旅立ち
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VOICEROID+ 琴葉葵 1.3倍速での読み上げで50分くらいです。
よろしくお願いいたします。
https://www.youtube.com/watch?v=a13RsPM8ZeQ
「100年前の老朽艦だぜ。本当に飛ばせるんか?つうか、飛ぶんか?」
ブリッジへ戻ってきた百花。
世蘭に向かって聞く。
「もも…さっきはありがとう…でも…」
「世蘭…言わんでええ…ひなちゅんが無理言ってすまんな…でも、やっぱり覚悟はあるんやな?…すまんな…」
世蘭はモニターから目を離して、振り返って百花の目を見つめた。
「分かるのね?わたしが何をしていたか…」
「ええんか?それで、何人の人間が死ぬ事になるかは、わかっとるやろ?」
「うん…さっきの答えだけど…飛ばせるわよ…問題はエネルギーの充填に時間がかかる事。まぁ、莉乃さんが充填は進めているんだけど、もっと切実なのは食料の確保ね。地球まで最短で3ヶ月よ。けが人と捕虜を含めて今のリストで59名。惑星表面の雪のおかげで少なくとも水の確保は出来るけれど…食糧は圧倒的に不足してるわ…水に関しては、今も搬入してくれているから、あと数時間で準備が整うわ。食料をどう調達するかね…保存が利く食料は計算上では上限で3週間。でも、地球までは多分…」
百花の問いをかわして、世蘭は現状の問題でごまかした。
「1年近くかかるやろな…アインシュタイン・ローゼンブリッジ(ワームホール)が通れんからな…この船が正規のパスポート(通行許可)をもっとれば別や…が?どないした」
「その気象コントロール装置で殺した敵を、食料にしたらどうだ?冷凍保存できるだろ?」
「ひなちゅん!ええかげんにせえ!世蘭になんか恨みでもあるっちゅうんか?」
ブリッジに入ってきた日菜に、百花が殴りかかるが、寸前で史樹が間に入る。
「けんかはやめてください!」
殴り飛ばされたのは史樹だった。
「あーあ。お兄ちゃん、かっこ悪い」
藍花が史樹に走り寄り、殴り倒された時に落とした白杖に手を伸ばす。
世蘭が白杖を拾って藍花に渡した。
「ごめんね…わたしがここに居るばかりに…でも、わたしには帰る場所が無いの…ごめんね…」
「おねえちゃん…勘違いしてるよ…日菜さんは優しい人だよ…わざとみんなの反感を買ってまとめようとしてるだけなんだよ。分からないの?」
「えっ?」
「ちっ!」
舌打ちをして、出て行く日菜。
「一人で空回りしちょる…藍花ちゃんやったな?…うちも分かっちょるよ。ただ、あのひねくれ者には、合わせてやる方が効果的やで」
藍花が笑った。
「うん。百花姉ちゃんは分かってると思ってた。でも、友梨耶姉ちゃんは分かってないと感じてるみたいだよ。うちのお兄ちゃんはね。世蘭お姉ちゃんもね」
「どういう意味かな?藍花ちゃん…」
明人の手術を終えて、友梨耶がブリッジへ戻ってきた。
優那も一緒だ。
「お姉ちゃん…『とろいから生き残った』って日菜お姉ちゃんが言った時怒ったでしょ?あれね…日菜お姉ちゃんは、わたしたちを庇ったの…あのガス攻撃って…」
「やめな!藍花ちゃん!」
慌てて戻ってきた様子の、日菜が怒鳴った。
「だって…」
史樹が藍花を抱きしめていた。
日菜が藍花の頭をなでて笑った。
「怒鳴ってごめんな…でも、もう良いだろ?お前らが悪いわけじゃ無いんだから」
「藍花ちゃんの勝ちやな…」
百花が左舷操縦席へ座って言った。
「ああ、うちの負けだよ」
日菜が百花の肩に手をかけ頷くが、百花はすでに眠っていた。
24時間以上の緊張状態が続いていたのだから無理も無かった。
日菜も左舷銃座に座り、腕を頭の後ろで組んだ状態で眠りに落ちる。
「あの二人…うらやましい…」
世蘭がつぶやいた。
「そうね…昨日までのわたしなら、確かに羨ましいと思うでしょうね。でも、今のわたしには貴女達8人がいるわ。そうでしょ?あなたもわたしの仲間だよね?」
「そうね…そうだよね…何でわたし、泣いてるんだろう?…」
世蘭は涙をぬぐって笑った。
納得したのか、藍花と史樹がブリッジを出て行く。
取り残された友梨耶。
「えっ?何?わたし悪者?なんか、納得いかないんだけど…」
優那が友梨耶の肩をたたいて笑った。
亜紗美と真梨耶が治療を一区切りつけてブリッジへ戻ってきた。
莉乃と真凜も続いて入ってくる。
「少し休みたいんだけど、部屋割りどうなってる?友梨耶わたしの部屋どこ?」
「あさみん?なんで?わたし?」
「この中で、そう言う事を勝手に決めても文句言われないのは多分、友梨耶だけだもん。あんたには誰も文句言わないよ」
納得がいかない友梨耶。
「あの二人より、わたしの方が怖いって意味じゃ無いよね?」
百花と日菜を指さして、睨み付けた友梨耶に、誤解だと言いたげに首を横に振る亜紗美。
「まぁ、そういう事だから、部屋割り、お願いね。わたし、食事してくる」
笑いをこらえて、優那がブリッジを出て行った。
真凜が右後方の銃座へ座って眠りに落ちた。
莉乃も右前方の銃座で眠る。
亜紗美が右舷操縦席についてシートを下げて休む。
世蘭は左舷レーダーサイトで作業を続けていたが、みんなが休んでいる事に気づき、休む事にした。
「わかったわよ!部屋割りしてくれば良いんでしょ!」
友梨耶がブリッジを後にした。
静寂に包まれたブリッジの中、覚悟を決めた百花が目を開いた。
友梨耶が出て行く際に、明かりの照度を落としていった事で、薄暗くなった船内で寝息が聞こえている。
日菜が熟睡している事を確認した百花が、ブリッジを後にする。
百花の動きに気づいた世蘭だが、脇を通り抜ける時の百花の表情から、只ならぬ覚悟を感じ、気づかないふりをする。
「もも…わたし…貴女を信じてる…」
世蘭も瞳を閉じて闇へ落ちていった。
同じ頃、椎名は拘束を解いたアメリカ兵の坪倉、杉山、谷田部の3人と左舷デッキで手分けしてシャトルの起動シーケンスを行っていた。
朔はシャトルへロケット燃料を注入する作業を受け持っている。
椎名は4人を信用し、信頼する事にしたのだ。
右舷デッキのシャトルの準備は、既に終わらせていた。
使わずに済むのであれば、それがベストではあるが、使用するべき場面で使用できなければ天才達の覚悟が無駄になると感じての決断だった。
そして、この自滅的な兵器を起動してでも守りたいものが5人には有る。
その気持ちが無ければ、起動する事すら邪悪だと思える兵器。
「いつでも飛ばせる。君たちの覚悟を感謝するよ。良いんだね?」
椎名の問いかけに頷く4人の兵は、既に死を覚悟しているのだった。
一方、手術をおえたばかりの明人を心配してそばに着いていた裕己と康幸だったが、明人が目を覚ましたのを機に病室を出て行くのだった。
明人がメモを渡していた。
『彼女たちに、人殺しをさせないでほしい』
メモに書かれた思いを、受け止めた裕己と康幸はガーディアン・スーツの操縦をマスターするために船から出て行ったのだ。
手当をおえたシニアスカウト達もまた、銃器の準備をしていた。
ボーイスカウトのスカウトとは、元々「偵察」「斥候」の意味を持つ。
少年達の偵察部隊と捉えてもらっても間違いでは無い。
サバイバルと言えば大げさではあるが、生き抜くための体験をごく自然に学ぶ事が出来るプログラムのノウハウを持った団体である。
奇しくも、今の状況に向いている団体という事だ。
話を戻すが、シニアスカウト達は重傷者を外して役割分担を決める事にしていた。
だが、優那に助けられた者達は、武器を携えて彼女たちを守る役割を希望している。
軽傷者を宇宙船に残す形を、希望しているのである。
そのため、話し合った結果で、取り敢えずは重傷者を船内で休ませて安静を保つ事にして、万が一、戦闘が始まった場合は、重傷者を最前線へ送り込み、軽傷者が後方支援と少女達の護衛に回る事を決めていた。
勿論、この事を彼女たちは知らなかった。
優那に知れると、反対される事が彼らには、分かっていたからだ。
そのため、スカウト達は秘密裏に用意を整えようとしていたのである。
シャトルの用意を終えた椎名がアメリカ兵とともに、拘留室へ戻ってきた。
捕虜の状態のままで良いと、言い出したのは、坪倉だった。
真凜の立場を悪くしたくないという気遣いからだったのだが、椎名はそれには、反対だった。
いざという時に、動きが制限される可能性も考えられるからだ。
だが、アメリカの陰謀で戦争状態に陥っている事を考えると致し方ないとも思えたため、坪倉の申し出を受け入れた。
「ありがとうございます」
朔は騙されたとはいえ、こういう立場に陥らされて、反逆の汚名を着せられる事になりかねなかった事態から、希望を持たせてもらった椎名に感謝した。
椎名もまた、彼らの正義感に感銘を受けるのだった。
「君たちみたいな人がいる限り、アメリカの建国の心もまだ死んではいないと思うよ。
万一のために、なるべく休んでおいてくれたまえ。いざとなれば、よろしくお願いする」
そう言って、立ち去る椎名に4人は感謝を込めて敬礼をしていた。
椎名が立ち去るのを待って、百花が後を追うように出て行く。
百花は、ここに居た事を知られるのを嫌って椎名達が入ってきた時に、物陰に隠れていたのだ。
「約束の果たされん事を…」
声を殺して、イスラエル兵の一人が呟くのだった。
「部屋割りを発表します!」
友梨耶がブリッジに戻っていた。
ブリッジへ帰ってきた百花。
「友梨耶。うちは寝るから、キー頂戴。ごくろうさん」
「はいっ百花さん。2番ね」
カードキーと携帯端末を受け取ると、ブリッジを後にする百花。
亜紗美が目を覚まし、友梨耶にキーをもらう。
「3番了解。端末持ってくね。タブレットの方も、確認しときたい事有るしね」
「各部屋に1つづつ、タブレット端末はあるから。そっちで良い?各パーソナルデータで設定しておいたから」
にやっと笑った亜紗美。
「友梨耶はやっぱり手早いね。だから、友梨耶じゃ無いとダメだと思ったんだよね」
「何が?」
「部屋割りに決まってるでしょ?へ・や・わ・り・」
カードキーの裏面には、埋め込み型のチップがあり、表面に部屋番号が入っている。
「携帯端末はこっちのiPhone9S使ってくれる?」
「そっちが、わたしのパーソナル端末って訳ね?設定済みかぁ…友梨耶、あんたやっぱりすごいよ」
百花と入れ替わるように、食事を済ませた優那がブリッジへ帰ってきた。
亜紗美が優那とすれ違いざまに肩をたたいて出て行く。
「友梨耶ご苦労さん。わたしの部屋は?」
「ブリッジ脇の医務室に近い方の部屋。これがキー。9番ね」
「了解。ありがとう。じゃ、シャワーしてくるね。お疲れさま」
「ゆっくり休んでね。何かあったら連絡するから。端末持って行ってね。充電は終わってるから…」
「一応聞いとくけど、部屋に充電器はあるんだよね?」
親指を立てて応答する友梨耶。
「ベッドの頭のところに非接触型の充電器があるよ。タブレットと携帯端末の両方おけるタイプ。過充電しないようになってるみたいだから、今おいても起動しないと思うけどね。タイプ的に70パーセントを切らないと作動しないタイプ」
優那がブリッジを後にする。
「日菜さん…生きてるよね?…」
反応が無い日菜の肩に手を置いて、声をかける優那。
「勿論だ…友梨耶、嫌な思いさせたね。ごめんよ。わたしは、あんな態度しかとれないんだ。ごめん…悪気は…」
「分かってるわ。VXガスで狙われたのがあの二人で、他の人たちは巻き添えになっただけって事でしょ?日本を戦争に巻き込むためだけに…だから、憎まれ口を言って、注意をそらすために、わたしたちを怒らせた…だよね?」
目を伏せて日菜。
「気づいていたか?さすが情報士官。いや、元情報士官か?」
席を立ち、友梨耶の肩に手を置く日菜。
日菜に携帯端末を渡す友梨耶。
二人の間に、交わすべき言葉は、もう無かった。
iPhone9Sを横に振りながら、ブリッジを出て行く日菜を見送る友梨耶。
「勿論、何かあれば真っ先に呼び出すわ。頼りにしてるわ。日菜さん。貴女と百花さんの戦闘力は、並じゃ無いからね」
視線を移した先には、世蘭が眠っていた。
モニターに映し出されている文字はPROGRAM TRANSFER COMPLETION。
「あんたが一番重荷を背負ったんだよね?わたしには、その覚悟がまだ出来ていない。世蘭さん…ありがとう…そして、ごめんね…」
「んっ?友梨耶さん?何で、泣いてるの?」
「あっ?いや、何でも…世蘭さん、これカードキーと端末。部屋割りしたからね。5番の部屋でお願いします」
「書き換え終わってるね…見た?」
「わたしは知るよしも無いわね。でも、貴女の覚悟は伝わったよ。ありがとうと言うべきなんだよね?それとも、謝罪の方が適当かな?ごめ…」
世蘭が人差し指を、友梨耶の唇に当てて、止める。
カードキーと端末を受け取り、ブリッジを後にする世蘭。
「莉乃さん!真凜さん!起きていたのなら、声かけてくださいよ!」
「いや、なんか、良い雰囲気だったから、ついね。こんな感じかと…」
立ち上がり、背中を見せて、莉乃が抱きしめる格好で、手を後ろへ回してみせる。
「ラブシーンじゃ有りません!」
「まぁまぁ、怒んないでよ友梨耶。冗談だよ。うちらもシャワーしてくるわ。何かあったら呼んでね。そうそう、莉乃さんはもうやめてね。【りのの】でよろしく!」
莉乃もブリッジを後にする。
「わたしも呼び捨てでよろしく。真凜よ。友梨耶、わたしに気を遣わないでね。わたしはもう、アメリカ人じゃ無いわ。地球人よ。あなた方もそうでしょ?あっ?キャプテン」
莉乃の肩をすれ違いざま『ぽんっ』と叩いて、椎名がブリッジへ入ってくる。
「みんな起きたのか?」
「いえ、部屋割りが決まったので部屋で休んでもらおうかと思いまして…椎名さんは1番です。艦長室ですので。よろしくお願いします。この船を飛ばすって、莉乃さんから聞いています」
椎名の端末と交換してカードキーと一緒に別の携帯端末を渡した、。
椎名が持っていた携帯端末を受け取ると、キャプテンシートへ戻した友梨耶は、後方左舷の機銃の座席で、眠っている真梨耶の肩を揺するようにして、起こした。
「真梨耶…部屋で休もうね。」
「ん?おねえちゃん。部屋って?部屋割り決まったの?」
「うん、わたしたちは18番よ。史樹くんと藍花ちゃんの部屋の向かい。部屋へ行って寝ようね」
「なんで?なんでお姉ちゃんと同室なの?」
真梨耶が、真っ赤になって怒っている。
「えっ?同室じゃ嫌なの?」
「だって、一人部屋がいっぱいあったじゃん!みんな一人部屋じゃ無いの?まさか、もう一人部屋が空いてないって言うんじゃ無いでしょ?」
友梨耶は、まさか反対意見が出るとは思っていなかったため、びっくりした。
妹の真梨耶だけが、文句を言い出すというのも意外だった。
「俺たちは?どうなってる?」
真宙とジェシーが、シニアスカウト達の意見をまとめて、銃器の配分を終わらせてブリッジへ上がってきた。
けが人を含めて、シニアスカウト達は後方の格納庫の上にある居住エリアを病室として使い、軽傷者を中心に看病する者を選出し重傷者の管理をする事にしていた。
重傷者と軽傷者の役割分担も、ブリッジへの出入りをするものでは、彼らだけが聞いて知っていた。
勿論、優那たちへは、秘密にするという事も真宙とジェシーは、了解しているのだった。
「非常時には、ハンガーデッキに行ってもらう事があると思うから、エレベーターシャフトの脇の部屋。ジェシーが15番。真宙が16番ね」
「了解!じゃ、休んでくるけど、何かあれば呼んでくれよ」
ジェシーが、二人分のキーと端末を受け取り真宙に渡す。
「同じく」
口数の少ない真宙は、手を上に上げて振り向くとブリッジを後にした。
ジェシーが後へ続く。
「あの二人も、真凜さんと同じで微妙な立場だよね?悲しい話だと思わない?」
「わたしが、個室じゃない方が悲しい…」
「分かったわよ!6番使って…端末はこれだけど、18番のタブレットと6番のタブレットを交換しておいてよね。まったく…わたしは、このまま18番使うから、キーは後で返してよね」
「了解…でも二人部屋を一人で使うの?」
「どうせあんたが終始出入りしてるだろうから、今はこのままで良いわ…」
真梨耶がふくれる。
「そんなに恐がりじゃ無いわよ!お姉ちゃん!それは侮辱だよ!」
『良いから行きなさい』と言いたげに、友梨耶はブリッジを立ち去る時に真梨耶に手で合図を送る。
真梨耶と真凜がブリッジを後にした。
ブリッジには椎名だけが残った。
椎名はキャプテンシートを見つめて思いをはせるように呟いた。。
「ここには座れない。わたしはここには座れないよ。莉乃君、真凜君。君たちの未来に影を落とすわけにはいかない。君たちを守った山崎君のためにも…」
椎名もまた来たるべき状況に備えて、休もうと考えてブリッジを後にする。
十八番と書かれたプレートの部屋に灯がともっている。
真梨耶が同室を断ったため余裕の出来た大部屋に3人の子供達と友梨耶が居た。
部屋割りをしていた時から、友梨耶は子供達と同じ部屋にする事を決めていたが、真梨耶の方が子供好きな事もあって、真梨耶と二人でならば子守も大丈夫だろうと踏んでいた。
真梨耶に断られた事で、少々気が重かったのだが、この子達は思っていた以上に扱いやすかった。
それが、友梨耶には悲しかった。
気を遣っているのが分かるのだ。
大人の顔色をうかがっているというレベルでは無く、明らかに友梨耶に気を遣っている。
「あのさ、ゲームでもしてれば?畏まって無くて良いからさぁ。なんか気を遣いすぎって感じで痛々しいんだよね。その前に、バタバタしていて自己紹介も出来てないからね。わたしは友梨耶よろしくね」
「イタリア大使館主席外交官 ピエトロ・バドリオの息子 フラヴィオ」
「主席外交官エルリック・イラストルザ 娘のクリステル クリスで良いよ」
「フランス大使館の、主席外交官の娘さんね?そっかクリスってクリステルの略だったのね?」
「ドイツ大使館 トーマス・デメジエールの娘 リーザです。友梨耶お姉ちゃんもドイツ人?友梨耶って名前、ドイツには結構多いんだよ」
「リーザちゃんね。基本的にはわたしは、日本人に近いんだけど、一応、国籍はイギリスね。真梨耶ってお姉ちゃんはわたしの妹だよ。よろしくね。さて、みんな、わたしも少し寝たいんだけど、カーテンで仕切っておくからそっちは好きなように遊んでいてね、タブレットでゲームしていても良いよ。結構な数が入ってるみたいだから、好きなのすれば良いよ。寝付きは自信有るけど、あまり騒がないで居てくれると助かるわ。良いかな?」
「そこで、『いいとも』って言うのは21世紀までだと思うけど…言う?」
「良いです…」
カーテンを閉めて、眠りに落ちる友梨耶。
リクレーションルームでカップ麺をすすっている椎名の元へコーラを飲みながら百花が近づく。
「あんたが飛ばせるって?この船」
椎名が百花に目を移す。
「誰でも飛ばせるさ。覚悟さえ有れば。乗員の命を預かる覚悟がね」
椎名の横に座る百花。
「さよか…だから、部屋へ入らず、キャプテンシートにも座らないんやな?なぁ、椎名はん、縁起を担ぐのは余裕があるって事やで。今のうちらには、余裕なんてないんや。気にしてる場合やないんやで」
視線をなるべく合わさないようにして、百花は椎名に問いかける。
「君の名前は?」
「百花や。小鷹狩 百花。よろしゅう」
「防衛大臣の?なるほど」
「親父は関係あらへん。友梨耶やりののやひなちゅんを送り込んだ人みたいに、この事態を予想していた知識人も居たっちゅうのに、うちの親父は脳天気にも、『団体生活が出来るようになって帰ってこい』なんて言って送り込みよった。何ともお間抜やね」
椎名が立ち上がり、正面向いて百花と対峙した。
俯き気味の百花の表情は、肉親の事を思い出したためか、愁いに満ちている。
「わたしは機を失ったパイロットだ。しかも、キャプテンとしての役目を何一つ出来ないまま、部下を死なせてしまった。そんな者が、座って良い席じゃ無いだろ?」
「うちに言わせれば、そんなのはナンセンスや!生きるために出来る事があるんや。やるべきやないんか?」
椎名が見下ろす百花は、誰かに助けてほしいと懇願する、只の少女のように映った。
「百花君…君が飛ばすべきだと思う。この船は…そうして、キャプテンシートに座るべきなのは優那君だと思う。君なら、わたしが言っている事は分かるよね?」
ポンッと百花の肩を叩いて椎名がレクレイションルームから出て行った。
椎名の覚悟を理解した百花は、黙って頷くと一筋の涙を流した。
床に落ちた涙が散って、照度を落としている天井の照明を受けて光を放つ。
世蘭の曾祖母である地球惑星科学の天才 溝呂木 道世の遺産により時間を稼ぐ事に成功した少女達であるが、その間の時系列は単調になるため、要点のみ書き綴るとしよう。
少女達は交代で医療と宇宙船の発進シーケンスを行いながら、各機関の知識を高め操作できるように訓練を行っていた。
真宙やジェシーはシニアスカウトと連携して食糧の確保と、武器の熟練度を高めていく。
明人の容態は回復傾向へ向かい、起き上がれるようになっていたが、裕己と康幸と共に優那たちに気づかれないよう気を配りながらガーディアン・スーツの操縦を習得すべく訓練に余念がない。
拘留室の坪倉・杉山・谷田部は椎名と共に桜花の操作と効率の良い使用方法を研究していた。
搭載兵器が自滅的な物だとしても、それの生かし方で事態は大きく変化するかも知れないと考えたからだ。
準備は着々と整ってきていた。
一番危惧されていた食糧問題を解決したのは、奇しくも日菜に指摘を受けていた気象コントロール装置。
『殺した敵を食料にする』という日菜の野蛮な発想は、世蘭によって違う形で実現する事となる。
宇宙船の近くにあった湖(塩湖)に生息している魚類と甲殻類、そして海藻類を凍りづけにしてそのまま船内へ運び込んだのである。
現状でも外気温度は摂氏マイナス40度であるため冷凍庫として機能しているが、宇宙空間へ出ても、そのまま冷凍庫となるはずである。
世蘭にこのような思い切った手段を執らせたのは、2週間前に船内に舞い込んできた一羽の鳥だった。
その鳥とは、ベニコンゴウインコ。
21世紀末までは、地球で生息していた
美しい鳥であった。
「曾じじいの鳥や…足環がある」
百花が見つけて、腕に乗せてきたのだ。
この惑星を、100年間生き抜いた、鳥だった。
勿論、今の気候のこの惑星を生き抜く事は不可能だ。
現在の気候は、3年前にNASAの探査が始まった時に気象コントロール装置が作動して探査を遅らせる目的で設定された気候だったからだ。
このコンゴウインコは、その変更された気候の中、おそらくは万一の場合に備えてこの洞窟内に蓄えられていたペレットを食料として生き残っていたのだろう。
百花はコンゴウインコ用のペレットの存在を、船内の倉庫にも確認していた。
ただ、この惑星には鳥と呼べる生物の存在が無い事に世蘭は気づいていた。
だとすると、近場にあった塩湖の存在すら疑わしく思えてくる。
何故なら、塩湖と数100メートルも離れていない場所に淡水湖も存在していたからである。
地下水に関しても、船内の水道に直接流れているのは地下水で、地下150メートルからの井戸水であった。
つまり、塩湖自体が人工で作られている可能性が高い。
そこで、シニアスカウト達に相談して、大がかりに釣りをしてもらい、生息生物を捕獲してもらう事にした。
その結果、地球生物の割合がほぼ100パーセントだという事が判明したのだ。(一部進化したためか確認されていない生物の存在もあったため、ほぼという表現をしている)
この星系の生物では無いという事が判明したため、絶滅の可能性があったとしても、道義的には問題は無いだろうという事で、気象コントロール装置がもたらす、スーパー・ストームブリザードによる冷凍捕獲が、立案される事となったのだ。
更に、この捕獲計画の実現により、気象コントロール装置のスーパー・ストームブリザードが武器としての効果を期待できると考えた世蘭は敵の動きを封じる事に使用した。
敵の前線基地へ、叩き込んだのだ。
この作戦は、中国軍とアメリカ軍の両軍にに混乱と衝撃を与える事となった。
強風と低温のブリザードは、進行を遅らせるだけで無く、疲弊させる事にも貢献する事となったのである。
世蘭にとっても、つらい決断ではあった。
この戦法により、失われた人命は、敵とはいえ、思いの外多数に至る。
あの惨劇の中のクリスマスから18日が過ぎようとしていた。
必死に時間を凍らせてきた、少女達の時間が動き始める。
船内に緊急アラームが鳴り響く。
「緊急招集!緊急招集!各オペレーターはブリッジへ来てください。繰り返します。各オペレーターはブリッジへ来てください」
世蘭の声が流れる。
「なんや?緊急招集って?何が起こっとる?」
交代で休んでいた乗員としては、最初に、ブリッジへ飛び込んできた百花だが、発信シーケンスを続けていた莉乃と優那と世蘭がブリッジに既に居る。
「銃腕による攻撃よ。以前見た虎柄の銃腕とおそらくは増援された機体が2機。地上の気圧調整ユニットへ攻撃をかけてる。まだ致命傷は無いけれど…」
「世蘭!ストームを直接銃腕へ打ち込めるか?」
「やってみる。でも、白山将軍の機体には効果が無いと思う。効果があるなら足止めに使ったストームで既に動けなくなっているはずだから」
モニターの文字は preparation completion。
エンターキーを押す世蘭。
8分割されているブリッジのメインモニターに映し出されている迷彩塗装の銃腕にストームブリザードが直撃するところが見えた。
腕から凍り付いていき、暴発したガトリングガンとミサイルで破壊される銃腕。
キーボード操作を続ける世蘭。
演算が終わり、preparation completionの文字。
もう一機の迷彩塗装が破壊され、虎柄にストームが迫る。
直撃したと思った瞬間、ストームがかき消え一瞬動きを止める虎柄の銃腕。
しかし大したダメージは与えられなかったようで再び気圧コントロールユニットへ攻撃を開始した。
「ダメだな。あのモデファイには通じないみたいだな。どうする?もも!」
日菜がブリッジへ来ていた。
「りのの!フェーズは?」
「フェーズ3までは終わってる。フェーズ4終了まであと3時間ほしい。最終フェーズよ。正確にやりたいわ。大気圏脱出後、そのままグリーゼ581gを使って、第一スイングバイ。そのスピードを借りて赤色矮星であるグリーゼ581を使った第二スイングバイ。一気に引き離す。時間稼げる?ひなちゅん!もも!」
「やるしかないな。もも行くぞ。ガーディアン・スーツは?」
日菜の呼びかけに困った顔の百花。
「船内のガーディアン・スーツはまだ未完成や…武器の換装と充電が終わっちょらん。そこまで手が回らんかったからな。うちはプリウスで出る」
「うちらは、でしょ?」
世蘭が百花と同時に走り出す。
「じゃ、うちも便乗させてもらう。真宙!ジェシー!アクアで出てくれるか?」
「ひなちゅん!先行してくれ!後追いで出る!雪大猿で待機している3人に作戦を伝えてくる。良いんだよな?前もって決めていた手順で…」
「頼む!真宙!ジェシー!」
日菜はそう言うとブリッジから駆け出して行った。
亜紗美と真梨耶と真凜はプロト・ガーディアン・スーツで待機していた。
この2週間程で整備が進みコックピット周りも整備されてきていた。
保護色のように、雪に合わせて白く塗り上げた機体を慈しみように、スカウト達はこの機体を雪大猿と呼ぶようになっていた。
プリウスGSに乗り込む百花と世蘭。
リアハッチを開けて、日菜も潜り込む。
ラゲッジスペースでショートスキーを用意する日菜。
「アメ公も動いとるで…どないする?」
「重脚の方が、ここから近いわね。先に叩く?足止めだけでしょ?潰すって言うのなら雪大猿を使わないと無理よ。連携するのなら、最終防衛線でないと…」
走り出したプリウスGSの前方で閃光と共に爆煙が上がった。
「吹雪がやむわ…気圧コントロールユニットがやられた…」
「こうなると、先に銃腕を叩く方が良いわ。
アメリカ軍が使っている空港側のユニットはまだ生きてる。もう少し粘れるはずよ」
丘を越えるプリウスGSの前に銃腕と装甲車が2台見える。
「なんで?ハンヴィー?アメリカ製の装甲車やで?反米思想が高い将軍やなかったんか?世蘭!組んどるって事なんか?」
「…」
世蘭が口ごもる。
「もも…微妙な問題だからあまり突っ込まんようにしてやった方が良いよ…あれは中国製の装甲車【猛士】ハンヴィーの丸コピーだよ。あんなのが出てくるとはね…あれも100年前の負の遺産…」
日菜が、あきれ顔で解説した。
「さよか…なら、あの変なのから叩くで!」
日菜がM302グレネードランチャーを抱えた状態でリアハッチを上げて飛び出す。
世蘭が助手席をフルリクライニングして後部へ移動してM302を装塡。
そのままの体制で、リアゲート方向へ構える。
日菜が反転した状態でバックを切ってサイドアップのままランチャーを発射。
見事に猛士の一番弱いフロントウィンドウへの直撃。
日菜が銃腕の脇を抜けるのを確認して世蘭のランチャーが火を噴いた。
2台目の猛士も火を噴いて停止する。
世蘭が後方の燃料タンクへの一撃を加えたのだ。
連続して打ち出されたM302グレネードランチャーが銃腕の腕に装備されているガトリングガンの砲身を粉砕した。
正対していた日菜が深くエッジを切ってバックで滑り出すと銃腕への一撃を加える。
狙ったのが、むき出しになっている大型のタイヤだが、表面を焦がす程度で大したダメージを与えられていない。
更に回り込みながら次弾を装塡して正対した日菜のランチャーが火を噴いた。
今度はコックピットへの直撃だが、効果が無かった。
「ちっ!思ったより手強い」
日菜が舌打ちをする。
続いてプリウスGSのラゲッジスペースへ
移動して後ろ向きに座り込んでミサイルポットを抱え込んだ世蘭が視界に銃腕が入ってくるのを待ち構える。
百花がスライドコントロールしながらわずかにカウンターを当てるとフルロックさせる。 バックへギヤを入れると車体は銃腕を真後ろに捉えた。
火を噴くミサイルランチャー。
4本の近接信管ロケット砲は銃腕を捉えるが致命傷には至らない。
「あかん!ひなちゅん!戻れ!歯がたたんわ!」
百花の声が、日菜のインカムに響く。
「もも!」
再度、足下を狙ったランチャーはタイヤを緩める事にいたるが、これもわずかにバランスを崩す程度にとどまる。
回転を抑制できない状態に陥った銃腕は、速度を制限される結果となった。
バックで滑る日菜は、更に装塡したランチャを銃腕の左側の腰に装着されているミサイルへ打ち込むと反転した。
爆発音と共にバランスを失い前方に傾く銃腕だが、倒れる前に停止した。
プリウスGSの後方へ滑り込む日菜にロープを投げ引っ張り上げる世蘭。
日菜がラゲッジルームへ引っ張り上げられるのをルームミラーで確認した百花がアクセルを踏み込んだ。
加速するプリウスGSについて行けるだけの速度はもう銃腕には出せない。
「もも!無理だよ。ここまでだ…」
「せやな…雪大猿で凌げるかいな?」
「パワー、スピードとも雪大猿の方が上だよ。武器以外で負ける要素は考えられないけれど、相手は本物の軍人だから…」
世蘭は不安な気持ちを隠せない。
「覚悟がうちらとは違うかもな…せやけど、あいつらの覚悟も、大抵のもんやないで…」
「えっ?何?何のこと?」
世蘭は百花の言う事に心当たりが無く、当惑した。
「世蘭…あんたは知らない方が良い。悲しい事だから、優那やあんたは知らない方が良いよ。あんたらだけじゃ無い。出来れば皆には知らせたくは無いけどね」
口が滑ってしまったと、後悔した百花。
「ひなちゅん…うちらだけでええ…せやろ?いくで!」
「もも?」
降り積もった雪をたたえている山へ進路を変えるプリウスGSは山頂を目指す。
「この山を挟んだ形で両サイドに敵が居るって事だからな。時間稼ぎするぜ」
ジェシーがプリウスGSに並び掛けると、日菜が合図を送る。
後発のアクアが合流した。
山頂を中心に投げ込まれるのは数10発という数のRGDー5
山頂に残った2台。
日菜がアクアの運転席に移り、ジェシーが後部座席に移動する。
数分は経過しただろうか?
一気に崩れ降りる雪庇。
流れは流れを呼ぶ。
大きなうねりとなった雪崩は両極の兵器を飲み込んでいく。
一拍おいて山頂を後にした2台のハイブリッド車は二手に分かれて両軍のベースキャンプ地へと向かう。
後方から支援が来ないように叩くためだ。
銃腕と重脚は今ある兵器では叩けないが、足止めは出来た。
このまま進行した場合は、雪大猿で対抗してもらえるが、後方から支援が来た場合は対抗できる自信が無かった。
ベースキャンプの車両の、足を止められれば活路が開けると考えたのは、シニアスカウト達だった。
そして、最終の防衛ラインを死守する者達もまた、覚悟を決めている。
百花や日菜は、彼らの思いを具現化するために涙をのんで突き進む。
その思いは、ジェシーと真宙も同じだった。
補給路と支援部隊の進路を絶つため、彼らは走り続けた。
練りに練った作戦だった。
最終手段と言っても過言では無い。
攻め込まれても正面から当たらず、かわしながら退路を断ち、援護を断ち切る。
囲まれている山々を上手く活用して雪崩で分断する作戦だ。
一歩間違えれば、自分自身が帰れなくなる可能性も含んでいる。
最終目的地に2台のハイブリッド車が到着したのはほぼ同じ時刻だった。
轟音と共に落下し巻き込むように巨大化していく雪崩は完全に戦場を分断する事となる。
予定の行動を終えた2台は、再び最前線へと向かい、最後の攻防戦へ参加するのである。
「行くで…うちらは、生きてこの星を出る。必ずな…みんなで戦争を阻止するで!」
「もも…勝てると思うの?わたしたちが相手にしているのは、最早人類じゃ無く、歴史そのものかも知れないわよ」
インカムから日菜の声が入ってきた。
「勝つさ…負けは滅亡を意味してると思わないか?世蘭。この陰謀は絶対に叶えさせてはいけないよ。わたしたちが必ず阻止する」
「ひなちゅんの言う通りやで!弱音は吐けへん!これだけは譲れへんで!」
「そうね。そうよね。もも!ひなちゅん!わたしも諦めない!」
世蘭が頷く。
日菜と覚悟を、同じにする百花と世蘭だった。
雪崩に足をすくわれた形の、白山将軍が操る銃腕は、何とか雪上へ出てきた。
既に4機の銃腕を失って白山将軍は、猛り狂っている。
予想に反して、民間人にコケにされた形のまま、何の目的も果たせないでいた白山将軍は、軍人としての誇りも失い、ただ復讐心に燃えていた。
気象コントロールユニットの破壊により、上空の雲は去り、あたりは晴天となっている。
丘を越えた虎柄の銃腕。
白山将軍の視界の中にプロト・ガーディアン・スーツの機体が入る。
真凜の乗るプロトβだ。
亜紗美のプロトαと真梨耶のプロトγを従えている。
先行の真凜が銃腕をバルカン砲で狙う。
打ち込む寸前に、銃腕が反転しながらミサイルを発射した。
プロトγの真梨耶は加速してかわし、円を描きながら間合いを詰める。
銃腕のバルカン砲がうなるが、円を描きながら移動する真凜のプロトβを捉えきれない。
後方へ回り込んだ真凜は銃腕のバルカン砲を破壊するが、突然現れた重脚の攻撃に驚いて銃腕を逃がす結果となる。
反転した真凜が、重脚を牽制する。。
白山将軍の銃腕がプロトγの追撃をかわして洞窟へ入ってしまう。
動きを読んでいた、亜紗美のプロトαが洞窟の中で待ち伏せていた。
プロト・ガーディアン・スーツの中でも大柄で重量があるαが、体当たりして白山将軍の銃腕を洞窟の外へ押し戻した。
脇をかすめるように洞窟へ戻った真梨耶のプロトγが反転してバルカン砲で、銃腕のバルカン砲を粉砕して最後の武器を奪った。
飛びかかってくる白山将軍の銃腕。
亜紗美のプロトαを庇って前に出るプロトγの真梨耶。
真梨耶のプロトγのコックピットを砕こうと、白山将軍操る銃腕のパンチが打ち込まれる。
銃腕のパンチが当たる寸前に、真梨耶のプロトγの左側から、フォークリフトで突っ込んできた裕己。
銃腕のバランスが崩れコックピットへの一撃が外れる。
フォークリフトを払いのけ、もう一度コックピットを狙う白山将軍の銃腕。
今度は右側から康幸がフォークリフトで銃腕に体当たりをかましてカバーする。
激突してフォークリフトからはじき飛ばされる康幸。
亜紗美のプロトαが右腕を伸ばして康幸を受け止める。
真梨耶のプロトγが銃腕のコックピットめがけてバルカン砲を連射した。
白煙を上げ、沈黙する白山将軍の銃腕。
亜紗美のプロトαの手に乗った康幸が真梨耶のプロトγのコックピットへ上がってくる。
「真梨耶さん…船へ戻って発進して下さい。ここから先は我々が死守します。行って下さい。優那さんによろしく」
康幸の覚悟が真梨耶に伝わった。
「あさみん!降りて!船へ行くよ!操縦を裕己さんと代わって!」
涙声の通信が、インカムから入ってきた。
「真梨耶…わかったわ…」
亜紗美がプロトαから降りる。
「そんな悲しい顔をしないで下さい。我々はあなた方のおかげで救われたんですよ」
裕己が笑って見せたが、亜紗美はその笑顔に確かな覚悟を感じて俯いてしまう。
「ゆうにゃんに、救われたんでしょ?」
「そんな…そんな事言わないで下さいよ。優那さんには、感謝していますけれど、そんな風に思われたら負担になるだけですよ」
無理をして頷いた亜紗美を残して、代わりに裕己がプロトαに乗り込んだ。
裕己の操縦するプロトαが明人の脇を通過する際に、左手で明人をすくい上げるようにつかんで手のひらを開いて乗せていく。
見送る亜紗美の目には、既に涙があふれている。
プロトγから降りた、真梨耶が亜紗美と合流する。
涙をぬぐった亜紗美と真梨耶が、共に宇宙船へと向かう。
裕己のプロトαと康幸のプロトγは洞窟を出て、真凜の操るプロトβの前へ出る。
振り返った康幸のプロトαの手のひらから、真凜のプロトβのコックピットへ移る明人。
まだしゃべる事は出来ない明人が、真凜へ合図して操縦を代わろうとする。
「前もって決められていたけれど、この状況でわたしと交代するの?相手はアメリカ軍よ。わたしの祖国だわ。あなた達に戦わせて、わたしが生き残るのは間違っているとは思わない?」
明人は笑顔で真凜の横をすり抜け、操縦席へ滑り込んだ。
「そう…わたしが生きていても良いんだ…良いんだね?…ありがとう明人さん」
プロトβを降りて駈けだした真凜の瞳から、涙が散って光を放つ。
重脚3機が突撃してくる。
そこへ突然現れたプリウスGSとアクア。
重脚の脇を抜けてくる百花の操るプリウスGSの世蘭と日菜の操るアクアの真宙とジェシーは、対戦車地雷を投げつけ重脚3機のバランスを奪う事に成功する。
バランスを崩して倒れかけた2機の重脚にプロトαとプロトγが殴りかかり、その体制からバルカン砲を打ち込む。
「ボーイスカウト日本連盟、広島第五団、団長、安田裕己!参る!」
「和歌山第三団、カブ隊隊長、広瀬康幸!こいつを喰らいやがれ!」
予てから装甲の耐久性にはマージンがあると思われていた重脚に、対抗するために考えられた、とても作戦とは言えない、無謀と言える近距離射撃だ。
中央の重脚に、明人のプロトβが飛びかかり、コックピットの隙間へ団旗をねじ込みながら、プロトβの腕を差し込む。
そのままバルカン砲を打ち込むが、重脚の機関砲と相打ちとなってしまう。
広島第五団の団旗が上空へ吹き飛ばされて、ただよいながら雪上へ落ちる。
地面へ刺さり、はためく団旗。
ルームミラーで明人のプロトβのコックピットが直撃されたのを見て、引き返そうとしたプリウスGSの百花の両脇を爆弾を満載したトラックがすり抜けていき、そのまま重脚へ飛び込み大爆発を起こす。
すれ違いざまに、敬礼をしてるシニアスカウトと目が合った百花は心臓をえぐられるような感覚を覚えて硬直してしまい敬礼で返す事も出来なかった。。
涙をこらえて宇宙船へ向かう百花のプリウスGSと日菜のアクア。
「死なれへんわ…うちらは、死ぬわけには、いかん…ひなちゅん!行くで!」
インカムを通じて、百花の思いが全員の心に打ち込まれた。
銃器類を持ってシニアスカウト達が洞窟の入口へと向かっていく中、宇宙船の格納庫前で、立ち尽くす優那。
両手を広げて船の中へ戻るように説得しようとしている優那に、すれ違いざま敬礼をして通り過ぎるシニアスカウト達。
「わたしは、助かる人から優先してきたわ。生きられるのよ…なのに何故?」
真梨耶と一緒に走ってきた亜紗美が、優那を見つけて怒鳴る。
「ゆうにゃん!何してるの?行くよ!」
「嫌ー!…助けられた…助けられる人を優先したわ…戦わせるためじゃない…まして、死なせるためじゃない…見捨てるためじゃない!わたしが何人見捨てて無視したと思ってるの?…こんなの嫌よ!嫌ー!嫌ー!」
パシッ!
優那の頬を打った亜紗美が、優那の両肩を掴んでいた。
亜紗美の瞳には、涙が滲んで溢れそうになっている。
「何言ってるの?あんたは助けたのよ!運命を受け入れて死ぬしか無かった人に、選択の自由を与えたのはあなたなのよ!良い?そんな、あなたには選択の自由は無いのよ!あの人達が、あなたを護る事を選んだんだからね!いくよ!」
亜紗美に引っ張られて、優那もまた走り出した。
亜紗美と優那の瞳からは、枯れる事すら許されない涙が流れていく。
ブリッジの中で、発進のためのフェーズを、たった一人でこなす、操縦席の莉乃。
「莉乃君!ここを頼むよ。わたしには、やるべき事がある。すまないが、発進までのフェーズを続けていてくれ」
椎名が莉乃に発進の準備を任せて出て行ったのは10分程前の事だったが、莉乃には1時間も前の事のように感じられていた。
「エネルギー充填完了!動力伝達。メインエンジン始動。フライホイール接続」
宇宙船の動力に灯が入った。
ブリッジに上がってきた優那と亜紗美は立ち尽くす。
8分割された正面のモニターに、八方向の攻防戦が映し出されている。
百花と世蘭がブリッジに駆け込んできて、百花が左舷の操縦席に入る。
「ユウ・ハブ・コントロール」
右舷の操縦システムをカットして右舷の機関砲へ、莉乃が移動した。
「アイ・ハブ・コントロール」
百花が応えた。
世蘭が左舷レーダー管制席へ着いてスーパーストームで、後方から近づいてきていた6台の猛士の進行を阻む。
日菜と真凜が駆け込んできて日菜は左舷機関砲へ、真凜は後方右舷の機関砲へ着く。
格納庫の扉を閉めている友梨耶が真梨耶と共にモニターに映し出された。
ジェシーと真宙が、閉じかけた扉へ駆け込んでくる。
百花がスロットルを引くと船体に振動が加わり船体を覆っていた土砂が崩れ落ちる。
ゆっくりと浮き上がる船体に向けて、戦闘機が迫ってきた。
莉乃が銃座を回転させながら照準を合わせて引き金を引くと、火を噴く戦闘機。
日菜と真凜も銃座を回転させながら狙いを定めて次々と戦闘機を打ち落としていく。
後方左舷から爆撃機が一機、特攻を仕掛けてくるが、後方左舷の銃座に滑り込んだ真梨耶が間一髪のところで粉砕した。
友梨耶が右舷レーダー官制席へ着いた。
天体座標を表示したモニターから進行方向への障害を算出している。
「重力バランサー機動!船体固定。姿勢制御フル」
亜紗美が右舷の操縦席に入ると最終の座標を算出しフェーズを完了した。
「フェーズ4完了。オールグリーン!識別信号を入れるわよ。船名は?」
「TOY・BOXだよね?おもちゃ箱」
真梨耶が答えた。
「おもちゃ箱やったな?ひっくり返したらどうなるか。思い知らしたるわ!ゆうにゃん!席に着きいな。キャプテンシートはゆうにゃんしかおらんで」
言われるままに、席に着く優那。
百花は操縦桿をやや上方に引き上げるとスロットルを開ける。
「TOY・BOX発進!いくで!大気圏を出る!」
スピードを乗せる百花。
加速しだしたTOY・BOXへ向けてミサイルを発射しようとする重脚。
明人が乗るプロトβがバルカン砲を連射して重脚を破壊した。
明人の開いていく瞳孔が最後に見たのは、大気圏を抜けようとするTOY・BOXの船体であった。
重力を振り切りながら大気圏を出て行くTOY・BOXだが、すさまじいGに襲われる。 船体をきしませながらシャドー・グリーゼの重力を振り切り宇宙空間へ出たTOY・BOXを待ち受けていたのは4隻のアメリカ軍の宇宙戦艦だった。
「正面を押さえられた」
先の動きまで予測されていた。
悔しいが、敵の方が一枚上手だったと百花は唇をかむ。
しかし、この事態を、予想していた者達が居た。
アラームが船内に鳴り響き、モニターには格納庫が開いて、カタパルトに乗ったシャトルが映し出されている。
「百花君だったね?そのままの進路を維持してくれ。突破口は我々が開く!」
「椎名はん?」
インカムに入ってきたのは、椎名の声だったが、続いて聞き慣れない声も入ってくる。
「真凜さん。必ず無事に帰って下さい。必ず。将軍によろしくと…」
坪倉だった
「さようなら。世界に未来を…真凜さん、肩身の狭い思いをさせて済みませんでした」
谷田部が続く。
「わたしたちは無駄には死にません。朔をよろしくお願いします。彼はまだ若い。きっとお役に立ちます」
杉山の覚悟が船内に響いた。
真凜が青ざめて席を立つ。
「坪倉さん!谷田部さん!杉山さん!」
TOY・BOXの脇をかすめるようにして先行する4機のシャトル。
「そんな、武器も積んでないシャトルで何を?キャプテン!」
桜花の存在を、知らされていなかったため、慌てる莉乃。
「やめて!」
優那の叫びと共に閃光に包まれる4隻の宇宙戦艦。
次の瞬間、眼前に障害物はもう無かった。
「世蘭・りのの…うちは嘘つきや…二枚舌や…卑怯者や…」
百花が泣き崩れた。
「もも…」
百花に駆け寄ろうとする世蘭を、日菜が止めた。
「世蘭…うちは前に言ったよな…そんな犠牲は、いらんって…でも、今、椎名はんの行為をうちは欲しがった…必要だと思った…うちは…ゆうにゃんのように止める事は出来んかった…むしろそうして欲しかった…」
百花の叫びに、声をかけられる者はいなかった。
宇宙空間は無限の広がりを見せているが、少女達がたどるべき道は僅か0.1度も違える事は出来ないタイトロープという名の軌道である。
そうして、忘れてはいけない。
誰もが慈しんだ命の炎を、守り続ける勇気があった事を…