6話 夜野舞斗
「チェシャ猫のマグカップとか可愛いよね。おっ、このトランプ兵のもかっこいい! そういや帽子屋って言うのもいたよね!」
「そ、そうだな……! に、しても多い」
部屋に自分の色を塗りたい、そんな欲が今になって膨張したのだろう。動き出したら止まらない。彼女は俺自身の目を魅了できるものを選んでいる。
それは彼女がわざとそのようにしているのか。偶然なのか。たまたま彼女と似通ったセンスを持っているから、なのか。できれば、一番後者でありたい。
前に占いを趣味でやっている友人に言われたことがある。奴は水晶玉をわざわざ出して、占い出した。
『運命の相手は自身と同じ色に染まっていく。今はまだ何色にも染まっていないようだけどな』
と。本当に運命の相手が彼女ならば……と考える。
『告白の好機は彼女が紅く染められた時だとよ!』
『何じゃそりゃ……』
『さぁ? 占いがそう言ってるんだから』
最後の結果は今もまだ分かってないが解釈はできている。彼女の顔が本気で紅潮した時でなかろうか。勝って、勝って、勝ち続けて。
ただよくよく考えてみると、彼女は今アリスの色に染まろうとしている。紅の色ではない。この場合の赤と言うのはやはり物理的なものではないのだろうか。
『ちなみに占いは無料だけど質問料千円ね』
『おい』
あの時は俺が怒りで真っ赤になったから、そう思ってしまったのだけれども。
本当は……。
考えていても分からない。
気付けば、隣にいる彼女が俺の肩を指でつついていた。
「おーい」
「あっ、わりぃ」
心が飛びそうだ。本当に悪いのはこの女。俺を惑わせる小悪魔。俺の鼻から血が出て、紅に染まったらどうしてくれるのだろうか。
「こっちの時計のウサギとハートの女王のとどっちが似合うと思う?」
可愛らしくデフォルメされた柄の服。リビング用品なのに服まで販売しているのか、と。その上、リビングに置くものを探していたのではと思ったが。それは口に出さず、悩んでいく。この問いはどう答えるのが正解か、と。
「ウサギかな。さっきウサギの話を」
「でもハートの女王もいいんだよね」
なら何故聞いた。いや、それが普通のコミュニケーションなのだ。彼女なりの。
「まぁ、確かにハートの女王も可愛いよな」
「でしょう?」
下唇の前に上唇を出して笑う。そう、その子供っぽい笑い方が好きだ。
「それを着る人も可愛いがな」
「えっ?」
おっと、と思った。彼女ははにかんで、そっぽを向く。そして何か聞こえないように呟いた後で、振り向いた。
「な、何か言ってたか?」
「何でもないよー!」
「そ、そうか」
こんな、ありきたりな時間が今は尊い。二人でいられる時間を、思い出を作り出したい。
彼女は買える分だけ日曜用品を買って、大きな袋に詰め込んでもらう。片手には収まり切れない量を見て、彼女に告げる。
「持つよ」
「ありがとっ!」
役に立てるのであれば本望だ。ただやはり買い過ぎだ。予想外に一回彼女の部屋に帰らないといけなくなってしまった。
彼女の部屋へ運ぶのもまた一苦労になりそうだ。一緒にいれる嬉しさと肩の苦しみが俺の中で同居して、複雑な心境が作られていく。
「ねっ、階段は大変だからエレベーターにしない?」
そんな彼女の提案で俺達はエレベーターに搭乗する。誰もいない、密室。何だか今になって心が騒めきだす。今更二人きりなんて、おかしな話ではないだろうに。
胸を抑えていると、「どうしたの?」と。動き出すエレベーターと共に「何でもな」と返答しようとした、その時だ。エレベーター内がガタッと揺れた。
それから急に動きを止めてしまったのだ。
「えっ?」
驚くのも無理はない。止まったのは階と階の間。扉を無理矢理蹴破ったとしてもたぶん外には出られない。ただ俺は大人な対処を見せるべきだと思考を回転させる。
連絡できるものがあれば助けに来てもらえる。確か緊急用のボタンがあるはず、とエレベーターのボタンを見やったのだが。完全に壊れてる。蓋が壊れてボタンが開かなくなっているのだ。
「あっ……」
点検不足かイタズラか。分からないが、考えている暇もない。
「ど、どうしたの?」
「いや、大丈夫。それよりもスマホは……」
「……家に忘れてきちゃった……」
「……充電切れだ。充電するのを忘れたのがいけなかったな」
「ちょ、ちょっと……」
普段は冷静な自分でも少し不味いと判断してしまう。どうしようと迷っていると、彼女すらも不安にさせてしまう。
「エレベーターが使えないってなってるんだ……きっと誰かすぐに……気付くだろ」
これだけしか言えない。たった一言で何が変わるものか。
「そ、そだね……そんなの待ってれば、きっとすぐ助けが来るよね」
自分の無力が情けない。こういう時に何もできない自分に対して腹が立って、仕方がなくって。ただただ時間が経っていくばかり。しかし、彼女も不安だと気付いていく。
「寒くないか?」
「全然! 大丈夫だよ。そっちは大丈夫?」
「あ……ああ」
「寒そうだね。暖めてあげよっか?」
そう平気な様子を見せる彼女の手が触れた。かなり温かく柔らかい。
「私の体温、よく暖かいって言われるんだ。どう?」
しなやかな手の中に、少し希望が感じられた。しかし、それと共に彼女の手が酷く震えているのも分かる。
「わりぃ……何にもできなくて……」
「君のせいじゃないって……ほらほら!」
すぐに助けは来たのだ。エレベーターがまた開いて、昼の太陽をまた拝むことになる。
但し、心は暗い。彼女の部屋に一度荷物を置きに行くも、自身の頼りなさを何度も思い返してしまう。何で、ああいう大事な時に役に立てなかったのだろう。
どうしてもう少し彼女の怖さを不安を、掻き消してあげることができなかったのだろうと。
俺は本当の意味で勝ってない。いざと言う時、勝つこと、いや勝つ闘志すら見せられない。
彼氏になろうなんておこがましい。俺は彼氏になることすら、敵わない人間だ。




