 オジェのFORD EV7 WRC のスペックとターマックでのリザルトを照らし合わせ到着時刻を算出している。

 ナビが素人に近いジムが担当している事がわずかに希望と言えたが、それでもプリウスGSの速度では間に合わない計算となっていた。

 シャトルの降下位置は少なくとも300kmはエジプト領の外側でないと対空ミサイルの餌食となる。

友梨耶の行動をブリッジのほぼ全員が無視していた。

 口を挟まないようにと我慢をしていたのではあるが耐えかねた世蘭が席を立ち友梨亜のレーダー管制席へ向かおうとした。

 「やめなさい!世蘭!」

 優那が世蘭を制した。

 「世蘭だけじゃないわ!りのの!あなたもよ!言いたい事は分かるし気持ちも分かる。言ってはいけない事もあなた達は十分判っているよね?だから今まで言わなかった。感情に負けて今、言うつもりだった事も判ってる。でも、それを言えば全て終わってしまうよ。わたしも容認した。あなた達も賛成した。全員が決めた事だったよね?結果だけを友梨耶に押しつけるなら全てここで終わるよ!終わらせたくはないはずよね?忘れろとは言わないけれど、前を向いてちょうだい!」

 世蘭は黙って席へ戻った。

 莉乃も立ち上がろうと掛けた肘掛けから手を離す。

 「後部警戒態勢へ入ります」

真梨耶がブリッジへ入ってきて一端百花の担当する左舷操縦席へ視線を落とした後担当の後方右舷銃座へ入り座席をずらして待機に入った。

 「みんな…ごめん…」

百花と合流して真凛がブリッジへ入ってきて左舷銃座へ付くと真梨耶同様に待機体制へ入った。

 「友梨耶!間に合いそうか?」

 百花が友梨耶の席の横へ移動してモニターを見つめていた。

 「もも…無理よ…全然間に合わないわ…シャヂー!何か方法はない?」

 「条件を根本から変えなきゃ無理だな…シャヂー!エーピーアール プリウスGTでならどうだ?」

 日菜がシャトルの発射シーケンスを終わらせブリッジへ戻った。

 「日菜さん。現状での条件クリアです。行けます。計算上は間に合うはずです。ただし、FORD EV7 の搭載水素爆弾が50kg以下という条件で到着後の爆発という条件での話です。」

 「プリウスGTってなんや?ひなちゅん?何を言ってる?」

 「100年前に永井 大が血族の永井 輝男から譲り受けた JAF GT プリウスはイギリス軍から奪ったシャトルに積んであった。あの星に隠されていたんだと思うが、わたしにも詳細は分からない。永井 大が残した遺産としかな。TOYユニットは外しておいたから自由に使え」

 日菜は百花の肩を叩いて笑った。

 プリウスGTのスペックをプリウスGSのスペックと差し替えて友梨耶が計算を終える。

 「もも…本当に良いの?…」

 優那が悲しそうに百花を見つめていた。

 「すまんが、誰かにシャトルの方を頼まんといかんな…強襲シャトルならなんとか重力ジャンプ前にトイボックスへ戻れるやろ?」

 「百花さん。着陸後30分以内であれば重力ジャンプへ間に合います。順調に進めばではありますが」

ブリッジを見渡す百花。

 真宙が入ってきた。

 「俺で良いか?話は聞いていたが、シャドーグリーゼに接近するんじゃ援護もいるぜ。アメリカ空軍の攻撃も予想出来る上にさっきのギリシャ軍も出てくるはずだぜ」

 「援護は俺が受け持つ。残念だけどαとγのロックは外せなかったから白のβで出るしかないけどな。修理が済んでない機体だけどあと2時間ほどで終わるから他の調整に今から入るよ。真宙…おまえ良いのか?」

「止めて言う事を聞く奴じゃないからな。最後まで一緒にいたいしって事で…」 

「あほ!」

 百花の右ストレートで真宙が沈んだ。

 床に沈んだ真宙を後にブリッジを百花が後にした。

 「真宙な…お前うまくやれよ…」

「あいつ…もう会えないかもな…なのに俺はあいつを守ることも出来ない…」

傷みからではない涙が真宙の頬を滑り落ちた。


 レストルームを通り過ぎようとしていた百花の耳に笑い声が入ってくる。

 もう長く聞いていなかった楽しそうな笑い声だった。

 百花はその響きに安らぎを覚え無意識に足が向いた。

 レストルームの奥のキッチンルームの入り口の窓から幼い少女二人が何やら料理をしているように見えた。

 二人とも真剣な顔と笑顔を交互に浮かべながら楽しそうだ。

 「うちもあんな頃があったかな…」

 ついドアを開けてしまった百花に、少女達の視線が集まり手が止まる。

「ごめんな…邪魔やったかな?」

 ドアを閉め立ち去ろうとした百花にクリスが声を掛ける。

 「ももねえちゃん!良いところ!ねぇ、ホイップクリームってどうすれば良い?甘い奴作りたいの!おねがい!」

 絆創膏やら包帯やらで殆どミイラ状態のクリスが百花にまとわりつくように抱きついて手を合わせながら懇願した。

 同様にミイラ化しているリーザも同じように百花にまとわりついていた。

 二人が作っているのはどうやらチョコケーキに見えるがかなり歪な格好ではあった。

 「うちもあまり得意や無いが、気分転換にはいいやろ…ホイップクリームは確か冷凍室にあったな?てつどうたるわ」

 百花が腕まくりをして手洗いを済ませようとするとリーザが袖を引いた。

 「教えてくれるだけでいい…わたしたちでやらないと意味ないから」

 百花はキッチンのカレンダーを見て納得した。

 「誰へや?」

 真っ赤に染まった頬の二人。

 「フラヴィオ」

声を揃えて二人の少女が俯いて答えた。

 「三角関係かいな?」

 百花が笑った。

 本当に久しぶりの笑顔だった。

 二度と笑うことなんてないと思っていた百花が心から暖かく感じて笑いをこぼす。

 「ええよ…がんばろうな」

 消火作業中にケガをした子供たちだったがフラヴィオが一番症状が重かった。

 その原因は火災の消火中起こったフラッシュバックの時、二人を庇ってフラヴィオだけが熱風を一身に浴びたためだ。

 少女達はその行動に感謝を込めてのお礼のつもりだったが、百花にとってはそんな細かい話は関係が無かった。

 二人の笑顔と照れくさそうな表情だけで十分に心が満たされていた。

 一通り手順を教えた百花だったが少女達が作業をしている間手持ち無沙汰になり自分も何か作ろうと割れチョコに手を伸ばした。

 「せやな…うちも気持ちを渡しとこ…」

 少女達の邪魔にならないように百花もケーキを作り始めた。

 自分の分を作り終えた百花が少女達に別れを告げキッチンルームから立ち去った後、世蘭もまた少女達の笑い声に誘われてキッチンルームへ入ってきた。

 楽しそうにケーキとクッキーを拵えている少女達に混じって世蘭もまたチョコとケーキを作り始める。

 「いいな…わたしもこんな風に楽しくやれたら良かったのにな…」

 少々沈みがちな気持ちの世蘭の肩をポンッと叩いて優那が入ってくる。

 ビクッっと肩を窄ませる二人の少女。

 「もうチョットだけだから…優那おねえちゃん…良いでしょ?」

 「わたしってそんなに怖い?…」

 優那の様子を見て友梨耶が笑った。

 「まぁ、お医者様だもんね。しょうがないよ」

 「安静にしていろって方が酷だよね?今日くらい良いけど、あまり無理しないでね。後でおっきい注射が待ってるだけだから良いよ」

「だから怖がられるんだよ」

日菜がやはり甘い香りと笑い声に誘われてやってきて笑った。

 真梨耶も日菜と一緒にキッチンルームへ入ってくる。

 警戒に当たっている亜紗美と亜紗美と交代しようとβの準備に向かった莉乃以外がキッチンルームでお菓子作りをする結果となっていた。

 笑い声で溢れたキッチンルームは暫し惨状を忘れる空間となっていた。

 苦い時間を長く過ごしてきた乗員の面々には甘い香りの空間は夢のようにも思えていた。


強襲シャトルへ戻った百花。

 格納庫に収められたプリウスGTを見つめていた。

 朔がアームで固定しているところだった。

 日菜に頼まれて作業に来た朔であるが、朔もまたガーディアンスーツの整備を担当していた。

 グリーゼ581gでの作戦で真梨耶が搭乗して傷ついた機体を修復する役割をしていた。

 ジェシーが搭乗する予定の機体だ。

 「いいのか?戻れないぜ。俺で良ければ代わるぜ」

 百花が笑った。

 「朔。あんたには真凛を守るという役割がある。それに、うちじゃ無きゃ、間に合わんよ。この船を守ってくれるよな?」

 朔は頷くとβの修復という作業へ戻る。

 何も言えなかった。

 百花の覚悟も、世蘭の心情も察するには、あまりある。

 「俺は無力だ」

 心臓に痛みが走った。


操縦席の後ろの座席で眠っていた百花が目を覚ます。

 操縦席にはパイロットスーツに身を固めた真宙が既に居た。

 「寝てる隙に何もせぇへんやったやろな?」

返事はない。

「無視かいな?まぁええわ。うちはプリウスGTで待機しとるから後はよろしゅう」

 操縦席で手を上げて『わかってる』とでも言いたげに操縦桿へ戻す真宙。

 百花が扉の向こうに消えた。


 ブリッジの面々は悲痛な面持ちだった。

 成功しても失敗しても仲間を失うことは間違いない事実だった。

 悲しい決断をさせない事を願っていた莉乃は何も出来ない自分を責め続けている。

 リーダーとして百花の決断に理解を示したい優那ではあるが、失うものが大きすぎた。

 仲間を信じる気持ちだけで作戦立案をした友梨耶は自分のしている事に胸を締め付けられている。

 ただ見ている事しか出来ない真梨耶は力の無い自分を恥じている。

 警戒態勢で事態を把握出来ていなかった亜紗美は何も策を講じる事すら出来なかった事態の急展開に戸惑いと悲しみで百花にかける言葉すら見つからない。

今し方、作戦について聞いたばかりの真凛は自分の席に着いたまま俯いて泣いている。

 世蘭と日菜はブリッジにすら来ていない。

 「いくで!後はよろしゅう!」

 百花の声がブリッジに響いた。

正面のモニターでカタパルトから射出された強襲シャトルがロケットエンジンで更に加速されて消えていく。

「フェーズ1終了。フェーズ2に入ります」

シャヂーの抑揚のない言葉が船内に冷たく響いた。


百花はプリウスGTの中でイメージトレーニングをしていた。

 ナビなしで初めての道を全開で走らなければならない。

 単独ならばまだ問題ないが、WRCチャンピオンのオジェを追い抜かないといけないというとんでもないオーダーなのだ。

 平面の地図でのイメージは掴んだがどう転んでもサーキットのように走りやすい路面ではない。

 その時、唐突にシャヂーからの連絡が入る。 ブリッヂとシャトルの船内、そうして、プリウスGTの車内のスピーカーからも。

 「5分早いですがFORD EV7 が基地を出ます。」

 「なんやて?時間を守らん男は嫌いや!真宙!加速出来るか?」

 後ろを振り返る百花の視線に、窓越しに×印を見せるパイロットスーツが見えた。

 「シャヂー!最新の情報を整理して教えろ!」

「百花さん。5分早く出ましたがそのほかに変更はありません。爆弾の詳細は現在再調査中ですが分かった事だけで報告します。信管は時限式と衛星からの到達信号さらにリモコンも備えていますがリモコンも衛星を中継するタイプです。ただし、衛星信号が途絶えた瞬間に時限信管が作動して起爆するシステムも備えています。解除方法は比較的簡単です。急ごしらえの信管ですのでダミーもなければ取り外し不能な振動検知信管もありません」

 「あほ!ラリーカーに振動検知信管なんか積んだらもう爆発しとるで」

 「…」

 シャヂーが沈黙した。

 「追加情報が出ましたが、あほが報告してよろしいでしょうか?」

 「すまん。口が過ぎたで。シャヂー頼む!」

「当初考えられた50kg水素爆弾である事は間違いないのですが、2個積んでいます」

 ブリッジに居た全員が青ざめる。

「規模としては1.5倍の規模となります」

百花も唖然としている。

「間に合わん…か…」

 「進路設定変更します。強襲シャトル、運航プログラムオープン。接続開始。5…4…3…2…1…プログラムアップロード完了。以後リンクしたままこちらに操縦を渡して下さい。」

「世蘭?」

世蘭が航行管制席に入っていた。

 「もも!タイヤをレインに換えて!」

「無茶やで!大気圏突入まで10分もないで!」

 慌てる百花。

 「そのクルマはセンターロックだから1本30秒もかからないわ!わたしを信じて!」

世蘭の勢いに押された百花が車外に出てタイヤを換える。

 その間に世蘭が気象コントロールユニットを操作して路面状況を変えてゆく。

 タイヤ交換を終えてシートへ滑り込んだ百花を待っていたかのように大気圏突入へ入る強襲シャトル。

 シャトルとの通信が途絶した。

 「りのの!αで出て!強襲シャトルが戻りやすいようにクロスラインに軌道を修正するから援護が必要になるわ!」

 「俺もβで出るよ。カタパルトで衛星軌道上へ射出してくれ!シャヂー出来るな?」

ジェシーがブリッジから駆け出していった。

 莉乃が躊躇っている。

 「りのの!何してるの?タイミングを逃すと間に合わないわよ!」

友梨耶が莉乃が動きを止めているのを見て怒鳴るが莉乃は動けない。

 「りのの!前方左舷のブルーのαで出て。格納庫のシャトルの中にブルーのプリウスαGSがあるわ。あなた専用の機体よ。あなたの曾おばあさまの愛車。普通のαとはひと味もふた味も違うはずだってひなちゅんが言っていたから。大丈夫!あなたならやれる!」

 世蘭の自信たっぷりの言葉に押されて莉乃が走り出す。

 「わたしもβで出させて…今度こそ迷惑はかけない」

真梨耶は覚悟を決めていた。

 「真梨耶…行きなさい!でも、あなたの機体はボルドーマイカ 紫の機体のβよ!シャトルの中の紫のプリウスGSで出なさい!わたしたちにしか扱えない機体よ。良いわね?絶体に無事に帰ってくるのよ!」

 駆け出す真梨耶。

 「ゆうにゃん…わたしもブルーのγで援護に出るわ…正直初めての機体だし、不安だけど、曾おじいさまの残してくれた遺産だし、何とかしてみせる。みんなをよろしく!」

 亜紗美も格納庫のシャトルの中のブルーメタリックのアクアGSへ向かった。

 「真凛?どうしたの?」

 拳を握りしめて立ち上がった真凛に優那が尋ねた。

 「ゆうにゃん…わたしにはこの船を守りたい気持ちだけが残されているわ。子供たちを守るためなら何だってやってみせる。みんながこの船を離れてしまうのなら、わたしだけでもこの船を守ってみせる!」

 真凛もまたシャトルの中にある赤いプリウスαGSへと向かう。

 ブリッジには優那と友梨耶だけが残った。

 乗員がガーディアンスーツへと向かう中、異常に気づいた朔とシオンとタイトとケイトがブリッジへ入ってくる。

 それぞれ発動ランプが付いたシンクロ銃座へ入る。

 友梨耶も真梨耶のβと連動しているシンクロ銃座へ入った。

 最初に真凛の赤いαが甲板へ上がってきて防御態勢に入る。

 亜紗美のγが撃ち出され、それを期に次々と撃ち出されていくガーディアンスーツ達。

 見送る真凛は強い意志に包まれていた。

 消えてゆく仲間達の姿を目に焼き付けるように、真凛はいつまでも見詰め続けていた。


「世蘭!もうすぐ地上やが、近すぎんか?ミサイルは?」

 通信が回復した。

「もも!大丈夫よ。レーダーは攪乱してる。目視される距離までに降りて!これで50kmは稼いだはず!」

 「5分どころか50kmか?やるな!さすがやで」

「んじゃ、もう50km稼ぐぜ!もも!」

逆噴射で着陸するはずのシャトルが機首を上げギヤダウンした状態で減速しながら直線路をなぞるように飛行し続ける。

 「ひなちゅん?なんでや?」

 操縦席に居たのは真宙ではなく日菜だった。

 「送り狼にはおねんね頂いたよ。うちの方が操縦テクは上だからな。もも、ハッチ開けたら飛び出せ!」

 ランディングしながらハッチを開ける日菜。

 プリウスGTが滑り降りる。

 そのまま速度を上げて操縦桿を引く日菜。

 機体は上空へ消えていく。

 「ひなちゅん…ありがとう…さいならや!行くで!」

 フルスロットルをかました百花。

 加速し続けるプリウスGTは山間の峠道を抜けていく。

 

 そのころ、突如としてスコールに見舞われたオジェは減速を余儀なくされていた。

 SSとは違い特に急ぐ理由もなかったし、タイム的なオーダーも与えられてはいなかったためさほど本気では走っていなかった。

 更に後ろに積み込まれていた意味不明の荷物の重量でスピードの制限も生まれていた。

 視界も悪かったが、意外にもジムのナビが正確だったためさほどのハンディとはなっていなかった。

 人質に取られた家族の事が心配だった事を除けば焦る理由も無い。

 コントロールシステムの奪取という戦闘を前提としていない任務も気が軽かった。

 「後方から追走してくる車両がある。何者かは判らないが任務の妨げになる可能性があるため追いつかれる前に目的地に到達せよ」

無線機からEV7の車内に追加の指令が入った。

 「バカ言うなよ…このスピードに着いてこれる車両だと?何者だ?」

ジムが振り返って車両を確認しようとしたがコーナーが続く峠道では確認出来ない。

 「あのお嬢ちゃんならターマックの決着だな」

オジェが笑った。

 家族が人質に取られる事態は想定していなかった二人だが、百花と世蘭の頼みに応じた事だけは後悔していなかった。

 たとえ裏切り者の烙印を押されようとも、自分の良心を裏切るよりましだと思っていたからだ。

だが、家族の安否は心配だった。

 この任務だけはたとえ誰であろうとも邪魔をさせるわけには行かなかった。

 たとえ、あの少女達だったとしても。

 オジェは戦闘速度へ突入していく。


シャドーグリーゼの衛星軌道上。

 シャトルの帰還を援護するためのガーディアンスーツが配置についた。

 上がってきたのは宇宙戦闘用に開発されたアメリカ空軍のウイングキャッツ。

 旋回性能に割り切った軽量コンパクトな機体はソニックRと比べても機動力は上だ。

 亜紗美のγが先陣を切る。

 速度・パワー・旋回性能の、どれをとっても、GSγが数段上である。

 回り込もうとするウイングキャッツを軽くかわして噴射ノズルを奪う亜紗美のγ。

 莉乃が参戦した。

 明らかに今までのαと違う。

 元々反射神経が良い莉乃はβの反射速度が逆に負担だったがこのαは違う。

 程良い、リアクション速度とインフォメーションで軽快に動けた。

 「これが…本当のαの実力?」

同じ装備とは思えないグラビリティーブレッドの射程距離は散開の度合いを発射寸前に微調整が出来るダブルトリガーによる物であるがこのαにしか備わってはいない。

反射速度が速い莉乃にしか扱えない機構である。

 真梨耶のβが加速してウイングキャッツの囲みを抜けて母艦である宇宙空母ミニッツの発進甲板を打ち抜き着艦不能としていく。

 更に機関砲と機銃群を粉砕しながら回り込む。

 ジェシーが合流して母艦を守るため反転して戻ってきたウイングキャッツを打ち抜いて沈黙させていく。

 莉乃が発射位置に着いた。

 ミニッツを正面にグラビリティーブレッドを構える。

 「わたしは仲間を守る。その為ならば、国も家族も関係ないわ!平和をこの手に取り戻すまで…」

 亜紗美のγと真梨耶のβのエネルギーチューブが莉乃のαのグラビリティーブレッドキャノンに繋がれていた。

 トリガーを最大に引き溜を創って離すと巨大な光弾と化して撃ち出された。

 その光を浴びて全ての機能を停止して沈黙したミニッツがただ漂っていた。


 同じ頃。

 真凛は単機でトイボックスを守っていた。

 先行してきていたウイングキャッツの一群がトイボックスに攻撃を仕掛けてくる。

 真凛のαは莉乃のαとは明らかに違う仕様となる。

 攻撃に特化した莉乃のαと対局に仕様変更された機体は大きめのシールドと高拡散型のグラビリティーリングというグラビリティーブレッドをリング状に打ち出せる。

 射程距離は短くなるが広範囲をカバーし接近する敵の動きを完全に止める事が出来る仕様である。

 戦艦のような大きな目標であれば効果が薄くなるが接近してくる小型の機体には有効な武器となる。

 更に、エネルギーチューブをトイボックスと接続する事で莉乃の機体同様に溜撃ちも出来る。

 数十機のウイングキャッツがトイボックスへ向けて四方八方から迫る。

 「この船には手を出させない!近寄ったらやけどじゃ済まないわよ!」

 楕円形の大型のシールドを機体の前に構える真凛。

 次の瞬間撃ち出されたブラビリティーリングは全てのウイングキャッツの推進力と兵器を奪っていた。

 星の海を漂うウイングキャッツを後にしてトイボックスは進んでいく。

 後部甲板の真凛のαがまるでギリシャ神話のアテナのように雄々しく立っていた。


下りに入った百花。

 登りでは気にならなかった世蘭とのズレが百花のアクセルワークを狂わせていた。

 「世蘭!遅れる…1秒遅い!」

「もも?」

 「世蘭さん。プリウスGTからのオンボード映像が0.5秒遅れて入っています。その上、こちらからの音声がスピーカーから流れるまでに0.3秒のラグがあります」

 世蘭は目を閉じて深呼吸のあと一呼吸置いて指示を始めた。

 「ライト4。レフト2。レフト5」

 「世蘭さん。2秒早いです」

「シャヂー!黙って!世蘭に任せなさい!」

 優那がシャヂーを止めた。

 「ばっちりや!行くで!世蘭!」

 世蘭の指示がぴったり決まる事で百花は更に1.2秒先へ行く事になったのである。

 優那は二人の呼吸が合う事で更に速くなる事を世蘭が踏まえて指示を出している事を直感で感じ、シャヂーを止めたのだ。

 ナビをこなしながら気象コントロール装置で路面状況をプリウスGTに合わせる世蘭のキーボード操作はまさに神業と言えたが、それ以上に百花の走りにリンクさせる呼吸はまさに一体感と言っても良いだろう。

 しかし、これも百花が世蘭を信じ切っているからこそ出来る事でも有る。

 少しでも不安があればアクセルオンのタイミングが遅れてしまうからだ。

 二人はひとつになっていた。

 前方にEV7の影がチラチラ見え隠れしてきたのはそんな時だった。

 「もも!この先、コーナー3つ。三つ目手前でブレーキングポイントちょい手前!アペックスでパーシャル抜けたら全開!6km直線2車線。前へ出て!」

 「サンキュウ、世蘭!間に合わせるぜ!」


同じ頃、衛星軌道上にはエジプト軍が上がってきていた。

 トイボックスが接近してくる時刻が刻一刻と迫っている。

 ジェシーが苦戦していた。

 命は狙わないという姿勢とノーマルβの運動性能がチューンナップタイプのイカロスを操るイブラハム・ハーゼムの実力と拮抗していたためだ。

 「ここから動けないだろう?狙い撃ちに出来るが、船の方を先に叩いてやる」

 ハーゼムはトイボックスを待ち構えていた。

 他のガーディアンスーツがトイボックスの回収エリアへ後退する中、ジェシーのβはハーゼムのイカロスへ突進していく。

 ジェシーはハーゼムがトイボックスに狙いを絞っている事を読んでいたのである。

 驚いたのはハーゼムの方だ。

 「何だと?迷いも無しにこちらへ来る?回収してもらえなくなるぞ!命が惜しくないのか?それとも…あの船にはそこまでしても守りたいものが有るとでも言うのか?」

 油断していたハーゼムは致命傷を負う事となった。

 「エンジンを直撃か…この位置じゃ引力に引かれてしまうな…わたしはここまでか…わが神よ…妻と娘を守りたまえ…」

 目を閉じて祈りを捧げていたハーゼムの機体に急激なGがかかる。

 引力圏から引きはがされて空間を漂うハーゼムのイカロスの逆方向へジェシーのβが居た。

 スラスターで姿勢を戻したジェシーだが、ハーゼムと入れ替わる形で引力に引かれていく。

 「つい、やっちまったぜ…」

 ハーゼムを助けようとしてハーゼムの機体に追いついて投げ飛ばしたジェシーのβだったが、力尽きて引力に捕まってしまったのだ。

 ロケット燃料は最後の加速で使い切ってしまっていた。

 「なんという事…貴様!何者だ!」

 「おれはジェシー…ルイス・ジェシー…」

青ざめるハーゼム。

 幼い少年のような声だった。

 「何故だ?何故わたしを助けた」

 「あの船の所為かな?あの船に乗っている9人の女神は誰の死も望まないからな…あなたがたとえ誰であろうとも、それは同じさ」 


その少し前

 急激な加速でシートへ押しつけられる百花。

 テール・ツー・ノーズで目一杯スリップストリュームを使い前へ出る。

 「このクルマ?似てるが…まさか?」

 驚いたオジェとジム。

 前へ出た百花はわざとスピンをかけ真横に向きを変えたまま2車線の道路を封鎖させる形でスライドさせてプリウスGTを停止させる。

 停止したEV7へ駆け寄り後部ハッチを開け起爆装置の解除を試みる百花。

 オジェとジムが駆け寄る。

 「お嬢さん?何をしている?」

「水爆の解除や!おっさん!気が散るさかい、話かけんといてや!」

ジムはオジェの方を振り返るがオジェもただ驚きの表情のまま立ち尽くしていた。

 上空で閃光が上がり、流星が落ちてくる。

 ギリシャ軍のミサイル攻撃により人工衛星が破壊されたのである。

 信号が途絶えて起爆装置が起動した。

 「世蘭!3分じゃ2つの解除は無理や!どないすればいい?」

 インカムを通じて百花の声がトイボックスのブリッジに響く。

 世蘭は地図を照らし合わせて対応策を探る。

 「もも!進行方向左舷。湖がある?ギリシャ領方向に大きな山がある手前の湖」

 世蘭の質問に辺りを見回す百花。

 「あるで!んなら後は任せろや!」

 オジェを突き飛ばしてEV7へ乗り込みアクセルを開ける百花。

 路肩を走りプリウスGTの脇を抜けフルスロットルで湖へ突っ込んだEV7が水柱を上げて水中へ沈んでいく。

 数分後、大爆発で更に大きな水柱が上がり爆風が山を削った。

 湖へ駆け寄ったオジェとジムは水面に浮かんだ百花を発見する。

 水中から引っ張り上げた百花の心臓は停止していた。

 心臓マッサージをするオジェ。

 数分後、百花が息を吹き返した。

 「おっさんがうちのファーストキッスの相手とはな…まぁチャンプのキスやありがたくもらっとくわ」

 赤みを取り戻した百花の頬が更に赤く染まっていた。

 起き上がった百花はオジェとジムに向き合った。

 真剣な表情の百花。

 「せっかく助けてもらったのに申し訳ないが、うちの死体なら手土産にはちょうどええやろ?戦争の火種になるのはまっぴらやったけど、二人の家族を救えるんならそれもしょうがないわな」

百花はそう言うと両手を首の後ろに回して組んで目を閉じた。

 オジェは困惑していた。

 ジムが百花の前へ出る。

「目を開けなさい。わたしは礼儀知らずかも知れないけれど恥知らずじゃない。2度も銃を向ける相手を間違うほどバカでもない」

 目を開いた百花。

 「せやけど奥さんと子供はんはどないするんや?」

 唐突にジムの無線機が鳴った。

 顔を見合わせるジムとオジェ。

 意を決して無線の受信ボタンを入れる。

 「こちら日本自衛隊 幕僚第三連隊所属 柏木 奥さん達と、子供たちは保護した。…よって君たちの任務は無効となる。… 家族と代わる…無線で、話をしてくれ」

「柏木さんとやらは何でも知ってそうやな」

 百花は上空を見上げて笑った。

 涙が頬を伝う。

 オジェとジムが無線を囲んで泣いていた。

 

同じ頃。

 軌道上のジェシーとハーゼムはギリシャ領のちょうど上空に居た。

 閃光が見えた。

 「ももの奴…間に合わなかったか…あの世で小突いてやる…」

 ジェシーが目を閉じて涙を浮かべていた。

 ハーゼムの機体に無線が入ってきた。

 内容も聞かずたたみ掛けるハーゼム。

 「規模は?被害は?みんな無事か?」

 「ハーゼム様!ご無事で?被害は7000から10000と思われます。ほぼ全滅です。今、回収に向かっています」

 「何を言ってる?」

 困惑するハーゼム。

 「我が領内の人口は精々5800だぞ?」

 「失礼しました。街に被害はありません。被害は養殖中だった魚だけです。山を少し削ったのと、巻き上げられた土砂で家屋に少々被害があった程度です。そちらに向かっているふざけた船名の宇宙戦の乗員が未然に回避してくれたようです」

 「聞こえたか少年?君らが我が民を救ってくれた…」

 「聞こえたよ…やってくれるじゃねぇか…」


その頃。

 ブリッジに戻った乗員達はジェシーの姿を探していた。

 帰還した形跡がなかったためジェシーのβを追っている友梨耶。

 世蘭は百花の方に集中しているため気づいてはいなかった。

 世蘭には気づかれないようにレーダーサイトや目視でそれぞれが全力でジェシーを探してる。

 真宙が格納庫の脇にある待機室でやっと目覚める。

 格納庫側の窓からシャトルが居なくなっているのを見てレストルームの端末を使って船外のカメラからの映像を拾って状況を確認しようとしていた真宙。

 かなり遠くに停止している白いβの機体を偶然捉える。

 重力に引かれて加速しだしている。

 「ジェシー!」

iPhone9Sでジェシーのコールナンバーを押す真宙。

 ジェシーの声が入ってきた。

 「真宙か?無事なら頼みがある」

 「なに言ってる?頼みなら帰ってきてから聞いてやる!バカ言ってないで、早く帰ってこい!」

 「相変わらず熱い奴だな…エンプティーなんだ。無理言うなよ…」

 iPhone9Sをスピーカーモードへ変更して駆け出す真宙。

 真宙が格納庫の扉を開けてシャトルへ飛び込む。

 乱暴に船内無線のスイッチを入れ怒鳴る真宙。

 「前方格納庫のハッチを開けろ!シャヂー!急げ!カタパルトオープンだ。真梨耶!」

 言われるままに真梨耶は右舷操縦席に入ると格納庫のハッチを開けカタパルトへシャトルを移動させる。

 「ジェシー!待ってろ!今行く!」

 シャトルのロケットエンジンに火が入った。

 「真宙…やめろ…その角度じゃシャトルも燃え尽きちまう…世蘭を守ってくれ…俺の大切な…」

 iPhone9Sからジェシーの声が悲しげに入った。

 シャトルのロケットエンジンが輝きを失い音が止まった。

 操縦桿に突っ伏して真宙が声を殺して泣いていた。

 忙しなくキーボード操作を続けている世蘭。

 真梨耶の動きにも真宙の怒鳴り声にも世蘭は気づいてはいなかった。


後部甲板の真凛がウイングキャッツと交戦していた。

 補給を終えたガーディアンスーツも上がってくる。

 一方全ての電子機器が停止していたはずのミニッツに灯が入った。

 「回復したのか?」

 艦長のアーノルドが安堵の声を漏らす。

 「一部だけですが…最後までこの艦に取り憑いていた機体のパイロットが何故か生命維持装置と無線。あと、非常灯のみ修理していったとの報告です」

 「なんだと?」

 「このメッセージカードが残されていたとの事ですが…」

「貴様は日系2世だったな?読めるか?」

 「汚い字ですが…読めますが直訳でよろしいですか?」

「原文で読んでみてくれ。わたしもヒヤリングなら少しは判るつもりだ」

「追ってこないでね…〓……お…ね…が…い……あさみんより……〓(#^.^#)以上です…」

艦内にアーノルドの笑い声が響いた。

 「ギリシャ軍の無線を傍受しました。『あの船には9人の女神が乗っている。全力で守れ』……以上反復です」

 「女神相手じゃ勝ち目はないな…全機撤退の指示を出せ!」

 アーノルドは大切そうにメッセージカードを札入れの中にしまうと艦長席に座った。


その頃、地上の百花はオジェとジムを庇う形でギリシャ軍の司令官と対峙していた。

「このおっさんらは騙されていただけなんや。事情を察してぇな…うちを殺すんわ構わへん。家族を守るべき人間なんや…たのむわ」

その瞬間、プリウスGTのスピーカーから世蘭の大声が流れる。

 「もも!死んじゃダメ!絶交でも良い!口を利いてくれなくてもいい!あなたのそばにいたいの!一緒に居たい!お願い!死なないで!」

 「女にここまで言わせて応えてやらなきゃ男が廃るぜ!」

 日菜の声だ。

 強襲シャトルが道路の軸線を飛んでくる。

 逆方向からはアメリカ軍の装甲車とジープが迫ってきている。

 囲まれて動けない百花達だが突然全ての兵が跪いて頭を垂れる。

 「援護は任せて行って下さい。この者達は責任を持って我々が送り届けます」

「おい待てよ。やっと本当に銃口を向ける相手が来たんだ。俺らも手伝わせろよ。なあオジェ」

 「ああ。その通りだよジム」

ジムの笑顔にオジェが続いた。

 一斉照射でアメリカ軍の侵攻を足止めした強襲シャトルが反転しようとしている。

 「こい!もも!ハッチを開けたままランディングする!飛び込んでこい!」

 ギリシャ兵が道を空けた。

 走り抜ける百花。

 プリウスGTのエンジンに火が入る。

 目一杯加速していくプリウスGTの上空を抜けランディングギアを降ろしてハッチを開ける強襲シャトル。

 激しく火花を散らしているハッチへ飛び込む百花のプリウスGT。

 ハッチを閉めながら上昇していく強襲シャトルを守るようにギリシャ軍とオジェとジムがアメリカ軍へ向けて進行していった。

 「オジェ。ジム。名前も知らんけどギリシャのみんな…死なんでな…」

 プリウスGTのバケットシートの上で百花が泣いていた。

 「もも…行くぞ!泣いてる暇はないぞ!」

上昇する強襲シャトル。

 「言っとくけど…うちはこれでも女やで」

 ニヤッと笑った日菜。

「突っ込み遅すぎだな」

強襲シャトルが成層圏を抜けて宇宙空間へ到達していた。


「君たちは…ジェシー…教えてくれ!君が、一番守りたかったものは何だ?」

 ハーゼムはジェシーを何とか助けようと付近の同胞を呼び寄せていたが、どの機体も間に合いそうになかった。

「平和…って言えば格好いいけどね…本音は一人の女神だよ…溝呂木 世蘭。彼女と永遠に過ごしたかった」

モニターのOS表示のTの文字が消えた。

 「溝呂木 世蘭…その名、心に刻んだぞ!ジェシー!わたしたちはこの命にかけてその女性を守る事を全能の神ゼウスの名にかけて誓う!」

 「浮気な神なんかに誓うなよ…俺は世蘭一筋だぜ…他の女になんか気を移したりなんかしないぜ…」

 Tに続いてOの文字がモニターから消えた。

 「ならば、何に誓えば良い?ジェシー!君の心意気に応えるためにわたしはどうすれば良い?」

 「ハーゼムだったか?あなたの心に誓ってくれ。あなたの良心に誓いを立ててくれれば満足だ。あの船を行かせてくれ…平和な世界であの娘が幸せになってくれれば俺は満足だ」

モニターに消されたはずのYの文字が浮かんだ。

 大きく輝きを増したYの文字が左端に移動して赤く光り緑色に輝きを変える。

 「ならば誓う!イブラハム・ハーゼムのこの名にかけて。永遠に君と愛する女性の名を刻み、我が国の全てをかけて守ると」

 「命をかけると世蘭が悲しむから命だけは大切にしてくれよな…ありがとう」

 「ジェシー!我が心の友よ…ありがとう」

 加速しだしたジェシーのβがハーゼムのイカロスから遠ざかっていく。

 ジェシーは操縦席の脇に置いておいた紙袋を開いた。

 出撃前に世蘭から渡されたものだった。

 色紙でかわいらしく包装された箱の中にチョコケーキが入っていた。

 一緒に入っていた水筒の中身は暖かいカフェオレ。

 食べ始めたジェシー。

 「最後の晩餐ってところかな?ほろ苦いや…あいつとの恋もこんな感じだったかな?」

 可愛い封筒に入っているディスクがある。

 「これは?」

「DVDですね。モニターの下にあるスロットへ差し込めば再生が始まります」

「シャヂー?違うな…お前は?」

「あなたが外そうとしていたプログラムですよ。TOYの、要ではありますが、あなた方の事情を察して外された振りをしていましたけど」

 「やっぱりか…なんかそんな気がしてたよ」

DVDを差し込んで再生を始めるジェシー。

 世蘭がモニターに映し出された。

 ホッペタにホイップクリームが付いて少し照れくさそうな感じである。

 「うんとね…恥ずかしいね…面と向かっては恥ずかしいから言えないけれど…これなら言えるかなって…わたしね。平和な世界になったらジェシーのお嫁さんになりたいな…えへッ…言っちゃった。でね。みんなと一緒に…今度は平和なときに星の海に出たい…だからずっと一緒に居てね…ジェシー大好き」

 「ジェシーさん。通信圏を出てしまいましたから、あなたの声は、もう、どこにも届きません。わたしも、最後の仕事が残っていますので聞きませんから、モニターが消えたら泣いて良いですよ」

 モニターからYの文字が消えた。

 ジェシーのβがシャドーグリーゼの大気圏へ吸い込まれていき赤く光り始めた。


……・THE・……・END・……


……………………………………………………………………………………………………………………………


……………………………………………………………………………………………………………………………


to TOYOTA PRO BOX SPACECARGO Ⅸ 認証コード送信


YAKKY 確認コード受信


to TOYOTA PRO BOX SPACECARGO Ⅸ 音声ファイル送信


YAKKY 申請コード受信


to TOYOTA PRO BOX SPACECARGO Ⅸ 例外項目九条 九項 申請


YAKKY 特例申請受理コード受信


YAKKY 補足データ受信


YAKKY 特例項目九条九項 正式受理


OPEN COMMAND


TOYOTA FV9 EXE


BOOT FV9 MAXIMUM MODE


……………………………………………………………………………………………………………………………


……………………………………………………………………………………………………………………………


TO BE CONTINUE





































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