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アンカー 三日月帆立


「……ねぇ、私の勝ち?」




 彼女が無垢な笑みを、一番の顔を見せる。勢いで仕掛けた勝負に対し完璧なカウンターを受け、脳がクラっとする。口元から手を離せない。この赤くなった頬、負けを認めているかのようで離せなかった。




「ねぇ、教えて?」




 彼女はずいっと距離を縮めてくる。口を覆った手に、自身の手を重ねながら急接近してくる。熱くなった互いの手が触れ、ただでさえ高くなった心拍数がさらに跳ねた。真っすぐ見つめる目、ここで背けたら負ける。




……考えるよりも先に体が動いた。




「…これが答え」




 キス。重ねた手を掴んで引き寄せ、一思いに唇を重ねた。ちょっと前まで出来なかったこと、先ほどまでの笑顔はどこへやら、鳩が豆鉄砲をくらったようなぽかんとした顔。




「っへ。そっちの方が可愛いぜ」


「……あ」




 彼女の顔に涙が浮かび、頬を伝う。キスした唇からは、前嫌いなんて言った紅茶の香りがした。彼女の両目からは止まる事のない涙が、静かに流れている。




「あー…なぁ?」




 次に言葉を発しようとした瞬間、涙を流しながらキッと睨まれた…と、思った次の瞬間胸にドンと衝撃が走る。彼女が文字通り飛び込んで、腕を俺の背中に回し掴んで離さない。




「逃げないで」




 震えた声で彼女が言う。




「…逃げないよ」




 ビルで会った野うさぎの様な、華奢な体をそっと抱き返す。びくっと小動物のように驚いた反応を見せたが、静かに俺を受け入れてくれた。






 キスされた。その瞬間胸の中で固まっていた何かが砕け、涙に変わった。明らかに動揺する彼、今の私なら、彼にもっと…


 思い切って体を投げ出す。着地点は彼の胸の中、ビルで見失ったウサギが飛び跳ねてゆくように投げ出し…ドンと骨盤の音が響く。私のおでこと、彼の胸の骨の音。




「逃げないで」




 手を後ろに回し、がっちりホールドする。顔は見えないが、心臓は早く脈打っている。私の心臓の音は聞こえているのだろうか、きっとこの耳まで聞こえる私の音は聞こえるかもしれない。彼が動いた。逃がすものかと、手を強く握りしめる。




「逃げないよ」




 私の思いと裏腹に、彼は私を包み込んだ。びくっと震えるが、前のようにもう逃げない。逃げようと思わない、暖かい感触が落ち着く。そうして涙の枯れるまで、私も、彼も動かなかった。






「はい、紅茶」


「ありがとう」




 テーブルを挟んで二人、彼の服には私の涙の痕が二つ付いている。




「…今度こそ私の勝ち?」




 お互いの沈黙を破った。私はもう止まらない、この気持ちは一人の感情じゃないから。彼は紅茶を一口飲み、カップを静かに置いて言う。




「あぁ、負けだ。俺のな」




 手を上げて降参のようなポーズを取り、私が紅茶に口をつけたところでこう切り返してくる。




「で、あれの返事は?」




 そう、『好きだ』彼が私に面と向かって伝えた3文字、あわや紅茶を吹くかと思う。返事も分かってるくせに、




「ケホッケホ… さっきのでわからないの?」




 不満げに頬を膨らませ、少し睨む。睨む先は服に二つ付いたシミだ。その目線を追っていた彼はどうやら察したようで、目をそらして紅茶を飲んだ。




「ふふっ、私の勝ち」


「…負けてねぇし」




 口ではそう言っているが顔は少し赤くなっている。カップに入った紅茶を一気に飲み干し、静かに置いてそっぽを向いた。私は向いている側に回り込んで、




「おかわりは?」




 微笑んで聞いた。




「おかわりは?」




 彼女は笑顔で聞いてくる。普通わざわざそっぽを向いた人の視線に回り込むだろうか? 涙で腫れた瞼で、やや下を向いている俺の視線に入り彼女は聞いてくる。




「…いる」


 


 今は彼女を直視できない。直視すると、心臓が爆発しそうだ。自分でキスした手前、その行動は正しかったのかと今になって冷静さが訴えかけてくる。彼女はもう吹っ切れたのか、告白前より積極的に攻めてくる。




「はい、どーぞ」




 湯気の立つ紅茶を差し出してくる。前は嫌いだといった紅茶の香り、嫌いと言うのは本心ではない。




「実はさ…」


「なに?」


「この紅茶嫌いじゃないんだ」


「……今更? 知ってるわよ」




 笑顔で自分のカップにも紅茶を注ぐ彼女、可愛い。言葉で形容しがたい可愛さがこみあげてくる。




「なぁ」


「ん?」




 こちらを不思議そうな目で見つめる彼女に、はっきりと思いを伝えた。




「好きだ」




 彼女の瞳孔は一瞬大きくなり、戻った。彼女の返事は……


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