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不協和音 涙のスイングバイ

音声読み上げデータを用意しました。

VOICEROID+ 琴葉葵 1.3倍速での読み上げで1時間22分くらいです。

よろしくお願いいたします。


https://www.youtube.com/watch?v=EZmfqdLWtq8

 「小鷹狩ちゃーん。・・・・あ・・・・そ・・・・ぼ・・・・」

 「遊ばん!」

ドア越しに何かが投げつけられる音がしたが、ドアの向こう側は見えないため、それが何かは判らない。

 「どう?百花お姉ちゃん…まだ、出てこない?日菜お姉ちゃんでもダメ?」

 心配そうな顔で、百花の部屋の前に座り込んで、百花に運んできた食事を抱えたまま、途方に暮れている日菜に、話しかけたのは藍花だった。

 「藍花ちゃんか…心配掛けてごめんな…」

 「意外にもろかったね…百花お姉ちゃんって…」

藍花が日菜の横に座り込んで体育座りで膝を抱えて俯く。

 日菜の手が、藍花の頭に乗せられている。

 「そっちは?」

 「もっと最悪。百花お姉ちゃんは、食事を置いていけば食べるけど、優那お姉ちゃんは、出ても来ないわ。壁伝いに聞こえてくるよ。ずっと泣いてる」

 「藍花…僕たちも食事にしておこう。長びきそうだよ。あっちもね。日菜さんも食べておいた方が良いと思いますよ。ご一緒しませんか?」

 「お誘いありがとう。うちに気があるととって良いのか?それってデートのお誘いだよね?」

 「えぇ。勿論ですよ。日菜さんのような魅力的な女性に…」

 「視覚障害者に言われてうれしい話じゃ無いけどね」

 史樹の肩に腕を回して引き寄せて、耳元でささやくように挑発する日菜。

 見上げるようにして、二人の様子を見つめる藍花の目を塞ぎ、史樹のホッペタへ軽くキスをする日菜。

 ここ数日で、良い感じに接近している関係の日菜と史樹に、チョット嫉妬気味の藍花という微妙な関係を楽しんでいる3人。

 「で、あっちは?」

 「3人目の天照大御神はそっちの二人が出てくれば解決できると思いますが…一番の問題なのは…」

 「すみません…僕では無理かと…」

 「僕って…そんなに情けない顔にされて、そのまま帰ってきたのか?真宙の一人称って俺じゃなかったっけ?…」

左目に青いあざを作って、情けない顔の真宙がトボトボと歩いてやってきた。

 「で?なんで歩いてる?」

 ウィングレット(ショートタイプ)で真宙の周りを周回しつつ見上げているのは藍花。 ここ数日からは、史樹も白杖に頼らずウイングレット(ロングタイプに障害物感知機能を備えた視覚障害者用で要所要所の場所を音声で指定しておけば自走する機能も備えていた。点字版のように凹凸での案内が出来る、モニターのようなコントロールパネルを、備えた優れものである)で船内の移動をしている。

 船内の格納庫で見つけた、このウィングレットのショートタイプで、船内の移動をするのが、今では常識となっていた。

「僕を殴り飛ばして、莉乃さんが乗って行っちゃいましたから…僕のウィングレット…」

 やれやれという感じの表情で日菜がため息をついた。

 「りののの怒りは未だ治まらずって感じか?船内の雰囲気、最悪だな」

 「えぇ…でも、あそこが更に…」

 真凜の部屋を指さし、真宙もため息を漏らした。

 真凜の部屋の前には、朔が膝を抱えて蹲っていた。

 「4人目の天照大御神はともかく、天宇受賣命まであの様子じゃな…」

「えっ?役目的には天手力男神じゃないんですか?」

「じゃ、誰が踊るんだ?」

 辺りを見渡し、日菜が真宙に聞いた。

 「えっ?天宇受賣命って女神でしょ?だとすると、女子の役割だよね?」

 脳天気に藍花と亜紗美がウィングレットに乗って手を繋ぎ、回転しながら踊っている様子が見える。

 「あさみんじゃ、役不足じゃねぇか?」

 ジェシーが途方に暮れる。

 亜紗美と離れて、藍花が真宙にウィングレットに乗ったまま飛びついた。

 「後は、友梨耶か真梨耶って事になるけど…あの姉妹も今忙しいしなぁ…」

 二人は引きこもってしまったメンバーの代わりに、スイングバイの最終微調整を行っている。

 「て、いうか、何であさみんが、やんないの?あさみんって天才なんでしょ?」

 素朴な疑問の藍花。

 「いや、何となく。命を預ける、キャラ立ちしてないから…」

 真宙の台詞ではあるが、これが、最終的な全員の意見のようだ。

 

 さて、この事態を、理解できない人のために時間を遡る事としよう。

 時系列はこれより3日前。

 ブリッジより、物語が動き出す。


 ドカッ!

 百花が殴られ、操縦席からはじき飛ばされる。

 「どういう事?あれは、何?なんであんな物がこの船に?あんたはあれが何で、椎名キャプテンがどうしようとしていたか知っていたんでしょ?答えなさいよ!」

 莉乃の怒りは頂点に達していた。

 百花は項垂れたまま、応えようとしない。

 バシッ!

 俯いたままの百花の左頬を、真凜の平手が捉えた。

 「坪倉さん達の事も、知っていたの?」

 力なく頷く百花。

 答えを待って、真凜がブリッジを出て行く。

 ブリッジへ駆け込んできた者が居た。

 殆どの者は、見覚えの無い顔だった。

 「朔さん…」

 朔は、真凜の表情から坪倉達が桜花で散った事を悟った。

 すり抜けていく真凜の後を、追うように付いて行く朔。

 「あんな物が、この船にある事を黙っていて、その上、その準備をしていた事すら、内緒だったのよね?あんたが仕切るの?わたしは、あんたには付いていけないわよ!立ちなさいよ。ふざけないで!」

 力なく立ち上がる百花。

 莉乃の右フックで、再び殴り倒される百花。

 今度は莉乃がブリッジを出て行く。

 「あんたも知っていた口ね?」

 日菜へ右ストレートを放つ莉乃。

 日菜は、左手で受け止める。

 パシッ!

 乾いた音が、船内に響いた。

 「気持ちは分からんでも無いが、ももは一人で受け止めようとしただけだよ。まぁ、判らないとは思うけれどな。ていうか、判ってるけれど、許せないんだよな?頭を冷やしてきた方が良いぜ」

 痛いところを突かれたという表情で、唇を噛む莉乃はその場を後にする。

 「わたし…信じていた…こんな形で裏切られるとは思ってなかった…もも…わたしは、貴女が好きだった…悔しいよ…わたしを信じてくれなかった…わたしがそんなに信じられない?」

 涙を瞳に蓄えながら、世蘭が百花へ訴えかける。

 百花は顔を上げる事すら出来ない。

 蓄えた涙が流れ落ちる瞬間。

 世蘭は走り出して、ブリッジを後にした。

 「何で言わないんだ?本当の事を言えば、そんなに拗れないと思うけど?どうかしてるよ。百花さん。あんたの所為じゃ、ないだろうに…」

 真宙の言葉に顔を上げた百花。

 百花の瞳には、いつもの力は失われていた。

 ボーッと見上げる百花。

 ジェシーがブリッジへ入ってきた。

 「俺たち以外の生存者は6名。怪我も殆どしていない。手分けして船を下りたシニア達の荷物整理をしてるよ。家族に届けられるように。捕虜のイスラエル兵は別な。数に入れるなら俺たち以外の生存者は10名。で、何?このすっげぇ悪い雰囲気」

 取り敢えずの報告をしたジェシーだが、あまりの雰囲気の悪さに口ごもる。

 「6名って…何?怪我人は居ないって?わたしが治療した人たちは?何で?どうしてこんな事に?…ふざけないでよ!あんた達は知っていたのよね?最終的にどうするかを知っていたから、あんな風に動けたし、今も平然としているんだよね?友梨耶も真梨耶も亜紗美も知っていて、わたしには黙っていたんだよね?そんなバカな話ってある?」

 「いや、俺たちが口止めしていたし、シニアスカウト達からもゆうにゃんには言わないようにって口止め…っておい!話を聞けよ!」

 ジェシーの話を聞きもせず、優那はブリッジから駆け出していった。

 「だからさ…そんなに気に病むなよ…」

 百花の肩を引き寄せて、優しく真宙が言った。

 振り返った百花の瞳に、涙が溢れている。

 立ち上がって、駆け出す百花。

 ブリッジから飛び出していく百花と鉢合わせしてはじき飛ばされた藍花を、日菜が受け止める。

 「百花お姉ちゃん、どうしたの?」

 「ごめんな。藍花ちゃん。チョット複雑なんだ。少しそっとしておいてやって」

 日菜が心配そうに、部屋に駆け込む百花を見ていた。

 そんな日菜の傍らで、藍花を支えるようにして寄り添う史樹が日菜の心情を伺うように立っていた。

 「少し、時間が必要なんだろうな…真宙。俺は世蘭を見てくるよ。あれで、結構いろんな事を抱え込んでいたから、ツラいと思うしな」


 「ジェシー…見たか?おいっ!ももって、泣き顔始めて見たけど、スッゲぇ可愛い!もう、この世の物とは思えん!惚れた!つうか、あの顔に惚れない男はいねぇよな?なぁ?」

 「あのな…状況を考えろよ…そんな事言ってられる場合じゃ無いだろ?」

 真宙にあきれたジェシーが、ブリッジを後にした。

 

 真凜の部屋の前に、朔が座り込んでいる。

 「お嬢さん…みんなの最後を教えていただけますか?自分が行くはずでした。椎名さんの筈じゃ無かった。椎名さんの乗っていた桜花は自分が乗るはずだった。『お嬢さん。真凜さんをお願いします』って言って振り返ったところまでは覚えているんです。その後、どうなったのかが、自分には判らないんです。気がついたらシャトルの格納庫の脇のレストルームにいて。格納庫の扉が閉じていって…」

 「『朔をよろしく』って…杉山さんが…『若いから』って…」

 真凜の涙声が、朔の耳に届く。

 「そうでしたか…」

 「貴男も何も知らされずに、計画から外されたのね?何も教えてもらえなかったのね?こんなの、悲しいよね?勝手に決められて、知らされずに、後になって後悔させられるなんて…つらいよね?」

 朔は気を失う前の、椎名の最後の言葉を思い出した。

 『朔君。君にはツラい役割だと思う。生きる事が苦痛を伴う事がある。それは、わたしも知っているつもりだ。でも、スペシャリストが彼女たちには必要だ。少しでも多く戦闘経験がある者が必要なんだ。判ってくれ』

 「椎名さん…自分はどうすれば?」

 朔は椎名の言葉を噛み締めながら、坪倉達を思い出していた。

 「自分で良かったんですか?戦闘経験の多さなら、自分よりも…」

 膝を抱え、思考の停止した朔は、ただ蹲っていた。

 

 「まったく…痛いところを突くわね…あの、イスラエル娘…ムカつくったらありゃしない。だいたい、あの百花って日本人も平和惚けしていないのが気に入らないわ…」

 莉乃は猛り狂っていた。

 理由は、実は莉乃自身にも判っていなかったのだが、気持ちを向けるものが無い。

 しかも、その心情をずばり言い当てられた事が、更に莉乃の感情を高ぶらせていたのだった。

 そう、百花の行動を実は莉乃自身は、容認していたのだ。

 怒って殴りつけた事への後悔の気持ちの方が、今は大きいのではあるが、それを素直に表現する事にも抵抗があった。

 どうして良いのか判らない程、莉乃は混乱していた。

 「もう、頼れる人は居ないんだよね」

 最終的に、この不安が莉乃を苛つかせているのは明白だった。

 ただ、それを言ってしまえば、犠牲をはらって、この船を守った人たちの覚悟を踏みにじるとも思えた。

 枕を噛んで、声を殺して泣く莉乃を、知る者は居なかった。

 

 世蘭の部屋へ、招き入れられたジェシー。

 明かりの照度を若干落として、俯いてベッドに腰掛けている世蘭の脇に、腰を落として肩を抱くジェシー。

 信頼していた友人に、信用されていなかった事を悟った世蘭は、総てを失ったような気になっている。

 国を捨て、思想を捨て、道義すら捨てた。

 仲間を守る事を優先した。

 それも、かねてからの仲間ではなく、知り合ったばかりの仲間のため。

 「わたしは総て捨てたわ。皆のためって言えば格好いいけど、本当はももだけのため。わたしはももが居なければあの爆撃で死んでいた筈。でも、だからじゃないわ。本当に信頼していた」

 「今は、考えない方が良いよ…気が高ぶっていてまともな判断が出来ないと思うからね。ゆっくり休んで、今後の事はそれから考えようね」

 世蘭をベッドに倒しながら、ジェシーの顔が世蘭を覆うように近づいてくる。

 バキッ!

 世蘭の右アッパーがジェシーの顎をカウンター気味に捉える。

 「あんたが、ももに口止めしたのが原因でしょ!何で良い雰囲気作ってんのよ!元々はあんたが悪いんじゃない!ふざけんじゃないわよ!部屋へ入れたのは、思い切り殴るためなんだからね!」

 ベッドから跳ね起き、慌てて逃げようとしたジェシーに布団を投げつけ、タックルで押し倒してブルボッコにする世蘭。

 「えっ?なんでこうなる?」

 実はクリスマスの夜に、この二人はいい仲になっていたのであるが、取り敢えずここでは触れないでおこう。


 さて、時系列を元に戻すとしよう。

 不協和音に包まれたブリッジから、3日間が経過した事となる。

 時は、西暦2121年1月11日(火)

 

 iPad UNIVERSEに記録してたカルテを見ている優那。

 顔写真と病状と治療記録を箇条書きした程度の短いプロフィールを次々と読み返している。

 ここ数日、この作業を繰り返すだけの優那。

 彼らは、もうこの船には居ない。

 『あんたは助けたのよ!運命を受け入れて死ぬしか無かった人に、選択の自由を与えたのはあなたなのよ!良い?そんな、あなたには選択の自由は無いのよ!あの人達が、あなたを護る事を選んだんだからね!』

 亜紗美の言葉を思い出した。

 「きれい事よ…あさみん…たすけてよ…」

 明かりを落とした部屋の中、優那の心の叫びが響いた。

 ベッドの傍らに、投げ出された、タブレットの画面には、照れくさそうに笑っているシニアスカウトの一人が映し出されていた。

 

 「お姉ちゃん…みんな、帰ってこないね」

 真梨耶は世蘭が使っていた、レーダーサイト観測席に入ってスイングバイの準備をしている。

 友梨耶の行った、シュミレーションの確認作業が真梨耶の仕事だった。

 友梨耶は、グリーゼ581gを使った第一スイングバイで3回のシュミレーションを行った。

 重力の強いグリーゼ581gはスイングバイには適していなかったため、3回が3回とも方向を失って引きずり込まれてしまった。

 莉乃の算出した軌道をトレース出来ないのだ。

 軌道が定まらない状態のままでは、第二スイングバイで高軌道へ上げるどころか、間違った方向へ進んでいってしまう。

 友梨耶の焦りも限界に来ていた。

 「真梨耶…4回目だよね?どんな感じ?」

 「演算にもう10分くれる?お姉ちゃん焦ってるね?莉乃さん呼んできてもらえば?…」

 モニターに、おでこを押し当てる格好で、俯いた友梨耶。

 「あの剣幕の、りののの相手は、出来る人、居ないと思うけど…真梨耶、呼んできてくれる?」

 首を何度も、大きく横へ振る真梨耶。

 「だよね…」

 友梨耶が大きなため息をついた。

 ブリッジへ舞い込んできたベニコンゴウインコが、百花が使っていた操縦席の操縦桿に舞い降りる。

 「花梨ちゃん?百花さんの部屋にいたんじゃ?」

 このベニコンゴウインコは百花の曾祖父の飼い鳥で、シャドー・グリーゼで100年もの時間を過ごしてきた。

 名前を花梨という。

 この宇宙船TOY・BOXを誰よりも知っている生物である事に間違いない。

 「おいで!おいで!」

 真梨耶が花梨に呼ばれて操縦席へ行く。

 「普通は逆だよね…」

 鳥に呼ばれて近づいていく真梨耶を見て、友梨耶が笑った。

  [わたしは、ニューロコンピューター・シャヂー。入力は音声でお願いします。各端末のマイクから入力可能です。マイクの【input】スイッチを押したまま正確な発音でお願いします]

 突然、ブリッジのスピーカーから音声が流れた。

 花梨が、操縦桿の前のスイッチをつついて、起動させたのである。

 「バイオコンピュータ?メインコンピューターが起動したって事なの?何故?今になって?だいたい、サブコンピューターすらまともに起動していないというのに?」

 友梨耶の声に反応したように、キャプテンシートの後部に接続されているサブコンピューターが、甲高い音を発しながら起動する。

 「お姉ちゃん…マイク使って、聞いた方が良いんじゃ?」

 「あっ?そうね…シャヂーって言ったよね?ここの制御、どこまでやれるの?」

  [オートで管理をするという意味でしたら、通常航行の総てを管理出来ます。スイングバイの計算をしているみたいですが、わたしが変わりましょうか?もし、オートへ変更するのであれば、オートモードスイッチを押して下さい]

 「真梨耶、お願い」

 友梨耶に言われて真梨耶がスイッチを押した。

 ブリッジ全体が、グリーン系統のライトに切り替わり照らし出す。

  [変更完了です。これより総てのマイクやスピーカーより音声を拾って対応いたします。インプットスイッチは不要ですので、そのまま呼びかけて下さい。スイングバイの後、進路はどちらへ?]

 

 「グリーゼ581gを使って、第一スイングバイ。赤色矮星、グリーゼ581を使った第二スイングバイで目標は地球」

  [了解しました。後はお任せ下さい。いい旅を]

 「お姉ちゃん」

 「いい旅ね…」

 友梨耶と花梨を腕にのせた真梨耶が、ブリッジを後にする。

 「皆のところへ行こうね」

 「おいで!おいで!」

 真梨耶の呼びかけに、花梨が応えた。

 人気の無くなったブリッジに、通信が入ってきた。

[受信完了。デジタル・シークレットコーディング解除。再生します」

 「友梨耶…友梨耶…無事なら聞いてくれ…例の物はグリーゼ581gの基地の大型シャトルへ既に運び込まれている。破壊するか、奪取してくれ。こちらからの増援は間に合わない。繰り返す…」

  [電文終了。記録に残します]

 

 乗員居住エリアへ出てきた、友梨耶と真梨耶とその腕に乗った花梨。

 藍花が花梨を見つけてやってくる。

 「花梨ちゃん!おはよう」

 「おはよ!」

花梨が応えた。

 「藍花ちゃん。その後は?」

 「変わんないよ…解決策があると思ってるの?真梨耶お姉ちゃん甘いわね。時間が解決してくれるのを待つしか無いでしょ?ねぇ?」

 藍花が花梨の頭をなでながら、真梨耶へ応える。

 「さようですか…」

 ブリッジ勤務では最年少の真梨耶。

 とはいえ、この大人びた態度の、小生意気な藍花に口では勝てない。

 藍花が真梨耶から花梨を取り上げて連れて行ってしまう。

 藍花はそのまま、自分たちの部屋へ花梨をつれて入る。

 「あはは…わたしの方が年下みたい…」

 真梨耶が苦笑した。

 「設定完了か?ご苦労さん。苦戦していたみたいだったから、声を掛けなかったんだが、結構早かったな」

 リクレーションルームの自販機から、調達してきたコーラを手渡しながら日菜が友梨耶に聞いた。

 「ありがとう。頂くわ。それがね、メインコンピューターが起動したから、お任せモードでスイングバイ設定。今までの苦労は何だったのって感じで拍子抜け」

 「えっ?」

 全員が振り向き、友梨耶に注目した。

 「バイオコンピューターを、花梨ちゃんが起動してくれたおかげでね。あっ?正確には、ニューロコンピューターね。DNAコンピュータじゃ無いから。シャヂーってコンピューターだよ。ねえシャヂー!」

  [ニューロコンピューターのシャヂーです。皆さんよろしくお願いします。友梨耶さん。通信が入っています。シークレットモードで再生しますか?それともこのまま再生しますか?]

 「えっ?わたしに直接?この船に?」

 通信相手に心当たりが無い友梨耶は、怪訝な表情を浮かべる。

  [本船を指定しての通信ではありませんが、ワイドバンドで送信されたものです。ただし、暗号化されています。コーディングを外して再生してみましたが、内容が友梨耶さん宛でしたので]

 「おいっ。聞かれたくないなら部屋で聞いた方が良いぜ。デジタルコーディングされている通信なんて人前で再生するもんじゃ無いだろ?って言っても、100年前のコンピューターに解読されるようじゃ大した機密じゃ無いって事か?」

  [乗員名簿12番の高杉真宙さんですね?100年前のコンピューターで悪かったですね。今のコンピューターが、どうかは知りませんけれど、失礼だと思いますが]

 「おい、真宙…コンピューターに失礼だと言われてるぞ。少なくとも失礼だと感じるコンピューターを、俺はまだ知らなかったが…」

 「感情を持ったコンピューター?」

 驚いた顔の真梨耶。

  [今はそんな事より再生をどうするか決めていただいて良いですか?友梨耶さん]

 「あっ?ごめん。じゃ、このまま再生して。特に秘密にしないとまずい話は、思いつかないから良いよ。シャヂー。お願い」

 『友梨耶…友梨耶…無事なら聞いてくれ…例の物はグリーゼ581gの基地の大型シャトルへ既に運び込まれている。破壊するか、奪取してくれ。こちらからの増援は間に合わない。繰り返す… 』

  [通信内容以下反復です]

 「お父さん?…お姉ちゃん!」

 「真梨耶!この上わたしたちが姉妹げんかしてる場合じゃ無いわよ!みんな、ごめん。協力頼めるかな?ガーディアン・スーツの制御ユニットが見つけられてしまったみたい…渡せないのよ。お願い!」

 「渡せないって…だって、イギリス空軍の基地にあるんだろ?あんたの母国だよな?あっ?鈴木亮平の遺志を尊重するって事かい?国の利益よりも…」

 ジェシーの問いかけに、友梨耶と真梨耶が、同時に頷いていた。

 「まったく…どいつもこいつも…でも、どうやって奪取する?俺らは確かに581gへは向かっちゃいるが、スイングバイで通過するだけだぜ。衛星軌道を抜ける時にミサイルでも打ち込むのか?」

 真梨耶が友梨耶を見ていた。

 友梨耶に、作戦の立案が出来るはずも無かった。

 友梨耶には、まだ同胞に刃を向ける覚悟が出来てなかったのだ。

 『世蘭さん…わたしに勇気を下さい』

 世蘭の部屋のドアを見つめて拳を握りしめた友梨耶は震える足を一歩一歩踏みしめるようにブリッジへ向かう。

 日菜が、真宙とジェシーを従えるように、友梨耶に続いた。

 亜紗美が真梨耶の肩を叩いて、ウィングレットですり抜けていく。

 真梨耶が歩き出す。

 真梨耶の横を、莉乃がウィングレットですり抜けていく。

 莉乃は、レストルームでこの会話を聞いていたのだった。

 ブリッジへ戻る機会を失っていた莉乃であるが、この事態は渡りに船だった。

 貯まりに貯まったストレスを発散させるべく、ブリッジへ向かう。

 朔が立ち上がり、歩き出した。

 生き残った理由を探している状態の朔は、真凜を守る事が出来るのであれば、どんな屈辱にも、どんな過酷な任務にでも、堪える覚悟は出来ていた。

 居住エリアは、静寂に包まれた。

 人気の無くなった通路の照明は、自動で照度を落とされ薄暗くなる。

 優那のすすり泣く声だけが、僅かに聞こえていた。


 ブリッジに集合した面々を眺めて、友梨耶は一抹の不安を覚えた。

 シャドー・グリーゼを脱出する際に、主力とも言えた戦力の殆どを失っている。

 この状態で、グリーゼ581gのイギリス軍前線基地をたたけるのだろうか?という疑問が大きくのしかかる。

 「いかにも戦力不足って顔に書いてあるんだけど…やる気ある?」

 「莉乃さん…」

 「りのので良いよ!で、一暴れさせてくれるんだよね?ストレス発散してこようよ」

 そう言う問題じゃ無いと思うんだけど…と、全員が莉乃の方を見た。

 「なによ?わたしじゃ役不足だとでも言うの?まぁ、作戦の立案は、友梨耶に任せるけれど、わたしの出番もちゃんと用意してよね!」

 「俺も良いですか?出来れば前線で使ってもらえると嬉しいです」

 朔が思いを口にした。

 「俺らに、やられた奴が使えるかな?」

 真宙が茶化すが、朔が一瞬で回り込み真宙ののど元へナイフの切っ先を後ろから当てた。

 真宙は声も出ない。

 「すばしっこいのは判ったけれど、信用して良いのか?あんたは敵側の人間だよね?」

 ジェシーが睨みをきかせるが、次の瞬間後方の襟元で、切断されたネッカチーフが落ちる。

 チャリーン!

 床に落ちたチーフリングが、乾いた音を響かせた。

 「こっちへ来たのは判らなかったぜ…」

 ジェシーが息をのみ、額から冷や汗が流れた。

 朔は黙ったまま、ナイフをさやへ戻して跪く。

 「信用して欲しいとは言わない。役目を下さい。リモコンで作動する、爆弾を付けてくれても良い。俺に…」

 真梨耶が、朔の肩を掴んで止めた。

 「ここまで言わせなくても良いんじゃないの?朔さんの仲間はこの船を守るために消滅したんだよね?皆見ていたでしょ?」

 「真梨耶…良く言ってくれたわ。そうよ、この船にいる以上、皆仲間だよ。協力して欲しい。わたしも覚悟を決めたわ」

 ようやく、友梨耶にも同胞に刃を向ける決心が付くのだった。

 

 「シャヂー。グリーゼ581gまでの時間は?」

  [友梨耶さん。現状のスピードを維持した状態での本船重力ジャンプまでの時間は32時間46分48秒です。ただし、軌道上にイギリス宇宙軍所属、航空空母が2隻ありますので、若干の修正が必要になる可能性があります。戦闘になる場合は更に軌道の修正が必要だと予測されます]

 「空母だと?宇宙空母って?」

  [ジェシーさん。トーネードUFP(宇宙戦闘機)を各20機搭載しているグローリアスとフューリアスです。船名自体は第2次大戦後期に巡洋艦から空母に換装された戦艦の船名ですが、勿論、この艦は最初から宇宙空母として設計されています。不完全ではありますが、ガーディアン・スーツ級のパワードスーツを6機搭載しているという情報もあります]

 「友梨耶!ガーディアン・スーツがあるのか?それはグリーゼ581gの前線基地にも配備されているのか?」

  [真宙さん。あくまでも未確認情報です。確定ではありませんがおそらくは配備済みだと思います。機体の名称はソニック。形状は戦闘機に手足を付けたような感じです。解析画像が出ます。正面のモニターを見ていて下さい。設計図の三面図から3D処理します]

 モニターに映し出された機体。

 友梨耶が青ざめている。

 「真宙…極秘裏に開発された機体よ。軍関係者でも直接開発に関わった一部の人間しか知らないはずの情報だわ。シャヂーの情報収集能力は本物よ」

 「だろうともよ。活路はあるのか?」

 ジェシーも真剣な顔になっている。

 モニターに映し出された機体は、重脚のような重厚さはなく、いかにも軽量化を意識したデザインにまとめられていた。

 「シャヂー。不完全と言ったな?どこが不完全なんだ?」

  [操縦システムが不完全です。重力下の地上歩行操作が殆ど出来ません。立つ事は出来ますし、少々の凹凸ならバランサーが自動に働く作りですが、移動速度は時速数キロがMAXです。ただし、可変ノズルのジェットエンジン2基で、ホバリングして飛行という形態をとれば重脚とは比較にならない程の高速で移動は可能です。この場合は時速にして200kmは出ます]

 「まってよ…シャヂー。それって、別に手足はいらない作りだよね?VTOL戦闘機で十分なスペックでしょ?あの形状に何の意味があるわけ?それと、ジェットエンジンって言っていたけど、宇宙空母に搭載されている機体は?」

  [亜紗美さんですね?さすがです。ガーディアン・スーツを模索して開発された機体ですので、あのような形状になったと思われますが、複雑な機構になったため総てが中途半端な状態です。空母搭載の機体の名称はソニックRと呼称されているようですので、ロケットエンジンに換装された機体と思われます。おそらく亜紗美さんが言いたいのはジェットエンジンでは酸素が存在しない宇宙空間では使用不能という事でしょうから]

 全員が、亜紗美の方を見ていた。

 「友梨耶。あの機体は総てにおいて中途半端だと思うけれど、総合すると結構な戦闘力なんだよね。TOYを搭載すれば無敵の機体に進化するかもね」

 「だから、ガーディアン・スーツが欲しかったって事?本体がなくても操縦システムがあれば、目的は達せられると?」

 真宙が息をのむ。

 「えっと…TOYって何?」

 真梨耶が聞く。

 話の流れで、他の乗員はTOYが何なのかは、朧気ながら感づいているので無視するつもりだったが、真梨耶のために簡単に解説しておこう。

 TOY(TRIANGLE OPERATIONSYSTEM YAKKY)はWindowsとMAC OSXとANDROID OSという3つのオペレートシステムを同時に走らせて演算させる事で最も効率の良い挙動をもたらすという画期的なシステムである。

 一番理想的な運動を最大公約数で導き出すシステムなのだが、演算が終了したOSから挙動を優先し、演算中のOSを無視する事で素早い挙動が得られるプログラムとなる。

 通常の人間の反射神経というのはある意味突発的な事態に関してはコンピューターよりもずっと優れている。

 前頭葉を介さずに、神経を動かすという事が出来るからだ。

 このTOYというシステムは、その反射神経とよく似ているのだ。

 詳しくは解説しないが、ガーディアン・スーツの優れた運動能力は、このTOYというOSによるところが大半と言って過言ではないのだ。

 

 天才7博士の共同研究の成果がこのTOYなのだが、この天才7博士には共通している事項が一つある。

 『何事に関しても、遊び心が必要だ』という思想が共通していた事が、事態を更に複雑化させるのである。

 OSの名称の最後にある『YAKKY』(おしゃべり)というキーワードを覚えておいて欲しい。

 

 友梨耶と真梨耶を残して、ブリッジから出てきた乗員たち。

 それぞれの思いを抱えて、部屋へ戻る面々の表情は硬いものとなっている。

 「真宙…ネッカチーフの予備あるか?」

 ジェシーが真宙に聞く。

 ネッカチーフとは、スカウトが制服を着用する際のネクタイのような物であるが、救急処置に使ったり、紐代わりに使ったりと装備上は重要なグッズである。

 スカウトの制服および装備は、サバイバルに関して重要な意味を持つ物が多い。

 場面場面で説明を入れる場合もあるので、覚えておいて欲しい。

 「すみません。つい」

 朔がジェシーに声を掛けた。

 「いいよ。俺も考えなしだった。悪い」

 ジェシーが朔の肩に手を置き笑う。

 「おい!そこの役立たず。ネッカチーフは必要ないだろ?それ、よこせよ」

 真宙が史樹のネッカチーフを持ち上げてチーフリングをはずそうとした。

 鈍い音と共に、床へ叩き付けられた真宙が、天井を見上げる。

 日菜の顔が、天井との間に見えた。

 「口には気をつけろよ」

 乗員の中で、一番、口が悪い日菜が、真宙に言う。

 「なんだと?…」

 起き上がる真宙だが、意識がはっきりしないため頭を横へ振る。

 日菜の本気のパンチを、不意に食らったのだから、無理もなかった。

 「日菜さん…」

 「行くよ…藍花ちゃんは花梨ちゃんと部屋だろ?お茶でもしていこう」

 日菜と史樹が立ち去ろうとした。

 「待てよ!ひなちゅん!そいつは足手まといなだけだぜ!いや、それだけじゃねぇ!そいつが一番重要なトリガーなんだぜ!邪魔なだけじゃねーか?なんで、そんな奴を庇う?そんな奴、シャドー・グリーゼに…」

 真宙が落ちた。

 日菜が駆け寄りボディーブローを入れ、屈み込みかけた真宙の首筋に、肘撃ちを加えて、意識を奪ったのだ。

 部屋から只ならぬ気配を感じて、顔を出した藍花を見て、慌てて史樹を誘導しながら藍花の元へ行く日菜。

 「おまえな…このところ良いとこなしだな…どうした真宙らしくもない。少し考えてから口にしたらどうだ?」

 大の字で転がる真宙を見下ろし、ため息を漏らすジェシー。

 その横をウィングレットで通り過ぎる亜紗美が抑揚のない発音で冷たく言い放つ。

 「世蘭にフルボッコにされて、青痣だらけの色男が、言える台詞じゃないわね」

 「まぁ、確かに言えるわな…がんばってね!世蘭は使えるようにしておいてね」

 莉乃がジェシーの肩を叩いて脇をウィングレットで通り過ぎる。

 「えっ?世蘭をって…そんな事、俺には無理でしょ?」

 ジェシーの青ざめた顔を、ぼんやりとした意識化で真宙が見上げていた。


 ブリッジで作戦立案をする友梨耶。

 真梨耶も世蘭のレーダー観測席へ戻って補助しようとしていた。

 「お姉ちゃん。お父さんはこうなる事を知っていたの?」

 「ごめん。真梨耶。今は詳しい事は言えないけれど…というか、時間がないから説明していられないけれど、わたしも、貴女が中継ステーションで合流してきた時にはびっくりしたわ。あんたが来る話は聞いてなかったからね」

 「お姉ちゃん…ごめん。それどころじゃないよね?後で聞かせてね?やるべき事が終わった後で良いから…」

 「生きていられたら、必ずね。必ず…」

 モニターから目を離す事もなく、友梨耶が言葉をくくる。

  [キャメラ・ストーキング接続完了しました。グリーゼ581gの空軍基地を見られますがそうしますか?シャトル内の電源は入っていないので見られませんが、位置と装備とその配置はマッピングでも出せます。転写しますか?各タブレット端末へ、転送する事も可能です。]

 「シャヂー?何をしてるの?まさか…」

 モニターを見上げる友梨耶は、愕然とした。

 必要だと思っても、手に入るはずがないと思っていた情報が、総てモニターに映し出されている。

 グリーゼ581gのイギリス空軍基地の間取り図・装備・その配置・レーダーサイトのカバー領域・防御システムとそのセンサーの位置。

 「うそ?何これ…」

 準備を整えてブリッジに帰ってきた亜紗美と莉乃がモニターを見上げて愕然としていた。

 「機密がダダ漏れね…これで攻略出来なきゃ、只のお間抜けだわ?」

 莉乃が頭を抱えてモニターを食い入るように見ている。

 「しかも…リアルタイムで監視カメラをモニター出来てる。どうやってる?カメラの時刻は地球時間だよね?グリニッジ標準時?だとしたら、光速データー通信システムって事になるよね?時差が殆ど無いって事だから…こんなシステム、見た事無いけれど…」

  [亜紗美さん。さすがです。グリーゼ581gにNASAの探査機が送り込まれた時から起動しているリアルタイム監視システムを通しての映像です。100年前のコンピューターにしては、やるでしょ?お気に召して頂けたでしょうか?ニュートリノ通信システムですので傍受される心配も無いです]

 「ニュートリノ?そうね。光通信では発見される可能性があるものね。iPhoneで使われている、システムなんだから当然よね。それにしてもここまで出来るとはね」

  [現代の天才に、お褒めにあずかり光栄です。他に必要な情報があればおっしゃって下さい]

 「友梨耶…」

 「あっ、ごめん。あさみんはあまり動じていないみたいだけど、わたしにとっては結構ショックな出来事なのよ。だって、これじゃ、あの基地はまるで無防備…」

 「お姉ちゃん…」

 真梨耶は友梨耶を心配していた。

 「大丈夫よ真梨耶。今はおセンチになっている場合じゃ無いからね。問題が片づいたらゆっくり泣かせてもらうわ…」

 真梨耶の心配が何かは、友梨耶には判っていたが、この場は流す事にした。

 「だよね」

 心情を察した亜紗美は黙った。

 日菜がブリッジへ戻ってきた。

 モニターに映し出されている情報を一通り見ると口を開く。

 「友梨耶。車両を3台、プリウスαとプリウスGSとアクア。強襲用シャトルに積んで固定しておいたけど出る時は声を掛けてくれ」

 「待って!日菜さん。どこへ?」

 「その情報を使ってやるなら、白兵戦だよな?だったら武器弾薬を足しておかなきゃ。そういう事だから、作戦が決まったら連絡よろしく」

 日菜がiPhone9Sを振りながらウィングレットでブリッジを後にした。

 続く莉乃。

 「わたしも手伝ってくる。何かあれば連絡よろしく」

 「悪かったわね…この前は…」

 日菜に追いついた莉乃は、初めて素直な気持ちを日菜に伝える。

 「悪きゃ無いさ。あの時は誰でも怒りをぶつける相手が、必要だったんだからさ…」

 「百花さんは…」

 「ももは受け止める役をわざと買ったんだから、気にしなくて良いよ。あの娘はそういう娘だからね。でかいよ」

 「完敗だね…わたし、あの娘好きじゃ無い。惨めになるよ。自分の器量の小ささを思い知らされる」

 「取り敢えず、出来る事からやるのが、今のわたしたちの役割だよ。そんなつまんない感情論に囚われている場合じゃ無いわね。さっさと片付けるわよ!」

 ウィングレットで追い抜いていく亜紗美が、二人の肩を叩いてすり抜けざまに言い放った。

 前方格納庫へ向かう3人が困惑の表情を浮かべたまま立ち尽くしている真宙とジェシーをすり抜けていく。

 「えっ?俺たち無視かよ?ムカつかねぇ?」

 真宙がジェシーに不満を漏らした。

 「この場合しょうが無いんじゃねぇ?」

 諦めの表情はジェシー。

 日菜を怒らせた真宙と世蘭を怒らせているジェシーはブリッジへも行けず、かといって何をすべきかも判断出来ず当惑していた。

 唯一、男子でブリッジへ行っていた朔が帰ってくる。

 「おい!朔って言ったよな?どういう作戦だ?どうするか決まったのか?」

 朔は立ち止まって二人の顔を見た。

 「自分を行かせてくれますか?」

 「状況次第だな。というより、どちらかというと俺たちの方が外されそうだが、作戦はどうなってる?」

 「強襲艇で降下するみたいです。白兵ですね。覚悟はありますか?自分としては貴男方には船を守っていて欲しいと思いますが…」

 朔がキッパリと言い切った。

 「ふざけるな!俺らにはその覚悟が無いって言いたいのか?」

 真宙が朔に突っかかるが、ジェシーが間に入る。

 「お前が入ると、ややこしくなるから、やめておけ」

 「自分は準備がありますので失礼します。世蘭さんをブリッジへ行かせて下さい。世蘭さんは作戦に必要です。お願いしましたよ」

 朔はジェシーの肩を叩くと、その場を後にした。

 「えっ?何で?やっぱり俺?」

 頭を抱えて蹲ったジェシーに、蹴りを入れて世蘭の部屋まで引っ張っていったのは、真宙だった。

 

 「世蘭さん…」

 「強襲艦で、グリーゼ581gへ降りるって?そんな無謀な…って、何これ?」

 真梨耶の座っている席の横でモニターを見上げて凍り付く世蘭。

 基地内外の総てと言っても、過言では無い情報がモニターに映し出されていた。

 「基地の立面図?どうにもすごい事よね?こんな物手に入れてどうしようというの?わたしたちが、あの惑星から脱出するために失った人命がどれくらいのものか判っているよね?ガーディアン・スーツ程度ならくれてやれば?生き残って地球へ帰って戦争を阻止する事の方が重要でしょ?なんてね…ちょっと言ってみたくなったんだよね。あまりにツライ事が多すぎたから。わたしは何をすれば良い?気象コントロールユニットがあの星にもあるって事かな?」

 世蘭らしかなぬ、迫力のある台詞回しに、圧倒された真梨耶が席を譲って立ち上がる。

  [世蘭さんですね?はじめまして。わたしはニューロコンピューターのシャヂーです。グリーゼ581gの成層圏には小型の重力コントロールユニットに搭載した気象コントロールユニットが6基配置されています。地上にも10基あります。この連携で局所の気象をコントロール来る事は可能です。あなたの知識があればというレベルではありますが]

 真梨耶と友梨耶が世蘭を見ている。

 「知識?違うでしょ?シャヂー…はっきり言えば?要は、わたしのDNAが必要って事よね?気象コントロール装置へのアクセスはわたしのDNA…いえ、溝呂木道世のDNAのキーが必要だという事よね?違う?」

  [違います。溝呂木博士のDNAキーは既に起動されています。この宇宙船内のアクセスコードはすでに動いています。随って無線コントロールの、各ユニットの起動は、世蘭さんのDNAキーは必要ありません。必要なのは、気象コントロール装置を武器に転用した、世蘭さんの柔軟な応用科学です]

 世蘭はシャヂーの回答を最後まで聞くと、決心を固めた。

 「わかった。わたしに失うものはもう無いわ。協力する。何から始める?」

 「ありがとう。世蘭さん」

 真梨耶が右手をさしのべると、世蘭も右手を差し出し互いに握った。

 「世蘭で良いわ。真梨耶。心配掛けてごめんね。ううん。あなた達にばかり、負担を掛けてごめん。わたしつまらない事に、拘ったみたい」

 「やっぱり、世蘭さんはすごいわ。貴女の覚悟がわたしにあれば、もっと早い対応が出来ていたかもね…」

 友梨耶の方を見て世蘭が久しぶりに笑った。

 「友梨耶…呼び捨てで良いよ。それを言うなら、ももの方が凄いと思うよ。あれだけ皆に罵倒されても言い訳一つしなかった。むしろ、言わせて皆を受け止めた。あんな凄い事はわたしには出来ないわ。今、思うとだけどね。わたし、謝ってこないと…作戦まで時間あるよね?シャヂー?」

  [世蘭さん。気象コントロール装置の設定が出来るようになる距離まで、接近出来るのは10時間後です。それまでは時間がとれます]

 「ありがとうシャヂー。ごめん、真梨耶。友梨耶。良いよね?」

 二人に視線を合わせる世蘭。

 笑って頷く、友梨耶と真梨耶がいた。

 世蘭は小走りにブリッジから出て行くのだった。

 「良かったね。お姉ちゃん」

 友梨耶も、ほっと胸をなで下ろす。

 

 グリーゼ581gの重力は、地球の約3倍の3G。

 生存可能エリアは赤道上の数100キロ圏内のみと言う限定された区間である。

 これは恒星グリーゼ581に常に同じ面を向けているためで両極の温度差は100度以上という過酷な環境ではあった。

 つまり、昼の面と夜の面しか無い惑星であるため、生存可能エリアが帯状にあるという事だ。

 NASAが探索を始めた時は生物が存在する可能性を期待されたが、その後、環境的には更に優れたシャドー・グリーゼの方を優先したため、このグリーゼ581gはイギリスへ委譲される事となった。

 政治的な問題でそうなったのではあるが、この資金で、NASAのシャドー・グリーゼ開発計画は大きな前進をする事となったのである。

 だが、この星に隠された秘密を100年ぶりに掘り起こしたのが、イギリス軍の科学部隊だったという事だ。

 この惑星の夜の面に隠されていた失われた100年は、掘り起こしてはいけない禁断の兵器の心臓という、エデンの園のリンゴなのだ。

 「小鷹狩ちゃーん」

 「遊ばん!」

 「もも…わたし…世蘭よ。ひどい事を言ってごめん…貴女はわたしの抱えていた悲しみと苦しみをいつも笑い飛ばしてくれたわ。黙っていたのは、口止めをされていたからじゃ無いよね?わたし、やっと気づいた。貴女は誰かに言われて決める人じゃ無かった。いつもわたしに一番負担がかからないように考えてくれていた。なのにわたしは貴女を疑った。ひどいのは、わたしの方だった…もも」

 「世蘭…あやまらんでええ…うちは最初から怒らせるつもりやった…最初から受け止めるつもりやった…だから、あやまらんでええ…すまん。莉乃はどうした?真凜は?」

 背中を扉にも垂れかけている、百花の声が聞こえた。

 世蘭は、百花の気持ちが嬉しく、すでに大きな瞳に涙を浮かべていた。

 「莉乃さんは戻ったわ。真凜さんはまだだけど、最初からもものせいだとは、思ってないと思う。動揺していたけれど、複雑な立場だったし…」

 「そうね…ごめんなさい…わたし、人の所為にして逃げてた…ううん、違うね。百花さんが、甘えさせてくれたんだよね?逃げさせてくれたんだよね?」

 真凜が部屋を出てきて、百花の部屋の前の世蘭に寄りかかるように座った。

 「行ってくれへんか…うちはまだ、でれへん…ゆうにゃんの失望はうちのせいや。うちがTOY・BOXを飛ばす事を躊躇ったのが原因だ。1日早く飛ばせればゆうにゃんに、あんな思いをさせずに済んだんや。うちはピンチを楽しんどった…真凜…世蘭…せやからうちは、そんなええもんやないんや…」

 「どうしてそんな風に思うの?もも…わたしは動揺したけれど、貴女は総てを飲み込んでいた。でも最後は自分の中の嘘に潰されたよね?それほど、正直な貴女がまだ自分に嘘を言う理由は何?そこまで厳しくする理由は何?わたしは貴女の仲間でいたいと思う。それは許容してもらえるかな?」

 「ゆうにゃん…」

 百花がドアを開けて出てくる。

 優那が百花を抱きしめる。

 冷たくなって、鼓動を抑えられていた心臓が、再び温かく胎動していくような感覚を、百花は感じていた。

 世蘭と真凜が二人を抱きしめる。

 「勝手にやっててくれ…」

 日菜が安心してその場をあとにする。

 ウインクをして姿を消した日菜が消えた方向を見つめる百花。

ブリッジから出てきた友梨耶と真梨耶が様子を伺っていた。

 莉乃と亜紗美が準備を済ませて帰ってきた。

 一つの試練を超えた9人の少女達が、笑顔を取り戻した。


  [ミッションスタートします。フェーズ1 始動]

 世蘭がグリーゼ581gの気象コントロールユニットへ接続を開始した。

 シャドー・グリーゼのユニットは回線がニュートリノネットワークだったのに対して、このユニットはレーザー回線を使用した旧式である。

 随って、接続するにはユニットが直線で障害物が無い事が大前提なのだ。

 距離と角度に制限があると、思ってくれればわかりやすいと思う。

 このため、まずは接続可能な地点へ進んで接続した上で、気象をコントロールしレーダーを攪乱出来る程度のコントロールを行い、レーザー回線用に中継ユニットを投下するというのがフェーズ1という事となる。

 中継ユニットへの接続はニュートリノネットワークを使用する。

 この状態で僅かな時差はあるものの、シャドー・グリーゼでの気象コントロールと同じ操作が可能となる。

 「こちら朔。強襲シャトル。出るぜ!」

 カタパルトで打ち出されたシャトルが、最大噴射で10秒の加速を終えエンジンをカットする。

 強襲シャトルと命名されたこのスペースシャトルはステルス機能を備えている。

 電波吸収塗料フェライトを使用した外装の塗装の他に、光学偏光シールドという光を透過してしまうシールドを装備する。

 物理的なシールドとは違い、船体を保護出来るものでは無いため、デブリ等には注意が必要ではあるが探知されないという最大のメリットを生かし切る。

  [発信確認。フェーズ1実行中。終了予定20時 現在時間17時59分 時間合わせします。 ・・・・10・・・・9・・・・8・・・・7・・・・6・・・・5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1・・・・0・・・・ 18時です]

 「気圧処理完了。磁気コントロールおよび気圧コントロール設定完了。固定…日菜さん・真梨耶さん・亜紗美さん・莉乃さん・・・・ご無事で…」

 朔が操縦するシャトルに、世蘭の声が響く。

 現在、シャトルの無線機は受信専用に設定されている。

 発信すれば、僅かな電波でも捉えられて発見される可能性があるからだ。

 船内には3台のハイブリッド車が固定され、各乗員はシートベルトをした上でリクライニングさせたシートで眠りにつく。

 プリウスαに亜紗美とシオン、プリウスGSに真梨耶とタイト、アクアに日菜とケイトという組み合わせだ。

 シャトルの操縦は、朔と莉乃が担当している。

 生きて帰れる保証は無い。

 百花が後部格納庫のガーディアン・スーツの換装を終わらせようとしていた。

 日菜とTOY・BOXに乗り込んでからコツコツとやってきた作業だった。

 赤い機体のβは最後まで抵抗があったが、百花は覚悟を決めた。

 各ガーディアン・スーツの右肩にはTOYのプレートが埋め込まれていた。

 同じ位置の左肩のプレートは外されてシールドが装備された。

 「これで良いんか?本当に、これじゃ兵器やで…曾じじい…」

 完成した機体を眺めて、百花は過去に思いをはせる。

 『人の目は、未来だけを見るために前についとるんやで』

 「そやったな…ばぁちゃん…うちは皆を信じるわ…大人の都合なんか、蹴り飛ばしたるわ…」

  [百花さん…他の機体も同じようにモディファイしますか?]

 「シャヂー…頼むわ…うちはこれ以上はみとうないわ…すまんな…」

  [承知しました。お任せ下さい。少しお休みになっておいた方がよろしいかと思いますが、機体をシャトルに積み込みますか?]

 「シャトルやて?そんな大型シャトルが、どこへ有ると言うんや?」

  [後部格納庫のカタパルト自体がシャトルの格納庫として設計されています。切り離せばそのままシャトルとして機能します]

 「天才か…やっぱりな…うちとは頭の作りがちごうとるな…あはは…でも、これで作戦の幅が出来るわ。シャヂーありがとう。よろしく頼むわ」

  [お任せ下さい。おやすみなさい]

 格納庫をあとにする百花が、扉の向こうに消えるのを待って完成した3体のガーディアン・スーツが収納されていく。

 魔神が目覚める時は近い。

 

  [フェーズ1終了 フェーズ2に入ります。各オペレーターは現時刻をもって総員戦闘配備、繰り返します。各オペレーターは現時刻をもって総員戦闘配備]

 緊急アラームと共に、シャヂーの呼び出しがかかる。

 「えらい物々しい呼び出しやな…友梨耶はずっと寝とらんのとちゃうか?」

 百花が眠そうな顔で左舷操縦席に着く。

 「シャトルはもう地上か?」

 ブリッジへジェシーが入ってきた。

 「久しぶりやが…なんちゅう顔しとるんや?男連中は、ボクシングでもやっとるんか?さっき、真宙とすれ違ったんやけど、似たような顔しとったで?いや、ジェシーの方が、更におもろいな…」

 コメントは控えさせてもらうとでも言いたげに銃座に着くジェシー。

 世蘭が入ってきてジェシーを小突いてから、左舷レーダー管制席へ着く。

 「世蘭…」

 「もも…訊かないで!」

 百花の表情から質問の内容を察した世蘭が止めた。

 前を向き質問をやめた百花。

 「スーパー・ストームブリザード発生、進路設定します。距離30km。30分で到達します。シャトル降下開始。自由落下でストームブリザードの中心へ降下します。降下開始まで・・・・5・・・・4・・・・3・・・・2・・・・1・・・・今・・・・。降下開始しました。アジャストメント変更。軸合わせします」

 「すげっ…」

 「しっ!気が散るだろ?」

 「すまん…でも、結局俺たちって留守番組だろ?女子怒らせたから?」

 「他に無いだろ?」

 「そこの不細工男子!静かに!…降下率40…50…60…70…80…90…ブレイク!」

 「タッチダウン!目標地点へ向かう。シャトルを奪取したら連絡入れる。世蘭、ストームを2.3個ぶち込んでくれるか?」

 「到達前に前方から1つ。進行方向左舷から1つ。更に強襲するために使ったストームが先行して到達します。瓦礫に注意して進行して下さい。進行方向右舷のシャトル格納庫は避けています。ご無事を!」

 「サンキュー。愛してるぜ!」

 「ちっ。日菜の奴。あれ俺やりたかった」

 「いやぁ…その顔じゃ無理じゃね?」

 「通信じゃ見えないから良いじゃん!」

 「そこうるさい!」

 世蘭の怒鳴り声にスゴスゴと逃げ出そうとする真宙とジェシーだが、突然爆発音と振動でブリッジに衝撃が走る。

  [申し訳ありません。探知されないようにと絞っていたシールドが徒になりました。通信を傍受したステルス機が攻撃してきたようです。機体はソニックRで数は12です。機銃のレールガンで対応お願いします]

 「真宙!出番だぜ」

 前方銃座の2人が狙い撃とうとするが、ソニックRのスピードを捉えきれない。

 前方から迫ってきたソニックRがミサイルを発射してブリッジの上方へ通過していく。

 赤い機体がブリッジの前に立ちふさがりシールドでミサイルを受け止めて、振り向きざまに通過したソニックRを撃破した。

 赤い機体は百花のβだ。

 「えっ?ももって、そこに?」

 世蘭が見た、左舷操縦席に人影は無かった。

 「バカ男子の漫才に飽きたから格納庫で待機しとったんや。誘導頼むわ。バカ男子!宇宙戦は初めてや!操縦で手一杯やから射撃頼む!」

 「不細工男子の次は、バカ男子だと…ジェシーお前か?」

 左舷から艦橋を狙ったソニックRを、打ち落とした百花は進行方向へ反転する。

 「真宙!何しとるねん!シンクロ銃座8番や!」

 「バカ男子は、お前な…」

 「ちっ。もものやつ可愛いと思ったのに…」

 船体を守るには速度を維持して艦首を守る事が重要だと考えていた。

 最終的には対峙せねばならないはずの、2隻の宇宙空母に対抗する手段として艦首にある最終兵器を守る必要が百花にはあった。

 だが、いかんせん、数が圧倒的に不利だ。

 真宙とジェシーもスピードに対応出来てきてはいるが致命傷を与えるには至っていない。

 シェブロン組んで突っ込んでくる3機のソニックRにミサイルを発射する百花のβ。

 火球と化した破片がTOY・BOXの船首へ激突した。

 「しまった…」

 更に迫り来る3機のソニックR。

 βの肩に装備されているショートレンジ・レールガン・ライフルが連射で粉砕した。

 真宙がシンクロ銃座で、射手を受け持った。

 ブリッジの戦闘機のコックピットを模したような12座席の銃座はガーディアンスーツの銃座として機能するようになっていたのだ。

 「真宙!行くで!」

 「もも!待って…撤退するわ…」

 世蘭が百花を止めた。

 「くっ…この見極めの早さはやはり本物の軍人やな…うちも戻る。船首の火災は?」

 百花が、気になっているのは艦首の秘密兵器、ビッグバン・リフレクト・キャノンだ。

 「消火作業中よ。でも数名の怪我人が出てるわ。もも、戻って。地上の方も危険よ。ソニックの数が思っていたより多い。動きこそ封じているけれど、近づけないでいるわ」

 「判った。ガーディアン・スーツを下ろす」

 「えっ?」

 百花の言葉に全員が耳を疑った。

 「シャヂー!シャトルは無人で出せるか?出せるんやったら頼む。攻略後、シャトルは大気圏を出れるか?」

  [百花さん。どちらもYESです。準備は出来ています。射出します]

 左舷の格納庫ごとパージされてシャトルの全景が浮き出しになる。

 次の瞬間、百花の操るβの足下をかすめるように打ち出されるシャトル。

 乗員のいないシャトルの加速はMAXを使える。

 もし、人が乗っていれば一瞬でつぶれてしまうほどの急加速で射出されたシャトルは、あっという間にグリーゼ581gの大気圏に吸い込まれていった。

 「ひなちゅん!ガーディアン・スーツが行ったで!一暴れしてきいな!」

 「了解!もも。死ぬなよ!」

 日菜の元気な声がインカムに入ってきた。

 

 ブリッジへ戻った百花。

 友梨耶が詰め寄る。

 「もも!どういう事?ガーディアン・スーツを下ろして敵の手に落ちたら…どうするのよ!」

 「友梨耶?そうか、知らんかったんやな?地上を映せるか?」

  モニターの設定を変える百花。

 地上のシャトルが映し出された。

 開いていくカプセル型のシャトルに背中合わせに固定されている3体のガーディアン・スーツ。

 「何?これ?」

 息をのむ友梨耶。

 「判ったやろ?これがガーディアン・スーツの正体や!各パーツだけでは何の意味ももたへんが、総合したスペックが半端ない機体」

 映し出された機体の胴体部分はポッカリと穴が空いていて操縦席すら無い。

 駆動部分にエンジンやモーターすら認められない、まるで只のフィギアである。

 日菜がカプセル型のシャトルへ迫る。

 ブレーキングターンの後、バックでガーディアンスーツのγへ到達して中へ入る。

 そう、ガーディアン・スーツのコックピットは各ハイブリッド車の車体そのものだったのだ。

 駆動力はタイヤの回転運動を変換して伝えられるチューブ型の伝達システムをメインにハイブリッド駆動用バッテリーによるモーターを各所に備えていた。

 日菜がγで先行する。

 続いてαの亜紗美が換装を終わらせて出る。

 さすがに、何も知らなかった真梨耶は戸惑っている。

 「お姉ちゃん…」

「やるっきゃないでしょ?真梨耶!操縦自体は雪大猿と変わらないそうだからがんばって!」

 「はーーい…」

 少々戸惑ったが3機とも起動に成功した。

 先行した日菜と亜紗美が格納庫を押さえた。

 警戒していたソニックは銃座程度にしか役に立たなかったからだ。

 世蘭が放ったスーパー・ストームブリザードは、ソニックの武器である機動力を完全に封じ込んでいた。

 まったく予想していなかった襲撃に、混乱を来した基地内は、パニックを起こして対応出来ないでいた。

 プリウスα、プリウスGS、アクアの各乗員は操縦者を残してシャトル奪取へ向けて格納庫へ降りていく。

 朔が先行し、タイトとケイトが援護射撃をこなし、更に後方の警戒をシオンが受け持つ。

 予想していたよりも抵抗が少なく、シャトルの格納庫はあっさりと制圧出来た。

 シャトルの格納庫へ入った3機のガーディアン・スーツはシャトルを確保し滑走路へと押し出す。

 4人が乗り込んだシャトルを中央の滑走路へ押していく真梨耶のβと援護に回った、亜紗美のαと日菜のγ。

 フリーになっている滑走路の発射位置に着いたシャトルに火が入る。

 「増槽の燃料確認しました。上がれます。先に行きます。ご無事で!」

 シャトルのコックピットで敬礼をしている4人の男達。

 シャトルを守るように陣形をとっているガーディアン・スーツ3機。

 加速して重力を振り切っていくシャトルが成層圏を越えるのを確認した、3機のガーディアンスーツがシャトルへ戻る。

 世蘭が再びスーパー・ストームブリザードで後退するガーディアン・スーツを援護する。

 

 艦首に集合している乗員の面々。

 ブリッジで強襲部隊の援護をしている乗員がいるため真宙とジェシーと史樹が来ていた。

 強襲シャトルを操縦して戻ってきた莉乃はαに搭乗して艦首付近で警戒に当たっていた。

 牽制するかのように、トーネードUFPが断続的に攻撃を仕掛けてくるが、莉乃の射撃により打ち落とされる。

 αに備えられているグラビリティーブレッド(重力指弾)は射程距離こそ短いものの有効範囲が広く、かすっただけでも機能を奪う力があった。

 直撃しても殺傷能力がある武器では無いが、それがかえって莉乃に力を与えている。


 消火活動に当たっていた乗員の数名が爆発に巻き込まれ負傷して優那の手術を受けている。

 友梨耶がブリッジを離れられないため急遽、真凜がオペ看を勤める事となってしまった。

 迫り来るイギリス宇宙軍の空母2隻。

 頼りの超長距離高射砲ビックバン・リフレクトキャノンを封じられる結果となってしまったTOY・BOXだが、修理を敢行する事が出来ないでいた。

 薬室内に光粒子が漏れていて人が入れる状況では無いからだ。

 現在の状態で、人が入って修理をした場合、失明は免れないという程の粒子が漏れているのである。

 「僕が行きます。修理自体は簡単なんでしょ?漏れている回路を遮断してバイパスするだけなんですから」

 「ばか!簡単たってレバーがどれかもわかんないだろ?だいたい、中を歩く事すら無理だろうが?シャヂー!修理ロボットで何とか出来ないか?」

  [薬室内に漏れている粒子は器械回路には致命的です。このままだと、わたしも機能を損なわれるかも知れません。人の力を使うか、もしくは動力を総てカットして停止してから修理を行うかですが、そうなると、この艦は完全に無防備になってしまいます]

 「僕が入ります。無線が使えないので糸電話で指示して下さい。幸い、この薬室は真っ直ぐなので糸を張っていれば通話は出来ますよね?」

 「糸電話ってなんだよ?」

 「真宙…お前、ブリッジに行ってろ…」

 史樹が決死の覚悟で、薬室へ入っていく。

 「日菜さんの退路を必ず確保して見せます」

 「史樹…お前…すげえよ…バカにしてごめんな」

 「真宙さん!この船を守って下さいね。あなたには、それだけの知識も経験もあるでしょ?よろしくお願いします」

 窓に穴を開け、糸を通して糸電話を作り扉を閉じて史樹の姿が遠ざかっていく。


 重力を振り切り宇宙空間へ戻ってきたシャトルの中のガーディアン・スーツ。

 TOY・BOXへの軌道を修正する前に大きな衝撃を受けた。

 宇宙空母から発進したトーネードUFP(宇宙戦闘機)からのミサイル攻撃だ。

 初弾の攻撃でノズルの1つを失ったシャトルは軌道を修正する事が出来ない。

 「真梨耶!亜紗美!出ろ!」

 パージしたカプセルブロックから、射出されるαとβ。

 γを固定しているアームが破損して引っかかり、γだけ射出不能だった。

 日菜は体制を入れ替え、アームガンでαとβを援護する。

 「くそっ!外れねぇ…やばい!真梨耶!TOY・BOXへ急げ!」

 βを狙ったトーネードUFPのエンジンを打ち抜いて航行不能にする日菜。

 真梨耶の前を漂う、航行不能のトーネードUFP。

 とっさに助けようと手を出したβに向けてミサイルを発射するトーネードUFP。

 至近距離からのミサイル攻撃で腕を失うβ。

 更に先行していたトーネードUFPからの集中砲火でβの噴射ノズルが次々に失われ、装甲も破壊されていく。

 グリーゼ581gの軌道上に見えているのはイギリス空軍の所有する宇宙空母グローリアスとフューリアス。

 トーネードUFPが次々と打ち出される。

 「何故?何故よ!」

 βのコックピットで震える真梨耶の叫びは、届くはずも無い。

 αの亜紗美が破損したβに追いつき、ワイヤーを掛けて牽引する。

 三方向から迫り来る、トーネードUFP。

「あさみん!逃げて!」

 牽引ロープを外してαを突き放したβの真梨耶がミサイルポッドを構えるが、トリガーを引く事が出来ない。

 相手はイギリス空軍の機体だ。

 今の真梨耶には、同胞を撃てるだけの覚悟は無い。

「真梨耶!撃てないのなら後退しなさい!」

 友梨耶の叫びがインカムを通して友梨耶へ届くが、ミサイルの到達の方が早かった。

 爆炎に包まれるβ。

 「真梨耶!」

 亜紗美の叫びがむなしく響く。

 「二人ともうっせーんだよ!少しボリューム落としな」

かき消えた爆炎の向こうにγのオレンジの機体が見える。

 その後ろに白い機体。

 「真梨耶…無事なの?」

「お姉ちゃん…なんとかね」

 「悪いな。友梨耶。シャトルは完全に破壊されたぜ」

日菜はシャトルを加速させてγに乗り込み、シャトルを盾に真梨耶を守ったのだ。

 「あんな、おんぼろ持って帰ってもどうせスクラップよ。ありがとう日菜さん」

 「ひなちゅんで良いぜ。亜紗美!真梨耶を頼んだぜ!」

 βを踏み台にして加速し、前へ出る日菜のγと、後方へ、はね飛ばされるβ。

 「確かに受け取ったわ!ひなちゅん!真梨耶は任せて!」

 亜紗美がβを抱えて加速していく。

 「あさみん。頼んだよ」

 長距離射撃を得意とする日菜の、その能力を最大限に生かすべく開発されたような、その機体に備わっているのは、6連レールガンライフル。

 光子魚雷並のスピードを誇る初速は、抵抗のない宇宙空間では無敵の射程距離を誇る。

 迫る事も出来ず次々と打ち抜かれるトーネードUFP。

 「大丈夫です。バイパス回路は繋がったでしょ?粒子漏れは解消したはずです。暴発はしません。発射出来ます」

 史樹の声がブリッジへ届いた。

 「待避して。史樹さん」

 友梨耶の声。

 「反射板の裏にある工具室に入ります。熱は入ってきませんから撃っちゃって下さい」

 史樹の笑い声が聞こえてきてブリッジに笑顔が溢れた。

 「やってくれたね。見直したぜ」

 真宙が泣いていた。

 「大丈夫なのね?史樹さんは避難出来ていると考えて良いのよね?」

  [修理までどの位のダメージを負ったかは問題ですが、あの声の様子ですと問題ないと思います。熱は反射板の後ろ側には伝わりませんので問題ないはずです]

 TOY・BOXを取り囲むようにトーネードUFPが迫ってくる。

 真宙とジェシーが銃座で対抗する。

 前方から迫り来る、無数のトーネードUFPと空母から発射された宇宙魚雷。

 「時間さえ稼げれば良いんだ。なにも殺さなくてもいい…うちも甘い事考えるようになったものね。世蘭のせいか?」

 トーネードUFPのエンジンを狙う日菜。

 普段よりも精密な射撃をしているせいで、周囲への注意力が低下していた。

 「何?」

 ソニックRの牽引ワイヤーに、両腕と両足を捉えられてしまった日菜のβ。

 「動けない。これじゃ、本末転倒じゃないか?撃て!もも!このままじゃ捕まっちまう!操縦システムどころか、ガーディアン・スーツそのものを、持って行かれちまうぞ!もも!」

 ブリッジの百花は、俯いて動かない。

 「ひなちゅん…無理やで…史樹は命がけでひなちゅんを守るために修理へ向かったんやで…その武器をひなちゅんに向けられるか?」

 「もも…うちは史樹を愛してる。史樹を守って…親友でしょ?わたしの最後のお願いを聞いてよ!もも!」

 「どいて!」

 世蘭が百花を突き飛ばして操縦席へ入ると照準を上げロックする。

 「船体固定、重力バランサーフル、ECCMオン、トリガーロック解除」

 「世蘭?!何してるの?日菜さんが居るのよ!わたしが先行するから、待って!」

 ブリッジの世蘭の動きを見て、慌てて日菜の救助へ向かおうとする莉乃。

 「来るな!りのの!船を守ってくれ!」

 ブリッジを狙ってきたトーネードUFPを打ち落とした莉乃が振り返るが、日菜のγは遠ざかっていく。

 発射シーケンスをこなしていく世蘭。

 トリガーに指を掛け、スコープの中心に日菜のγを捉えた。

 「日菜さん!わたしで良い?ももは撃てないわ。わたしで良い?」

 「世蘭か?ひなちゅんで良いよ。ももを頼んだよ!」

 「ひなちゅん!わかった!」

「世蘭!撃ったら絶交やで!ひなちゅんを殺したら絶交やで!やめてぇなー!」

 世蘭の決意は百花の叫びでも、変えられなかった。

 「世蘭!まだ行けるわ!わたしにチャンスを!」

 莉乃のαが加速状態に入るが間に合わなかった。

「ビックバン・リフレクトキャノン、シュート!」

 トリガーを引く世蘭の瞳から、流れ落ちる涙が肘に落ちて光った。

 「史樹…ごめん。帰れなかった。許して」

 「ひなちゅん!」

 ホワイトアウトしたモニター。

 電磁波障害で何も映し出せない。

 天井を見上げて、こらえた筈の涙が溢れて流れ落ちていく百花。

 操縦席から立ち上がった世蘭が、百花の肩に手を落とした。

「もも…ごめん…ごめん…ごめん」

 「なんでや…あんなに頼んだのに…なんでや…世蘭…なんでなんや…絶交や…うちの親友をよくも…よくも…」

 世蘭に飛びつき、抱きついて泣き尽くす百花に、声を掛けられる者はいない。

 優那と真凜がブリッジへ駆け込んできた。

 艦首ビックバン・リフレクトキャノンの火災で怪我を負った4名の手術は無事に終わった。

 二人は史樹が心配でブリッジへ戻ってきたのだ。

 他の乗員には内緒だったが、粒子漏れの薬室へ入った史樹の眼球は、相当の損傷を覚悟しなければならないはずだった。

 元々、視力が失われていた史樹に、失明のリスクは無かったが、視神経は生きていたため、苦痛は普通の人間と変わらないはずであった。

 その為、船内に戻ってきて、すぐに治療が出来るようにストレッチャーと共に、真宙とジェシーを船首へ向かわせていた。

 艦橋脇の手術室へ運び込むためだ。

  [電磁波障害が消えます。前方に破片があります。回収します]

 「回収やて?」

 百花がモニターへ目を移した。

 涙をぬぐった百花の瞳が映し出したのは破損こそしているが、コックピットは無傷のγだった。

 「感動の再会だよな…なんか、拍子抜け」

 トラクタービームで、牽引されていくγを莉乃のαが受け取り、格納庫へ運んでいく。

 コックピットから、Vサインをしている日菜が、モニターにアップで映し出された。

 世蘭が、声を殺して泣いている。

 ブリッジへ亜紗美と真梨耶が上がってきた。

 二人とも目を腫らしていた。

 モニターに目をやる二人だが、日菜の笑顔を見て抱きついて再び泣き出した。

 再びの悲劇を回避出来た事を喜ぶでも無く、日菜の無事だけを喜び、友梨耶も泣いていた。

 真宙とジェシーが力なくブリッジへ入ってくる。

 二人とも涙を流し、俯いている。

 見上げたモニターに驚きながらも、涙は止まる事は無く、悲しみを更に加えていた。

 「ひなちゅんはビックバン・リフレクトの中心にいたのか?そういう事か…」

 ジェシーが納得したように呟くと、天井に向かって吠えるように泣き出した。

 真宙が床に、頭突を繰り返しながら、泣いている。

 藍花がブリッジへ入ってきて、世蘭の横へ行くとしゃがみ込んで泣き出した。

 「撃ったのは、もも姉ちゃん?世蘭姉ちゃん?」

モニターに史樹の笑顔が映し出された。

「みなさんごめんなさい。僕がシャヂーに頼んだんです。逃げ込める場所がある事にしてくれってね。万が一、間に合わなかったら発射を躊躇わないようにってね。これを見ているって事は帰れなかったんだね?でも見ているって事は皆助かったって事ですよね?日菜さんありがとう。出来れば藍花をお願いします。みなさんありがとう」

 モニターの史樹は笑っていた。

 世蘭が青ざめ、床に膝を落とした。

 自分の手のひらを見つめて蹲ったままの世蘭が、天井を見上げて叫ぶように泣き出した。

 優那が硬直している。

 ブリッジを見渡し史樹の陰を追うが、そこに史樹の姿があろう筈も無い。

 真凜が優那に抱きついて声を殺して泣き出した。

 スクリーンに映し出された日菜の笑顔。

 ブリッジに、気を失う寸前の日菜の言葉が、とびっきりの笑顔と共に届いた。

 「史樹…帰ってきたよ…た・・・・だ・・・・い・・・・ま・・・・」

「おかえり。おかえり」

 藍花の肩で悲しそうに、花梨が羽ばたき、ブリッジにいた全員が、藍花の方を見つめて凍り付いていた。

 誰も声を掛けられず、その場に立ち尽くす。 

 

 日菜の帰還から10数時間の時間が経過した。

 損傷が激しかったγの機体からは想像も出来ない程の軽傷だった日菜だったが、それでもかなり消耗していた。

 いやがる日菜を病室へ入れて、百花が対応した。

 史樹の事は、百花にしても、どう伝えて良いか判らなかったが、その件だけは自分で言うと藍花が申し出たため百花は病室を出た。

 二人のすさまじい泣き声に、百花はその場にいる事も出来ず修理中のβで船外に飛び出し宇宙空間の中で泣いていた。

 百花の乗ったβを自室の窓から見ながら、世蘭が泣いている。

 右手の拳に、包帯が巻かれていた。

 床を殴り続けて骨折したために、優那が巻いた包帯だった。

 優那と真凜が手術室の脇のリクレーションルームで寄り添うようにして眠っていた。

 まぶたは腫れて、涙の跡がくっきり残っている。

 友梨耶がブリッジの入り口で、壁に背中をもたれさせて座り込んでいた。

 うつろな瞳には、まだ涙が湛えられたままだ。

 真梨耶が左舷操縦桿へ座り、オートスイッチを入れた。

 怒った日菜がシャヂーを停止させてから既に6時間が経過しようとしていたが、スイングバイに入らなければいけない時間が、迫っていた。

  [おはようございます。突然オフラインにされてしまいましたが、わたしが、何かいけない事をしたのでしょうか?]

 「判断自体は間違っていないと思うけれど、嘘がつけるコンピューターというのもおかしくない?」

 真梨耶が訊いた。

  [史樹さんの覚悟を優先すべきと判断しただけですがお気に召しませんか?そうしなければ、本船は失われていたと思います]

 「確かにそうだけど、納得がいかないんだよね…」

 友梨耶が床に転がっていた、コーヒーの空き缶を蹴飛ばした。

 缶の転がる音が船内にこだまする。


 治療を終えた日菜が、藍花と共に薬室へ入った。

 史樹が最後にいた地点まで二人は手を繋いだまま歩く。

 「藍花ちゃん。ごめんね。わたしたちが追い込んだんだよね。役立たずなんて言って、居場所を無くしたんだよね。本当にごめん」

 日菜と藍花の目の前には黒く陰の残ったリフレクトウォールがあった。

 それは船内に戻れなかった史樹の身体が蒸着した結果生まれた陰だった。

 「日菜姉ちゃんは、お兄ちゃんの事が好きだったんじゃ無いのね…お兄ちゃんの事判ってないんだね?」

 「えっ?」

 「お兄ちゃんを侮辱しないで!他の人がなんて言ってもいい!日菜お姉ちゃんだけはお兄ちゃんを判ってよ…そんな弱い人間じゃ無いよ…そんな卑屈な人間じゃ無いよ…ただ、お兄ちゃんは日菜お姉ちゃんを守りたかっただけなのよ…それくらい判ってよ…判ってよ…侮辱しないで…バカにしないで…」

 日菜の胸を叩き続ける藍花を抱きしめて、天井を見上げて涙に暮れる日菜。

 『ごめんなさい。藍花ちゃん。判っていたはずなのに。史樹の事は誰よりも判っていたはずなのに。悲しみのあまり見失うところだった。ごめんね。本当にごめんね』

 日菜は、言葉にすると軽すぎると感じて、何も言わず藍花を抱きしめるのだった。

 その様子を伺っていた真宙とジェシー。

 その脇を修繕ロボットが通り過ぎようとした。

 「シャヂー?何をする気だ?まさか、あの壁を外す気じゃ無いだろ?」

  [そうです。収束率が落ちるのでリフレクトウォールを交換します]

 真宙がロボットの、停止スイッチを押した。

「まてよ。あの史樹の陰のおかげで、ひなちゅんは無事だったんだろ?何も今、外さなくても良いだろ?」

  [距離によっては敵を討ち漏らす可能性が大きいです。なんせ中心が熱量零になっているんですから。でも何か考えがあるようですので、緊急では無いので作業を進められるようになったら申しつけ下さい。]

真宙がロボットのスイッチを入れると引き返していった。

 「あとで、皆と相談しようぜ。あれは破棄出来る魂じゃ無いよ。だろ?真宙」

 「当たり前だろ!させるかよ!」

 立ち去る二人の後ろからすすり泣きがいつまでも聞こえていた。

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