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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

泡に込めたあなたの歌

作者: しろもづく
掲載日:2026/03/01

AIを使い、その後加筆修正を行ったものです。

 古い港町の端に、ひっそりと佇む水族館があった。

 潮の匂いが染みついたコンクリートの建物は、観光客が減った今ではほとんど地元の人しか訪れない。

 一番奥の大きな円形水槽に、彼女はいた。


 マーメイドの少女だった。

 銀色の鱗が光を反射して虹色に輝く尾びれ、長い髪は海の藻のように柔らかく揺れ、瞳は深い青。

 珍しいとは思う。だけど、ただ息をして、感じて、寂しがるの普通の女の子。


 彼女はここに捕らわれて、もう何年も経っていた。

 昔は広い海で仲間と泳ぎ、波に乗り、星の下で歌っていたが、ある嵐の夜、漁師の網に絡まり売られ、この小さな水族館に連れてこられたのだ。

 それ以来、ガラス越しに人間たちを見ることしかできない日々を送っている。


 夜になると館内の照明が落とされ、水槽は深い青に沈む。

 そんな静かな時間にそっと彼女は現れた。


 天使の少女。

 透き通った白い翼を持つ、儚げな少女。

 長いブロンドヘアが夜風に揺れ、頭上にはハローが浮かんでいる。

 彼女はいつも、水族館の裏手の小さな窓から忍び込み、水槽の前に立つ。

 最初はただ見つめているだけだった。

 やがて、マーメイドの少女が気づくと、そっとガラスに指先を置いた。


 マーメイドの少女は尾びれを軽く振って近づく。

 二人は言葉を交わさず、ただ瞳を合わせる。

 だけどそれだけで、何かが通じ合っていた。


 遊びはすぐに始まった。

 天使の少女が指先で小さな光の粒――まるで星の欠片のようなものを水面に落とすと、マーメイドの少女は尾びれで優しく受け止めて返す。

 光の粒は水中でゆっくり回り、泡になって浮かび上がる。

 マーメイドの少女が髪を揺らすと、天使の少女の翼が微かに震え、ハローが少し明るく瞬く。


「〜〜」


 天使の少女の柔らかなハミングが、ガラス越しに微かに響く。

 マーメイドの少女は泡を連ねて、同じメロディを歌い返す。


 毎晩、少しずつ二人は近くなった。

 また天使の少女はガラスに星を描いていく。

 マーメイドの少女はそれを追いかけ、尾びれでなぞるように泳ぐ。

 二人はくるくると回り、水の渦を作っては笑い合った。

 小さな手がガラスに触れ合い、触れられない指先を重ねようとする二人。

 その瞬間、水槽の中の時間が、ほんの少しだけ止まるようだった。


「ここに閉じ込められて……寂しくない?」


 ある夜、天使の少女の声が泡を通して届いた。

 優しくて、少し震えた響き。

 マーメイドの少女はゆっくり首を振り、尾びれを止めた。


(寂しいよ。でも、あなたが来てくれるから、少しだけ我慢できる)


 小さく動く口から、泡となり天使の少女に届く声で。


 それから、二人はもっと近くに感じるようになった。

 天使の少女は翼を水槽の表面に寄せ、まるでマーメイドの少女を抱きしめるように広げる。

 マーメイドの少女はガラスに両手を押し当て、胸を寄せる。

 触れられないのに、温かさが伝わる気がした。

 泡が笑い声のように次々と上がり、水面を優しく揺らした。


「もっと近くにいたい……」


 天使の少女がそう呟いた夜、マーメイドの少女は尾びれを激しく振ってガラスに体をぶつけた。

 小さな衝撃音が水中に響き、泡が爆発的に上がる。

 天使の少女は驚いたように翼を震わせ、ハローが一瞬強く輝いた。

 そして、ゆっくりと唇を近づける。

 ガラスに触れる、触れられないキス。

 その瞬間、水槽全体の水が脈打つように揺れた。


 でも、夜明けはいつも残酷だった。

 東の空が薄紫に染まり始めると、天使の少女の輪郭がぼやけていく。

 翼の先が霧のように溶け始め、ハローの光が弱まる。

 朝の鳥の声と、遠くの波音が近づいてくる。


(まだ……行かないで)


 マーメイドの少女は必死だった。

 尾びれを激しく振り、泡を大量に吐き出す。

 涙のような泡が、水面を埋め尽くす。

 天使の少女は最後に、ゆっくりと手を伸ばした。

 ガラス越しに、指先が重なる。


「また来るよ。あなたの泡が、私を呼んでくれるまで」


 声が、心に直接響いた。

 そして、そのまま天使の少女の姿は完全に消えていった。

 翼の残像が、光の粒子となって水面に散る。


 水槽の中は、急に静かになった。

 残されたのは、ゆっくり浮かぶ泡と、弱い照明の光だけ。


 マーメイドの少女は動かなくなった。

 尾びれを折りたたみ、ガラスに額を寄せる。

 長い髪が、力なく垂れ下がった。


 それでも、毎晩彼女は待った。

 夜が深まると、尾びれを微かに振る。

 泡に小さな歌をのせて。


(見てて……目を逸らさないで……。朝が来ても、この水の中で……。ずっと待ってるから……)


 日が経つにつれ、彼女の鱗の輝きはくすみ、瞳の色が薄くなった。

 飼育員は「体調が悪いようだ」と、水を替え餌も変えた。

 でも、本当の理由はわからない。


 ある夜、彼女は最後の力を振り絞った。

 弱々しく尾びれを振り、ガラスに掌を押し当てる。

 そして、最後の泡に願いを込めた。


 (待ってるね…… 。いつかこのガラスが割れて、本物の海でまた一緒にくるくるできる日まで……。あなたを、ずっと待ってるから)


 泡はゆっくり水面へ昇り、ぽつりと弾けた。

 その瞬間、水槽の水が一瞬だけ強く揺れた。

 外の海から、遠く波の音が聞こえた気がした。


 翌朝、飼育員が水槽を見たとき、マーメイドの少女は静かに底に沈んでいた。

 鱗はくすみ、瞳は閉じられていた。


 水族館は閉鎖された。

 古い建物は取り壊され水槽のガラスは砕かれ、海に還された。


 でも、港の沖合に、時々不思議な泡が浮かぶという。

 夜になると、微かに光りながら、ゆっくりと浮かび上がる。

 泡の一つひとつに、小さな歌が込められている気がする。


 どこか遠くで、

 翼の音がする夜がある。

 柔らかなハミングが、海風に乗って響く。


「〜〜」


 マーメイドの少女の泡は、まだ呼んでいる。

 天使の少女が戻ってくる日を、信じて。

 本物の海で。

 触れ合える日を信じて。

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