5話 megumi
ウサギはぴょんぴょん跳ねて、隣のビルの前、半地下に続く階段の手前でふと止まった。
思わず追いかけた俺たちも、ほとんど同時に立ち止まる。
「野良うさぎなのかな? かわいい......」
彼女はゆっくり近づこうとしてる。横目で見ると、きらきらした目で、小さなモフモフを見つめてた。
完全に夢中になっちゃってるな。
「怖くないか?」
野良猫は結構見るけど、野良ウサギなんて初めてだなと思いながら、俺は小声でそう聞いている。
すると彼女は俺を見上げ、少し頬をふくらませてみせた。
そして不満そうに言う。
「ええーかわいいよ。小学校でうさぎ飼ってて、飼育係だったんだよね、私」
小走りで追いかけてきたせいか、少し上気したピンクの頬。イエローのニットと絶妙なコントラストで、目に眩しい。
くそ可愛いな。マジで可愛いのはウサギじゃなくて、お前なんだよ。
心の声が表に出ないよう、俺は平静を装って「へえ」と頷く。そして、二人でゆっくり歩み寄ってみた。
ウサギはじっと俺たちを見つめてる。
きゅう、と鳴き声が聞こえた気がした、次の瞬間。
そいつはぴょんと跳ねて、キラキラしたファッションビルの階下に降り始めた。
「あ、待って」
彼女は当然のように追いかける。
二人で階段を駆け下りたが、ウサギはすごいスピードで柱の隙間に入り込み、姿を消した...。
「不思議の国のアリスみたいだね?
アリスは穴に落ち、私たちは階段を走って降りて」
「そして地下に来たら、こっちもアリスフェア、か......」
ファッションビルの地下はリビング系の店舗になっていて、こちらにもイベントの飾り付けがされていた。
別の店で同じモチーフのポップアップ......いま流行ってるのか? ......と思っていたら、彼女は名残惜しそうに、ウサギが消えた柱の方を見つめて言った。
「決めた。私、アリスの何かを買う。あの子がここに連れてきてくれたんだもん。運命だよね? それで、お店から出てきた時にまたさっきの子に会ったら、あのうさぎも連れて帰って飼う」
めずらしく確固とした雰囲気で言ってくる彼女を、俺は面白いなと思って見つめる。
「あいつに会わなかったら?」
どうする? って風に問いかけたら、上目遣いに俺をみて、かわいく言った。
「別の何かに......来てもらう」
少し熱を帯びたみたいに、じっと見つめてくるその目を見下ろして、俺はくすりと笑う。
潤む瞳。
目は口ほどにものを言う。
今わかった。
きゅー太郎の寝巻きは、意識しすぎて裏返った気持ちのあらわれだったとかいう話か?
わかった気になってこれが外れてたら、人生最悪の失敗になるけどな。
でも。
さて、どう伝えよう?
「大事な気持ちを心の中に......すでに飼ってる、ってこともあるよな」
微笑んでそう言うと、真っ赤になった。
図星を指されたと思った? それとも、俺がこいつの気持ちに気づいたって、わかっちまったかな?
俺はするりと彼女の細い手を取り......一瞬、その手がびくっと震えたが、構わずにそのまま手を引いて、店のガラス戸を押して明るい店内に入る。
「リビング雑貨、色々ありそうだから見てみようぜ。何か気に入ったのあったら記念に買ってやる」
彼女の手があんまり柔らかで、俺はそう言いながら、自分の声が裏返らないように必死だった。
落ちつけ、俺。
彼女は俯いて頷く。さらりと綺麗な髪が、その動きに合わせて揺れ、ほんの少しの間、沈黙が降りた。
「......また負けた......」
小さな小さな彼女の声。
でもその声はくやしそうではなく、何かふわりとうれしい響きを持って俺の耳に届いた。
同時にきゅっと手を握ってくる細い指を感じながら、俺は自然に微笑んでいる。
負けず嫌いで自分で決めるのは苦手、服のセンスは良くて、きゅー太郎とウサギ好き?
かわいすぎかよ。
喉元まで出かかるけど、今はまだ告白してやらない。
勝ち続けるのも大変なんだぜ?
そう思いながら、俺は彼女の手を握る指に軽く力を込めた。




