表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

矛盾する神〜緋耀は永久であり冥王は永久に非ず〜

☆☆☆


 当たり前だが、生まれた赤子は人間の枠に収まる存在では有り得なかった。

 ソレの誕生を、地球と世界が拒否しなかったのは、僥倖と云えただろう。主に、地球に住まう存在にとって。


 この世界はリア・リルーラの魔法に覆われ、神々を寄せ付けない。力有る存在を拒否し、鍵を持つモノしか受け入れない。

 そう。

 もう少し、神々にとってはほんの少し。その赤子が生まれた『時』が、もう少し過去の時点だったならば。


 創世の女神リルーラと、時軸を支配する冥王の対立が観測されたやも知れない。



 もちろん。『時』の神でもある永久トワがそんな時代に流れる愚を犯す筈も無かった。

 冥王本体ならばともかく、永久トワではリルーラに滅殺されるだけでもある。


 当たり前では有るが、冥界で如何に最強を誇ろうと、永久トワでは創世の神と並び立つ事は敵わない。トワは冥王の一部では有るが冥王には成れない。

 もちろん、それは『チカラ』の問題に過ぎず、記憶を取り戻したトワが冥王なのは間違いない。

 永久トワで在ることに飽いて、妖狐の長の立場にも飽きた。盗賊として遊んだ妖狐の記憶をトワは持つ。


 当然、冥王で在ることを『ヤメテ』みた『実験的なお遊び』である『記憶の封印』を為す以前は、確かに矛盾する事なく永久トワは、トワで在る前に冥王だった。


 だが。現在のトワは、記憶を封じる前は冥王だった存在……と呼ぶ方が納得出来る命に成った。時軸の神であるが故に、同時に存在するトワと冥王は、眠りと共に意識を移し、その道筋は二本では無く、二柱の内では歪みなく一本の道程である。

 だが、一柱の神である冥王が、冥界に受肉してトワを演じた頃とは明らかに違う。一柱であった頃は、永久は冥王で冥王は永久だった。立場を語るならイコールでは結ばれなくとも、代行者が立たない限りはイコールの存在だったのだ。


 が。

 冥王たる永久が冥王で在る記憶を封じた。あの日から千年を超える年月。その日々が、歪みを呼んだ。


 そう。

 永久トワは冥王の記憶を封じる前は、冥王だった記憶が有る。だから冥王は自分だと意識する。それは当たり前の話でしかない。


 だが、トワが自由に生きる姿を『実験』の『結果』として『観察』し、『ソレ』が己である事を知りつつも『実感』はしなかったのが冥王だ。冥王には、その『実験』が『破綻』する迄、永久トワは観察対象では有っても、自信では無かったのだから。


 故に、逆説的では有るが、トワは冥王だが、冥王はトワでは無い……とも云える。


 無限廻廊の如く、創世の神が巡らせる世界は、リルーラとセルストのみが総ての記憶を有する。

 同じく創世の神で在るシエンがその始まりを記憶しないのに、冥王がソレを知る矛盾の理由は冥王の存在意義にある。


 夜闇の神々が否定する名称。


 冥王の隠し名のひとつ。

 代行者たる『黄泉ヨミ』の名がそれだった。


 総ての神話から抹消された神。神々の階級に属さぬ神。様々な伝承に語られ神として敬われ乍ら、神々が認め神殿に与えた神話の中に冥王が存在する事は無い。

 それでも祀る人々が存在し、人々が語る『神話』が有る。それは神殿の許可を得ない伝承や民話に過ぎない。様々な物語は、嘘では無いが真実でも無い。


 普通ならば存在が詠われる筈の無い神が、何故か人口に膾炙する。

 それすらも、冥王の特殊性のひとつである。


 冥王は総ての『時』総ての『場所』に存在する。

 それはセルストがリルーラの『誕生』の後に、リルーラより『誕生』させられた須臾の間に『存在』しなかった事を鑑みるならば、リルーラ以外で唯一の存在と喚ばれるに相応しい神でもあった。


 そして。

 また矛盾が『そこ』に『ある』。


 冥王はセルストが生んだ神でもあるからだ。


 元来夜闇の神は矛盾を内包する。優しく慰撫を与え、恐怖と惑乱を与える。

 誠実と信頼。裏切りと疑惑。唆し騙り、血を捧げさせたかと思えば、真摯な愛を推奨する。

 矛盾に満ちた冥王は、存在そのものが夜闇らしいとも云えた。


 夜闇の神として次席に坐し乍ら、実際に冥王の『存外』の総てを『知る』モノは存在しない。

 それは、セルストですら例外では無かった。


 故に夜闇の神々は囁く。

 冥王こそが、至高では無いのかと。




 千年の『遊戯』の後に、その囁きはより強くなり、ついには月神たちさえも捲き込んだ。



 この『世界』が、冥王の『遊戯』では無いと、『誰』に保証出来るだろう?



☆☆☆


 クスクスとセルストが嗤う。愉しそうに揺らぐ闇に冥王が困惑していた。


『お前がその気になったら、リアさえも抹消されるらしいぞ?』


 私など、ついでに滅ぼされるオマケだな……と、話の内容とは裏腹に随分と愉快そうなセルストが忍び笑う。

 様々な『時』で、繰り返す『世界』で、確かに冥王最強説は囁かれ続けた。


 しかし。


「リア・リルーラまで戯けた噂の種にするとは……。」


 不遜もここに極まれり。初めての展開に僅かな不快を眼差しに乗せ、冥王がセルストの闇に自らの蠱惑の毒を吐き出した。

 闇に熔ける蠱惑が、冥王のそれと混じりあい、夜闇の神界シンカイにドロリと流れ出した。


 冥王の怒りを感じとり、世界が震えて神々も身を竦めた。

 蠱惑に惹かれ、怒りに怯え、強烈なまでの冥王の『チカラ』に魅了される。


 封じられた『チカラ』の欠片は、本来の姿に想いを馳せさせ、侮りを呼び寄せるどころか、却って神々の畏敬を強めるだけだった。


 対してセルストは、珍しく神界に滞在する気配を神々に与え、それが上機嫌と知らしめるだけで歓喜を誘った。常日頃は夜闇に連なる神々の敬愛など知らぬ気に、夜闇界どころか自らの神殿にさえ寄り付かない最高神である。


 セルストと冥王。二柱の蠱惑が毒を撒き、しかし夜闇界にては、月光を融かした聖水に等しい効果を与える。

 月光酒と同様に酩酊をよび、チカラを与え、夜闇の最高神と至高神に対する敬愛と畏怖を高めた。


 二柱を傍にみる闇大神たちは尚更だった。




 夜闇の最高神セルスト。ナンバー2と呼ばれつつも、最強説が根強く囁かれる冥王。

 二柱が向き合う姿は、周囲に緊張を与えた。

 冥王が不機嫌である事もだが、セルストの滅多にない上機嫌さえも、緊張を高める材料でしか無かった。


 その緊張を破ったのは……………思いもかけぬ『人物』だった。



☆☆☆


 闇に浮かぶ小さな泉の中で、月神たちが囁きあっている。煌めく月の光が、泉より伝わり、その存外が確かに月神で在ると教えた。

 なのに、と冥王は思う。


――交わす会話がコレか。




 泉を見下ろす眼差しは冷ややかで、侮蔑に満ちていた。

 冥王はリルーラを敬愛する。

 別の云い方をするならば、リルーラだけを敬愛する。

 セルストを敬愛しないかと問われたなら、迷う事なく頷く冥王である。

 そんな恐ろしい事を訊く莫迦が存在したならば……だが。

 とは云え、セルストを最高神として認めない訳でも無かった。

 冥王が従うに足る存在だった。

 単に気に入らないだけである。


 リルーラと恋をした神。


 これが理由だった。理由としては充分だろう。

 故に、冥王は主月神も嫌いである。


 そんな冥王であるから、もちろん今回の噂は不快だった。

 至高の神はリルーラしか存在しない。

 そんな自明の理を、事もあろうに月神が覆す発言をする。

 しかも冥王自身が代わりの至高と語られ、自らの存在すら邪魔と感じた冥王であった。


 冥王は自身が女神に膝を折る事を知っている。セルストに敵わない己を知っている。

 シエンにも、敗けない迄も勝てばしないと知っている。

 冥王は自らの『チカラ』を知悉する。


 しかし。


「この『世界』が、冥王の『遊戯』では無いと、『誰』に保証出来るだろう?」


 月神の言葉を否定する術は、冥王にも無かった。

 理由は図らずも月神が告げた。



 もしも蘇芳と呼ばれた盗賊に、次の質問が向けられたならどうだったろう?


「あなたが冥王だろう?」


 蘇芳は当然否定する。有り得ない事だと一蹴する。


「あなたが永久トワだろう?」


 これも否定する。しかし、これには疑念が入る。蘇芳は僅か乍らにも、自らの記憶の齟齬を感じないでは無かったからだ。

 疑いも無く否定出来るのは、冥王である『事実』だけだっただろう。


「妖狐の長、イツキだろう?」


 蘇芳が「嘘」と「自覚」して否定するのは、三番目の問いだけである。

 とは云え、神は「嘘」を口にしない故に、喩え神である自覚が無くとも、その「虚偽」は「嘘」には成らない曖昧な答えではあるだろう。

 永久トワの名を否定するのも、記憶が無い限りは「嘘」でも無い。疑いは疑いでしか無いからだ。

 妖狐一族の長として、永久トワの仕事をするのは、蘇芳にとっては当然の知識だった。

 僅かな疑念は、一族以外に永久トワの仕事を扶助する存在が無く、自らがその第一の存在だからに他ならない。


 故に、冥王の名前など出されても、何故そんな疑問が浮かぶ余地が有るのかさえ理解し得ないだろう。

 欠片も疑わず、一蹴される「質問」でしかない。

 そんな事を信じる輩は、莫迦げた妄想を持っているとしか思わないだろう。


 夜闇の神界。冥界の上界から、その世界の主が『何故』好き好んで『下界』で『自分』になるのか。

 妄想以外の何物でも無いだろう。



 しかし。

 実際は単なる事実である。




 故に。

 冥王が否定しても意味は無い。

 冥王自身が、いや、冥王の分身たる永久トワが、実証してしまったからだ。


 莫迦げた妄想を否定しても、その妄想を口にした月神たちでさえ妄想と考えていても、僅かな疑念は残る。


 その疑いは、残滓となって世界に流れた。



 神々の中に。

 世界に。

 時空に。


 それは。


 リルーラやセルスト、シエン。三柱の創世の神さえも例外では無かった。



☆☆☆ 


 水鏡を見下ろす冥王が、不意に顔を上げた。


 セルストも僅かに反応する。


 二柱を注視する闇大神たちが、上位神二柱の反応に顔を見合せたり、周囲に視線を走らせたのは一瞬だ。

 すぐに二柱に眼差しは集中し、命令を待つ真摯な顔付きを見せた。


 だが。

 警戒すべき事は無いと二柱は既に理解していた。

 近付く気配は、ある意味で二柱の身近な存在だった。


 冥王にとっては自分自身でもある。






 そこに。

 小さな少女が顕れた。


 幼女と呼んで差し支え無いだろう。


 腰迄の黒髪は漆黒。肌の色は柔らかい印象を与える白さで、煌めく夜闇の眸を持つ。三歳の幼女は、歳に似合わない蠱惑と魅了のチカラを放ち、周囲を圧倒した。


 正確には、二柱以外を。と付け加えるべきだろうか。


 二柱と、少し距離をとった夜闇の大神たち。

 その中間にあたる空間に突如顕れた幼女。


 そこに存在する神々は、幼女が『何者』かを即座に理解した。





 夜闇のセルストが爆笑し、幼女が暴れたのは。



 その直後の事である。






 人間に生まれた永久トワは、自らのチカラが受肉した身体を破壊する過程を眺めた。それはひとつの未来である。

 永久トワは自らが得た人間の器に術を凝らした。

 赤児の姿でさえ周囲を惑わし、人々の運命を歪め乍ら、トワは慎重に厳重に封印を施した。


 それでも保ちそうに無い身体を、護ろうとするなら。



 本来の自分のチカラが必要だった。



 そして、トワは時を待つ。神界に立てるチカラを赤子の身体に植え付ける。


 三年の時を過ごし、作り替えた脆い身体が崩れ落ちる前に。


 自らの気配を目指して、やっと辿り着いた。



 トワは冥王だが。もはや完全な冥王自身でも無い。

 冥王がリルーラ以外を愛する事は、世界の終焉にも有り得ないと云える。


 それを突き崩したトワは、既に冥王とは似て非なる存在だった。


 弱い存在であり続けた所為か。

 他者を愛した故か。

 愛した相手の愛を得た故にか。


 トワは変質していた。



 それでも。

 冥王はトワでは有り得ないが、トワは未だに冥王でもあったのだ。



 取り敢えず。

 爆笑されても顔色ひとつ変えない冥王を前に。


 セルストを攻撃して、一時的にでも退散させる程度のチカラは有していた。



「あまり暴れると壊れるぞ?」

「煩い!」


 怒る幼女を、冥王は呆れた様子で、しかし興味深く見つめた。


 これが、自身であると知ってはいても。


 実感は薄かった。



 幼女は冥王の冷静な眼差しさえ気に障るらしく、しかし自らに攻撃をする愚は犯さなかった為、被害は主に神殿と闇大神が被った。



 器の崩壊に対する危惧を忘れ、幼女が暴れ続ける間。


 セルストの哄笑が響き、やむことは無かった。



 それは闇に流れ、甘い毒を撒き散らし、夜闇の隆盛を招く。


 人の世に堕ちれば、堕落と争いを呼びかねない濃密な歓喜が世界に満ちた。

 最高神の内面の機微は、夜闇の神々の最大の関心事である。


 セルストの毒を神界から漏らさぬ様に、冥王が闇に指示を流したものの、それに働くモノよりも、セルストに釣られて人界に堕ちるモノの方が多かった。

 それはセルスト自身では無かったが、セルストの気配を濃密に含んだ毒餌である。


 闇が世界に流れ、人の世に影響を与える。



 それを見る冥王の紅の眸には、特に何の感慨も浮かばなかった。



☆☆☆





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ