気の強い女の子を凹ませる
“――あれ? おかしいな”
そう僕は思っていた。
想像していたのと、全然違う。
その瞬間、何か取り返しのつかないことをしてしまったかのような不吉な感覚が沸き上がって来る。
ただ、それが“罪の意識”なのか、“ドツボに嵌った”ような焦燥感なのかは分からなかった。
真っ白な僕のベッドの上には幼馴染の綿貫朱音…… 朱音ちゃんがいて、僕は彼女を押し倒していた。計画では、彼女は恐怖を覚えて竦んでいなければいけないはずだった。しかし僕が腕を掴んで動きを封じているのに、その腕は男の僕にとってはとても華奢でまったく抵抗をできそうにもないのに、彼女はなんでもなさそうな顔で、ただただ僕を真っ直ぐに見つめていたのだった。
白い柔らかいベッドに、彼女の身体が沈み込んでいる。
不意に彼女が言った。
「……どこまでするの? 最後まで?」
“最後まで?”
僕の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。“最後まで”って、“最後まで”って意味か?
この今のシチュエーションを考えるのなら、それは男女間の営みの“最後まで”しか考えられなかった。
僕の頭は混乱していて、正直、怖気づいていた。いや、心の準備ができていなかったというのが正解かもしれない。そんなつもりではまるでなかったものだから……
――それは数日前の事だった。
僕は幼馴染の朱音ちゃんの事で、少しばかり頭を悩ませていた。
幼い頃から、彼女は僕に色々とちょっかいをかけて来ていた。小学生の頃までは、彼女は僕よりも背が大きかったし、力も強く、彼女がよくかけてくるプロレス技を、僕はどうにもできなかった。ヘッドロックとか、四の字固めとか、そういうのだ。それは中学生になっても続き、そして高校生になった今でも続いている。流石に今は僕の方が背も大きいし力も強いのに、だから、やろうと思えば簡単にやり返せるのに。
正直、迷惑をしている。一つはそのままの意味で。普通に嫌がらせだからだ。そしてもう一つはまったく別の意味で。
……まぁ、分かると思うけど、彼女の身体は成長と共により柔らかくなり、いい匂いを発するようになっていたのだ。身体を密着させられたりしたら、自ずから反応してはいけない箇所が反応しまう。困ってしまうのは、分かってくれると思う。
「――なら、分からせてやればいいのじゃないの?」
そんな僕の相談を聞いて、黒宮さんはそう言った。彼女とは高校になって知り合った。ちょっとミステリアスな雰囲気のある女の子で、頼りがいがあると皆から思われている。彼女は特に朱音ちゃんと仲が良く、だから本当は彼女の方から朱音ちゃんにそれとなく注意してもらうつもりで僕はいたのだ。しかし、彼女は僕の悩みを聞くと、そんな事を言って来たのだった。
「分からせるって?」
彼女が何を言っているのか分からなくて、僕はそう尋ねた。すると彼女は「凹ませてやれば良いって話よ」と答えて来た。
「男のあなたの方がもう力が強いって分かれば、もうそんなプロレス技をかけてくるみたいな子供っぽいことはして来なくなるでしょう? 多少は凹むでしょうけど、それくらい仕方ないわよ」
僕はそれを聞いて納得した。確かにあまりやり過ぎると痛い目に遭うと朱音ちゃんに分からせてあげれば、もうあんな大胆な事はして来なくなるかもしれない。
まあ、ちょっと残念…… と言うか、寂しくもあるけど、僕らだっていつまでも小さな子供の頃の関係のままでいられるはずがないのだし。
それで僕は彼女が僕の部屋に遊びに来て、いつものようにプロレス技をかけてきた時、反対に彼女を押し倒したのだった。それで力の差を分かってくれれば、もうそんな真似はしなくなるだろうと思って。
――が、それで冒頭で述べた、僕にとって想定外の事態が起こってしまったのだった。
想定外の反応の朱音ちゃんに戸惑ってしまって、僕は思わず手を放そうとした。すると彼女は「途中で止めるな」と僕に命令をして来た。ベッドに押し倒されている立場なのに。
「え…… 止めるなって…?」
「ここまでしたんだから、最低でもキスはする。じゃないと許さない」
ふざけている顔ではなかった。彼女は本気で言っているのだ。
僕は凝固してしまった。
顔が熱い。絶対に真っ赤になっている。
どれくらい時間が経過したのか、数十秒か数分か。不意に彼女は言った。
「嫌なの?」
嫌な訳はなかった。そう自覚した。そしてそう自覚した瞬間、僕は自然と彼女に口づけをしていたのだった。
……次の日。
「昨日、村上に襲われちゃってさぁ。押し倒されちゃった」
教室で、そう朱音ちゃんが言っている声が聞こえて来た。女生徒達が一斉に僕を見るのが分かった。僕は慌てて「いや、それはっ! 違って!」と訂正しようとする。しかし、彼女達はそれを見て笑うのだった。そして、
「分かってるって、どうせ綿貫が悪いのでしょう?」
「いつもの事だしねぇ」
「ご愁傷さま」
口々にそんな事を言って来る。
誤解が解けたのか、それとも勘違いされたままなのかは分からなかった。僕は大きく溜息を漏らした。が、冷静になって気が付いた。
……ん? “ご愁傷さま”ってなんだ?
朱音ちゃんの方を向いてみると、彼女は黒宮さんと何やら話をしていた。黒宮さんは僕が見ている事に気が付いたのか、僕を見て可笑しそうに笑う。
それで察した。
僕の方が力が強いとアピールして、朱音ちゃんを凹ませてやれっていう彼女のアドバイスは、全ては僕に朱音ちゃんを押し倒させる為の嘘だったのだ。
つまりは、僕は騙されていたのだ。まんまと罠に嵌ってしまった。
“くそう!”
と、それで僕は悔しく思った訳なのだけど、それから朱音ちゃんが僕を見ているのに気が付いたのだった。
……心なしか嬉しそうにしているように見えなくもない。
――僕は勘違いをしていた。
僕は彼女はずっと子供の頃の感覚のまま、僕にプロレス技をかけ続けているものだとばかり思っていた。でも、そうじゃなくて、いつの頃からかは分からないけど、彼女は別の意味で僕にプロレス技をかけていたんだ。だけど、僕がそれに気付かなかったものだから、それで、多分、彼女は黒宮さんに相談をしていて……
ちょっと不安も不満もあるけれど、別に僕は彼女が嫌いって訳じゃない。
それで、まぁ、別に良いかとそう思ったのだった。
そして、
力で勝てるようにはなったけれど、やっぱり、彼女には勝てる気がしない……
そう僕は思ったのだった。




