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◇光の檻~とある神の誕生~上

☆☆☆


 光と闇。白と黒。対をなす二柱が、冥王の傍らに侍る様になったのはいつの頃からか、それを明確に語れるモノは不在だった。

 冥王に仕える四天王。中でも早期に冥王の左右に立つ栄誉を獲たのは、白と黒の二柱である。


 夜闇の神にして光と呼ばれる、まばゆき月の光の化身。白華の呼称は、月神系の神ですら憚る名乗りだが、冥王がそれを咎める事は無かった。リア・リルーラのしもべを名乗る冥王だが、そのチカラはリルーラすら凌ぐと囁かれる最強にして最弱の神。至高の名を冠するのは、リア・リルーラを除けば、冥王しか存在しない。


 矛盾に満ちた冥王は、千年を娯楽に費やす享楽的な一面を持つ。来るもの拒まずの快楽主義者にして、配下には決して手を付けない堅物の一面も持つ。リア・リルーラを至上とし、彼女を崇める心はどんな狂信的な信者をも凌ぐ。そんな冥王が、リア・リルーラの月……白華の名乗りを赦すなど、容易にある事では無かった。


 しかも。その名を与えたのが冥王だ……などと。

 一体誰が信じるだろうか?


 だが、事実。冥王は初めて彼女を迎えたその日、彼女を白華と呼んだのだ。故に、ソレは、彼女の名と成った。


 白華の檻で丹精された、リア・リルーラの…………元虜囚。冥王の左に立つ夜闇の女神白華は、リルーラの月白華で生まれた稀少な来歴を持つ。


 そして、時軸の神冥王に並び、過去と現在を生きる女神でもあった。


 そう。

 白華になる前の彼女は、現在も………白華の月にある光の檻の内側に存在しているのだ。


 だが、二重に生きるその歪みは、冥王とは違い永遠とこしえに続くモノでは無かった。


 それは一時のモノ。そう……たかだか、数千年のモノでしか無かった。


 とはいえ。神の身でさえ、千年の時は其れなりの永さを数える。


 数千年の時は、元……人間で在った存在を、冥王の側近になる程の女神に生まれ変わらせる事を可能とした。そう考えるならば、ソレは、やはりたかだか数千年……と。そう云わざるを得ないだろう。


 光の檻に、一人の人間の女が囚われた。


 女が人間のままならば、そこから出る事は、喩え千年を経たとしても敵わない願いだっただろう。光の檻は時空を超える。命の有無は問題では無い。時を止め、逆行し、はたまた促進して、時の迷路は時軸の神である冥王以外に操れるモノは不在である。当の白華を司る女神リア・リルーラでさえ、その例外では無い。


 故に、人間のまま、檻の中で千年を生きる事は、決して不可能足りえない。その精神が、持つかどうかは別として。

 故に、人間のまま、檻を出る事が敵わないのは、単に、リア・リルーラに檻に入れられたモノが、出る事を赦される訳が無い……と、ただその一事に尽きるのだ。勿論、リア・リルーラがどんな気紛れで人間を檻に入れたにせよ、ソレが何らかの怒りを基盤としていたにせよ。リルーラは覚えてすらいないだろう。

 無論、リア・リルーラは「忘れる」事を知らない女神故に、記憶から抹消される訳では無いが、だからと云って、人間に対するマイナスの感情を持ち続ける筈も無かった。


 赦さないのは。

 もとより周囲の神々である。冥王を筆頭に、と云えば、リア・リルーラの機嫌を損ねるのは、どんなに些少なりとも危険極まりない事だとわかるだろう。


 だが。

 人間の女は、もはや何処にも存在しなかった。


 光の檻で、一柱の女神が誕生していた。


 そして。

 生まれた女神は、リア・リルーラに「縁」がある存在とも云える。


 故に、神々は歓迎した。


 そう。

 冥王を筆頭に。


 神々の考える事は、多分人間には理解出来ない。

 人間ならば、人間だった女が、どんな種族に姿を変えようと、その記憶を失おうと、何処かにその名残を認めるだろう。


 しかし。


 神々に向かって、人間の女に対する怒りを、その女神に向けないのかと………もし問い掛けた者がいたとしても。

 神々は、その問い掛けの意味すら本当には理解しないだろう。


 何故ならば。


 女神白華は、その女では無いからだ。


 喩え。


 むかし。


 女神として生まれる前は、その女だったとしても。



☆☆☆


 ともすれば蒼にも見える白い光だった。

 そう。

 一瞬、白い部屋の中に佇んでいるかの様な錯覚に駆られたが、これは……光だ。凝縮された光。絡み付く程に濃密で、息苦しささえ感じたが、これはいつの間にか息をつめていた所為だろう。

 意識して、呼吸をすればトロリと光が咽を通過した。咄嗟に口を閉じたが、既に危険は身の内に入り込んでいた。


 濃密な月光。絡み付く程に凝縮された月の光。それが意味するものを、もっと考えてから行動すべきだった。鋭い痛みが刃の様に体内を疾った。酸素では無いのだから、当然とも云えるが、気道を通過するだけに止まらず、全身に巡った。血の巡りが痛みに取って代わったかのようだった。


 万能の妙薬である月水が、液体に溶かす前から液体として扱われる様に、凝縮された月光はある種の形を得る。チカラに満ちた月光は、万倍にも億倍にも薄めて漸く万能薬ととして扱われる。

 当然乍ら、原液は毒よりもなお危険極まりない代物だった。


 神々が住まう月の宮。

 そこから放たれる光は神々のチカラを纏い、人の世を照らしている。それは恵みだが、拡散されているが故に恵みとなりうるのだろう。人の世では有り得ない程の薬効を誇る月水も、毒なればこそ効くのだろう。

 神のチカラなど、人間には過ぎたるモノだ。毒素は蓄積され、人間を狂わせる。月の光は狂気を誘う。

 人間は、そのチカラに抗えはしないのだ。



 意識が遠くなる。それこそ狂ったほうが楽なんじゃないか。そう思わせる鋭い痛みが全身を駆け抜けた。呼吸を忘れる痛み…いや、普通に呼吸などすれば悪化するばかりだから別に良いのだが、などと、グラグラと揺れる意識の狭間でダラダラと続く下らぬ思考が、かろうじて意識を現実に繋ぎ止めた。


 ピシピシと実際に音をたてた訳では無いが、左腕から痺れるような鈍い感触と、しかし鋭く弾けた感覚がある。皮膚が一気に裂けて、噴射した赤い飛沫が弾けた。

 血管が……破裂したのだろうか?


 弾けた血が白い耀きの中で、しかし白い空間を汚す事もなく、融けて消えた。次いで、左足。太股がビシリと弾けた。痛みに意識が半分持っていかれているから、却って感情を持たずに見る事が出来ているのだろう。

 気を取られていると、他の事が気にならないと云う事だろうか。違う気もする。

 多分、私は今、あんまり正気では無いのだろう。

 しかし、正気だったとして、いま、何が出来ただろうか?


 慌てふためき、泣いたり叫んだりするのがオチだ。


 左腕かまた裂けた。そして右足。ふくらはぎ。スネ。太股。

 あ。

 多分。


 いま。背中も。



 パシパシ。ピシピシ。刃の様に全身を疾った痛みは。そのまま身体を傷めて、弾けて飛んだ。赤い血液が、鮮やかにペンキのスプレー缶から噴射したみたいに、白い世界を彩り…………消える。


 グラグラと脳が揺れる。

 視界が揺れる。でも、白い耀きと赤い飛沫しか無いから、本当に揺れているのか、身体の感覚だけがオカシイのかは判らない。次第に赤が少なくなって、月の光が嘗める様に皮膚に絡み付くのを再度意識した。


 そして赤を喪って、パックリ開いた傷が、光に交わり揺らいで消えた。トロリと、月の光が傷口に溶け込んだかの様に見えた。もちろん。それは錯覚に過ぎない。実際に傷口に入り込んでいたなら、それは更なる痛みを呼んだに違いないからだ。

 ジワジワと、同じ様な現象を繰返し、私の皮膚は、傷を負う前よりも、ピカピカと輝く白い肌に変わっていた。


 傷の痕跡は、もはやジクジクと痛む、内側から食い破られた、鈍い痛みの記憶にしか無かった。今は、痛いのか、先ほど迄の激しい痛みの名残りが有るだけなのか、自分の感覚なのに明白では無い。


 ただ。気分が悪い。


 気持ちが悪い。


 荒く息を吐き出して、止める。吸い込んだらアウトだ。しかし、呼吸をしなくても大丈夫な事に、今更ながら気付き戸惑う。


 白い耀き。無音の世界。

 静けさが、狂いそうな程の苛立ちを誘う空間。


 神々の…………檻。



 私は、こんな処に閉じ込められる何をしたのだろうか?そもそも……何故この空間を、ソウだと思うのか。

 私はこんな空間を知らない筈だ……、しかし、そこまで考えてから気付いた事がある。


 ワタシは………誰?いや、ナニ?


 呼吸をしなくても平気な自身に驚きを感じたからには、本来の私は当然乍ら呼吸をするイキモノの筈だ。と云うか……人間だと思ったのだが、普通の人間が『光の檻』を知る筈は無いのだ。

 況してや、人間が『光の檻』を知る筈が無い、等と云う知識も有る訳が無い。



 ココは、時が停止している。より正確に云うならば、時軸が歪んでいる。だからこそ、呼吸が出来なくても平気な理由にはなる。

 ただし、時軸の歪みは、時間の停止や短縮以外にも加速の可能性もある為に、その推測は絶対では無い。私が、呼吸無しで本当に『平気』なのか。そうでは無いのか。

 現時点では判断出来る材料が揃わないと云う事実が判明しただけだった。


 だが、ソレで良い。


 少なくとも、己が人間では無いかも知れないと云う疑念から、少しでも目を背ける事が出来る。

 と、そう感じたって事は、やはり人間なのか。それとも人間だったが、後天的に人間ではなくなったのか。そうした事が考えられる。恐らくは、最初から人間では無いと云う事は無さそうだ。いや、もうひとつ考えられるか。


 人間だと思っていたが、違った。


 自分がナニで在るにしても、考えられる三点の基準は、あくまでも『人間』だった。


 その『人間』が、ナゼ……光の檻を『知る』のか。結局はその問題に立ち返るのだが………イマは、考えても仕方ない話ではあるのだろう。


 無駄な思考を巡らせるのは、ナニかを考え、ナニかに集中しないと耐えられそうも無いからだった。音が無い世界は、なまじの騒音よりも苦痛だった。


 気が狂いそうだ。


 自身の呼吸音が無い。心音も無い。ただ、記憶に残る……いや、記憶している筈だと感じられる、その音を無意識に『想定』し『想像』するのみである。

 先ほど、皮膚を裂いたピシピシと云う感覚も、その擬音を脳内が勝手に『想定』した音だったが、実際には身動きする際にも一切音がしない現実が立ちはだかる。


 どうやら私は記憶が無いが、常識として身に付いた事は脳内に染み付いているらしく、その『常識』が『現在いま』を否定する。


 多分。普通に暮らすなら意識すらしない衣擦れの音や、皮膚を弾く音。足音。身動きひとつ取るだけで、ここまで張り詰めた静寂の中ならば、響く『筈』の音が全く無い。


 無音。音が無い……と云う、ソレがこんなにも辛い事だとは知らなかった。無性に苛立ちを誘発する。その苛立ちは、恐怖に起因するのかも知れなかった。


 そう。恐いのだ。ナニが恐いいのか、ソレすら認識出来はしないのだが、とにかく怖い。

 私は、怯えている。怯懦に震え、狂気に誘惑されている。


 記憶が無い事実が、ソレに拍車をかけているのだろうか。記憶が無いからこそ、まだ耐えたほうなのだろうか。


 判らない。解らない。ワカラナイ。


 痛い程の静寂の中、耐えきれず叫ぶ。


 呼気や衣擦れの音さえ無いのに、声が響く筈も無かった。


 本当に。


 気が狂いそうだ………頬に、涙が伝うのを感じた。痛みはあんなにも鋭かったのに。

 頬を伝う感触は、希薄だった。


 感覚が鈍っている。


 私は、自らの手に視線を落とした。


 ゆっくりと拳を作ったり、開いたりする手を見て、思う。


 動きも、鈍い気がした。


 時間の流れも、外界の音も、自分の記憶も。


 ナニも無い空間。


 光の檻の中で、意識を失う事すら出来ず、私はただ立ち尽くしていた。


☆☆☆






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