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鍾塔

 この館は迷路みたいに通路が入り組んで、部屋数も多い。どこに何があるのか、誰も全貌を把握していない。

 毎年二つ三つは隠し部屋や隠し通路が発見されるというし(これはチーフから聞いた話)、毎年客もしくは従業員のニ、三人は行方不明になってシルフでも発見できていない(これは先輩の従業員から聞いた話)……というのはさすがに冗談だと思うけれど、いずれにしてもプルドイリス男爵とその娘が親子ともども迷子になってしまう可能性は、そうならない可能性よりもはるかに高かった。そのような状況下で、アリッサがふたたびシャーロナを見つけたことは幸運としか言いようがなかった。

 アリッサは中庭にいた。どっちへ行ったものかと悩んでいると視界の隅っこを人影がかすめた。

「あっ……」

 隣の建物の三階の窓。廊下をさっそうと走り抜けるローブ姿は間違いなくシャーロナだった。

「どこへ行くつもりなのよ……」

 もうっ、とため息をついて後を追う。

 その建物は四角い外観をしていて、屋根から細長い塔がロウソクを立てたように一本だけ突き出している。『シトラス鐘塔(シトラーナ・ケラ)』と呼ばれている、一風変わった建物だ。

 アリッサはとりわけ三階を慎重に探したが、シャーロナの姿はどこにも見当たらなかった。建物の入口は一か所しかなく、彼女と入れ違いになったとは考えにくい。

 残るはまっすぐ伸びたロウソク部分、つまり鐘塔だけだ。アリッサは果てしなく続く階段の前でまたため息をついた。




 ブツブツ言いながらセッセと階段を上り詰め、最上層までたどり着いた時には息が切れかかっていた。

 たえまない風音が耳をおおう。

 塔の頂上は完全な吹きっさらしだった。周囲には柵も欄干もなく、四方の柱が天井を支えているだけだ。五、六歩も歩けば端に届いてしまうほどのせまさで、七歩目は地面まで真っ逆さまだ。

 その吹きっさらしの中心には巨大な木組みが鎮座している。鐘を吊るす架台だということはすぐに分かった。けれども鐘は失われており、木組みだけが取り残されている。

 木組みの向こう側にシャーロナがいた。床の端ギリギリに立ってハルティアの街区を見下ろしている。

「──お客様」

 アリッサは架台にしがみつきながら風音に負けじと声をあげた。

「こんなところへ来ていただいても何もございません。もっと静かなお部屋へご案内いたしますので、どうかお戻りください」

 相手は背を向けたまま身じろぎしない。

「シャーロナさま?」

「サリカ・プルドイリス……」

「えっ?」

 アリッサにはよく聞き取れなかった。いま何と言ったのだろう? だがシャーロナは振り向きもせず、ただひとり言のようにつぶやいている。

「プルドイリス家の家祖。故郷プルディマ・カンナの英雄。わたしの祖先は国を救った英雄だったわ。代々、一族は優れた魔法使いを輩出し、国を守り、まるで精霊の現し身のごとく土地の人々の尊崇をあつめる存在であり続けた……」

「あの、お話でしたらこんなところではなく、下の部屋でゆっくり──」

 いい加減にしてほしいという気分がついにじみ出た。するとようやくアリッサの存在を認めたようにシャーロナが振り返った。

「あなたには分からないでしょうね。伝統ある家名を背負うことの重さというものが」

 その毅然とした口調は貴族らしい傲慢さというよりも、ただ事実を述べているだけといった口ぶりだった。アリッサはどう言い返せば良いのかも分からなかった。一方でシャーロナはアリッサの反応などまるで気にしていないようだった。

「いいのよ。こんなこと誰にも理解できるわけがないのだから。でも、ね。……その力はとうの昔に失われたのよ。それが何を意味しているのか……。名誉だとか賞賛だとかそんなもの、裏返してみれば魔法使いではない者がどういう扱いを受けるのかということ……」

 彼女はいったいなんの話をしているのだろう? 

「まがいものなのよ。全部ウソだったの。わたしの魔法は。いいえ、プルドイリスの家そのものが。醜い、いつわりの血筋だったの」

 フードの下からのぞくあざけるような冷たい笑み。

「高潔とはほど遠い、ズルくていやしい家系。なんておごがましいのかしら……! 王都の名だたる貴族たちと肩を並べて、恥ずかしげもなくそこにいることが当然のような顔をして、偉そうに……。ゆがんだ性根を図々しくさらけ出していただけなのだわ。……初めから空っぽなら、むしろその方がよかった。裏であざけりを受けながら、良い気になって生きつづけるなんて、わたしにはとても出来ない」

 彼女が何を言っているのかアリッサには理解できなかった。ただ普通ではない雰囲気を感じた。

 その時、塔の下から声がした。腰が引けたまま見下ろすと、中庭を駆け寄ってくる男爵の姿があった。

「シャーロナ!」

 切々とした呼び声は風にかき消される。

 目の前でシャーロナのフードがめくれ、アリッサははじめて彼女の素顔を見た気がした。額から鼻梁にかけて気品ある貴族らしい顔立ち。透き通るような肌。凛とした青灰色の瞳に、傲然とした光を宿している。

「父に伝えて。わたくしは怪物の餌となってみじめに生きるくらいなら、いっそ名誉のために終わりを選びます」

 シャーロナの足がゆっくりと何もないところに踏み出した。彼女の体がゆらりと傾いた瞬間、アリッサは心臓を氷でつらぬかれたような恐怖を感じた。

「──だめ!」

 とっさに木組みを通り抜けていた。伸ばした手がローブの(そで)をギリギリつかんだのと同時に、足首にしびれるような痛みが走った。バランスを崩した体を支えようとした時にはすでに手遅れだった。

 踏み出した足は宙をかすめ、アリッサの体はシャーロナとともに鐘塔から飛び出していた。

 続けざまに起こった出来事は、まばたきをする時間にも満たないほど一瞬のことだった。にもかかわらず、アリッサには起きていることのすべてがゆっくりと動いているように感じられた。

(あ……)

 断崖のような鐘塔の壁、その先には三階の屋根が張り出していて、さらに先には地面がひろがっている。それがだんだんと近づいてくる。

 ちょうど向かい合うような形で落ち続ける二人。シャーロナの両目は祈るように閉じられている。

(……どうして?)

 そう思った瞬間、落雷のような轟音が鳴り響いた。

 真下で何かが乱暴にはじけ飛び、破断した木切れが舞う。

 下階の閉ざされた窓だった。鎧戸が突き破られてそこから猛烈な気流が吹き出すと、平べったい魚影のようなものが飛び出してきた。

 後で知ったことだが、それは踊り場に敷いてある絨毯だった。

 絨毯は上昇気流にのって舞い上がると、落下する二人の体を包みこむように受け止めた。

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