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星を泳ぐ小さな命  作者: たんすい
第1章:喪失の水辺
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大気圏突入  アクア・ドームの終焉

 カプセルが大きく揺れた瞬間、神崎は自分たちが本当に「落ちている」のだと理解した。


「ユウ、怖い」


 リンの声が震えている。息が届きそうなほどの隣で、彼女の細い指が俺の手を強く握りしめる。爪が白くなるほど強く。


「大丈夫。ARK-μの設計を信じよう」


 そう言ったものの、喉は乾いて張り付いていた。

 ARK-μが設計した脱出カプセル。完璧な計算。完璧な軌道。

 それでも――これから起こることは、本能が拒絶する落下だった。


 ゴゴゴゴゴォォォ――。


 最初は遠い雷鳴のような音。それが徐々に巨大な獣の咆哮へと変わっていく。

 大気圏との接触。時速数千キロで空気分子を切り裂き、粉砕する音。

 カプセル全体が軋み、外殻の悲鳴が振動として体に叩きつけられる。


 窓の外が赤く染まった。


 オレンジの炎が視界を覆い、カプセルを包み込む。

 数千度のプラズマが外殻を舐め回している。それでも船内の温度計は摂氏二十三度のまま動かない。耐熱シールドは確かに働いている。


 頭では分かっている。だが――

 その向こう側に自分たちがいるというだけで、心臓は早鐘を打った。


「見て……」


 リンが囁く。

 炎の向こうに、無数の光の筋が散っていた。流れ星――いや、違う。


 アクア・ドームの破片だ。


 かつて父が建設技師として誇りを持って携わった居住ステーション。

 人々が暮らし、後に淡水魚保全施設に転用され、そして「奪われた」場所。


 父はそれを取り戻そうとし、テロリストと呼ばれるようになった。


 そして今――その残骸が、彼らと同じように炎を纏って落ちている。


 金属片、居住区の壁、そして水槽だったモジュール。

 大小さまざまな破片が流星のように赤く輝き、夜空へ散りばめられた花火のように降り注ぐ。


 あの中のどれかに、父がいる。


 神崎の喉が詰まった。

 あの光の粒の一つに。

 あの赤く燃える流星の一つに。父の命が。


 美しさと残酷さが混じった、鎮魂の花火だった。

 数百、数千、数万の光の粒が暗黒から地球へと落ちていく。

 すべてが終わり、すべてが消えていく光景。


 魚のために奪われた場所。

 人のために戦った場所。

 そして今、誰のものでもなくなっていく場所。


 父が命をかけて守ろうとしたもの、

 人々のために奪い返そうとしたもの、

 そのすべてが、消えていく。


 ガクン、と突然カプセルが傾いた。


「きゃっ」


 リンが悲鳴をあげ、神崎は胃が浮く感覚に襲われる。

 姿勢制御スラスターが必死に吹き、角度を修正しているのだ。

 一度でも失敗すれば、彼らもただの流星になる。


 そして、足元に――青が広がった。


 窓越しに覗く、深く、深く美しい青。

 ――地球。

 雲の白、海の青、陸地の茶。生命の星。

 彼らの生まれた星。記憶よりもはるかに鮮やかで、まぶしかった。


 同時に神崎は感じた。


 重力を。


 見えないが確実に存在する巨大な力。

 この惑星の質量が生み出す、抗いがたい引力。

 それは彼らを優しく抱きしめようとしているのか。

 それとも容赦なく引きずり落とそうとしているのか。


 青い星は、美しい揺籃であり、恐ろしい深淵でもあった。


 ゴォォォォォォォ――!


 咆哮が最大音量に達する。

 カプセル全体が震え、歯がガチガチと鳴った。

 Gが襲い、体が座席に押しつけられる。呼吸が苦しくなる。


 リンの手が、神崎の手を掴んだ。


「ユウ……」


「大丈夫」


 今度は、神崎も彼女の手を握り返した。

 温かい。生きている。

 二人とも、まだ生きている。


 窓の外では、アクア・ドームの破片が赤い花を咲かせ続けている。

 その下では、地球が青い腕を広げて待っている。


 そして彼らは、その狭間を――炎に包まれながら落ちていく。


 生き延びるために。

 生還するために。

 あの、命の海へ還るために――。

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