◇妖狐蘇芳01◇子供たちとの邂逅
蘇芳時代01と02同時更新です。人間の子供が転成では無く霊界で生きる事を撰択した場合のお話です。王子宮の法が未熟過ぎる時代です。
少しでもお楽しみ戴ければ倖いです。
20130323
☆☆☆
そこは霊界の狭間のひとつ。
冥界の支配者が分断した世界は、それぞれの界層に移動する際には一定以上の力を要する。
故に、狭間の近くには通常住むモノなど存在しない。特に、人間の多い界はそれが常識だった。
人間が介在する霊界と呼ばれるのは3層。
ひとつは霊夢界。輪廻を待ち倖福な夢に微睡む表と、人が地獄と信じる夢に沈む裏。
ひとつは浮世を忘れ、永逝し常世に生きる霊現界。
冥界の法を司る王子宮が存在する、妖や現世の霊がうろつき、神の遣いも顕現の場とするソコは、全ての世界、全ての時に通じ、人妖入り雑じり、単に霊界とも冥界とも呼ばれる『中心』だ。
ソコに存在する人間は、人間とは思われないチカラを持つモノばかりでもある。
トワがチカラを奮う為の階層は、いつの間にか、砂漠にも海にも森にも、人間や妖怪が住み着いていた。
森を拓き人間達の街が出来ている。砂漠の向こうには妖怪達が住まう。
中立の海と砂漠には、精霊やトワの配下が配置されている。
トワが不在の間に住み分けが為され、ソコにもいつの間にか秩序が生まれていた。
それぞれの階層が交わらぬ様に分断され、異界に渡るよりも冥界内の階層を渡る方がチカラを要するのは、トワがそうしたからに他ならない。
その三層以外は妖の世界だ。
トワが滅する事なく分断した『カレラ』もまた、冥界に生きるモノであり、トワの民である。
だが。
この時の『彼』にトワである記憶も、自覚も、有りはしなかった。
流石に妖狐の一族の内部では、永い時に風化した事実はあるにしろ、長が永久である事や、そのチカラの一端くらいは、伝承と自覚によって記憶に残された。
しかし妖狐達も自分たちの長の意志を汲み、長に記憶の欠落を指摘する事をしなかったのだ。
故に、永久は単なる妖狐一族の長になり、また、妖狐一族の長たるイツキは、単なる放浪の妖狐になり。
放浪する内に、単なる妖狐は盗賊になった。
因みに、この時点では爆笑まではしなくても、充分にセルスト神の娯楽として存在した『物語』であった。
冥王は永久で在るときは、上界の部下に仕事を命じた。
単なる妖狐の長になり、冥王は永久としての仕事と部下に廻す仕事を割り振った。
トワは不在だからと、その仕事は『代行者』に振った。
単なる妖狐になった頃には、妖狐の代長の報告を受けた。
流石にこの頃には色々と不具合が起きた。
妖狐一族は長が無意識に為した支配者としての『管理』まではしなかったからだ。
何層にも重ねた記憶の封印は、冥王にすれば所詮は気まぐれで放置した『遊戯』である。
特に執着も無く、冥王自ら解呪されようとした頃には。
不足しがちな報告は、いつの間にか『王子宮』が補填した。
故に、単なる妖狐は単なる妖狐のまま、支障なく遊んだ。
セルスト神やリルーラ神の思惑は知らないまま、冥王はそれはそれで都合が良かったので女神の介入を黙認した。そもそも冥王にとってはリア・リルーラは絶対であり、彼女の行為を否定する筈も無かった。
創世の女神たるリア・リルーラもまた、その妖狐の『物語』を眺めていたのだ。
そして。その日も『永久』たる自覚の無いままに、美しい妖狐は気まぐれに散策をしていた。
不意に顕れた美貌の妖狐に、狭間の傍らに住む幼い兄弟が恐怖に震えた。
怯え乍ら、見惚れ魅了された子供達に、妖狐の口元に僅かな笑みが浮かんだ。
☆☆☆
霊現界にも、妖怪は現れる。だから普通の神経をしていたら、こんな所に居を構える莫迦は居ない。
僕らだって嫌だ。
でも仕方ない。
霊現界にも、お金や仕事が存在して、僕らはソレに縁が無いんだ。
狭間から妖怪が現れるたびに、僕らは震えてる。見付からない様に息を潜めてる。
ガタガタ震え乍ら、時に泣きそうになり乍ら、こっちに来るなと祈っていた。
倖い妖怪たちは、僕らが住む小屋になど興味も見せず素通りする。
彼らがほんの少し覗くだけで、僕らの死は風前の灯火って事になるだろう。
この霊現界で死んだら、魂は消滅すると聞いている。転生も出来なくなると云う。それは別に良い。僕らは、もう生まれたく無い。人界に未練なんか無い……いや、嫌悪しか無いんだ。
だから、別に消滅なんか怖くなかった筈………なんだけど、やっぱり怖い。
こういう感情って本能なのかな?
凄く怖い。
震えを抑える事も出来ず、身を寄せ合い待つ事しか出来ない。
奴らが通り過ぎるのを祈りつつ、生か消滅かが決定する瞬間をただ待つしか出来ないんだ。
出会わない幸運を祈り続けるくらいしか、僕らに出来る事は無い。
☆☆☆
例えば転生して、人間以外に生まれ変われるなら、僕らだって多少は考えたかも知れない。
でも、人間は人間にしか生まれ変われないと聞けば、僕らの答えは決まっている。
とはいえ、例外も有るらしい。でも僕らに当て嵌まらないと云われれば、その例外を聞く意味も無い。
僕らは『罪』が無いらしくて、だから『次』を選択する自由があると云われた。その『次』は『転生』をするか『霊現界』に行く事だった。
選択肢は少ないけど、だからこそ悩む事も無かった。
生きていた頃、嘘を吐いたら閻魔様に舌を抜かれると聞いたが、別に舌を抜かれはしなかった。
嘘を吐いたことが無いとは云えない僕らは、正直閻魔様に遭うのも怖かった。
本当に死後の世界がある事や、閻魔様が存在する事にちょっぴり驚いたりもした。
閻魔様は、でもイメージした怖くて大きな髭のオジサンでは無かった。何か………お人形みたいにキレイなお兄さんだったの事にビックリした。
お兄さんは僕らが霊現界に住む事を選択すると、そのガラス玉みたいな眸で僕らを視つめて『やめた方が良い。』と云ったが、強くは止めなかった。
お兄さんの傍にいたコチラもお兄さんに負けない程キレイな、童話に出てくる王子様みたいなお兄さんも、ため息を吐いて『感心しないな』と云ったけど、僕らの意思は変わらなかった。
だって、お兄さんたちは僕らに親切かも知れないけど、生まれた先にはお兄さんたちは居ないし。それに、お兄さんたちだって、立場を変えたら嫌な大人かも知れない。
まあ、お兄さんたちは人間では無いらしいし、少しはマシかもだけど、でも大人なんて信用出来ないからね。
僕らは、死んだ方がマシだって何度も思ったし、そんな思いをするなら、死んでる方がマシだし……消滅した方がマシだよ。
霊現界で『生きる』って、正直意味が良く解らないけれど、転生して今までの世界に生まれるよりは、ずっとマシ。
転生したら今の記憶も無くなるけど、霊現界なら記憶はこのままってのも良い。
殺されたら魂魄が消滅して、二度と転生出来ないって云われたけど、魂魄って何?魂?それ何?よく解らないけど、生きてた時に『死』ぬ事は全部終わりって思ってたから、そういう事かな?
死ぬ事は全部の終わりでは無かったけど、ちゃんと僕らは僕らの『まんま』だけど、霊現界で死ねば本当に全部の『終わり』になるって事だよね?
それなら………その方が良い。
それに、妹も僕と一緒に行くって云うし。霊現界では病気も寿命も無いんだってさ。
殺されなければ、僕らはずっと一緒に、今度こそ倖せに暮らせるかも知れない。まあ、大して期待はしないけど………少しくらいなら、希望を持つのは悪く無いよね。
霊現界でも、僕らは成長が出来るらしい。
確かに子供のままだと生きるのが大変そうだ。霊現界にも『仕事』ってものが有ると聞けば尚更だ。
子供が出来る仕事も、子供に任される仕事も、然して無いだろうと思い質問してみれば、やはり無いと云われた。皆無では無いが、僕らが働くのは難しいらしい。
仕事が有るからには、霊現界にもお金がある。僕らは当然乍らお金なんか持たないし、稼ぐ術が無い。子供が霊現界を撰択する事は先ず無いらしく、有っても説得により転生を選ぶ事になるそうだ。
そして、霊界に教育施設は無い。子供は何とか生き延びたとしても、物知らずのままで、霊現界で大した仕事にも就けない。
確かに、こんな不利な話を聞いて、わざわざ霊現界を選択するのは莫迦だろう。
僕らは莫迦で良い。
でも、もう生きたくは無い。
どうせ、霊現界に行っても、すぐに死ぬだろう。
だから、成長した後の永い人生なんか考える意味も無い。
僕らは悲観的だった。そして、それは概ね正しかった。
力も知恵も無く、子供でお金も無い。
僕らは霊現界の隅っこに置かれた小屋に住む事になった。
界の狭間は危険だと聞いたが、大人でも僕らと同じ様に仕事にありつけない人は偶に居るらしく、そんな人はこうして界の狭間に小さくなって暮らすらしい。
街の人間から施しを貰って、日々を生きるしか無い。施しを嫌うなら森の恵みに頼るしか無いが、毒性の植物が多く、また人界に無い植物も多い為、特殊な知識が無いと非常に危険だと云われた。
別に僕らは施しを否定しない。
プライドなんか役に立たない。僕らは暴力を奮われたり、必要以上に構われ無ければそれで良い。
だから。
界の狭間の近くで、街の住民に施しを与えられつつ、僕らは暮らす事にした。
街の大人たちは、慈善と云う虚栄心を満足させる為に、僕らにまぁまぁの食料や生活用品を与えてくれる。
僕らの誤算は、自分たち自身の命に対する執着だった。
別に、死んでも良い。
消滅なんか怖くない。
そう思っていたのに。
狭間を通り過ぎる妖怪たちに、僕らは有り得ない程の恐怖と生への執着を覚えた。
死にたくない。
そう思った。
大抵の場合。
妖怪たちは狭間を通り過ぎるだけだ。
稀に霊現界に居座っても、街に向かうから僕らに被害は無い。
街の被害は知った事では無い。
でも、その人?は違った。
小屋に視線を向けた。
やって来た。
小屋の扉を開いた。
キラキラと白銀に輝く長い髪を風に靡かせ、宝石よりもキレイな紅い眸が僕らを視た。
それまでに垣間見た。
どんな妖怪よりも綺麗で。
どんな妖怪よりも怖かった。
「名前は?」
「タキ。」
逆らうなんて思いもよらない。妹も同様に答えようとしたが、恐怖に震えて声が出ない様子で、僕が代わりに答えた。
「妹のキア。……です。」
少しでも、生き延びる可能性に賭けて、丁寧に告げてみた。
僕らの命が、この綺麗で恐ろしい存在の気紛れにかかっていると、僕らは正確に把握していた。
☆☆☆




