◇夜闇神セルスト◇世界の異変
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夜闇の神々は月神系の神々よりも、人間の世界に関わる事を好む。
それは人間の心を愛でるが故だった。
夜闇の神々程に人間に影響を受ける神は存在しない。
また夜闇の神々程に、人間に影響を与え得る神々も存在しない。
月系列の神々ならば、ただその美貌のみで人を狂わせるが、夜闇は人の欲を増幅して反射する誘惑の神なのだ。
その美貌が月に劣る訳では無い。
そんなモノよりも。
自らの毒に嵌まる。
それが人間と云う存在であり、人間に関わる夜闇の存在意義でもある。
神々が人に左右される訳も無い。
しかし、夜闇の神々は確かに人を誘い惑わす毒を振り撒く。
夜闇が抱える多くの誘惑よりも尚、人から得た毒を撒くのだ。
そして。
普段知り得ぬ高揚に、夜闇の神は魅了される。
その哄笑は。
人から得た毒。
その誘惑は。
人の欲望そのもの。
人が秘めた心の内を、当たり前に暴き掻き回す。
忘れた欲望を呼び覚まし、煽り惑わせ焚き付ける。
それは鏡。
そして、甘い毒。
その毒を、夜闇の神々は甘露と味わい。
人には強すぎる毒素になって還元される。
誘い唆す神に、人は抗う術を持たず。
騙り惑わす甘やかな毒に溺れる。
その毒の大半は人が吐き出したモノである。
だが、夜闇の最高神たるセルスト神が、比較的穏やかになる人間も存在する。
それはその人間に迷いが無いからであり、高いチカラが彼乃至は彼女を護り、結果的にセルストへの影響も最低限に抑えるからだった。
それはセルスト神に対する畏敬の度合いでも、信仰の深さでも無い。
喩えセルスト神を蛇蠍の如く忌み嫌うとしても、セルスト神を滅したいと願うとしても。
精神の芯が安定し、硬く強固な砦を造る事が出来るなら、セルストは穏やかな夜となる。
歪まぬ欲望は、寧ろ平穏を呼ぶのが夜闇の神々なのである。
人はそれを純粋な愛のチカラ等と呼ぶ。
それは間違いではナイが、解答足り得るものでは無い。
夜闇の神々は『愛のチカラ』説を聞けば、嗤うだけだろう。
神が『視る』揺らがない想い。その頑固な精神は、人が夢見るモノとは違う。
人間が邪悪と見る願いでも、真実堅固な砦が精神に築かれたなら、それは全き願いとなるのだ。
その願いを神々が掌に掬い上げるか否かは別問題では有るが。
前提条件は、ソレでしか無いのである。
人間は揺らぐ。
最近セルスト神が出逢い、拾い上げた願いは二つ。
リ・エンヤの父、ラア・シィリンと、紫蘭花姫くらいのモノだった。
千年の時を超過して、ただ二人である。
それ以前ならば、梨亜砂久弥や比奈瀬・ウィドマーク・梨夜、そしてルゥイリア・シー・カイリァス。他もセルスト神が知る殆どの者が、女神の側近である。夜闇側で拾えた願いなど、精々が冥界の王須胡砂くらいのモノだった。
『いや……アレがあったか。』
怠惰を愛したラアシーリンの、余りと云えば余りに無害な願いと、紫蘭花の頑なな迄の燕夜への恋慕。
人の世で吟遊詩人が吟うに相応しい煌めく光に隠れ、夜闇『らしい』願いをハッキリと告げた一人の女が存在した。
悪魔を愛した少女。
その願いは、地球に夜闇の神々を顕現させて、不確かな未来を暗黒の中に手繰り寄せた。
『迷い無く、正義を宣ずる蒼月の梨夜と、惑い無く、暗黒に沈んだ闇媛。』
同じ行動を取り乍ら、揺らがない精神と祈りを持ち乍ら、よって立つ場所は光と闇にクッキリと道を違えた。
魂の相似。鏡の中に生きるもう一人。
血を浴びて、命を奪い。
高らかに嗤う。
その幼さを残した美貌。
悪魔を愛して欲した二人。
一人は悪魔の棲む地下に下り、一人は悪魔を拐い光の世界に闇の檻を造り閉じ込めた。
性別が違う。
立場が違う。
住む世界が違う。
だが。
その魂は同一。
信仰などと云うモノは。
所詮その程度のモノなのだ。
と。
最高神故に、赦される感想を、セルスト神は呟いた。
それは。
月神殿の神官を、甘く誘う罠となって世界に紛れ……流れた。
セルスト神は特に意識しない。
夜の慰撫も。
闇の誘惑も。
セルスト神には等価に過ぎず、つまりはドチラも、ドチラでも、どうでも良い事柄でしか無いのだ。
面白ければソレで良い。
永き時を。
悠久を過ごし。
神々の正義は、退屈を凌ぐ遊戯にこそ存在する。
人や魔物、妖の類いでさえ、およそ命ある有限のイキモノならば、怠惰の謗りを受けずにはいられないソレが。
神々が最も意義を認める『世界』の存在する価値だった。
セルスト神は今回の『世界』を鑑みる。
女神リルーラは元々人間贔屓だし、セルストも夜闇故に人間と関わりは深い。
しかし、創世の神と喚ばれる二柱が、揃って注目する。
そんな存在が『多い』気がするのだ。
一人一人なら不思議は無い。
人は揺らぐ生き物だが、呆れる程の毅さを瞬く間に手に入れる生き物でも有る。
きっかけに遭遇さえすれば、簡単に運命を変じる存在だった。
それで済ませるにしては、数が多いのである。
何より。
セリカの媛の存在がある。
夜闇の神々の精神は、移り気に過ぎるのが当たり前だ。状況と人に左右され、その時々で真逆の想いさえ口にする。
セルスト神はその夜闇の最高神だった。
故に、セルストがセルスト自身として、そして夜闇の神として、二面性どころか、多岐に渡る心を持つ全てで誰かを愛する。
そんな『誰か』はリア・リルーラ以外に存在しない筈だった。
だが、そのリア・リルーラをさえセルスト神はこの恋に巻き込んだ。
上位神。創世の神であり。
その上に。
夜闇であるセルスト神が、女神リルーラ以外の女性を、しかも矮小な人間風情を愛したのである。
それは『初めて』の出来事だ。
そして、セルストの救いであり希望だった。
セルスト神から見れば、ちっぽけなチカラしか持たない。だが、その媛は既に神に名を列ね、その人間としては永い生命の終焉には、セルスト神の手を取ると誓っている。
その誓約は、リア・リルーラの認めるところでもあり、あと一柱……彼さえ邪魔をしないならば果たされる約定の筈だった。
セルスト神の意に染まぬ働きが赦されるのは、リア・リルーラのみ。
そして、それを成すチカラを有するのは、リア・リルーラを除けば………冥王ただ一柱。
最初は永久も警戒したセルスト神だったが、アレは既に冥王では無いとセルストは知る。緋耀でありトワである神は、冥王の記憶を持つだけの別柱に過ぎない。
その記憶が厄介と云えば厄介で有るし、その気になれば冥王のチカラを取り戻せる存在でもある。
だが。
冥王がそれを赦さない限りは、そんな事態を迎える事も無いだろう。
あの脆弱を装う神を、セルスト神は嫌いでは無い。もちろん、冥王の事も嫌いでは無いが、セルストは冥王を理解できた例が無かった。
永久に倣い、封印を強めた冥王神のチカラは、闇大神にさえ敗北を喫するかも知れない。
そんな存在にセルストが警戒するのは、もはや滑稽に近い事態と云えるだろう。
それでも。
滅びたいと願い、冥王が生まれ。
何故滅ぼさないのかと疑念を抱いた。
新たな希望を抱いたセルスト神は、今度は逆に……滅っされるのでは無いか、と疑いを抱くのだ。
これを『恐怖』とか『怯え』などと呼ぶのだろうか。
媛のする事ならば、セルストは全てを受け入れる事が出来た。
媛を失う事を思うだけで、驚くほど『心』が震える。
トワが………冥界で愛を知り始めたように、セルストも媛にそれを学んでいるのかも知れなかった。
今回の『世界』は余りにも『違う』。
その『変化』はそこここに点在し、変わらないのは………唯一柱。
冥王神だけなのかも知れなかった。
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