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クリスマスの攻防戦

音声読み上げデータを用意しました。

VOICEROID+ 琴葉葵 1.3倍速での読み上げで60分くらいです。

よろしくお願いいたします。


https://www.youtube.com/watch?v=e6keHh6pOQs

 救護キャンプで、護りを固めている人々が行き交う中、真凜は3人の子供達に囲まれ、蹲っていた。

 「おねえちゃん…おねえちゃんも、大事な人を亡くしたの?死んじゃったの?」

 真凜は、はっとして立ち上がる。

 『わたしだけが、悲しいわけじゃ無い』

 真凜は自分勝手な感情のため、周囲を巻き込んでしまっている事を恥じた。

 「あのね…あのおねえちゃん…わたし達を助けてくれた…あの、おねえちゃんも大切な人が死んだの…でも、わたし達を一生懸命護ってくれて怪我をしたの…おねえちゃんは、怪我しないでね」

 ガーディアン・スーツの操縦席にいた真凜を、心配していた理由はこういう事だった。

 自分たちを、護ろうとした人が、傷ついていく事が、怖かったのである。

 真凜には、この子供達の悲しいまでの優しさが身にしみるのであった。

 「日菜さんも大切な人を亡くしたのね?」

 「うん…飛行機(シャトルの事)の中で、この戦争で亡くなった人の名簿が(テロップで)流れていたの…確か…なんちゃら、ももかって…なんか、爆撃された所にいたって…しばらく近づけないくらい、すっごい泣いてた。」

 「小鷹狩って、言ってた。小鷹狩 百花って日本人だったよ。でも、シャトルから脱出した時にいた、おねえちゃんも百花って名前だったよね?」

 最初に日菜が現れた時の驚きの表情が印象的だった真凜は、あの表情の意味をここで初めて知る事となる。

 そう、日菜は百花の死を確信して、涙に暮れていたのだ。

 その、百花がいきなり現れれば、それは驚愕の表情を浮かべる事になる事だろう。

 「そうだよ。日菜さんの親友の百花さんは殺しても死なないタイプの人よ。ちゃんと生きているわ。日菜さんも百花さんと同じで、死んだりしないわ。わたしもね。だから、心配しなくて良いのよ」

 子供達を抱きしめて、真凜は決意を新たにするのだった。

 

 ジェシーと真宙が、駆けつけていた。

 追跡してきていたイスラエル空軍の兵士4人を縛り上げていく真宙とジェシー。

 ボーイスカウトは、結策法には長けている者が多い。

 階級が上がるために、結策法は必須だからではあるが、キャンプやイベントなど、様々な場面で実戦的に使う事も多いからだ。

 日菜がつらい立場なのを察したジェシーと真宙は、率先して捕虜の拘束を受け持っているのだった。

 「ひなちゅん!無事か?これはどういう事なんや?」

 プリウスGSから飛び出して駆け寄ってきた百花。

 バキッ!

 日菜の右ストレートが、百花の左頬にカウンター気味に入る。

 後方へ吹き飛ばされる百花だが、雪上で前回り受け身をして、そのまま起き上がる。

 「えらい挨拶やな?結構きいとるで!」

 プッ!

 百花が吐きだした、つばに血が混じって、わずかに雪を染めた。

 「うちを泣かした罰。ありがたく受け取っとけ。あと、置いてきぼりの、仕返しも込み」

 「何の事や?相変わらず気が短こうていかんな。まぁ、元気そうで安心したけどな」

 笑っている百花を、日菜以外の全員が驚きの表情で見ている。

 「これが、もしかして関西風の挨拶?」

 ジェシーが真宙に訊ねるが、真宙は返事も出来ない。

 お互いにハグを交わす百花と日菜。

 最後に拳を交わす。

 「脳みその状態を考えて、今日のところはお返しは無しやが、覚えとき」

 「ふっ。大人になったね。色気づいたか?大人の色気で誑し込んだか?どっちだ?」

 余計な事を言って、結局は百花に殴り飛ばされた日菜は、雪の上で笑い転げている。

 「あの二人だけは、止した方が良いぜ」

 「ああ…」

 ジェシーに言われて真宙が視線を移す。

 二人の様子を、うらやましそうに見ている世蘭が、視線の先にいた。

 「あの娘。ちょっと不思議な娘だな。憂いって言うか…」

 ジェシーを、払いのけるようにして、世蘭の方へ向かう真宙。

 真宙が、世蘭の繊細そうに見える肩を力を込めて掴んでゆする。

 「お前、溝呂木の孫娘だろ?どういう了見だ!あの爆撃で、いったい何人死んだと思ってる?」

真宙の勢いに、世蘭は声も出なかった。

 ジェシーが間に入り、真宙を突き飛ばした。

「真宙!冷静になれ!あの轟炸十一型はおそらくアメリカ海軍の機体だ。模擬戦用の機体を持ち込んで偽装した物だよ。だから、機体をはっきり見せるための低空侵入だった」

 世蘭をかばい、立ちふさがる格好のジェシーは、悲しそうな表情を浮かべている。

 「あはは…認めちまうのか?ジェシー…俺にとってもアメリカは故郷なんだぜ…」

 真宙は力なくうなだれた。

 「あんた達は、まだ良いわよ…」

 日菜が真宙に手をさしのべる。

 日菜の手を取り、立ち上がる真宙。

 「せやな。あんたらは【国が】というレベルやからな…ひなちゅんの場合、相手が親父だからな」

 「わたしだって…」

 世蘭が、膝をついて泣き出した。

 「爆撃はともかく、銃腕を投入して、戦争行為を正当化してきてる部隊がある、ってのは、いただけないよね」

 ジェシーが世蘭の肩に、手を置いて優しく言った。

 「あれは、正規の部隊じゃ無いよね?見た事の無い機体がいたし…」

 日菜の問いかけに、横に首を振る世蘭。

 やっとの思いで声を出す。

 「正規軍よ。それも白山将軍の親衛隊。父とは意見が食い違ってはいるけれど、正規の部隊だわ…」

 「あらら…正直なんだね…このさい、そこまで正直に言わなくても、良いと思うんだけどね…まぁ、君のせいでは無い事だけは、みんな分かっているはずだから…良いか?なぁ、真宙…良いんだよな?」

 ジェシーの問いかけに、真宙はうなずいて拳を掲げるとジェシーと交わす。

 「で、どうする?ひなちゅん」

 引き返してきた友梨耶の運転するトラックと、優那が運転する白いプリウスαが目前で停止した。

 「どういう事か、説明してもらえるかな?どうも、わたしだけ、茅の外っぽいんだけど」

 友梨耶が、トラックから降りてきて聞いた。

 優那もやってきて、話を聞こうとしている。

 「友梨耶…分かるよね?こいつらの所属…」

 友梨耶は、拘束された兵士を見渡し、ため息をつく。

 「親父さんの部隊だよね?つまり、この状況に派遣されたって言う事は…まさか…」

 「MISSING ONE HUNDRED YEAR絡みという事ね…欲しい物は手に入れるって人だからね…手段は問わない」

 「話が違うんじゃ無いか?破壊する約束だろ?ひなちゅん!」

 真宙が日菜に突っかかるが、日菜の前に百花が入った。

 「ひなちゅんは、親父さんとは合わんから、じいさんの命令で、ここへ来とるはずや!そうやろ?だから、この兵士どもとは、関係あらへんと思うで…どうりで皆物々しいと思ったけど、まさかガーディアン・スーツ絡みかいな?んなもん探してどないするんや?100年も前の兵器やで?使いもんになるんか?」

 肩をふるわせながら、今度は優那が膝をついて蹲った。

 一斉に視線が優那に向けられる。

 「知らなかったのよね?ゆうにゃんとは関係ないわ…あなたが気にする事じゃないのよ。…まぁ、気持ちは分かるけどね。ここに揃ったのは、殆どが関係者みたいだし…」

 友梨耶は、優那の肩を抱きながら、確認するかのように呼びかける。

 「生物学の天才であり、遺伝子工学博士の関根 史織だよね?ゆーにゃんの曾祖母って。神経伝達システムの応用でロボット工学にも貢献したっていう」

 「MISSING ONE HUNDRED YEARの中でも、一番の要の部分だよね?恐らくは、一番欲している技術。でも、戦闘行為をしているのはアメリカであって、日本じゃないよ。中国も基本的には巻き込まれているだけのようだし…アメリカって国は実際に闇の部分が大きくて、見えないところで画策するのが好きな国だからね」

 ジェシーが悲しげに言った。

 「やめろよ!ジェシー…まだ、救いはあるだろ?まだ、戦争にはなっていないよな?」

 「真宙…おまえは日本人だから良いよ。この気持ちは分からない…日本は戦争行為を放棄した国だから、アメリカのように常に戦争の中にいる国とは、根本的に違っているんだよ。戦争は造られる物なんだ。経済政策としてアメリカによってね…」

 真宙の問いに、悲しい現実を吐き捨てるジェシーがいた。

 「生き残れば、道は見えてくるで!ジェシー、真宙。うちらが何とかせえへんと、本当に戦争になるで!」

 「もも…あんたは本当に脳天気だね。まぁ、そこが良いんだけどね。さて、ゆうにゃんももう良いだろ?泣いていても先は見えんよ。ていうか、あんたの曾祖母は、こういう事態に備えていたと思うよ。あんたの曾祖母だけじゃ無く、天才7博士とトップCEOが未来を予見できなかったとは、思えないからね」

 日菜の言葉に、優那が立ち上がる。

 「具体的には何をつかんどる?ひなちゅんは、この惑星に何があるか知った上で来ちょるんやろ?」

 困った顔の日菜。

 大口叩きたいところだが、何も見つけられてはいない。

 「ガーディアン・スーツ?…ガーディアンスーツなら…」

 莉乃が口を挟んだ。

 日菜がインカムのスイッチを入れっぱなしだったため、莉乃のインカムを通してブリッジに繋がっている状態だった。

 莉乃は、日菜のインカムを通して、百花達の会話を聞いていたのだ。

 慌ててiPhone9Sのモードをスピーカーに切り替える日菜。

 「ガーディアン・スーツなら、こっちにあるわよ。取り敢えずは3機。今、真凜達が武器を装備させているところよ」

 莉乃が言い放った。

 一同、色めき立つ。

 「動かせるんか?」

 百花の問いに、亜紗美。

 「真梨耶と真凜とわたしは動かしてみたよ。意外と簡単だった。コックピットのガードを鉄板の溶接でしてもらったから、少々の攻撃には耐えられると思う」

 「武器って?…戦争の道具にしたくなくて持ち出した機体に、武器が付いてるって言うの?何故そんな物が?…」

 優那が困惑して聞いた。

 「武器自体は墜落した轟炸十一型からの転用だから、武器が付いていたわけじゃ無いけれど。これで、かなり攻撃力はあると思うわ」

 莉乃が応えた。

 「轟炸十一型からの転用って、命中精度に問題があるんじゃ…」

 世蘭の方を見る百花。

 「轟炸十一型の機銃は、ロシア製だから大丈夫よ。見栄を張って国産にこだわった、銃腕のバルカン砲とは違うから、安心して…」

 涙を拭いながら、世蘭が笑った。

 世蘭の肩を抱く百花。

 「ここにいてもしゃーないから、行くで」

 ここで、誰が言い出すでも無く、誰かが同意を仰ぐわけでも無く、ごく自然に各々が車両に乗り込み、救護キャンプを、目指す事となる。

 イスラエル兵は追跡してきたEVのうち、後輪を日菜により吹き飛ばされた車両の方が、ほぼ無事だったため、世蘭のRGDー5により破壊された車両の方で無事だった、タイヤを入れて、真宙の運転でジェシーが見張りをする格好で捕虜として連行される事となった。

 「自衛隊が動いてるぞ。しかも、幕僚第三連隊」

 「隠密部隊やて?ひなちゅん。うちも腹くくった方がええな」

 別れ際に、日菜と百花はお互いの立場を確認するのであった。

 

 通信を終えた莉乃と亜紗美のいるブリッジに、灯りに誘われて真凜と3人の子供達がやってきた。

 「来たね。覚悟は決まったみたいだね?あんたが居ないとやっぱり締まらないわ」

 「ごめん…心配かけたわね」

 「してないよ。時間が必要だと思っただけ」

 「話は聞いている。真凜君。つらい思いをさせたね。でも、これからが正念場だよ。君たちには感謝してる」

 「キャプテン」

 椎名もまた、この状況を打破すべく策を講じる事を考えていた。

 各座席の肘掛けの部分にiphone9Sがセットされて充電を終えようとしている。

 予備のiphone9Sであろう、キャプテンシートの両脇にセットされて、充電を終えようとしている10個のiPhone9Sのうち1つを椎名は持ち出した。

 「船内の装備を見てくるから、君たちは発進の準備を進めてくれるかな?」

 「えっ?発進の準備って?」

 「発進のフェーズはその端末のアプリで参照出来るようになっているよ。まったく…なんていう事なんだ…まるでこの事態を想定したみたいに…」

 椎名は、まるでお釈迦様の手のひらの上で踊らされている孫悟空のようだと考えた。

 誰かに踊らされている。

 しかし、踊るしか無いのも、また事実だと思えた。

 ブリッジを後にする椎名を見送ると、莉乃は操縦席について、iPhone端末のアプリを起動させる。

 「細かい指示が多いわね…こんなのを覚えるの?それとも指示通りすれば良いだけ?」

 莉乃は宇宙船の操縦とは無縁だったが、ロシア製の人型決戦兵器の操縦者であった。

 テストパイロットからの採用で、開発当初から操縦に携わり、操縦システムそのものを開発したと言っても過言では無い。

 その莉乃が苦戦するほど、難解なマニュアルだったのだ。

 書かれてある言語が英語(米語)であったため、比較的理解が難しくないように思えたが、専門的な単語は理解を超える部分も多かった。

 閉口気味な莉乃を、心配そうに見ている真凜の横から、脳天気に亜紗美が、やや大型のタブレット端末を抱えてきて割り込んだ。

 「それ、言語を変更出来るよ。それにマニュアルじゃ無くて、リンクをタップして起動させるだけの簡単なオペレートシステムだよ」

 iPhoneからライトニング・ケーブルを外してipad・Universeに繋いだ亜紗美はリンクをタップして次々と起動コマンドを入れていく。

 唖然とする真凜と莉乃。

 「あさみんって…思っていたより、凄いのかも?」

 「こっちにもタブレット端末有るから、わたしはこっちやってるね」

 脳天気な声を出して、亜紗美が機銃の方のシーケンスを行っている。

 真凜がレーダーサイトシステムへタブレット端末を繋ぐとシーケンスを始めた。

 真剣に発進のためのシーケンスを行う3人は、周囲が見えなくなっている。

 3人の子供達が、キャプテンシートから予備のiPhoneを外して持ち出していった事に気づく者はいなかった。

 

 一人、防衛ラインを築くために人々が行き交う中に、取り残されていた真梨耶は前方から迫ってくる、アメリカ海軍の人型決戦兵器

【重脚(ヘビー・フット】を双眼鏡の奥に確認した。

 まだ、距離はあるが、大型の機体はすぐそばに近づいて来ているような錯覚をさせる程の迫力だ。

 コックピットへ滑り込んだ真梨耶は、ガーディアン・スーツを起動させる。

 甲高い起動音が、まるで狼の遠吠えのように木霊した。

 右腕のバルカン砲を掲げて狙いを付けて走り出すガーディアン・スーツの真梨耶。

 狙いを付けたまま前進を続ける真梨耶だが、引き金を引こうとしても引けない。

 真梨耶には、この時点での戦闘は、荷が重かったのだ。

 「来ないで!来ないで!」

 仲間を護りたかった。

 みんなを死なせたくなかった。

 その気持ちだけで突っ走る真梨耶に、引き金を引く覚悟が有るはずも無い。

 突進していくガーディアン・スーツに対して二手に分かれた重脚が迫る。

 重脚は全部で3機だ。

 ガーディアン・スーツそのものが目的のアメリカ海軍は、攻撃による破壊よりも、捕獲を優先している。

 真梨耶の乗るガーディアン・スーツの腕を押さえる重脚。

 プロト・ガーディアン・スーツの中で一番小柄なこの機体は、格闘戦には不向きに思えるが、それでも骨格がしっかりしている事とサーボモーターが高出力なため、重脚のパワーを凌駕する。

 重脚をはじき飛ばして反転した真梨耶は、覚悟を決めた。

 バルカン砲を掲げて、狙いを付けて引き金を引く。

 野太い咆哮と共に、崩れていく重脚だが、乗員はコックピットへの直撃を避けた真梨耶のおかげで、無事である。

 右サイドから、更に1機の重脚が戦線に加わった。

 真梨耶のプロト・ガーディアン・スーツを目掛けて突進してくる重脚の足下をくぐるように現れたショートスキーの日菜。

 足下をくぐり抜けると同時にエッジを切って反転し、バックで滑りながらM302グレネードランチャーを構える。

 日菜はスコープ越しに狙った重脚のコックピットに直撃させると反転し、プロト・ガーディアンスーツの真梨耶の脇を滑り抜ける。

 動きを止めた重脚の脚を払う真梨耶のプロト・ガーディアン・スーツ。

 後方から別の重脚をかすめるように追い抜いていく百花の操るプリウスGS。

 数秒後、右足を失い雪原から転がり落ちていく重脚。

 世蘭がRGDー5を、重脚の関節部分へ、投げ込んでいた。

 タイヤをロックさせた状態で、バックギアに入れる百花のプリウスGS。

 180度ターンの後、動きを止めた重脚のコックピットへ、RGDー5を投げ入れる世蘭。

 コックピットから焦って飛び出してくるパイロットが、ルームミラー越しに見えた。

 

 ジェシーが操るアクアのリアハッチを開けて、M302グレネードランチャーを構える真宙。

 「アメリカ万歳だ!くそやろう!」

 故郷と決別した少年達の怒りが、秘密兵器群を一蹴する。

 バランスを崩して跪いた重脚を、後方から迫ってきた真梨耶のプロト・ガーディアン・スーツが押さえ込み、バルカン砲で粉砕した。

 コックピットをわざと避けた真梨耶は、乗員が逃げ出すのを待ってコックピットに一撃を加えて止めを刺す。

 わずか10数分の攻防だった。

 大国のエゴを圧倒したのは、国境を否定した少年少女達の友情であった。

 だが、この時点での勝利は何の意味も無い事を、彼らは知っていた。

 ガーディアン・スーツの存在と、生存者が居る事を、知られる事となってしまった以上、事態を好転させる事は難かしい。

 一つだけ、彼らにとって有利な状況が訪れようとしていた。

 それは、迫る闇と冬将軍という気象条件の悪化である。

 日は西に傾き、吹雪が近づいて来ていた。

 夜明けと共にはじまった惨劇を、隠そうとしているかのように、吹雪は血に染まった惑星を白く覆い隠そうとしていた。

 アメリカ軍の捕虜を加え、更に複雑化してきている状況に、少女達は未来が見えなくなっていた。

 それでも、命を優先するという優那の言葉に従って、捕虜となったアメリカ兵を拘束し、連れ帰る事となったのである。

 車から降りてプロト・ガーディアン・スーツを見上げる百花と日菜。

 「こいつが欲しくて捕獲を優先していたとはいえ、これほどの性能差があるんじゃ、躍起になるのも分かるな…」

 日菜がため息をついた。

 「そうかいな?こいつは、ただの土木機械やで。本物は別にあるはずやで…ひなちゅん…気づいてないんか?」

 「何の事だ?もも…こいつより攻撃力がある機体が存在するって事なのか?」

 百花には確信があったが、この場では触れる必要は無いと感じていたのか、そのまま黙って立ち去ろうとする。

 「ともかく、これからどうするか話し合うにしても、その宇宙船とやらに行ってからやろ?ひなちゅん急ぐで。今夜中の攻撃は無いやろうけど、夜が明けて、もし吹雪が晴れたら体勢を立て直した奴らが来るで。中国かアメリカかイスラエルか日本かは分からんが…イギリスかも知れへんな」

 見上げた先にはプロト・ガーディアン・スーツの、コックピットへ入ろうとする真梨耶の姿があった。

 

 同じ時刻、椎名は宇宙船の左舷格納庫に収められた、シャトルの中にいた。

 椎名の乗っていたシャトルの基本性能をあざ笑うかのような、強固でシンプルなその機体は、設計思想がまるで異次元のような機体ではあった。

 船内を確認している椎名は青ざめる。

 「まさか?…」

 天才博士達とトップ企業のCEOは万が一の追撃を想定していたのだ。

 命を刃に代える思想は、第二次世界大戦の日本軍にあった特攻隊の理念。

 大戦末期に開発された桜花という特効専用の機体を、模したとも言えなくは無い。

 ただ、その破壊力は比較する物が有るはずも無い。

 物理学の天才、永井大まさるが自らの命を、爆弾と化す事を厭わない覚悟で、造り上げた機体は超新星をも造りかねない中性子線スペース・スマッシャー(空間振動弾)そのものであった。

 機体の大半はこの機構に使われ、乗員はわずか一名のみという狭い船内。

 スリムな船体には似つかわしくない大型のロケットエンジンが二基搭載されていたが、更にVTOL機型の垂直上昇用のジェットエンジンを1基搭載している。

 「その覚悟が、あってこその、100年の平和だったという訳だな…」

 命を投げ出すというのは一言で言ってしまえば、簡単な行為のようにも思える。

 スペース・スマッシャーを、その腹に抱えたシャトルは左舷と右舷の発進ハッチ脇に4機づつで計8機。

 「これが切り札って事か?…」

 船体に刻印された桜花の文字を、右手でなぞりながら先人の意識の高さに思いをはせる椎名。

 戦争の火種を無くすためならば、自分たちの命を消し去る覚悟があったという事実を前に、椎名もまた、覚悟を決めたのである。

 

 同時刻、戦闘には不向きであるがために行動を別にしていた友梨耶のトラックが救護キャンプへ到着した。

 3時間ほどで帰ってくる予定で出発したのが、まだ午前11時頃だったのだが、既に日が傾き夕闇が迫っている。

 地球時間にして12時間程遅れた事になる。

 シャドー・グリーゼはその恒星に対して48時間で1回転自転する。(地球時間の約48時間という換算となるため、便宜上時間の換算は地球時間で統一を図る事とする)

 出発した時の様子とは、雰囲気が大きく変わっていた。

 入口付近には銃器を抱えたシニアスカウトが陣取り、その中核をなす物々しい機銃群が入口の両脇を固め、更にその両脇をガーディアン・スーツが見下ろす格好で跪いて待機している。

 ガーディアン・スーツには電源ユニットが繋がれて充電中に見える。

 医薬品を積んだトラックを、裕己達に引き継ぐ友梨耶は真梨耶の姿を探していた。

 友梨耶は真梨耶がガーディアン・スーツで出撃して行った事を、まだ知らなかったのだ。

 康幸が友梨耶を見つけて声をかける。

 「真梨耶ちゃんのお姉さんだよね?真梨耶ちゃんを探しているのなら、ここには居ないよ。ロボットで出て行ったから」

 「なんですって?」

 入口の表で見たガーディアン・スーツは2機だった。

 通信で莉乃から聞いたのは、3機のガーディアンスーツが見つかり、武器を装備させているところだという事だった

 背筋が凍る感覚を覚えた友梨耶だったが、自らの言葉を反芻して、留まった。

 『真梨耶!自分のベストを!』

 それは、ここを立ち去る時に、真梨耶にかけた言葉だった。

 「わたしが行っても、何も出来ない。今、出来る事をしているのが、わたしの取るべき行動だわね」

 まずい事を言ったと思ったのか、黙り込んだ康幸に友梨耶が言った。

 「重傷者を手術が出来る場所へ運んで。ゆうにゃんがもうすぐ帰ってくるわ。医薬品も運び込んで…出来れば医師と看護師をかき集めて欲しいけれど…」

 口ごもった友梨耶。

 医療関係者が居れば、この状態にはなっていないだろうと、予想出来る惨劇だという事は、友梨耶も理解していたのだ。

 見渡す限り、怪我人が犇めいている。

 裕己がリフトを用意して、パレットごと荷を下ろしはじめた。

 康幸が友梨耶を気にしながらも、その場を立ち去り、裕己の手伝いへ向かう。

 「あさみんは?どこだろう?宇宙船ってこの奥なのかな?でも、怪我人の手当の方は…」

 何から手を付けて良いのか分からなくなった友梨耶の足下へ、子供達が抱きついてきた。

 「おねえちゃん!手術は?あのおねえちゃんは助かったんだよね?」

 主席大使館員の子供達だった。

 「君たちも無事だったんだね?良かった。日菜さんは大丈夫だよ。助かったと言うより、助けられたのは、わたし達の方だったかも?」

 友梨耶は子供達の無事を確認して、久しぶりに温かい気持ちになるのだった。

 「亜紗美って、おねえちゃん知ってる?どこに居るか分かる?手伝って欲しいんだけど…知ってるかな?」

 「これで、連絡出来ると思う」

 iPhone9Sを差し出す女の子。

 「あさみん!手伝って!ゆうにゃんが戻るわ。オペ室を確保して!」

 「友梨耶…聞こえてるけど、声落として…」

 耳鳴りを覚えたのは、亜紗美だけでは無かった。

 ブリッジにいた3人は万一に備える意味もあり全員インカムを装着していたが、友梨耶の声にびっくりして一斉に外した。

 「声でかって言うか、パワフル…しかも高音…ちょっと勘弁だわ…」

 莉乃が手を休めて笑顔を浮かべながら、言い放った。

 真凜も耳をほじくりながら笑っている。

 

 丁度その頃、夕闇に包まれつつあった雪上をショートスキーで周囲を警戒しながら進む日菜。

 眼前には救護キャンプが既に見えていた。

 インカムを装着したままの日菜の耳に、この破壊的な友梨耶の声が叩き込まれた。

 バランスを崩して横転する日菜を平行して走行していた真梨耶の操るプロト・ガーディアン・スーツが右手ですくい上げる。

 「ごめんね…お姉ちゃんの声は破壊力抜群だからね」

 友梨耶の声を聞いて真梨耶は胸をなで下ろすのであった。

 「無事だった…良かった」

 プリウスGSの百花も、この声には閉口していた。

 単に、『びっくりした』というレベルでは無かった。

 左側のスピーカーのコーンが破れて音が出なくなったのだ。

 「修理せんといかんがな…なんちゅう声や…どっかに、予備のスピーカーはあるかな?」

 世蘭が笑っている。

 「純正のスピーカーじゃ、また壊れるわね。あの声じゃ…」

 白いプリウスαを運転している優那もまた、友梨耶の雄叫びにもにた通信に一瞬ハンドルを取られたが、気にせず救護キャンプへ向かっていた。

 「みんな…自分たちの出来る最大限の力を出してくれているのね…わたしも負けていられないわ」

 疲れて眠っていた藍花が友梨耶の雄叫びにたたき起こされて、眠そうに目を擦っている。

 藍花の目に映ったのは、明かりを落として隠れようとしている100年も前に存在を消した筈の巨人の姿だった。

 ぞっとして、身震いする藍花を史樹が抱きしめて安心させようとした。

 光を失っていた史樹の両眼の代わりに、全身の感覚が異形の者の存在を感じさせていた。

 だが、史樹にとっては決して恐怖を体現するものではなかった。

 むしろ安息を司る精霊と感じられる。

 洞窟の中へと入っていく、プリウスαを迎える人々は優那を確認すると、安堵の表情を浮かべた。

 人々にとっては、優那がいるという事だけで、安心感に繋がるのだった。

 そして、優那こそが、この惨劇の中で、唯一の光だと言えた。

 真剣な表情を浮かべて、友梨耶が白いプリウスαへ、駆け寄ってくる。

 続いて駆け寄って来たのは亜紗美だ。

 真凜と莉乃もやってきた。

 発進シーケンスを行っていた3人だったが、途中で中止して怪我人の手当の方を、優先しようと考えたのだ。

 百花と世蘭を乗せたプリウスGSが正面へ駐車した。

 ジェシーの運転で水色のアクアも到着した。

 縛り上げたアメリカ兵4人を、シニアスカウトへ引き継ぐために、説明しているジェシーの脇に、EVを運転してきた真宙が、駐車した。

 こっちは、4人のイスラエル兵を拘束して積んできていた。

 殴りかかる寸前の、シニアスカウト達をなだめながらジェシーと真宙が状況説明をしている。

 真梨耶はプロト・ガーディアン・スーツを右脇へ駐め、機体を固定してから充電器に繋ぐと駈けだした。

 日菜がプリウスGSのリアハッチ前に滑り込み、スキーを脱いでプリウスGSのラゲッジスペースへ放り込んで後へ続く。

 百花と世蘭が、日菜の後に続く。

 優那を囲む格好で9人の少女が初めて、一堂に会した。

 「みんな…ありがとう…良く無事で…」

 優那の笑顔を無言で全員が受け止めた。

 「船内に医療機器は運び込んでるし、医薬品もそろったわ。手術室として使えるようになっている部屋も見つけた。ゆうにゃん…あなたが帰ってくるのを待っていたわ」

 亜紗美が最初に、プリウスαから降りた優那に、飛びついて口を開いた。

 「あさみん?…こんなキャラだっけ?…あの時はごめんね…」

 最悪の出会いだった10数時間前の亜紗美を、優那は思い出していた。

 涙をためた、大きな瞳が印象的だった。

 頬に熱い一発を食らった。

 一番最初に期待した熱い娘だった。

 友人の救命処置を行っていた真剣な顔は忘れられない。

 「お帰りなさい。ゆうにゃん!みんな待っていたよ。おねえちゃんも、待ってた…良かった。二人とも無事で…」

 優那に駆け寄り手を握ってうれしそうな真梨耶。

 「ごめんね…大変だったよね?…」

 負傷者の手当を、テキパキした動作でこなしていた反面、姉の友梨耶を心配して、居場所を求めてチョロチョロしているかわいい娘だった。

 「湿っぽいのは苦手やし、医療行為は得意やないから、うちらは、宇宙船の方を確認してくるさかい、後はよろしゅう。武器と弾薬の方も任しといてな。ゆうにゃん時間は余りないで…」

 「了解よ。もも…ありがとう…貴女がいなかったら、みんな無事じゃいられなかった…

本当にありがとう…」

 無鉄砲で破天荒、なのに誰よりも繊細で思いやりにあふれた、なにわっ娘。

 日菜を優先しなかった事で、殺されるかと思うほどの勢いで睨み付けられて殴られた。

 でも、最後は理解してくれた、芯が強くて優しい娘。

 「わたしも、ももに付いて行くけど、必要な時は声をかけてね。ゆうにゃん」

 「うん。連絡する」

 iPhone9Sを掲げて左右に振りながら、『電話してね』とでも普通に言いたそうな感じで、世蘭が百花の後を追った。

 空気を読むのが、得意な感じの娘。

 最初からそこにいた、という感じの空気感の、優しくて憂いを持った瞳。

 「うちらは、ちょっと休んでるわ。頭の方がまだ本調子じゃないから。ロキソニンくれる?ムコスタも…まぁ、その前になんか腹に入れてくるわ」

 「ちゃんと聞いていたのね?…無視されたから…聞いてないと思ってた」

 優那から薬を受け取ると、踵を返して手を上に揚げた日菜。

「緊急だったからね。無視したわけじゃないけど、態度が悪いのは生まれつきだから、許せ!じゃっ!」

 用があればいつでも呼んでくれという意味を込めて、日菜もまたiPhone9Sを頭上に掲げて横に振る。

 藍花と史樹が、後を追うように立ち去っていった。

 驚くべき快復力と、身体能力の高さ。

 そして責任感の強さで圧倒された。

 日菜がいなければ、優那はもとより史樹と藍花、更には友梨耶も、生きてはいなかっただろう。

 「さて、軽傷者への処置を指示してもらえる?わたし達は応急処置くらいしかできないけれど、出来る範囲でやるから」

 出来る事を、全力でやるタイプの真凜。

 今、この中で一番つらい立場に立たされているのが、もしかしたらこの娘かも知れないと優那は考えていた。

 爆撃をしていったのがアメリカで、更に戦争を仕掛けてきているのも、やはりアメリカだとすれば、真凜の背負っている物の大きさは計り知れない。

 「ゆうにゃん…軽傷者は、わたしたちに任せて、手術みたいな医療処置の必要な人は、船内のオペ室へ運んでおけば良いんだよね?CTとMRIは小型だけど最新の物を持ってきてるから、セットアップは友梨耶さんが出来るよね?何から取りかかる?」

 沈着冷静で、細かい気遣いが出来る莉乃。

 的確な判断力で、現状で最良の答えをいつも導き出してくれる。

 そのくせ、ちょっと斜に構えて人を食った様な態度をとって、和ませる事もあった。

 「二人とも、一緒に来てくれる?…まず船内の手術室を見てから決めましょう。頼りにしてるわ。あさみんは助手ね。友梨耶と真梨耶は、無論オペ看。器械出し頼むわ…みんなありがとう」

 「ごめん!先に行ってる。CTのセットアップしなくちゃ。真梨耶!MRIの方やれるよね?頼むわ!」

 友梨耶が先頭を切って走り出し、真梨耶が続いた。

 この10数時間、一番身近にいた友梨耶。

 頼れるという表現では言い表せないほどに、優那は友梨耶に依存していた。

 自らの考えを、言う必要もないと思える程に、友梨耶の行動は優那の前をいっていた。

 あうんの呼吸の最上位とでも言おうか。

 まるで、自分の体の一部が目の前で動いているような感じだと思うほど、友梨耶は優那にとって身近な存在になっていたのだ。

 「あさみんが助手?って…どういう?」

 思い出したような疑問符の真凜。

 真凜にとって、この救護キャンプで、負傷者を手当てしている亜紗美は、確かに頼れる姉さん的な存在だとは思っていた。

 ただ、所々で見せる、脳天気そのものの態度は、まるで3歳児のようだった。

 その亜紗美に、開いた内臓や脳をのぞき込まれている自分を想像して、鳥肌を立てるのは真凜だけではない。

 莉乃もまた、『それはちょっと』という表情を浮かべている。

 「渡辺 亜紗美。細胞活性化治療において第一人者。細胞核の成長点培養により、がん治療にも貢献した世界最年少の博士。14歳で医学博士号とってるよね?多分、医学知識という意味ではわたしの数段上だと思うから、判断をお願いしたいの。臨床はわたしが経験的に多いはずだしね。そして、MISSING ONE HUNDRED YEARの数学者を代表する天才 渡辺 裕之の曾孫でもあるよね?」

 びっくりしたのは真凜。

 「えっ?何?天才って事?」

 「ゆうにゃん…臨床はインターンの時以来だよ。えへっ!でも、よくわかったね?」

 「わたしじゃなく、友梨耶が知ってた。わたしも正直びっくりした」

 「真凜その態度は失礼でしょ。人を見かけで判断しちゃだめよ」

 亜紗美の事を、一番見た目で判断していたはずの、莉乃が口を挟んだ。

 「まぁ、医者がわたしとあさみんしか居ない状態で、どこまでやれるかわからないけれど、何としても乗り切るわよ!」

 優那たちは宇宙船へと向かう。

 

 艦橋脇の部屋に入っていく日菜。

 一緒にいるのは史樹と藍花。

 「ありがとうございました。でも、どうして、そんなに自分を殺しているんですか?あなた程優しい人は、そうは居ないはずなのに」

 史樹の言葉に、振り返る日菜。

 「何言い出すんだよ。変な事言い出すと殺すよマジで。お前らは何も出来ないんだから、温和しくしてろよ」

 吐き捨てると、隣の部屋へ入っていく日菜。

 「お兄ちゃん…あの言い方じゃダメだよ。日菜さんは、捻くれている振りをしてるんだからね」

 史樹の手を取り、要領が悪いと言いたげな藍花。

 「んな藍花、おまえな…そんな達観してるような言い方されても…僕はあの手の人とは面識がないから、どう言って良いかわからないよ。あのままじゃ、誤解されたままだと思うし…」

 「誤解って?誰に?…ああ友梨耶ってお姉ちゃんね…誤解しないでしょ?あの二人は似てるから理解し合ってると思うよ」

 ベッドに飛び乗り跳ね回りながら笑っている藍花とベッドに座り込んでうなだれる史樹。

 通りかかった友梨耶が、聞いている事に二人は気づいては、いなかった。

 百花と世蘭が、ブリッジに向かってきた。

 まっすぐ前を見ながら、歩く百花と、対照的に、周囲を確認しながら、配置を頭に入れている世蘭。

 百花たちに気づいた友梨耶は、艦橋脇の医務室へ入っていく。

 「友梨耶、ひなちゅんは?」

 百花が声をかけた。

 「そっち側の部屋みたいよ。休んでいるんじゃない?体調が万全じゃないみたいな事を言っていたから」

 「せやな。様子みてくるわ。世蘭も来るか?まだ、紹介もしてへんからな」

 「わたしは、ブリッジを見てくるから良いわ。積もる話もあるでしょ?」

 「さっき終わらしたから、それは無いで」

 右ストレートを打ってみせる百花。

 『ああ、あれね?』

 世蘭が笑った。

 友梨耶が医務室に入ると、真梨耶が振り向いた。

 「お姉ちゃん。MRIはもう動かせるよ。CTもわたしがやろうか?」

 「早かったね。わたしは手術室の用意してるからお願い」

 「了解!」

 友梨耶が3つある手術室のうち、一番右側の手術室へ、入っていった。

 一方、日菜の居るリクレーションルームへ入った百花。

 日菜がカップ麺を食べている。

 入ってきた百花へ、カップ麺を投げる日菜。

 百花がキャッチする。

 「100年も前に、賞味期限切れのカップ麺なんて大丈夫かいな?」

 「98年前だから大丈夫だよ。日本の技術はすげぇよ。ちゃんと食えるだけじゃなく、ちゃんとうまいよ」

 「ちゃんと読んだんやな?」

 お湯を入れる百花。

 「ひなちゅん。なぁ、どん位しのげると思う?今の戦力で…こいつを飛ばすには最低でも1週間は必要やで…飛ばすだけで1週間。恒星間航行で、スイングバイするとして、更に1週間。おそらくはホールドジャンプ機構を使えるだろうから、その時間軸を算出するためのオペレーションタイムとディシプリンタイムで更に1週間」

 「そのすべてを分担して、並行作業で行うのなら2週間弱って感じだろうな…友梨耶が医療を担当せず、オペレートに専念したとすればどうだ?」

 「1週間ってとこやね。でも、それは無理やで。そないな事をすれば、ゆうにゃんの負担がでかすぎるわ。この紛争の要は、ゆうにゃんやで。彼女を潰すわけにはいかんよ」

 「だよな」

 カップ麺を食べ終えて、薬を流し込み、ベンチに横たわって目を閉じる日菜。

 百花がカップ麺を食べ始めた。

 ブリッジでは、世蘭が左舷レーダーサイトのシーケンスを行っていた。

 世蘭が着いたこの席は偶然にも、地球惑星科学の天才、溝呂木 道世が100年前に担当していた座席だった。

 シーケンスの途中で、世蘭が疑問を持った。

 気象条件が、現在の気象と合わない事に気づいたのである

 現在の気温や気圧、等高線に照らし合わせると、今の宇宙船の位置であれば晴天のはずだったのである。

 地球惑星科学は、世蘭にとっては鬼門ではあったが、一番好きな分野だった事で人には知られないように勉強をしてきていた。

 シャドー・グリーゼの自転速度と恒星間距離が地球とは違う事を条件に入れて、計算をし直した結果である。

 「ほかに気象条件を変える要素とは?」

 条件を変える事を試みる世蘭。

 「ふっ…曾おばあさま…ありがとう…これなら時間を稼げます…」

 モニターを見つめる、世蘭の瞳に強い光が宿っていた。

 外の吹雪が強くなってきた事で、船内に人があふれてくる。

 洞窟の入り口に見張りを数名残しただけで、けが人たちも含めての移動が始まった。

 船内の安全が確認されるために、かなりの時間を費やしたが、それだけではなく、けが人の治療をするために、本部へ異動する可能性も考慮しての判断だった。

 しかし、本部が危険だという事を真宙とジェシーの状況説明から知ったシニヤスカウト達は、船内への移動を決めた。

 優那たちが、手術室で話し合っていた。

 器具や設備の準備は、友梨耶と真梨耶の姉妹が終わらせようとしている。

 CAだった真凜と莉乃(莉乃は軍医経験もあるため、けが人の簡単な縫合程度の手術はこなせる)は優那の指示を受けオペ室の脇にある処置室で、軽傷者の手当を担当する事になった。

 「ももと世蘭やひなちゅんは、どうするの?あの娘達も軽傷者の手当くらい出来るでしょ?あと、ジェシーくんと真宙くんも…」

 真梨耶が聞くが、優那と友梨耶は首を横に振る。

 「日菜さんは、正直、今居る中では一番の重傷者よ。そうは、見えないけれど…それに、ここで時間がとれるのは20時間くらいかも知れない。夜が明けてしまうと攻撃が始まる事も考えられるから、それまでに対応できる準備をする人が必要だわ。つまり、防衛手段を築ける人ね…」

 「そうだったね…」

 「その心配は無いわよ。ゆうにゃん。少なくとも2週間は稼げるわ。だから、けが人の治療を優先して」

 世蘭が、手術室へ入ってきて、そう言った。

 「レーダーサイトを、熱心に見ていたとは思ったが、この吹雪が2週間も続くって事なんか?」

 百花が入り口のドアへ、もたれかけた状態で聞いた。

 「続くんじゃなくて、続けるのよ。この吹雪は自然現象じゃないわ。人工的に気象をコントロールしているのよ。地球時間で2週間くらいは稼げると思う。バレればコントロール装置への攻撃が始まるとは思うけれど…」

 「バレるまで、2週間は大丈夫だろうと言うんだな?」

 入ってきた日菜が、百花の肩に手を置く格好で聞いた。

 「おそらく」

 世蘭は自信満々に答えた。

 それは、地球惑星科学の天才、溝呂木博士の遺産である、気象コントロール装置の全容を把握した世蘭だからこそ言える事だった。

 「世蘭!それは攻撃には使えないのか?気象をコントロールってのは、どういう理屈かは分からないけど、使い方によっては武器になるんじゃ?」

 「ひなちゅん!やめときいな!平和を願った7博士の遺産やで…人殺しの道具やあらへん!時間稼ぎが出来るだけで良いやんか!」

 「向きになるなよ!でも…もも、うちらに選べる選択肢は、そうは無いんだぜ。手段を選んでいる余裕があると思うか?」

 「余裕をなくすと、判断を誤るで!ひなちゅんらしくないで。この船の装備を確認してくるさかい、付き合いな。チョットばかし熱う無っとるで」

 日菜をなだめる格好で、百花と日菜が出て行った。

 「頭、冷やしてくるわ」

 日菜の言葉だけがその場に残る。

 険悪なムードになりかけたが、百花の機転で事なきを得た。

 優那が、世蘭に話しかけてきた。

 「気象をコントロールして時間稼ぎが出来るのは分かったけれど、その装置はこの船内にあるの?それとも、この惑星のどこかに?」

 「装置そのものは、この船の中にあるわ。増幅器というか端末が、いくつか惑星上にあるのと、船外というか、おそらくはこの船の甲板にもいくつかあるはず」

 「じゃ、時間稼ぎを頼めるかな?あなたしか制御できないでしょ?つらい役割かも知れないけれど、頼めるかな?」

 優那は優しく聞いた。

 「わかったわ…兵器への転用も含めてやっておくから、ゆうにゃんは人命を優先して…ももは、ああ言ってくれたけれど、やるべき事くらい自分で判断できる」

 そう言うと、世蘭はオペ室を後にブリッジへ向かう。

 世蘭の覚悟を、残ったメンバーは正面から受け止めた。

 「あの娘…すごい…」

 友梨耶は、今までの自分のすべてを捨てさって、人命を救い、戦争を回避するためならば、自らを虐殺者にする事もいとわない覚悟を、世蘭の言葉から感じ取り身震いする。

 「わたしに、あの覚悟があれば…」

 「おねえちゃん」

 友梨耶の気持ちを察して、真梨耶が友梨耶の手を握りしめた。

 

 その頃、百花と日菜は艦首へ向かっていた。

 ブリッジの操縦席を確認した二人は、艦首に武器らしき物が存在する事を知り、その武器の全容を知るためにシステムそのものを見に来ていたのだ。

 「これか?」

 艦首の船体中央へ絞り込まれてきているような形状の通路に【DANGER】の文字で示された扉が中央にあった。

 扉の奥は、メンテナンスにしか使わない通路があるのだろうと推測できる。

 扉の左右両端に、制御コンピューターと直接発射シーケンスが行えるように、各一座席の二座席が設けられている。

 「これって?イオン砲?ビーム砲だよね?艦首に集約されているけれど、この船の動力に、直結されているわけじゃなさそうだし、高エネルギーが必要だとしても、航行には影響はなさそうだけど…」

 「エネルギー系統は別みたいやけど、ひなちゅん…これ、光子砲やで…長射程陽電子砲の改良版…というか、武器への転用版って事やな…つまり…ホールド航行中は使えんし、使用すればしばらくはホールド航行は不可能になるわな…」

 「大口径長射程陽電子砲…うちの曾じいさんの作品という訳か…」

 「陽電子砲だけなら、ひなちゅんの曾じいさん 天才物理学者の永井大の作品だと言えるけどな…このシステムは化学の天才 島崎和歌子の手が入っとるで…でなきゃ、このエネルギーゲインの値は出せんで…勿論、この出力の制御なら、あさみんの曾祖父の渡辺裕之の数式が必要だったやろな…」

 「どうする…もも…ガーディアン・スーツとかの兵器とは、桁違いな破壊力だぞ」

 「この件は…うちは見なかった事にしとく」

 日菜も百花に同意した。

 この超長距離広角ビーム兵器のエネルギー値は通常照射で9.6ギガワット。

 惑星表面を焼き払い、集約して照射すれば地殻を貫き、惑星そのものを崩壊させる事が可能な出力である。

 問題なのは、出力を押さえて使用する事が可能なシステムでは無く、このエネルギー値が最小の値だという事だった。

 とても惑星上で使用できるタイプの兵器では無く、恒星間戦争でも起こらない限り、使用する理由が無いように思えた。

 「どういう事や…この船にあるのは、壊滅的な兵器ばかりやで…」

 自爆専用のスペーススマッシャーシャトルを確認していた二人は、愕然としている。

 黙ったまま艦首を後にする、百花に日菜が疑問を投げかけた。

 「もも…ここへ来る前に言ってた事、聞いて良いかな?」

 振り返って百花が笑った。

 「百聞は一見にしかずや」

 艦首の脇の通路へ入って行く百花と日菜がドアを開けると開けた場所へ出た。

 見上げると、背中を合わせる格好で3機のガーディアン・スーツがメンテナンス・デッキに待機状態だ。

 「ひなちゅん…こいつらが完成形やで」

 デッキのライトを入れる百花。

 一瞬目がくらむが、レバーを押し上げ、簡易エレベーターでデッキの上へ昇っていく日菜と百花。

 「そう言う事か…」

 3機のガーディアン・スーツを見上げた日菜は百花が言っていた事を、初めて理解するのだった。

 ガーディアン・スーツはこの前方左舷デッキの他、前方右舷デッキと後方の両舷2カ所の格納庫に全部で12機ある。

 各デッキの3体はタイプの違う3機で大きさ順に大きい方から防戦用で火力もシールド出力も大きく防御力が高いα。

 格闘戦も含む、近接先攻攻撃タイプで汎用性の高いβ。

 小柄ながら、長距離射撃で後方支援を得意とする機体のγである。

 

 ※便宜上、この後プロトタイプのガーディアン・スーツの方も、機体の大きさ順に大きい方からプロトα・プロトβ・プロトγの呼称で呼ぶ事とします。


 日菜と百花がガーディアン・スーツの機体を眺めていた同時刻。

 休憩を取っているはずの真凜は、捕虜への食事を運んでいた。

 誰にも言えなかったのは、真凜自身に後ろめたい気持ちがあったからだが、それは仲間を裏切るという事では無く、確認したい事があったのと、事実がどう仲間達にとらえられるかという不安があったからだ。

 まず、イスラエル兵に食事を運んだ真凜は、アメリカ兵の方へカートを押していった。

 深呼吸をした後、兵士達へ食事を配る真凜。

 まだ、幼さの残る一番年下であろう兵士が、真凜を見て驚いた様子で口を開いた。

 「まさか…山本将軍の…」

 「娘の真凜よ。知っているのね?」

 うなずく朔。

 ギョッとして顔を上げる、他の3人の兵士。

 真凜の顔を確認すると青ざめる。

 「俺は百瀬。百瀬 朔。山本将軍の護衛を2年前までしていました。ペンタゴンへ行かれてからはお会いする機会はありませんでしたが…」

 「捕虜になっているのですか?」

 「チョット待って…なんで日系人ばかりの部隊なの?」

 真凜は驚いて、捕虜になっている兵士を見渡した。

 その4人が4人とも真凜には見覚えがあったのだ。

 かつて、父 山本五十六の直近の部下だった者達だった。

 父の書斎にいつも大切に飾られていた写真立ての中で、笑っていた顔だったのだ。

 「坪倉義之さん。杉山裕之さん。谷田部俊さんだよね?で、百瀬重蔵大尉、ジェネラル百瀬の息子さんの朔さん」

 「必ず助け出します…必ず…」

 坪倉が駆け寄ってきて鉄格子を握りしめて言い放つ。

 「まって…勘違いしてる…と言うより、もしかしてみんな騙されて、ここへ送り込まれた?」

 「おかしいとは思ったんだよな。捕虜になってここへ来た時から…」

 うなだれた谷田部。

 杉山が相づちを打つ。

 「ボーイスカウトに拘束され、連れてこられた場所がどう見てもキャンプ地で、スカウト連中しか見えない状態では話が違うとしか思えなかったよ。でも、重脚を簡単に粉砕したあの機体と兵は本物だった」

 「日菜さんと百花さんは別格だからね…」

 「真凜君?ここで何を?その人達を知っているのかね?」

 船体の状態を一通り確認した椎名が、真凜を探してやってきた。

 食事を運んで捕虜のところへ行ったとシニアスカウトから聞き出してやってきたのだ。

 「キャプテン。この人達は父の元部下です。おそらく、騙されて送り込まれたのだと…」

 椎名がうなずく。

 「日系人を嫌う軍上層部のトップクラスが画策したという事かな?いかにも有りそうな事だが…君たちの任務は?」

 坪倉が答える。

 「ガーディアン・スーツの確保と、山本真凜の救出。または山本真凜を殺害した者への報復と、それに関わった部隊の壊滅」

 椎名と真凜が、顔を見合わせ、ため息をついた。

 「命令書は有るかい?有れば見せてもらえれば君たちを信用して拘束を解くけれど、どうかな?一つ教えておくけれど、真凜君やわたしが乗ったシャトルを撃墜したのは、アメリカ海軍が所有していた、轟炸十一型だったよ。主翼の上部にハンバーガー2連装の中国国旗もどきを画いた機体。これ…」

 墜落した機体をブリッジからiPhone9Sで撮影した写真を見せる椎名。

 4人の顔が紅潮して、怒りが沸き立つのが分かる。

 坪倉が首にかけてあるドッグタグうちの、戦死報告用を、引きちぎり椎名に手渡した。

 マイクロSDが埋め込まれている。

 「そこに音声ファイルとPDFファイルの2種類で命令書が入っています。確認してくれれば発令した人物の声も割り出せるかも…」

 「わかった。確認してくるよ。本当なら君たちも被害者だから、あまり気に病むんじゃ無いよ」

 ショックで情けない顔になった朔を見て、気の毒そうに優しく語りかける椎名だった。

 「あとで、また来るけれど、気を落とさないでね。わたしも出来るだけの事はするから」

 立ち去る椎名と真凜に、深々と頭を垂れる4人のアメリカ兵達。

 物陰から、百花と分かれて拘留室へ来た日菜が見ていた。

 日菜もまた、捕虜にしたイスラエル兵が気になっていたのだが、真凜のような展開を期待してもしょうが無いと考えてその場を立ち去ろうとした。

 「永井日菜か?祖国に刃を向けるのか?」

 「やめろ!」

 鉄格子越しに、日菜がナイフを兵士の喉元へ突きつけて黙らせる。

 「父と祖父とでは、考えが違う。曾祖父は更に違っていたはずだ。父だけが一族の信念から外れようとしている。貴様らはその手で平和を投げだそうとしている。わたしは阻止する。必ずな!」

 ナイフを離して日菜が立ち去った。

 日菜を追いかけてきていた百花が、様子をうかがっていた。

 

 同じ時刻。

 優那たちは手術室にいた。

 医薬品が揃った事で、優那には気持ち的な余裕が生まれていた。

 3つある手術室を最大限に使えるように割り当てをしたのは友梨耶だった。

 重傷者を優那が受け持ち、比較的簡単な手術は亜紗美も受け持った。

 莉乃が縫合や傷口に入った破片や浅い銃創などを受け持っていた。

 優那の助手兼オペ看が友梨耶。

 亜紗美のオペ看として真梨耶。

 真凜も拘留室から帰ってきて、莉乃の助手や軽傷者の手当を行っている。

 優那は最後の重傷者と言える明人の手術を行っていた。

 熱傷で壊死しかけている気管を人工の気管で気道を確保して保護する手術だ。

 さほど難しいものでは無かったが、時間が経過しすぎている。

 消毒が十分に出来なかった事で、壊死が進んでいた。

 切除が十分でなければ、かえって悪化させてしまうが切除しすぎると回復が難しくなる。

 「ゆうにゃん。声帯はあきらめるしか無いかな?、人工声帯は入れる?」

 「あっ?いや、安定するまで人工声帯は…友梨耶!からかってるでしょ?」

 「迷ってるみたいだったからね。時間無いよ。思い切っていかないと」

 「そうね。ありがとう」

 集中力の上がった優那をうれしそうに友梨耶はフォローする。

 船体を闇と吹雪が隠していく。

 少女達は時間の流れを受け止めながら、逆らいながら、懸命に出来る事からこなしていった。

 無限のように感じられた時間は、わずかな歪みに飲み込まれて一瞬で失われていくのだった。

 悪夢のような1日は過ぎていった。

 更に過酷な運命が待っている事を、少女達は知らなかった。

 それでも、時の流れは止まってはくれそうも無かった。

 クリスマスは終わろうとしていた。

第4章 『旅立ち』の予告の音声データを用意しました。

良かったら聞いてみて下さい。

http://fuyuno.jp/planet01.mp3

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