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聞き耳

 いつもより客が多いというわけでもなければ、いつもより忙しいというわけでもなかった。それなのにアリッサはソワソワと落ち着かない一日だった。

 理由は明らかだ。

 階段の前を通りかかるたびに、執務室の状況が気になって仕方がない。もう昼過ぎだというのに男爵様はまだお帰りにならない。そればかりか、時々、怒鳴り声がスタッフの控え室あたりまで聞こえてくる。

 いったい何をそんなに話しこんでいるのだろう? その疑問に対する解答はただ一つしかない。先日のシャーロナ・プルドイリスの一件。それ以外に考えられない。

 とはいえ、彼女は安静に自宅へ戻ったはずだ。ケガをしていたわけではなかったし、万が一のために高価なポーションを飲ませてもあげた。

 それなのに、父親であるプルドイリス男爵がわざわざ直談判(?)におしかけて来た理由は何だろう? 何か予想外のトラブルが持ち上がったのだろうか?

 ……と、そんなことがアレやコレやと気になってしまって、朝から仕事が手につかないというわけだった。

(ダメよ、アリッサ! 目の前の仕事に専念しなくちゃ!)

 アリッサは何度も自分に言い聞かせた。二度とふたたび仕事をサボるわけにはいかない。自重せねばならない。

 にもかかわらず、ふとした刹那に頭の中に不穏な記憶がよみがえってくるのを止められない。

 それは地下室で遭遇した不気味なモンスターの記憶。思い出したくもないあのおぞましい存在。そして、暗闇に光る鏡。そのことが、『水鳥の間』で気を失って倒れていたシャーロナの姿と結びついて、実は互いに関係しているのではないかという疑念が膨らんでゆく。

(なんだかイヤな予感がするわ)

と人並みの直感が告げているのだった。

 気がついたらアリッサはコソコソと階段を上っていた。他の同僚たちの目をかいくぐるようにしてオーナーの執務室に近づいてゆく。

 意外なことに、執務室の前には二つの人影が並んでいた。よくよく見ると先輩の同僚たちだった。二人してドアに耳をくっつけている。

(ちょっと、ちょっと! お二人とも何してるんですかっ)

(あらアリッサ。アンタも来たのね。ひひひ)

(もぅっ。ダメですよ。仕事サボってちゃ)

(そういうアンタだって、気になって仕方がないからここに来たんでしょ?)

 どうやら心ここに在らずなのは、アリッサだけではなかったようだ。

(……実はその通りです。それで、中はどんなご様子ですか?)

(ひひっ。なかなかの修羅場みたいだねぇ。ひひひっ)

(──しっ。二人とも声が大きいよっ!)

 閉じられたままのドアに張りついて、三人は聞き耳を立てる。部屋の中から野太い声が聞こえてきた。

「こちらが田舎領主だからと(あなど)っておられるのではないかな? いったい、貴女はこの不始末をどうつけるおつもりか!」

「言いわけはいたしません。ですが、何度も申し上げたとおり、あの部屋は立ち入りを禁止していたのです」

 男爵とオーナーとが口論を繰り返している。激しい言葉の応酬に混ざって、時おりカン高い声がひびく。

「お父さま! もうおよしになって!」

 その細い悲鳴のような声にアリッサは聞き覚えがあった。

(シャーロナだ……)

 それからまた静かになって、くぐもった声で会話がつづく。

「ならばその場所へ案内してもらおう!」

「ほんとうによろしいのですか? さしでがましいようですか、いましばらく、お嬢様の……」

「それこそ余計な口出しというものだ。そもそも、この店が学生の出入りを許していることが原因なのだ。まったく! 娘をハルティアに来させるべきではなかった。魔法学校へ行かせたのが間違いだった!」

 イラだつ父親と、泣きじゃくる娘の声がする。やがて部屋から出てこようとする気配を察して、

(おっとと、まずい)

(逃げろっ)

 こういう時だけ勘のいい三人は、たちまちドアから離れて階段を駆け降りた。

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