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失われた100年

音声読み上げデータを用意しました。

VOICEROID+ 琴葉葵 1.3倍速での読み上げで1時間13分くらいです。

よろしくお願いいたします。


https://www.youtube.com/watch?v=Qfwv1uGlof0

 「優那って言ったか?あの尼、麻酔ケチりやがったな。まったく最悪の目覚めだぜ。」

足下に転がっている兵士は、拙攻かもしくは偵察か?

 訓練不足の優男では、日菜の敵にはなり得なかった。

 日菜はすこぶる機嫌が悪い状態での目覚めだった。

 ただでさえ頭痛に悩まされた状態で目覚めたというのに、起き抜けに死体の山を見せられた上に、二人組の兵隊に襲われたのである。

 固定するために付けられたベルトを引きはがすのに手間取った事で、手加減する余裕も無かった日菜は、二人とも射殺してしまった。

 少々、後味が悪いがこの光景を作った奴らなら、命で代償を支払ったとしても誰も咎めやしないと日菜は自分自身を納得させるのであった。

「置いてきぼりかよ。ももめ!許さないからね!」

踏みつけられた兵士の頭蓋骨が砕ける音が響いた。

日菜は身をかがめ一番大きなロッジに近づいていく。

 横づけにしたワゴン車の中を警戒しながら覗くが、車内に人影はなかった。

 6人は乗っていたはず。

 車内には何も残されていない。

 2人で1組であれば、更に2組が離れて行動しているはず。

 「ももなら心配ないだろうから、奥のロッジはまかせておくとして、残りはやはりこの大きいほうのロッジかな?」

裏口に回り、窓越しに中を確認する日菜。

 物々しい装備とガスマスクを装着した、二人の兵士が中を物色して探し物をしているように見える。

 いや、どうやら死体を確かめているようだが、お目当ての人物が見当らないみたいで、焦っているように見える。

 「これだけ大量殺戮をしておいて目的の人物は殺せなかったってことか?何ともお間抜けなやつらだな。」

先ほど、襲ってきた兵士が良い銃を持っていた。

 今の日菜にとって、お誂え向きに、サイレンサー(消音装置)付であった。

 「試し打ち!」

一発で決める日菜。

 額を撃ち抜かれた兵士が、その場に崩れ落ちる。

 その物音に振り向いた、その瞬間。

 すでに生き物ではなく、物体となり下がった兵士があった。

「いい銃だ!」

日菜は身を翻し、一番奥のロッジへと戻る。

 入り口に到達する前にやはり、ガスマスクを装着した二人一組の兵士を確認した。

 「ももに任せるか…角度が悪い」

日菜は百花が優那たちと行動を共にしていると勘違いしていたのだった。

 わずかな油断だった。

 次の瞬間、鉢合わせしてしまった優那たちに銃口を向ける兵士たち。

 角度を変えて、飛び込みざまに火を噴く日菜のM13。

 サイレンサーの無いM13は、効果的に兵士たちをびびらせる。

 優那たちを襲おうとしていた兵士たちを、銃声に振り向かせた事により、一瞬の時間を稼いだ。

 更に日菜は狙いを付けられるように大きくジャンプした後、身をかがめ角度を付けた立ち位置に移動。

 振り向きざまに、2発の銃声が響く。

 「ももは、一緒じゃ無いのか?」

日菜の足下には、もはや生物とは言えない亡骸が2体、沈黙していた。

 「日菜さん…動き回っちゃ駄目よ…」

優那は、日菜を見た瞬間についそう言ったが、自分の言葉がこの場に似つかわしくない事を感じて黙った。

 「縛り付けた状態で、置いてきぼりにしといて、よく言うわね!おかげでこっちは、起き抜けに3Pよ!」

「えっ?…」

優那と友梨耶は聞き返して、黙り込んだ。

「ももが居ないと、調子狂うな…」

日菜は苦笑してうつむいた。

 ここで調子をくれて、更に下品なジョークで繋いでくれるいつもの相棒はどうやら本当に、ここには居ないようだった。

 「まぁいい、どうでも良いけど、頭が痛いんだよ!麻酔ケチった?痛み止めくれないかな?ボルタレンある?」

「日菜さん…あなた、動けるはず無いんだけど…どういう身体してるの?」

友梨耶はまるでゾンビでも見ているように、日菜の超人的な快復力に驚いていた。

 雪にタイヤを滑らせながら車が停止する音が遠くに聞こえた。

 バンかワゴン車の細めのタイヤのようだ。

 「話はゆっくりしたいけど、邪魔がまだきてるみたいね。とりあえずボルタレンくれ。」

「ボルタレンは無いけど、ロキソニンなら、ムコスタ(胃薬)と一緒に食後に2錠…」

説明など聞く耳持たない日菜は、引ったくるように優那から薬を奪うと流し込む。

 低めの木の枝に降り積もった雪を掴むと、頬張りその勢いで、薬を飲み込む日菜。

 「水を多めに飲んで…って…」

 優那がちゃんと説明をしようとするが、日菜は聞く様子も無い。

 日菜はそのまま、ワゴン車へ小走りに近づくとドアが開く前に後方のトランクの下の水素タンクをサイレンサー付の銃で撃ち抜いた。

 一瞬遅れて青白い閃光が上がり、車内から火に包まれた兵士が6人、飛び出してくる。

 不用意に飛び出した兵士を日菜のM13が打ち抜く。

 フル装填の6連発はいともあっさりと状況を終了させるかに思えたが、さすがの日菜も体調が十分ではない。

 2発外した。

スイングアウトした弾倉。

パラパラっと薬莢が雪の中に消える。

 ローディングラバーにあらかじめ装着しておいた弾丸を、小走りに回り込みながら一瞬でチャンバーに装着し、逃げようとする兵士に向けて、ダブルアクションで打ち込む日菜。

 「頭痛のせいで4発無駄にしたじゃんか!」

怒鳴られても優那に返す言葉は無い。

 「状況終了!痛みが治まらないぜ…なんとかしろゆうにゃん!」

薬が効くには最低でも30分くらいはかかるものなのだが、この際、日菜には余計な事は言わずに黙って謝っておくのが賢明だと、その場にいた誰もが、そう考えるのだった。


ちょうどその頃、救護キャンプの洞窟の奥の扉の前で、時間を凍り付かせた少女4人がやっと声を上げる。

 一番先に現実に戻ってきたのは、やはり一番先に動きを止めて時間からはみ出して凍り付いた亜紗美であった。

 「これって…ロボットだよね…」

2足歩行の巨大ロボット兵器というのは、20世紀から21世紀にかけて日本のアニメに存在した。

 一時期ハリウッドでもそういうジャンルのVFX MOVIEがもてはやされた時期もあった。

 だが、これはいかにもナンセンスな展開である。

 悪夢としか言いようのないこの事態を、あざ笑うかのように、突如、少女たちの前にその姿を現したのは、まさに禁断の兵器群であったのだ。

 「やっぱり、夢なんだよね…これって…だって、こんな事あり得ないよね?…良かった…こんな事が現実じゃ無くて…」

真っ先に現実逃避を起こしたのは一番幼い真梨耶だった。

 既にくじけて心が死にかけていた真梨耶はこれが現実では無く、悪夢だと思いかけていたが、この更に現実離れしたビジュアルに完全に飲み込まれて逃避する。

 「まぁ…確かに夢の中って感じが続いていたから…でも、これが現実なら…そうだね…それは無いか?…」

 やはり、亜紗美も真梨耶に続いて現実逃避組という展開である。

 「言いたくないけど、これって…」

この真凛に続くのは莉乃である。

眼前にそびえ立つ2足歩行決戦兵器は100年前に『ガーディアン・スーツ』と呼ばれたTOYOTA製の防衛兵器であった。

 狭い上に、起伏に富んだ国土の日本で汎用兵器として開発された『ガーディアン・スーツ』は場所を選ばない兵器としてアメリカの要請で大量生産され買い上げられようとしていた。

折しも、中東とアジアで貿易不均衡から情勢悪化。

 テロが多発したため、テロの抑制という名目でこの兵器が投入されようとしていた。

 そんな時に起こったのが、失われた百年と言われた、「MISSING ONE HUNDRED YEAR」という事件。

 その後、偽りと言われながらも100年の平和を導いた一企業のCEOの判断であった。

 それから100年という月日が流れ、失われた筈の100年は追いつかれようとしているのだった。

 その事を、莉乃は身をもって知っていたのだが、その莉乃でさえこの光景はあまりに現実からかけ離れていると言わざる得なかった。

削り出しのアルミボディーの決戦兵器群は平和な地には無用の長物であったのであろう。

 乗員が乗り込むべくコックピットは取り外され、操縦席がむき出しになり、土木作業にでも使用されたかのように泥に覆われ固まっていた。

 おそらくは、この宇宙船を隠すために土を運んできて船体を塗り固める作業が最後の仕事であったのだろうと推測できるたたずまいであった。

「船体というか船首に、この船の船名だと思うんだけどプレートに刻まれていた文字がTOY BOXって…おもちゃ箱って…なんか、妙に納得なんだけど…」

真梨耶はぼそっと呟いたが、自分の言葉に妙に説得力がある事に恐怖した。

 真梨耶もまた、父から見せられたイギリス軍の秘密兵器と言われる、人型決戦兵器にこの機体が酷似している事に疑問を持っていたのだ。

 莉乃が感じていたのは、真梨耶のそれとは全く別の角度からなのだが、TOY BOXというニュアンスは心に響いた。

 莉乃の母国で開発された機体は、もっと重厚で兵器然としたものだった。

 それに比べると、乗員を守る装甲すら無いこの機体は、まさにオモチャである。

 「これって、動くの?…」

現実に引き戻す疑問を発したのは真凛。

 唯一、平然と見ている莉乃に真凛が尋ねた。

 「バッテリーが生きていれば、充電さえすれば動くでしょうね」

莉乃が応えた。

 格納庫であろう、その拓けた場所にはそぐわない煌々とした明かりは、発電している装置、または電気を蓄えている装置がある事を示していた。

各、ガーディアン・スーツの足下には、わざと外してあるのだろう、電源ユニットらしき物も見える。

当初、少女たちは3体の決戦兵器が全く同じ仕様であるように思ったが、各ユニットには若干のモディファイが見られる事に気づいていた。

 それは、開発途上に試行錯誤された仕様変更によるものなのだが、そういう意味で、この3体はプロトタイプであると言える。

 「真凛?何を…」

手近な機体から充電を始めた真凛。

 真梨耶も続く。

亜紗美までもが電源ユニットに機体を接続している。

 あきれ顔になった莉乃が、3人を見渡してため息をついた。


「なんてこったい」

大きく迂回して救護キャンプへ向かう途中の百花と世蘭。

3機のシャトルが前方へ降りてくる。

 「あれって?…」

「たまらんね…今度は本当に中国軍や…紛れもあらへんわ…しかも、最新の汎用兵器用のユニットやで…こら、本格的な戦闘になるで…どないする?世蘭はあっち側の人間やから、あっちで保護してもらった方がええか?」

世蘭は一瞬迷ったが、百花に笑顔で返した。

 「もも、ここで降ろして。わたしは司令官に会って時間稼ぎしてるから、先を急いで」

世蘭の返した返事に、違和感を覚えた百花は躊躇していた自分を恥じた。

目一杯、加速するプリウスGS。

 「えっ?もも!何を?…」

「世蘭すまない!うちは、どうかしていたみたいや…」 

「もも…やっぱりばれたわね…」

「世蘭!5段階で行くで!全力や!」

躊躇した世蘭。

 ここで時間稼ぎをすれば、百花だけでも逃げ切れるかもしれない、という考えが一瞬浮かんだが、百花の意気込みを感じた世蘭は、百花と一緒にいる事を選んだ。

 「了解」

この後、二人の呼吸が乱れる事は無かった。

 プリウスGSの鍛えられた足は二人の意気込みを受け止めて不安定な雪の路面をしっかりと捉えて加速していったのである。

 世蘭が話し出す。

 「もも、あれは、父と敵対している反米思想の高い白山将軍の親衛隊の部隊。通称『炎虎』。戦争を仕掛けるなら、あの部隊だと思っていたけど、わたしが死んだ事にされているなら出てくるわね。でも、早すぎるわ。待ち構えていたみたい」

わずかなステアリング操作で雪道にアクセントを付けながらスライドコントロールする百花。

「みたいやのうて、待ち構えておったんやろな…世蘭…うちらと一緒におって本当にええんか?中国に帰れんようになっても…もちろん、今あの部隊に行けば、世蘭の命は無いっちゅう事やろが、うちらといればやっぱり命の保証はないで…」

「ももが良いなら…わたしは、みんなが助かるなら命はいらないわ…でも、無駄死にはしたくない。ももを助けられるのなら…」

「いわんでええ!ええか?2度といわんといてや!うちはそんな犠牲は、いらん!」

『肩の力を抜きいな。そんなんじゃ安定せいへんで。もっと、柔らこう切って、戻しは素早くや』

「曾じじいこれでええんやろ?」

プリウスGSのステアリングインフォメーションから感じ取った曾祖父の意思に百花は問いかけるのであった。


「おい!生き残りはそいつらだけか?」

頭痛がおさまらない日菜は、未だに機嫌が悪かった。

 「僕たちだけだと思います。僕は目が不自由なので動きが鈍くて、みんなが逃げた時に逃げ遅れたのだけれど、そのせいで生き残ってしまったみたいで…妹は僕が動けなかったために一緒に逃げ遅れて…」

「とろかったから、生き残ったのね…まぁ、良かったんじゃねえの」

「そういう言い方は、無いと思うんだけど…日菜さんは相当ひねくれているのね」

「まぁまぁ…」

とりあえずは無事だった優那と友梨耶と日菜の3人は、新たに2人の兄妹を加え、これからどうするか相談する予定だったのだが、日菜と友梨耶は少々反目気味で、優那はヒヤヒヤしていた。

「ももはどうした?一緒じゃ無いみたいだけど。一緒にいた中国の国家主席、溝呂木の孫娘とはどういう関係なんだ?確か世蘭とかいったよな?最初は中国がもくろんだ事かとも思ったんだが、状況を総合的に見るとアメリカの陰が見え隠れしてるな。でも、シャトルに乗っていたのは、国防総省の山本 五十六の娘の真凛だったよな?どうにも解せない話だと思うけど。どうなってる?」

「それ、わたしに聞く?」 

優那が困った顔をして、日菜に聞いた。

 「いや、イギリス娘の、そっちの姉ちゃんに聞いてるんだけど、元上級士官の友梨耶ちゃんだよね?怖い顔でこっちを睨んでるから正面切って聞きにくくてね」

斜に構えて日菜が皮肉っぽく言った。

 友梨耶と日菜はタイプが似すぎているせいか、お互いを牽制している感じである。

「わたしたちが、トリガーだと思っていたけど、どうも戦争を起こしそうなのは日菜さんの方みたいね。戦闘的な性格のようですし…世蘭さんの方が友好的でしたよ」

「トリガー?はん?そういう事か…じゃ、わたしは本部に戻る。後はよろしくやっといて。子供たちはどこ?一応、わたしはあいつらの護衛も任務なんだよね」

 優那が応える。

「3人の子供たち?それならわたしたちが居たキャンプ地の近くの洞窟へ行ってるはずです。真凛さんと莉乃さんが連れて行っていますよ。でも、なんで本部へ行くのですか?あそこにはもう誰も居ませんよ。正面のロッジは見たでしょう?本部にいた人たちはみんな…」

「分かってるさ…でも、本部には重要な鍵があるんだ。この訳の分からない事態を引き起こすほどの…だから、行かないわけにはいかないのさ…友梨耶がいる以上、わたしは必要ないでしょ?」

「そういう問題じゃ無いのよ!あなたの頭蓋骨には穴が開いていて、塞いではいるけれど、脳みそが飛び出してきてもおかしくない状態なのよ!安静にしておかないといけないの!わかる?あなたを助けるために百花さんや世蘭さんが囮になって敵を引き離したのだって無駄になるかもしれないでしょ?!」

 友梨耶は本気で怒っていた。

「すまない友梨耶。そんなつもりは無かったんだが、みんなを頼む。この戦争状態を早く終結しないと本当に子供たちが危ないんだよ。ここだけじゃ無く、地球の上でも同じ事態を引き起こす事になってしまう。」

「でも、ここから本部って、結構距離があるよ。車は渡せないし。わたしたちは危険を冒して本部へ行くわけには…」

友梨耶が聞いた。

 「こいつで行く」

ロッジの端に立てかけていたスキーを抜くと、スキーシューズを履きセットする日菜。

優那が聞いた。

 「ここから本部までって確かに下りではあるけれど、本気?」

「本気。駄目かな?」

背中にライフルを背負い、ウエストバックに弾丸を詰め込む日菜。

「そっか…もう止めない。スキーはお手の物だったよね?バイアスロンか?冬季オリンピックの金メダリストだもんね。だけど、死んだら百花さんに恨まれるわよ。良い?生きて子供たちのところまで来てね」

救護キャンプ地を示した地図を、手渡す友梨耶。

日菜は受け取ると、一見して破り捨てる。

 「何するのよ!」

怒った優那を友梨耶が右手で制した。

 「違うの。ゆうにゃん…日菜さんは場所を記憶したから地図を捨てたの。万が一敵に殺されたり捕まったりした場合でも、地図を敵に見られないように…そういう覚悟なのよ…日菜さん!これ、本部の横に置いておいた水色のアクアのキー」

敵に使用されて追跡される事を恐れて、百花から預けられていたスマートエントリーキーを日菜に手渡した。

 日菜は友梨耶の右肩を叩いて、滑空していった。

 「後を頼む…必ずまた逢おう」

 そう言っているように友梨耶には思えた。

 「ご無事で…」

 見送る4人は、心で祈っていた。


「動かし方は分かるけれど、これ自動車と大して変わらない?」

アクセルが右と左の両方の足下にある。

 方向転換はこの二つのペダルの踏み具合に応じて動作するらしい。

 腕は連動するグローブで、自分の手の動きをそのまま伝えるようだ。

前進後進の切り替えは、昔マニュアルと呼ばれたギヤチェンジが存在した時代にクラッチというペダルがあった位置にある。

バランサーが優秀なのか、これだけの操作で2足歩行が可能なようだ。

 この点で、現在の技術よりも上だという事を真梨耶も莉乃も真凛も思い知らされていた。

 現在開発されて実用にこぎ着けた機体の殆どが訓練期間を数ヶ月かけなければ操縦できない複雑な機構であった。

 この機体が自動車だとすれば、戦闘機の操縦をすると思えば良いだろう。

 いやそれよりも、もっと複雑かもしれない。

 ただ、言える事は、『ガーディアン・スーツ』はただ動かすだけを考えれば、数時間の訓練で十分なくらい簡単だという事だ。

 現に真凛や真梨耶や亜紗美は既に殆どの動作を自然にこなせるほど操縦をマスターできていた。

 「武器は?あるかな?」

唐突に真梨耶が聞いた。

 「そんな物があると思う?ここは、わたしたちが来るまで平和そのものだった場所よ…武器が必要な事態は無かったと思うわ…もしそんな事態を想定していたら、こんなオープンカーみたいな操縦席じゃ無かったでしょ?」 莉乃は複雑な気持ちだった。

 戦争という事態で無ければ、こんなに楽しい乗り物はあまり経験が無い。

しかし、今必要なのは真梨耶が言うように身を守れる兵器なのだ。

 戦争の道具にしたくなかったという名目で、歴史から姿を消した『ガーディアン・スーツ』が武器を携えた状態で存在するとは考えにくいのである。

 「真凛…あんた…」

『ガーディアン・スーツ』の操縦を必死にマスターしようとしている真凛に強い意志を感じたのは莉乃であった。

 「あんたの責任じゃ無いよ。でも、その気持ちはわたしにも理解できるわ。その気持ちに報いる事が出来れば良いのだけれど…」

「曾おじいさま…100年延ばしていただいたけれど、人は愚かな生き物のままでした…でも、次の世代がそうだとは限らないですよね?そこに繋ぐまで…もう少し時間を持てるように、力を貸して下さい」

真凛は子供たちを守る事に全身全霊を傾ける事を誓ったのである。


日菜は森を抜けるルートを降下していた。

 無用な交戦を避け、本部へいち早く到達するのが目的ではあったが、今の日菜にはスラロームは過酷な重力を加える。

 ほぼ直線に本部へ到達できるルートではあるが、一瞬の油断で立ち木に激突したり、倒木にはね飛ばされる危険も伴う。

 日菜の心を支配しているのは子供たちの護衛という任務でも、世界の平和と人々の安全を守るという義務でもなかった。

 ただ、自分の命を救うために、命がけで時間を稼ぐ事を選んだ友人との約束であった。

 「もも…わたしは、あんたに会うまで死なない。あんたも生き抜くんだよ!」

 本部まで後数百メートルという距離に到達したとき、右前方に兵士達が見えた。

 「なぜ?こんな時に?というより、なぜ此処に?…ちっ…やっかいな事だな…」

 状況が理解できなくなった事で動きを封じられた日菜は、近くの立ち木に背をもたれかけ、しばらく考えをまとめるため休憩を取る事にした。

 日菜が目撃した兵士達の胸には日の丸が描かれていたのだ。

 日本の自衛隊が惑星上紛争にかり出されるというのはきわめて異常な事態だと言える。

 地球上の紛争ですら、派遣される事のなかった軍隊(日本は軍隊ではないと言い張ってはいるが)が、こんなに早くこの場にいる事はあり得ないというのは、日菜でなくても考えつく事であるだろう。

 「ももの親父の差し金だとしても、あまりに対応が早すぎる。じゃ、誰が?こうなる事を知っていた人間というと…やばいな…ヤンキーどもと繋がっている奴らって事だな」

 日菜にしても、どこがどう繋がってこういう事態になっているのかは把握できていない。

 部隊が特定できる腕章か襟章を確認できれば事態を掌握出来るかも知れないが、そうするためには、何人かの犠牲を伴いかねない。

 なるべくなら、日本との摩擦は避けたいというのが日菜の考えであったが、では、どうすべきか?

 日菜の考えはまとまらなかった。

 『考えがまとまらん時は、1拍おいて深呼吸しいや。ほんで上を向いて後ろの首筋を2・3回軽うこづいて…』

 「あほ!そりゃ鼻血を止めるときだろ?」

 百花の話を思い出して吹き出した日菜。

 一瞬のリラックスが事態を好転させた。

 2人組の少年が、やはり2人組の自衛隊員を殴り倒すのが見えた。

 「最近のボーイスカウトは、やるもんだな」

 振り返った少年達はあっさり降参して両方の手を挙げる。

 日菜がM16を構えていた。

 「見るからに日本人の君と、どっちつかずの君。名前は?」

 「どっちつかずって俺か?俺はジェシー。こっちは真宙。あんたは?」

 「わたしは日菜・永井日菜。ひなちゅんって呼んで。」

 「正気か?銃を突きつけているやつに対して【ひなちゅん】とか呼べるか?」

 真宙が応える

怪訝そうな顔のジェシー。

 日菜の顔を舐めるよう見回すとつぶやく。

 「まさかと思うけど、小鷹狩の親友って…いや、そんな都合良くこんな場所に現れるなんて事はないはずだし…」

 「ももの知り合いか…」

 日菜は銃を納めて、倒れた自衛隊員の方に近づき襟章を確認した。

 幕僚第三連隊の襟章だった。

 情報戦を軸にする隠密部隊だが、ボーイスカウトにあっさりやられるようでは、実戦では使い物にはならない。

 「ジェシーって百花の友達のようだね?そっちの真宙も?真宙って、もしかして高杉真宙?アメリカの日本大使館の高杉主席外交官の息子さん?」

 うなずく真宙。

 「とすると、まさかルイス・ジェシー?アメリカ副大統領のご子息?」

 「そういう言われ方好きじゃないけど、確かにそうだよ。でも、俺はただのジェシー」

 「君たちもトリガーね…。わたしと一緒に来る?この事態を収拾するためには、君たちの力も必要だと思うよ。わたしの言う事わかるよね?」

 「トリガーか?。真宙。やっぱりそういう事みたいだけど、おまえはどうする?これ、仕掛けたのは、やっぱりアメリカの闇の部分だと思う。巻き込んですまないが、出来れば協力してくれないか?」

 「中国はどう絡んでる?中国軍のシャトルを見たぜ。その前に俺たちのキャンプを爆撃していったのも【轟炸十一型】の爆撃機だと思うけど…中国が無関係ってのは無理があるんじゃ?」

 「細かい説明は後にしてくれないかな?そんなに時間の余裕はないんだ。とりあえず一緒に来るか。別行動をとるか決めてくれる?」

 2人は、日菜と行動を共にする事には同意した。

 ジェシーと真宙が気絶した自衛隊員に猿ぐつわをかまし、縛り付けると、その場を後にする。

 日菜の目的は、本部に隠されているはずの、最新鋭の操縦システム。

 そう、次世代と言われる、2足歩行ロボットの操縦システムを始末するか手に入れる事であった。

 そのソフトとハードの争奪戦がこの事態を生んだのだが、根底には世界を掌握する事への欲望がある。

 しかし、日菜への指令は基本的には、持ち帰る事を前提とはしていない。

 どこかの国が優位に立つ事さえなければ良いという、比較的穏和な司令であった。

 日菜にとって、父よりも尊敬する、祖父からの指令だ。

 軍を率いて、戦争も辞さない強硬な態度で、外交をこなす父と違い、穏和な祖父は、どこか人類という枠を越えた存在のように、日菜には思えていた。

 人類の歴史において、争いのない時代というのは、いつになったら訪れるのだろう?

 日菜は絶望に似た感情を抱くのであった。

 「ひなちゅんだったな?これからどうするんだ?小鷹狩はどうした?合流するのか?」

 真宙の問いに返事を返すのを躊躇した日菜。 百花の消息は不明のままである。

 日菜には【ガーディアン・スーツ】の発見と破壊という目的があったが、彼らを巻き込む事にも抵抗があった。

 状況を考えれば、このまま救難キャンプへ向かうのがベストのようにも思える。

 「特に考えなしか?ひなちゅんは…真宙!足を確保してくるぞ!」

 先走ろうとするジェシーを日菜が制する。

 「本部の脇に水色のアクアが置いてあるはずだから、それで救難キャンプへ向かう。でも、その前に捜し物を手伝ってくれる?」

 ジェシーが怪訝そうに訊ねる。

 「このやばい状況で捜し物って…更にやばい物、掘り起こそうってのか?」

 「そうよ!手伝ってくれる?」

 「MISSING ONE HUNDRED YEAR の産物って事か?なら、破壊が条件なら手伝うぜ。お持ち帰りは、俺が許さない。ひなちゅん…100年たって追いつけなかった技術。欲望にまみれた者の手には渡せないんだ。たとえ命を失う事になっても」

 真宙は真剣な眼差しで、日菜に正面切って言い放った。

 「という事だが。了解してもらえるかな?」

 ジェシーも真宙と同様に覚悟を決めているようだ。

 「まったく…良い面構えだ。はなから、うちもその覚悟だよ。じゃ、よろしく頼むわ」

 意識確認を終えた3人は、同じ意思を持った者として行動を共にする事となる。

 まずは、本部脇に駐めてあった水色のアクアに乗り込み、中を確認した3人。

 武器弾薬を補給するためにまずは本部のゴミ置き場へ徒歩で移動した。

 百花と世蘭は、医薬品や日常用品類を優先してトラックに積んだため、積み込みきれなかった武器や弾薬をゴミ置き場のゴミの下に隠していた。

 その事が、友梨耶から渡された地図のメモに書かれていたため、日菜は知っていたのだ。

 「なかなかのお宝だけど、なんでゴミの下に隠してあるんだ?誰のアイディア?冷静なやつだな」

 真宙がにやけながら銃を掘り出し、弾を込めながら言い放った。

 ジェシーも銃を選んで弾を込め、手榴弾をウエストポーチに詰め込む。

 「ももだと思う。どんな時でも最善の方向を導き出してくれる。そのくせ、ハチャメチャで無鉄砲。規律無視の破天荒娘」

 「褒めてるのか、貶してるのか分からないな。ひなちゅんは小鷹狩の親友なんだろ?」

「そんな軽い関係じゃないわ。ソールメイトなんて軽々しいものじゃなくて、わたしの一部かな?だから、わたしは死ねない。あの娘も死なない。」

 おちゃらけて聞いたジェシーの問いかけに日菜は真剣に返した。

 準備が整い本部へ向かう3人だが、中の様子が分からないため一度本部脇の丘へ水色のアクアで移動して、状況を確認する事にした。

 エンジンを始動させず、EVモードで移動する水色のアクアに気づく者はいなかった。

 丘の上に到達した水色のアクアを降りて3人は状況の把握に努めた。

 各々に双眼鏡で自衛官の動きを観察していたが、自衛官が出入りしている建物には、それらしい物が存在している様子がない。

 20数人の自衛官が出入りしているが、連絡員への対応の様子では、ガーディアン・スーツやそのたぐいの技術が発見された様子がないのだ。

 「ひなちゅん?どう思う?此処にあるって言う確証はあるのか?どうも此処にあるって感じではないと思うけど…」

 真宙の言う事は尤もだった

 日菜は情報に間違いがあったのではと疑い始めてはいたが、万が一にも危険な人物に技術が渡る事は避けねばならない。

 「ひなちゅん…どうする?」

 ジェシーにたたみかけられ、日菜は決断を迫られた。

 その時、轟音が後方から響いた。

 振り返った3人の視界には、吹き飛ばされて砕け散った、中国軍のシャトルの無残な姿が映った。

 

 その、少し前。

 「世蘭!このまま、救護キャンプへ向かったら…」

「そうね…敵を連れて行く事になりかねないわね…」

百花の操るプリウスGSは、その速度だけならば、中国軍のシャトルから切り離されて着地した人型汎用兵器【銃腕チュンワン】を寄せ付けやしない。

 問題なのは、生き残りが避難している場所を知られてしまう可能性だ。

 「世蘭!敵って言っても、あんたの国の兵器やで…どうにかせえへんと…あの、でくの坊のスペックは解るんか?」

「銃腕の事?速度?武器?それとも駆動時間?それによる巡航到達距離?」

「とりあえず、全部や!」

困った顔の世蘭。

 勿論、運転に集中している百花に見えるはずも無いのではあるが一瞬の間が、百花に感じさせる。

 「ごめん。正直、見てくれほど凄くないよあれ。…人型に見えるけど、キャタピラで前進と後退の二足歩行とは言いがたい作りだし…腕は前に延ばして照準を合わせるくらいしか使い道が無い。腕についているガトリングガン500発と腰の左右各4発のミサイル。頭のバルカン砲1000発。多分以上」

「武器自体は、凄いみたいやけど…そんな機密、はっきり言ってええんか?」

世蘭は更に答えに困っている。

「ミサイルもバルカン砲も命中精度がきわめて低いの…ガトリングガンは500発装填しているけれど…30発も撃てば砲身が裂けると思う…」

百花が青ざめる。

「暴発するってのか?えらいもん投入してきよるな…」

「威圧感だけは一丁前にあるから…ね」

中国軍の人型兵器が速度を上げて追いかけてくるかに思えたが、その重量がうえに速度自体はあまり上がってくるようには見えない。 確かに、世蘭の言う事は一見、筋が通っているように思えるが、しかし、命中精度が低いとはいえ、まぐれでも至近距離に着弾すれば、それはそれなりに恐怖ではある。

 バルカン砲のように命中しなければ何の威力もない弾と違って、ミサイルのような炸裂弾だと爆風でもダメージを負うことになる。

 それなりに怖い存在なのだが、世蘭にとってはこの機体はあまりにも期待はずれだったと言わんばかりなのが、少々気になるところではある。

 「で、どないする?世蘭!」

「足下を抜けられる?」

「はいっ?なに?」

 要は、接近しろという意味なのだと思ったが、百花にとってそれは意外な要求だった。

 いかにも、とろそうな機体ではあるが、さすがに足下を抜けさせてもらえるほど甘そうにも見えない。

「両足のキャタピラの間を抜けるっちゅう事かいな?そんな無茶な要求…」

「ももらしくない反応ね?うふっ」

「知らんで!」

世蘭の挑発的な態度にカチンときた百花は珍しく冷静さを失っていた。

 スライドさせたタイヤをロックさせたままの状態でバックギアに入れ、フルスロットルをかまして車体を回転させた状態で更にドライブに放り込みアクセルを開ける。

 見事な180度ターンの後、軸線を敵機のキャタピラの中央へ。

 「さすが!」

交差するプリウスGSと銃腕。

 すれ違いざまに世蘭がRGDー5(手榴弾)を投げ込む。

「投げるの得意なんやな…」

FORD WRCを引き揚げたときにプリウスGSのノーズの牽引フックに見事にジョイントを投げ入れたのと同様に、狙い違わず敵機の足の排気口に投げ込まれたRGDー5が炸裂した。

 「ナイス・イン!」

「これで、追っては来られないわね」

右足のモーターを失った敵機はその場で回転するか停止するしかない。

 片足立ちが出来る重量ではない事は明白であったため、前進すら出来ないと思えたのである。

しかし、考え方によっては、この状態でのこの機体は、ある意味驚異とも言えた。

 動いていない状態でのこの機体は、機能的に言って、まさに砲台という事なのである。

 いかに、命中精度が悪いとはいえ、動いていない状態であれば、命中率は上がるのが普通に思える。

 百花が不安を覚えたその瞬間、ミサイルとガトリングガンの咆哮が轟いた。

 180度の回転を終えた銃腕はプリウスGSに向けて照準を合わせたはずではあった。

 次の瞬間に大爆発してその姿をなくしたのは百花の操るプリウスGSではなく、着陸したばかりの中国軍のシャトルの方であった。

 「命中精度が悪いだけじゃなくて、熱源の大きい方を追うの…あのミサイル…勿論、方向が同じならという意味だけど…」

 足下を抜けるという選択をした意味が、百花にはこの時点で初めて理解できた。

 「思い切った事させるとは思ったが、こういう事は、実際の関係者にしか分からんわな」

 しかし、前方には破壊されたシャトルからなんとか切り離しに成功した銃腕が2機。

 「同じ手が使えるとも思えんが…世蘭…どないする?」

 後方の銃腕が気になりバックミラーを確認した百花だが、後方の機体は横転していた。

 ほっと胸をなで下ろす百花。

 暴発したガトリングガンに驚いた操縦者が慌てて操縦を誤ったのであろう。

 世蘭の言う事が本当なら、腕を使って起き上がる事は不可能だろうから、脅威は消えた事になると百花は考えた。

 横転して雪に埋まってしまったバルカン砲は照準を合わせる事も出来ないからである。

 ガトリングガンは暴発してしまったので、もう使えないし、ミサイルは全弾、味方に撃ち込んでいた。

 警戒すべきは前方に出現した2機の銃腕。

 機体の1機は先ほどの機体と同じ仕様であったが、もう1機はペイントからして明らかに違って見える。

 「あの虎柄の機体はおそらくは白山将軍の機体よ。以前使用していた戦闘機にも同様のペイントをしていたから…でも、あの機体は正規の銃腕とは仕様が違うかも?」

 「悪趣味やな…あの色は…で、中身はどう違うんや?」

「わからない…あの機体は秘密裏に造られた物だと思う…わたし達が知らない機体よ…」

 「この訳の分からん事態に必要だった機体なら、それなりに注意が必要っちゅう事やな?見た目はカラーリングくらいしか違いは分からんが、中身も相当変えてきてると思った方がよさそうやな?」

 逃げるにしても、背中を晒すわけにはいかないと考えた百花は思案に暮れる。

 迫る危険に対して百花の口元はゆるんできていた。

 「もも?」

「世蘭!手榴弾はまだあるんか?少なくとも、迷彩色の機体には効果的やろ?」

「RGDー5?残りは3ダースほどかな?十分使えると思うけれど、同じ手が通用すると思う?さすがに嘗めてない?」

 「ピンチになるほど口元が揺るむんは、うちの悪い癖や!気にせんといてや…せやけど、嘗めているわけやないで!」

前方の銃腕のうちスペック不明な機体は別にしても、もう1機は早急に動きを止める必要があると考えた百花は、世蘭の特技で対抗する手段を考えていた。

 「虎柄の方は重量も少なめで速度はそれなりに出そうだと思うけど、キャタピラではなくトラクター用のタイヤみたいなのが付いているのが不気味だよね?パンクしないのかな?」

「よく見てるな?そうか…タイヤで重量を支えられているちゅう事は相当重量を抑えているちゅう事やな?しかも戦場に出てくる以上、パンクの心配もないタイヤっちゅう事や。空気入っていないゴムの固まりのタイヤやな…フォークリフトに使われているような。シルエットは同じに見えても全く別の機体っちゅう事や」

 「仕様が少々違うだけなら良いけど、全く別の構想から出来た機体なら、わたしが思っている以上に危険かも?逃げる方が得策だと思うけれど、逃げ方にも寄るわよね?同じ手でやれると思う?白山将軍は慎重な軍人だから単機での追撃はないと思う。迷彩色の方の動きを止められれば、おそらく追って来ないはずよ」

 虎柄が迷彩色の前方に出ようとしている。

 やはり、先ほどの作戦は見透かされている模様だ。

 砲台として迷彩色を使い、虎柄は先行する気らしい。

 「ちっ!」

 百花が舌打ちした瞬間。

 迷彩色の足下から、オレンジ色の閃光が上がり、迷彩色の両足が消し飛んだ。

 前方に傾きながら崩れ落ちる迷彩色の銃腕。 暴発したミサイルが襲うのは、すでに迷彩色の前方へ出ていた、虎柄の方の銃腕である。

 「C4?あの閃光って、C4っぽいよね?もも?足下から出てきたあの水色のアクア…」

 「友梨耶か?…いや、違う…まさか…」

 前方に位置していた虎柄の銃腕がバランスを失って傾いた瞬間。

 避けるように後方からスライドをかける水色のアクアの挙動を見て百花は確信した。

 「間違いあらへん。FFをスライドさせるんに、多すぎるカウンターステアを当てるあの癖は、ひなちゅんやで…援護は、いらん!もう、追っては、おらへん!世蘭!5段階で行くで。ひなちゅん!ついて来いや!」

開けた窓から、右手で合図を送る百花のプリウスGSに日菜は追従していった。

 「あの赤い車は小鷹狩か?」

 「はぇー…」

ジェシーと真宙は、百花の操る赤いプリウスGSの走りに驚きを隠さない。

「コーナーの切れが違うわね。間違いなくももよ。無事乗り切ったみたいね。それにしても、あんた達も無茶だわ。銃腕に飛び移って間接まで登って、プラスティック爆弾を仕掛けるなんて…」

 「破天荒は小鷹狩の専売特許じゃないぜ。まぁ、あいつに刺激されてこうなったんではあるがな」

真宙が応え、ジェシーがうなずいた。

 

同じ頃、救護キャンプでは船体から洞窟を抜けて入口まで電力を供給できるように配線を行っていた。

 裕己と康幸を中心に軽傷者達が率先して作業を行う。

 洞窟の入口には船内の格納庫から移動させてきたガーディアン・スーツが3体、充電器に繋がれた状態で陣取っている。

 真梨耶と真凜と亜紗美は墜落した轟炸十一型の銃座からバルカン砲を外す作業をしていた。

 轟炸十一型の銃座は全部で6座席。

 ガーディアンスーツの両腕に装着して、丁度3機分ある。

フルに爆装した状態で墜落した機体は、武器の宝庫であった。

 敵の装備を、そのまま拝借して使用しようという考えは、いかにもゲリラ戦に長けた、莉乃らしい発想と言えたが、これも優那の使える物を活用するという医療行為からヒントを得た物であった。

 「人殺しの道具だよね。良いのかな?」

「いやなら使わなきゃ良いでしょ?」

 及び腰の真梨耶に対して、覚悟を決めた真凜は怯む様子はない。

亜紗美は黙々と作業を続けていた。

 沙織の命を奪った爆撃機から、機銃を外して自らが使う事に何の抵抗もなかったと言えば嘘になる。

 しかし、亜紗美にとっても、今は、護りたい人がいる。

 この数時間の間にも助けられなかった人がいた。

 助けられた人もいた。

 助けてくれた人もいる。

 もう、自分が出来る事から逃げる気はない。

 亜紗美にとって、ここにいる人たちが生きる意味そのものになっていた。

 迷う余裕は、亜紗美にはもうなかったのだ。

「嫌なら降りなさい。誰も無理強いはしないわよ。わたしは、生き残るために出来る事なら、何でもやるわ」

「わかったわよ…」

真梨耶は、亜紗美の勢いに押される格好で黙った。

 意外だった。

 亜紗美に、そんな覚悟が生まれている事を、真梨耶は信じられなかった。

 たった一人の死を受け止めきれずに、泣き崩れて動けなくなっていた亜紗美を、見ていた真梨耶には、今の亜紗美の行動が理解できない。

 しかし、最初に武器を欲しがったのは真梨耶自身だったのだ。

「後は俺たちでやるから、休んでいなよ」

 裕己が康幸とリフトで上がってきて銃座を運び出す。

 真梨耶は少しふてくされてはいたが、状況を理解していないわけではなかった。

少し、頭を冷やそうと持ち場を離れて林の中に進むと、莉乃がうずくまっていた。

 真梨耶が抱いていたイメージとは違う莉乃がそこにいた。

 涙を浮かべた莉乃が、真梨耶に気づき振り返って涙を拭う。

 「どうした?何か用?えっと真梨耶ちゃんだよね?手が足りない?」

 「そうじゃないけど…どうして泣いているの?いや、みんな泣きたい気持ちをこらえているよね?莉乃さんってイメージ的にもっと強いかと、思っていたから…何言ってるんだろ?わたし、おかしいよね?」

 そこまで言って真梨耶は、しゃがみ込んで泣き出した。

真梨耶もまた、只の少女だったのだ。

「泣けば良いよ。泣いたまま聞いて。わたしと真凜はつい数時間前にわたし達を助けるために命を投げ出してくれた友人のおかげで生きていられるの。彼のフィアンセもこの惑星に来ているはずなの。それもここにいる筈だった。生き残った人は全員確認したけれど彼女は見当たらなかったわ…泣いていたのはそういう事よ…」

真梨耶は何も言わず、ただ涙を流した。

救護キャンプの防衛線化は、真凜の指示を中心に進んでいた。

 国防総省の代表である真凜の父、山本 五十六は MISSING ONE HUNDRED YEAR の首謀者である豊田 彰男の直系であった。

 逆賊の烙印を押され、新天地をアメリカへ求めた彰男の娘が母方の名字を名乗り血を繋いだ結果が真凜だった。

 だが、しかし逆賊と虐げられながらも一族は彰男の行動を支持していた。

 当時の部下達はもとより、現在でも彰男を支持して一族は次の事態に備えているのではあった。

 分散され、解体され、力を失ったかのように見えた元巨大企業は、水面下で力を蓄えていたのである

真凜はその中心にいるべき存在であった。

 五十六は真凜にその負担を追わせないために政治の中心にいる事を選び、アメリカの闇に対抗するべく監視をしてきたのだ。

 その事情も、真凜は知っていた。

 曾祖父である彰男の意思は、真凜の心に深く浸透して大きな意思になっていたのである。

 轟炸十一型から外されたバルカン砲がガーディアン・スーツの両肘に取り付けられた。

 簡易コックピットは弾よけに鉄板が溶接されむき出しよりはまし程度の装備を施された。 スコープも取り付けられたヘッドセットは照準を合わせられる程度には機能している。

 驚いた事に状態としてはこれで銃腕の戦闘力を大きく上回る。

 基礎科学・基礎工学を確実にこなして、未来の展望を求めた開発理念が、100年の時間を経た現状の機体を凌駕するに至ったのである。

 「良いのか?真凜はこれで…分かっているよね?あんたの曾祖父はコレを望まなかったから逆賊扱いされたって事…その機体で人殺しがあんたに出来る?」

 戻ってきた莉乃が、真凜に問いかけた。

 「人殺しが出来るかと言われれば、分からない。でも、子供達を護る事が、わたしの責任だとすれば…」 

「わかった…もう良いよ…覚悟はあるってのは分かったから…」

それ以上聞かない事にした莉乃は、その場を離れる。

 「いざとなれば、わたしが代わるから。無理するんじゃないよ」

 真凜には聞こえないように、莉乃が呟いた。

 亜紗美も真凜と同じように、覚悟を決めて戦いに望む気構えのように莉乃には見えた。

 「こんな事…有って良いはずがないわ…わたしはこんなの認めない…なぜ防げなかったんだ…わたしは何をしていた?…こんな事態にさせない事が任務だったはず…」

 莉乃はこの事態を事前に防げなかった自分を責めていた。

『後悔してもしゃーないやろ?人の目がなんで前に付いてるか知っとるか?過去を振り向かず未来を見て歩くためやで』

百花に言われた言葉が脳裏をよぎった。

 「そうね…」

莉乃もまた、未来を信じて一歩踏み出す。


 優那と友梨耶とロッジで拾った兄妹を乗せた白いプリウスαは一路救護キャンプへ向かっていた。

 日菜と分かれた後、少々遠回りかとも思えたが安全であろうルートを通って帰路についたのだが、目的の医薬品も手に入らなかった事で優那は少々焦りを感じていた。

 救護キャンプで治療を行った人たちの状態を優那は覚えていたが、治療を続けるための医薬品が明らかに不足しているのだ。

 治療を始めた時点で、優那はかなりの人間を切り捨てて、助かる確率の高い人間を優先させていた。

 更に切り捨てなければならない事態なのだ。

 優那の心は張り裂けそうだった。

 友梨耶もロッジに向かった理由を知っていたため、優那の落胆は理解していた。

 重い空気の車内。

 少年が話し始めた。

 「助けてくれてありがとうございます。僕は吉川 史樹。こいつは妹の藍花」

 「日本のトップ 吉川首相のご子息ね…この子達もトリガーか…」

友梨耶がため息をつく。

 「一つ聞いて良いですか?こんな状態なのに、どうしてロッジの方に来たのですか?本部に人がいなかった事は、先ほど聞きましたが、救助に来たとも思えないのですが?」

「あっ?そうだよね…助けたのは単に偶然。わたしたちはあそこにあるはずだった医薬品のストックをもらうために行っただけなんだよ。救護キャンプの医薬品や本部から運び出した医薬品だけじゃ明らかに足りなかったから。でも、VXガスに晒された医薬品はさすがに使えないでしょ?だから諦めたの」

優那が応える。

「そうなんだ?助けに来てくれたわけじゃないんだ…でも、助けてくれてありがとう。お薬なら、病院へ行けば、いっぱいあるのにね…どうして、この先の病院へ行かないの?ジャンボリーの間は閉鎖してるって言っていたけど、お薬は、いっぱいあるよね?」

「えっ?」

「開発業者がクリスマス新年休暇で半月以上いなくなるので病院自体は閉鎖されていますが、設備はそのままの筈ですよ」

史樹が笑って応えた。

「少し遠回りだけど。いける?友梨耶!」

 「行かないわけにはいかないでしょうね」

 希望が見えて優那が久しぶりに笑った。

 優那に頭を、クシャクシャにされながら、藍花も笑っている。

 速度を上げる白いプリウスα。

 友梨耶は別の事を考えていた。

 「戦争の仕掛け人がアメリカであるなら、この二人が生きている事は大きな誤算になるはず。日本を戦争に巻きこむために必要なのは、この2人の死だ。戦争放棄を謳っている憲法が無に帰すために…だとすれば、どんな事態になっても、この子達は護らなければ…」

 言葉にはせず、噛みしめる友梨耶。

 程なく目的地に到達する。

 さほど大きくはないが、街の総合病院程度の規模の建物が見えてきた。

 医薬品倉庫という物はどの病院でもだいたい位置が決まっているものである。

 各病棟のナースステーションの薬品棚も同様の作りである。

 ストレッチャーを利用して薬品棚を回りながら片っ端から医薬品を持ち出す優那と藍花。

 友梨耶は薬品倉庫から医薬品を運び出す。 病院の敷地内に駐めてあったトラックに荷物を運び込み、積みきれなかった医薬品を白いプリウスαにも積んだ。

 こうなると問題が一つ。

 そう、雪を怖がって運転が出来なかった優那にも運転してもらわなくてはならないという事だ。

 しかし、今回は優那にも覚悟があった。

 優那が白いプリウスαで友梨耶がトラックを運転する事になった。

 トラックは助手席まで荷物であふれていたため、史樹と藍花は優那の運転する白いプリウスαの方へ乗車した。

 「十分な医薬品が手に入ったわ。ありがとう。これで、助けられる…助ける事が出来る」

 優那は勇気がわいて来るのを感じた。

 しかし、ここまででかなりの時間を要していた。

 焦りは禁物ではあるが、優那にとって重傷者の状態は気になる。

 出来るだけ早く救護キャンプへ着きたいと願うのは当たり前の事だった。

 ただ、優那をそれでも焦らせず冷静にさせていたのは仲間達の存在だった。

 焦る心を冷静に保たせるため、優那は思い出していた。

 亜紗美・真梨耶・莉乃・真凜・百花・世蘭・日菜・みんな、自分の役割を全力でこなしてくれた。

 「今のわたしには、信頼できる仲間が8人もいる。焦る必要は無いわ。わたしは自分の全力を出せば良い。後はみんながフォローしてくれている」

 走り出す白いプリウスα。

 友梨耶の運転するトラックが続いた。

 2台が病院の敷地から出て行くのを確認し、後をつけるように走り出したEVが2台。

 視界に入らない程度に距離を開け後方を追従していく。

 優那や友梨耶は気づいてはいなかった。

 

 莉乃は宇宙船の中に運び込んだ椎名キャプテンの様子を見に来ていた。

 優那の話ではそろそろ気がついても良い時間だ。

 麻酔が切れて気がつくはずだと聞いていた。

 山崎の話をするのは気が引けるが、愛機の話もしなければならない以上、山崎の話は避けて通るわけには行かない。

 どう切り出そうかと迷っていると、椎名の方から声をかけてきた。

「莉乃ちゃんかい?みんなはどうしてる?助かったのかい?子供達は無事かい?ここは病院かい?どうも宇宙船の中のような感じだけど…」

莉乃は深呼吸をしてから椎名に向き合った。

 「キャプテン…」


 真凜はキャプテンの椎名が目覚める頃だからと、莉乃が立ち去った後も、防衛線を固める事に集中していた。

 真凜自身も分かっていた。

 山崎の死を認める事が出来ない自分がそこにあり、椎名キャプテンと向き合う事が出来ないために、莉乃について行けなかったと言う事が。

 決して逃げているわけでは無かった。

 子供達を護る事が重要な事も確かだった。

 3人の子供達がガーディアン・スーツの上の真凜を、心配そうに見てる。

 少し疲れを感じてきた真凜は、装備を確認し、起動コマンドを入力し終えて、洞窟の入口前の地面へと降り立った。

 子供達が駆け寄ってくる。

 「お姉ちゃん…大丈夫?…」

 「ねえ、お姉ちゃん…わたし達を助けてくれたお姉ちゃんは大丈夫かな?もう、手術は終わっている時間だよね?」

「なんで…怖い顔してるよ…何か心配事?どうしてロボットに乗ってるの?」

 フランスとドイツとイタリアの主席大使館員の子供達である。

 この子達を護る事を真凜は誓った。

 そのためならば、たとえ人殺しになろうとも厭わない。

 その覚悟が真凜の表情を堅い物にしていたのだ。

 「ごめんね…日菜さんはきっと無事だよ。わたしは大丈夫だよ。りののも今は椎名キャプテンの様子を見に行っているからね。すぐ帰ってくると思うよ。だから、奥でおとなしくしていようね。」

「キャプテンには会いに行かないの?」

 真凜には応えられなかった。

 そこだけは避けてきたからだ。

 莉乃が山崎のフィアンセを探していて、見つける事が出来なかった事実も聞いていた。ここにいた事は確かなのだから、生き残りにいなかったという事は、そういう事だとは分かっていた。

 ただ、やはり真凜には、それを認める勇気が無かったのだ。

 「おねえちゃん?…」

真凜は俯いて涙を流していた。

 自身の弱さを、噛みしめるようにうなだれた真凜を子供達が囲むようにして心配そうに見つめているのだった。


 「そうか…山崎君がね…君たちにもつらい思いをさせたようだね…すまなかったね…」

 椎名はそう言うと目を閉じた。

 莉乃は察してその場から立ち去った。

 椎名はキャプテンとして機を失った経緯とその後の事態を冷静に受け止めようとしていたが、それでも、みんなを助けるために命を盾にした山崎の死と、自分を助けてくれた莉乃や真凜への感謝の気持ちが、入り乱れて冷静さを保てなくなっていくのである。

 あふれていく感情をコントロールしようとしてあたりを見渡すが、殺風景な部屋に心をとらえるののがあるはずも無かった。

 ここは既に、何十年も人気の無かった場所のようだ。

 時間から取り残されたような部屋の中、椎名は自分の存在意味をも、失いかけていた。

 「何のために、わたしは生き残ったのだ?」

 ベッドから身を起こし、床へ降り立つ。

 彷徨うように部屋から出て行く椎名を、船内のモニターが追っていた。

 椎名は部屋から出ると、まるで吸い寄せられるかのように、宇宙船の艦橋へ向かっていっていた。

それは、シャトルのキャプテンとしては、向かう場所として、あたかも当然のように感じられる。

 部屋から出てきた椎名を見かけた莉乃も声をかけられず追うように椎名に続いた。

 艦橋へ入る椎名。

 一瞬遅れる形でブリッジに灯が入った。

 薄暗さになれていた2人は一瞬目がくらんだが、数秒でなれてきた、

 ブリッジの中央に数段高い位置に陣取られた形で、キャプテンシートが設けられていた。

 キャプテンシートの前下方に航法担当者の操縦席がある。

 操縦席は左右対称にあり、同じ物のように見える。

 旅客機の操縦席のように操縦士と副操縦士が交代して使えるように同じ操作を行える仕様のようだ。

 レーダーを担当して航法の支援をする席がキャプテンシートの左右の下段にあった。

 これも全く同じ物が2座席設けられている。

 右舷と左舷を分けて使える仕様だが、交代で360度を受け持つ事も可能だ。

 驚いた事に、貨物船だと思っていたこの宇宙船には銃座が4器設けられていた。

 航法担当者の操縦席の外側に1器づつとレーダー支援座席の外側に同じく1器づつであるが、障害物を排除するための物では無く、明らかに戦闘に対応できる仕様である。

 障害物を避けるための物であるのであれば、後方への射撃というのは無用のように思えるからである。

 後ろ側の銃座は後方への射撃を担当しているようなのだ。

 この9座席の他にブリッジの端に位置する戦闘機のコックピットを模したような座席が左右に3器づつとブリッジ最後部の左右に3器づつ存在した。

 使用目的は不明である。

 椎名は操縦席を眺めていた。

 それは椎名が幼い頃に宇宙にあこがれを抱いて夢見ていた、恒星間航行を行える外宇宙航行艦の操縦席であった。

 今の時代ではコンピューターが自動航行で操縦を行うため存在しない操縦席である。

 「分かるんですか?」

莉乃が聞いた。

 「莉乃君か?…勿論わかるさ…わたしの夢だった場所だからね…簡単だよ…ただ、これを操縦するには魂が必要だけどね…」

 愛おしい者を見るように、操縦桿を眺めている椎名。

 「じゃ、飛ばして下さい。地球へ向けて。お願いします。このままではみんな殺されてしまいます…キャプテン…」

 真っ直ぐに見つめた莉乃の瞳には涙があふれていた。

 真凜や真梨耶や亜紗美に、人殺しはさせたくなかった。

 優那に、けが人を選別して、見殺しにさせる様な事態を、二度と引き起こしたくは無かった。

 百花や世蘭に、友人を護るために自らを犠牲にする決断を、二度とさせたくは無かった。

 日菜に、子供達を護るために、自らの身を挺して死線を彷徨う事態に、2度と陥らせたくは無かった。

 莉乃には、仲間達のつらい決断を繰り返させないための方法が見えてこなかったのだ。

 だが、椎名がこの宇宙船を飛ばせるのであれば事態は変わってくる。

 この惑星を脱出した時点で、方向性が変わってくるのだ。

 科学力でいえば、この宇宙船は現代の技術の上をいっている。

 時間さえ稼げれば、防戦一方の、この事態を逆転できるかも知れないのだ。

 「ここは?」

 明かりに誘われて、入ってきたのは亜紗美だった。

 莉乃の帰りが遅いのを気にして、亜紗美に見てきてほしいと頼んだのは真凜だった。

真凜はキャプテンに会って山崎の話をしたくなかったため、亜紗美に様子を見に行く事を頼んだのである。

 気の良い亜紗美は、真凜の頼みを気安く請け負いやってきたのだ。

 亜紗美が触れたキャプテンシートに灯が入った。

 覚えていると思うが、この宇宙船に初めて灯が入ったのは、亜紗美がDNA認証システムに触れたためだった。

この宇宙船には8つのDNAがキーとして記憶されていた。

 数学・物理学・化学・生物学・地球惑星科学・天文学の6つの自然科学を代表する天才博士と一企業のCEO。そして、ロボット工学博士であり外宇宙航行パイロット。

 その各DNAの80%以上の一致が機動の条件となっていた。

 灯の入ったキャプテンシートから声が入ってきた。

 「なんや?急に呼び出し音みたいなのが鳴ったけど、だれや?」

 百花の声だった。

 莉乃が右前方用の銃座に入ってヘッドセットを付けて応答する。

 「もも?今どこ?世蘭さんも無事?」

「その声はりののやな?うちは呼び捨てで世蘭はさん付けかいな?まぁええけど…うちらは無事やで!ひなちゅんも一緒や」

「え?うそ…」

 「普通、そういう反応やな…まさしくゾンビ並みやね…」

「ゾンビで悪かったね!真宙とジェシーも一緒だよ。どっちが好みなんだ?」

 日菜である。

 「なんや?みんな無事やったんか?つうか、ひなちゅん!勘ぐるんやないで…どっちも好みや無いわ」

「あっさり、ふられたね…真宙」

 ジェシーがおちゃらける。

 「誘いに乗ってきたから、脈ありだと、思っていたんだけどね…」

真宙である。

「これって、どういう事?」

 優那が入ってきた。

 「つまり、これは…グループ通話って昔の携帯電話に存在したというシステムだと…」

 莉乃が応答する。

 充電を終えた、各車両のiPhone9Sが起動していた。

 (※企画上TOYOTAの企業イメージで展開しているのでauのiPhoneのイメージではあるが、auでは3人までしか通話できない3者通話というシステムなのですがソフトバンクだと6人まで通話可能という事で、これは架空の物語と割り切って、便宜上ソフトバンクのシステムに近いものと考えて頂きます)」

 中継基地が存在しているわけでは無かった。 ニュートリノを利用してauのシステムを構築させていたのだ。

 ニュートリノは地殻をも貫くため、惑星上の反対側でも通話が可能であった。

 「ゆうにゃん!今どのへんや?合流できるか?」

「まって!もも…」

iPhoneをいじっていた世蘭がナビ画面に映し出された地図を見て青ざめる。

 映し出された車両は、明らかに優那たちの乗る、白いプリウスαであったが、その後方に2台の車両が映し出されていたのである。

 「場所は分かるか?世蘭!武器の用意たのむわ!」

百花が珍しく真剣な表情を浮かべる。

 「もも!こっちも確認した!うちらは後方に回り込む!タイミングは、そっちに任せるわ!」

 日菜である。

 「振られた腹いせに、暴れてくるか!」

「やめてぇな!」

真宙の台詞に、真っ赤になって怒鳴る百花だった。

 突如、通信システムが発動したのは、亜紗美がキャプテンシートに触れて、機能が発動したからである。

 船体の殆どの機能がこのブリッジに集約されているが、その中でもシステムの中枢をなすのが中央にあるキャプテンシートで、最悪の場合でも、このキャプテンシートのシステムが機能していれば、航法と戦闘と監視を行える。

 一人で動かすには負担が大きすぎるため、分散する仕様にはなっているが、最悪の場合、一人でも飛ばせられるシステム、ということなのだ。

 その中枢システムに電力が入った事で、通信端末のシステムが起動した。

 チェイサーの存在に気づいた優那。

 焦る気持ちを抑えてペースを保ったまま、方向を修正した。

 本来はこのまま救護キャンプへ向かうはずだったが、追跡者がいる以上、生存者がいる救護キャンプの存在を知られるわけには、いかない。

 優那の進路変更に驚いたのは友梨耶である。

 友梨耶の乗るトラックは、現行の車種でMISSING ONE HUNDRED YEARとは無関係だったため、通信システムからは蚊帳の外であった。

 そのため、情報が友梨耶にだけは伝わっては、いなかったのだ。

 だが、友梨耶は情報処理能力に長けた、元士官だ。

 優那の行動から事態を察するまでに、さほどの時間を要さない。

 後方を確認しながら、優那の行動に合わせて進路を変え、後へ続く。

 「ちっ!」

 後方に雪煙がわずかに上がっているのを確認した友梨耶は舌打ちをした。

 チェイサーがいる事に、友梨耶はこの時点で気づくが、医薬品を積み込んだだけのトラックには対抗手段が無い。

 その時、分岐点から1台の赤いセダンが後方に向かって飛びだしてきた。

 百花の操るプリウスGSである。

 更に小高い丘から追跡車の頭上を飛び越え、深いエッジを切って方向転換するショートスキーを履いた日菜。

 ライフルを構えた瞬間、追跡車の後輪が吹き飛んだ。

 すれ違うのはもう1台の追跡車とプリウスGS。

 世蘭がRGDー5を前後のバンパーに1発づつ投げ入れた。

 数秒後、横転するチェイサー。

 「日菜さん!だめ!」

 世蘭の叫びが日菜のヘッドセットに響いた。

 「何故だ?…」

 横転した追跡車から這い出してきた兵士に、狙いを付けて引き金を引く寸前だった日菜は、世蘭の呼びかけに銃口を下げた。

 「親父の差し金だと?…」

 軍服はイスラエル空軍の物であった。

 世蘭の叫びと、この日菜のつぶやきはインカムで繋がった全員が聞く事となった。

 宇宙船の中の莉乃と亜紗美と椎名。

 白いプリウスαの優那と史樹と藍花。

 水色のアクアの中のジェシーと真宙。

 そして、プリウスGSの百花と世蘭。

 「世蘭…知っていたのか?こいつらがイスラエル軍だと…」

 世蘭には答えられなかった。

 確かに予想はしていた。

 しかし、世蘭にしても確証が有ったわけでは無かったのだ。

 すれ違った時に見えた軍服で確証を得た世蘭だったが、それがどういう事を意味しているのかを、考える余裕は無かった。

 ただ、日菜の射撃を止める事が最善だという事だけは、世蘭は直感で理解したのだ。

 「くそおやじ!」

 うつ伏せになったまま両手を挙げているイスラエル兵の首筋を、回転させたライフルのグリップで叩き付けるように殴りつけ、意識を奪った日菜は上空を見上げて吐き捨てた。


 さて、主要なキャラクターが出そろったところで、物語を整理しよう。

 物語の舞台は地球を離れる事20光年の位置に存在する惑星シャドー・グリーゼ(グリーゼ581gと、ほぼ同位置に存在するが恒星を挟んで、常に地球と反対側に位置するため観測史上発見される事は無かった)

 資源も豊富な移住可能な惑星、シャドー・グリーゼにおいて開催された平和の式典、クリスマスジャンボリーだが突如として戦争状態に陥る。

 各国の代表とも言える参加者は、軍や政治のトップに位置する人物の子供達だった。

 翻弄される少年少女達。

 事の起こりは100年前。

 MISSING ONE HUNDRED YEARという事件だ。

 第3次世界大戦をも、引き起こしかねない状態の世界恐慌。

 テロ行為が多発した時代を制圧すべく、米軍からの要請で日本の企業が開発した二足歩行の人型決戦兵器、通称【ガーディアン・スーツ】だが、CEOである豊田章男は生産寸前のガーディアン・スーツを、開発者とそれに関わっていた天才科学者達などのすべてを闇に葬るべく宇宙へ逃亡させた。

 このため世界の軍事技術は、均衡を保つ結果となるのである。

 偽りと言われながらも、その後100年の平和を人類は教示する事が出来たのである。

 この事件で100年は遅れるだろうと言われた科学技術は、いつしか追いつかれようとしていた。

 だが、当時の技術とは未だに開きがあり、ガーディアン・スーツの技術を確立した国が世界の頂点に立つと言われていた。

 グリーゼ581gの探査と移住調査を行っていたNASAが偶然発見した、地球環境に酷似した惑星がシャドー・グリーゼである。

 近年発見されたばかりのシャドー・グリーゼが科学者達の逃亡先だと確信した各国の軍事関係者はガーディアン・スーツの技術の争奪戦を始めたのである。

 そして、ガーディアン・スーツの存在が必要であると世に知らしめるために、戦争をも画策してきたのだ。

 地球から見えない位置にあったがために、平和を教示してきた、この惑星シャドー・グリーゼが戦場と化してからわずかに10数時間が経過したに過ぎない。

 西暦2120年12月24日の出来事である。

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