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天使の種2◇親友は兄妹の宿を得る

☆☆☆


 気付けば森に居た。

 パニックを起こしてもオカシクは無かったが、彼は特に不思議に思う事も無かった。


――死んだか。


 ストンと納得していた。

 それは普段の彼ならば有り得なかったが、現在の彼は死者としての常識を身に付けていた。

 魂魄に刻み込まれた記憶が、此の世界を冥界だと教えた。

 惑う事も、迷う事も無く、魂魄の中心に在る声が命じるままに、明るい光に向かって歩みを進めた。

 魂は疲れを知らなかった。時間の概念が現在の自身の状態に適用されるのかも、判らないまま歩き続けた。

 どれくらい歩いたのか。

 不意に目の前が開けた。

 緑が途切れ、緑に囲まれた広い空間が其処に美しい景色を展開した。

 燦々と照らす光明は、太陽とも月ともつかぬ不思議な眩さだった。優しく暖かいような、しっとりと包み込み、けれど冷んやりとした寝具のような。その光は昼の明るさを保ち乍ら、夜の世界を想起させた。

 光を乱反射する眩い湖があった。

 開けた空間は、湖を飾り立て、まるで一幅の絵画のようでもあった。

 感嘆の吐息をつき、死んだ身の上でも感動をするものかと、男は妙な事に感心した。


「正孝?」


 聴こえる筈の無い声を聞き、男は振り返った。


「………咲良。」


 親友の姿が、生前と変わらず存在していた。

 木々の傍らを泳ぐように、咲良は歩を進める。滑らかで艶かしく、足元は相変わらず高いヒールで、にも拘わらず舗装されない道を物ともせずに優雅な所作で男の傍に歩み寄る。

 親友の死も、男は当たり前に受け止めた。


「お前も死んだのか。」

「そのようね。」


 男の声に動揺は無く、応える女の声も常の通り甘く響いた。

 女の場合は、例え「普段」通りでも、やはり態度も言葉も同じだったのかも知れなかった。だが少なくとも、男は「普段」と違う自身を自覚していた。

 自覚はしても、問題とは受け取らず、ゆっくりと周囲を見回して、目的の存在を捜した。


「正孝も……なのね。」


 男の動作に、女は自らと同様の目的を感じ取る。その思考を男もまた感じて、意思の疎通の素早さにも、そんなものかと納得した。

 当たり前に。

 当然の如く自然に受け止めた。


「……正孝は、少し、違うわね。」

「お前はいつも通りだな。」


 それは人間らしさ。人がましさとでも呼ぶもので、肉の器を脱ぎ捨てた時に、人間の柵を捨て去ったとも云える。

 現在の魂は、人間の常識において思考する事が無い。悲しむべきところ、驚くべきところ、恐れるべきところで、ソレをしない。

 ソレは恐らく。


「シナズの死者が二人……か。」


 ドロリとした、官能に満ちた声が響いた。

 恐らくは、その声の持ち主にすら、対応を可能にする為。

 死に至る時には、その存在に邂逅しても狂わぬように、心にちょっとした封印が施されるのやも知れなかった。


 それでも。

 二人は震えた。

 甘い毒に痺れ、蠱惑の笑みに、立ち尽くして見惚れた。


――神。


 すぐに。

 ソレと理解した。魂魄が知る。沸き上がる歓喜と官能の痺れに、男は親友の魅力が、所詮は人間の範疇に収まる程度のモノと知った。

 神のソレが本来の姿でさえ無く、チカラを抑制されているのも、何故か理解した。

 二人とも周章てて跪いた。

 宗教など、信仰など、神など信じた事も無い二人だが。

 自然に額ずき礼拝した。


「良い。立ちなさい。」


 その声は、ゾクリと背筋を這い上がる、悦楽にも似た甘さを含む。

 冷ややかとさえ呼べる眸の紅玉が、しかし見るモノを惑わせ狂乱させる。


 人間には耐えきれない、蠱惑に満ちた美貌。

 冥界の神、永久トワ


 魂魄と云えど、しっかりと冥界で受肉の形を取る二人に、永久トワは先ず「御守り」を投げ渡した。

 淡い薫りの匂い袋。妖狐よけと呼ばれる、媚薬の抵抗薬でもある。



 漸く震えの収まった二人に、トワは告げた。


「そなたたちには、新しい器が用意されている。」


 二人は。

 流石に驚き、顔を見合わせた。

 森に現れた時には、本人達も気付かぬ程度に、僅かに透けた身体だった。トワの傍で、震えた身体は色付き固まった。

 そしていま、仮初めでは有るが、肉体を得た二人は、生きていた頃の感覚を取り戻していた。


 既に冥界の神への拝謁を果たし、魂魄は怯懦に怖じける事はもはや無い。故に人の反応を、些かなりと取り戻したのかも知れなかった。



 そして、男女の器が用意されているが、問題がある事も説明され。

 その問題点の対抗策により、咲良が兄、真弓が妹の器を選択する事になった。


 咲良は特に気にしなかったが、真弓正孝の眼差しには苦渋の色が浮かんでいた。



 墜天の悪魔が二柱。

 真弓の表情を興味深く見つめていたが、二人の人間がソノ存在に気付く事は無かった。


☆☆☆






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