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冥界の支配者〜神は退屈に倦む〜

☆☆☆


 現在の緋耀に勝てるモノなど、冥界には存在しない。

『女神の使者』を除いて……、と付け加えるべきだろうか?


 いかな女神の指示でも、王子の側近の真似事など、酔狂が過ぎる。


 王が人間界で緋耀を『見つけ』たのも、砂久弥の誘導だろう。本来なら『王』は知らないままだったのだ。

 何故ならば、冥界が奏上する『相手』は『夜闇』の『神』で、冥界に関する事柄ならば、それを決裁するのは『冥王』だからだ。


 だが、冥王を知らない筈の砂久弥が、報告する『相手』は『女神リルーラ』で、当たり前だが女神は『冥王』が『誰』かを知る。

 女神は何を思ったか、王に『冥界の主』が妖狐の長だと告げた。


 もちろん。

 女神の『詞』を『王』に伝えたのは、通詞たる砂久弥だった。





 確信犯に見えたのは、仕方がない。


 砂久弥は『冥王』を知らないのに、まるで総てを知るが故の狡猾な『悪戯』を成したかの様だった。



☆☆☆


 嫣然と嗤う女に。

 王は見惚れた。


 もしも、その『事実』を知らなければ、本気で囚われていただろう。



「一緒に還ろう。」

「何処に?」


 含み笑い、囁いた『声』に、王は眩惑されて冥界を忘れかけた。

 このまま。

 女の傍に暮らしたいと願った。


 妖狐除けの煙りが香り、王は助かった。

 人間の『女』の姿なのに、蠱惑のチカラは妖狐より強い。


「どうか、お戻りを。」


 王は『柄』にもなく『素顔』を見せた。

 本音を見せない王が取り繕う事も、愚者を装う仮面も忘れ、真剣に告げた。


「トワさま。」


 その『名称』に、『女』は微かに眉を顰めた。

 その表情もまた、美しい幻のようだった。



☆☆☆


 永久トワ黄泉ヨミ


 二つとも、最強と呼ばれた妖狐の名だ。

 しかしトワは妖狐だが、ヨミは妖狐では無い。

 それでも永久は黄泉である。

 イコールでは結ばれない矛盾がそこにある。

 緋耀と呼ばれるようになるまで、彼には真名と隠し名しか無かった。

 神意を得る名を秘して、単なる識別の為だけに、適当に決めた。決めたと云うよりは、いつの間にか呼ばれていた。

 賊の真似事をして遊ぶ間に、よく着る衣の襲の色で呼ばれた。

 返り血を目立たせない為だけに、着ていた衣だった。


 ヨミの名は『冥王』がセルストに代わり、『夜闇神』に成る為の……『代行者』としての『名前』だ。

 セルストはアレで、夜闇全ての神々に慕われている。その敬愛は『黄泉』にも向かうが、セルストには『冥王』が居るが『黄泉』には『冥王』が居ない。

 だから『黄泉ヨミ』の名は『無かった』事とされた。


 それは。


 オモに冥王の思惑に拠るところである。


 さて。

 対するは『永久トワ』の名称だが。

 トワは冥界の『持ち主』の名だ。

 トワとしての職務を放り投げ、千年近くも『ただ』の『妖狐』として『生きた』彼が名乗る訳も無い。


 故に。

 それも永く秘された。


 秘事と云うよりは、記憶すら封じた『カレ』は、それも『忘れた』と云うだけだったのだが。




 皮肉と云うべきだろうか?

 レテに流されて。

 妖狐は自らが『何者』かを思い出してしまった。


 人間の姿で。

 夜闇の神殿に伺候すれば、セルスト神が爆笑した。



 セルスト神。

 二度目の爆笑だった。


 一度目は『妖狐』がレテに流された時だと報されて、人間の幼い少女が『冥王』の『力』で神殿を破砕した。

 夜闇神は暫く、冥王と遭うのを止めた。


 セルスト神の爆笑は、危険を喚ぶからである。


 つまり。

 大変珍しい事に、セルスト神は『暫く』の期間、冥王を『視』るだけで退屈を忘れたのだ。



☆☆☆


 千年は神にとっても、決して短い期間では無かった。

 当たり前だが、冥王不在で夜闇の神々が混乱しない筈も無い。

 しかし、統制をとる冥王は、当然だが……千年も神殿を空けたりはしなかった。


 冥王は時軸の神である。

 しかし、時間を操った訳でも無かった。

 単に、器を二つに分けただけである。

 妖狐は眠りの中で、冥王の器に目覚めた。妖狐が目覚める時には、夢も記憶も『ドコ』にも失かった。









 王子に敗北した妖狐は、復讐を誓ったが。


 人間として生まれたのは………『ただ』の『妖狐』でも、況してや『トワ』の『妖狐』でも無かった。

 紛れもなく。

 それは夜闇ナンバー2の『冥王』たる神であった。



 冥王は『ちっぽけ』な『キツネ』の怨みに苦笑するしか無かった。



 先ず。

 その昔。冥王はひとつの世界を与えられた。

 冥王の仕事のひとつ、死者と時を操る神殿のひとつとして、その世界を使う事にした。

 それは仕事のひとつに過ぎなかった。


 その世界は混沌を多く含んだ。

 冥王は罰を与える死者と、安らぎを与える死者の場所を区切った。

 安らぎの場に、魂を保管『されて』いた死者達が、ある日、冥王に上奏した。

 危険な『モノ』が増えて、死者たちは安全を求めていた。

 冥王は死者の場と、その『モノ』たちの場を区切った。

 その世界は冥王のモノだから、冥界と呼ばれる様になった。


 その『モノ』たちは、アヤカシと呼ばれ、じきに妖怪と名付けられた。


 彼らは好戦的で、享楽的で、気紛れで、眺めていると楽しかった。

 人間より大分強かったが、冥王がその地で仕事をすると覿面に弱った。

 その地に降り立つ時、冥王は力を封じるようになった。


 冥王にとって、そこでの仕事は息抜きの様なものだった。

 もしも、自分が忙しい時は、代わりになる者が必要だろう……と。

 闇大神から一柱、助手を選んだ。


 冥界のモノにとっては、冥界が全ての世界で、片手間の仕事も……そうは思えないのが当然だった。

 冥王は『永久』に彼らの『神』で、冥界を管理する『支配者』だった。

 だから闇大神は、その『代行者』たる存在として、大層な扱いをされた。

 たまたま、同じ種族の姿をしていたから、そして……闇大神の方が、年配に『見える』から、彼は冥王の年輩の親族と見做されて周章てた。

 冥王は他人ごとの様に笑った。


 冥王は冥界の『持ち主』及び『管理者』として、『トワ』の名を冠された。

 黄泉ヨミの名を拒否する冥王は、その『名』を歓迎した。

 気楽な『トワ』の立場を楽しんだ。



 その昔、冥王はトワと呼ばれる生活の中、冥王で在る己を封じた。

 眠りと共に、冥王となり、トワとなった。


 その昔。

 冥王は女神に恋をする自分に倦み、トワでいる間は気楽なキツネになった。

 しかし。

 冥王にとっては、冥界での仕事は息抜きでしか無いが。

 冥界しか知らない『モノ』には重い立場になる。


 その昔。

 トワは。

 己の立場を倦んだ。退屈な永い命に飽いだ。

 誰もが、自分よりずっと非力で、ずっと短い『イノチ』しか持たない。

 記憶と力を封じて、気楽な『ただ』の『キツネ』になった。

 気楽なキツネの筈の妖狐は、冥界では既に名門と呼び名も高い、妖狐一族の長である。

 当然。

 トワの立場を消しても、仕事までは消えない。


 トワの仕事は妖狐一族の仕事になった。




 その昔。

 永い命と退屈に倦んで。

 妖狐一族の長が。

 妖狐の郷から出奔した。


 冥界の本当の支配者は、そのキツネだと云う……伝説が有った。



☆☆☆


「親父……何をしている。」


 低く恫喝する声は、やはり場違いな程に、奇妙な艶を帯びている。

 冥王の意識を宿したまま、トワは微かに笑った。


 殺したい程に憎悪した相手は、冥王が本来の『力』を解放したなら、多分ソレだけで砕け散る脆い存在だった。

 記憶は全てのカセが外れてしまったが、チカラは永久トワの封印が残っている。

 だが、そのトワの眸で『視』てさえ……この男のチカラは矮小だった。


 それが。

 残念だと感じてしまったのは、何故だろうか………。

 暫くの間。


 トワには理解出来なかった。



☆☆☆






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