命の価値――。1話
何故生きているのかと問われるなら、それは世界が嫌いだからだろう。
泥水の中から、純水を掬い上げる。
それは、美しさの存在証明だ。
いわば、美的センスの存在証明だ。
そして、これから始めるは僕の存在証明だ。
カンッ――――――――。
薬莢が地面に落ちる音だけが廃墟ビルに響き、黒色火薬の匂いが充満していた。
動かなくなった対象に近づき、ナイフで心臓を刺し、
”死んだフリ”をしていないか確認する。
人を殺した――。
僕は、命が終わりを迎える瞬間に何度も立ち会ってきた。
その度に、ふと考えることがある。
僕含め、命に価値なんてあるのだろうか、と。
―― 2027年、2月。17時00分。 日本 ――
「name slave、そっちは片付いたか?」
「うん。終わったよ、じっちゃん」
「おい、今はコードネームで呼ぶん――」
「ねぇ、じっちゃん。僕たちは正義の為に殺してる。そうだよね」
じっちゃんは軽くため息をつく。
「はぁ.....あぁ、当然だ。コイツらはしちゃいけねぇことをした”悪”だ」
「じゃあさ、”正義”ってなんだと思う?」
「あぁ?そんなの当然、”正しいこと”だろ」
「それは、説明になってるのかな」
「なってるさ。じゃあなんだ、お前はどう思ってるんだ」
「.....ある人が言ってた。『自分が正しいと思うこと』をすることだって。
でもそうなると、厄介な問題が出てくるんだ」
僕はさっき殺した死体の方向を眺める。
僕はさっきの話を続ける。
「僕たちが殺してきた人たちも、『自分が正しいと思ってそうしてる』なら、
”正義”の反対は、”もう一つの正義”だ。
思想の数だけ正義があるなら、それらがぶつかる度に争いが始まるなら、
その結末は”正義の勝利”ではなく、ただの”混沌”だ。.....正しさとは、程遠い。
僕たちは、どうしたら”正しさを証明”することができるんだろう」
「だから孫よ、俺たちには”絶対的な正義”が必要なんだ」
「でも、正義を掲げるのが人間である以上、
認識のズレは必ず起きると思わない?」
僕は空になっていたリボルバーに弾を装填する。
「その”あやふやな正義”とやらを、”絶対的だから”と言い張って利用して、
暴力を正当化する人が出てくるでしょ」
僕は、lacihtenu に銃口を向ける――。
「なにをしてるんだ.....!?」
「いつも依頼があるときは、依頼人からターゲットの情報が色々送られてた。
でも最近は、ターゲットの写真、名前、住所、そして行った罪の詳細だけ。
ここのところ、依頼人の匿名希望と、動機の不鮮明さが違和感だった」
僕はリボルバーの撃鉄を起こす。
じっちゃんは両手を挙げこちらを見ている。
僕は構わず話を続けた。
「今回のターゲット。三浦大輔。薬物犯罪2件。
この前の依頼では金田徹。銀行強盗3件。
その前も、似たような犯罪ばかり。この程度はサツに任せとけばいい。
殺しを専門とする僕たちが出る必要が無い。
殺人、テロ、国家反逆あたりなら納得もできた。
でも、この程度の罪で動機も書かず暗殺してほしいなんて、不自然だ」
「まさか、俺を疑っているのか!?」
「いや、違う。確信してる」
「な、何を根拠に.....」
じっちゃんは”馬鹿馬鹿しい”というように少し笑っていた。
だが、その目の奥は一切笑っていないのを僕は知っている。
「僕たち”エシックス(ETHIKS)”の理念は『絶対公平』だ。
秤の片側には”事実”を載せ、もう片側には”道理”を載せる。
僕たちの班は”殺し”の専門。『絶対公平』を保つためには、
同じ”殺し”をした人間か、それに相当する行いをした人間しか裁く”道理”がない。
なのに最近は、その天秤を崩すような殺しばかり行っていた。
だからエシックスは、僕たちの班に疑念を持ち、密かに調査をしてた。
僕たちの班に匿名で依頼した端末の位置をハッキングして、日付、時間を
照らし合わせる。するとその近くの監視カメラに、ある人物が映ってた。
カメラ映像と僕たちの班のメンバーを参照したら、一人が完全に一致してるんだ。
.....もう言い逃れできない」
「なら、”動機”は何なんだ!
そんなことして、俺になんの得が.....!理由がある!」
「正義とは何か――。」
「....?!」
「昔、じっちゃんは思想の違いで組織を追い出されて、ここに来たらしいね。
『自分が正しいと思うこと』をする――。三浦大輔、あの人からの受け売りだよ。
もう覚えてもいなかったんだね。
薬物には手を染めたものの、正義に関しては真剣に向き合ってる人だったって。
元同じ組織の人間で、じっちゃんと揉めた中心人物だったんだね。
大方、逆恨みってとこでしょ?」
「なぜ.....それを.....」
「エシックス本部に教えてもらったんだ。
でもこの情報と共に、僕にはエシックスから脱退命令が出てる。
でも、最後の任務を完遂することを条件に、未来を保証するって言ってた.....
――じっちゃんを殺すことを条件として。」
「だが...!お前も同罪だ!現に、お前は三浦大輔を殺したじゃないか!」
「死体の顔、ちゃんと見てみなよ」
じっちゃんは両手を挙げたまま、死体に近づく。
「誰だ.....これは.....」
そこには三浦大輔と体格の似た、全く別人の姿があった。
「僕が殺したのは、三日後に死刑執行される予定だった殺人犯だよ。
じっちゃんを誘い出す為に、エシックスが刑務所から引っ張って来たんだ。
言っとくけど、僕は人の命を奪った人間しか、殺したことは無い。
この前の依頼も、その前も.....僕は引き受けを拒否してる」
「あぁ、お前はいつもそうだった.....正義、倫理、道徳.....
それらについて強い執着と信念がある。だから、ずっと警戒していた.....
お前が、かつてのあいつらのように、反発するんじゃないかってな」
じっちゃんの後ろから、二人の男が歩いてくる。
「隊長~。こんなガキに殺されそうになってんの、見てられませんよ」
「自分の孫を手に掛けるなんて、鬼っすね」
片手に拳銃を持ったその二人を、僕はよく知っている。
同じ班のメンバー、共に仕事をした仲間”だった”二人がそこにはいた
じっちゃんは余裕そうな表情になったかと思うと、
挙げていた両手をおろし、拳銃を取り出す。
「弾を戻せ、冬葉」
「みんながグルだったのは知らなかったよ」
僕は構えていたリボルバーの撃鉄を抑えながら引き金を引き、
ゆっくりとホルスターへ戻す。
「俺も丁度、ここで始末しようと思ってたんだ、冬葉」
「本名呼びはアウトなんじゃないっすか?」
「どうでもいいでしょ、どうせ殺すんだし」
舐めてる。瞬時に理解した。
こいつらにとって僕は、赤子を捻る感覚なのだろう。
さっきまでの、じっちゃんとの語りはなんだったのだろうか。
そう思うくらい人が変わった。まるで別人のように。
まぁそういうもんか。人は何かを隠す必要が無くなった時、
その本性をさらけ出すのだから。
例えば、他者の目から離れて、自分一人だけの部屋にいるとき、
何も気にせずに大声で歌えるように。
例えば、電話越しに”愛してる”と恋人に伝えても、
通話が終われば、他の異性と楽しそうなコミュニケーションを取り始めるように。
例えば、正義だのなんだのと、見せかけの偽善的な行動を取り善人ぶる人間が、
自分の勝ちを確信した瞬間、その仮面を脱ぎ捨てるように。
.......。
僕は別に、その行い自体を否定したいとは思わない。
それらの行いが”悪”だとは、一概には言えないからだ。
だって人は、”善良さ”も”残酷さ”も、常にその両方を抱える存在なのだから。
それがある意味、人間らしさなのだから。
それを否定するのは、人間そのものを否定しかねないのではないか?
勝手になにかを”悪”だと決めつけることこそ、
”最大の悪”かもしれないのではないか?
.......。
でも、一つだけ確信していることが、ある。
この”残酷さ”は、美しくない――。
そして僕は、この世界に美しいものを望んでいる。
なら、その目の前の”残酷さ”に.......
勝ち負けという次元とは関係なく、
僕は抗わなければいけない――。
「あぁ、愛しの孫よ。何か言い残すことはあるかぁ?」
僕は何をするにも才能が無かった。
簡単にいうなら、頭が悪い。吸収が遅い。
普通の人の2倍努力して、初めて同じレベルに到達できる。
――じゃあ、元から才能のある奴が相手だったら?
2倍じゃ足りない。3倍、4倍必要だ。
――才能のある奴が努力をしたらどうなる?
答えは単純だ。
もっとやるしかない。
だから狂気の沙汰のような努力をするしかなかった。
しかし、それでも遂に追いつけないことを悟った時――。
誰もが自分と向き合わざるを得なくなる。
多方面に努力したって、天才には敵わない――。
だから僕は、昔から”一つを極める”という癖がついていた。
.......。
「なんにも無いのか? .....じゃあ、お前ら、アイツに向かって撃ちま――」
たった1丁のリボルバーから、火薬が燃焼し、
高圧ガスが放出される破裂音が、響き渡る――。
この瞬間に動くことを許されたのは、たった3発の弾丸だけだった――。
もう――決着はついた――。
その全ての弾丸は心臓を貫いていた。
「なn.......が...起こ......っ.....た........ ?」
「じっちゃんに早撃ち見せたことなかったね。っていうか、
力を誇示するのは危ないって、じっちゃんから教わったことなんだけど」
およそ15秒――。
心臓が止まってから、人が意識を失うまでの時間は、それだけしかない。
「あぁ、まだ言ってなかったね。僕にとっての正義の定義。
それは、”美しくないものを殲滅する”ことだよ。
まぁ、こんなのが崇高な信念だとは言えないかもしれないけど」
すでに目の前の死体に、意識は無かった。
「言ってなかったけどさ、結構早いんだよ。
この前のファニング撃ち、0,091秒だったんだ」
落ちていく夕日が眩しい。
僕は弾を再び装填する。
カンッ――――――――。
薬莢が地面に落ちる音だけが廃墟ビルに響き、黒色火薬の匂いが充満していた。
動かなくなった対象に近づき、ナイフで心臓を刺し、
”死んだフリ”をしていないか確認する。
人を殺した――。
僕は、命が終わりを迎える瞬間に何度も立ち会ってきた。
その度に、ふと考えることがある。
僕含め、命に価値なんてあるのだろうか、と。




