訪問客
朝、アリッサがすがすがしい気分で林の中の小径を歩いていると、小鳥のさえずりがいっせいに止んだ。背後から、蹄と車輪のけたたましい音が追いかけてくる。
木々の合間から眺めると、石畳の坂道を一台の馬車が猛烈な速度で駆け上ってくる。
アリッサが出勤に利用しているハイキングコースは、いわば従業員用の裏道のようなものだった。その裏道とは別にもうひとつ、石畳みの立派な坂道がもうけられていて、こっちの方がいわば本道だ。
店の客はたいてい貴族だから、この本道を馬車で上ってくるのである。
とはいえ、時間はまだ開店前だった。
(店に何かあったのかな?)
このところ、店はトラブルつづき──というか、ほぼ毎日トラブルつづきだと思い直すアリッサだった。
石畳を激しくたたく音はアリッサを追い越して、丘の上に遠ざかっていった。
「プルドイリス男爵だ。いま、オーナーと話してる」
ダグノは執務室につづく階段のほうに顎をしゃくった。
馬車をとばして押しかけてきた男爵様は、店に乗り込んでくるなり、
「この店の責任者に会いたい」
開店前にもかかわらず、大声で言い放ったそうだ。
厨房から料理人のボヤキ声が聞こえてきた。
「──やれやれ、早起きなんてするから仕事が増えるんだ。おおい! 誰でもいいから客人に茶菓子を持ってってくれ!」
「は、はいっ」
受け取ろうとしたアリッサをダグノが止めた。
「俺が持っていく。お前はいつもどり開店準備を頼む」
ダグノに横取りされたトレイを見て、アリッサは「おや?」と思った。
カップは三つだった。
ひとつはオーナーの分として、来客は男爵様ともうひとりいるらしい。




