第九話
また母さんと父さんが隣の部屋に入ってく。
なんだよ、それ。意味分かんねぇ。
したら、母さんだけが入ってきた。
「…。」
俺の手を握って、そのままジッとしてる。
あったかい あったかい。
生きてる。
「…の……。」
「え?どうしたの?何和俊!」
かろうじて声が出る。
あれ、大分楽になった…?
ああ、痛いの通り越してんのかな。
うわ重症じゃん。
「れ…死……の。」
俺 死ぬ の?
こわいな。
こわいなぁ、実際こんなんなってみると。
ほんと悔しいよ。
「…ッ…ないで…!」
え?
なに、母さん。
「死なないで…ぇ…ッ!!」
泣き叫ぶような母さんの声に、不覚にも泣いてしまった。
…泣いたというよりも、勝手に涙が溢れてった。
答えになってねーよ、母さん。
母さん ごめん。ほんと、俺親不孝もん…。
悔しー…。
悔 し。
「…ん…。」
しゃべりにくい。
なんだよこれ。
「かあ…さ…。」
やだな。
泣くなよ。
泣くなよ。
親が泣いてるの見んのって、けっこー嫌なもんなんだからな。
なぁ 俺のこと なんかで…なぁ。
「…耕介…裕弥……呼ん…。」
「耕介君と裕弥君?分かった!今呼んでくるからね。」
「あ…。」
俺がまだ続きがあるように声を出すと、母さんは立ち止まった。
「香澄…。」
「分かってるよ、香澄ちゃんもちゃんと…。」
「…呼ば…な…。」
「え?」
呼ばないで。
あいつだけは。
ヒーローでいるって約束したんだ。
「……こんな…見せ……。」
見せれねぇよ。
あいつだけには。
「…分かった。」
ああ、すげぇ。
母親ってすげぇ。
途切れ途切れの言葉、自分でも分かんないくらいなのに。こんなんで。
母さんはまず隣の部屋に入って、医者の許可を取ったようだった。
それからすぐに外に出て、またすぐに戻ってきた。
「すぐ来るからね。」
すぐ来るからね すぐ来るからね。
そればっかり繰り返して、俺の手を握った。
「ごめ…ちょっと、出てて……。」
「…和俊。」
うん、ごめん。
そりゃこんなんでも、息子だよな。
心配だよな、ごめんな。
「うん、分かった。分かったよ。」
親不孝ばっかの俺に、母さんは力強い顔で頷いてくれた。
そして医者も父さんも隣の部屋から出てきて、俺に一言ずつ声をかけて外に出て行った。
何て言ってたのかは、よく聞き取れなかった。
なぁ。
俺 お前に何残してやれるだろう。
そう思ったら、一つしか浮かばなかったんだ。
ちゃんとかっこいいとこ 見せるよ、最後まで。
だって約束したじゃん。
どんな時も 俺はお前の ヒーローでありたい。