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星を泳ぐ小さな命  作者: たんすい
第1章:喪失の水辺
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リトル・ライフ・プロジェクト

 JAXA 地下統合研究施設アクア・ネスト


 否決の余波がまだ胸に残る中、神崎優希の研究室に、淡い光の粒子が集まり、光となって差し込んだ。それは、ホログラムとして現れた林芽衣の姿だった。彼女の立体像が水槽の傍らに静かに浮かび上がる。地球の地下深くから、宇宙の軌道上へと繋がる細い糸――通信回線を通じて、二人の共同作業が始まろうとしていた。


「プロジェクト名だけど【リトル・ライフ・プロジェクト】というのはどうだろう?」

 神崎は、控えめに提案した。


 リン――林芽衣のホログラムは、わずかに頷き、穏やかな微笑を浮かべた。

『いい名前ですね。【小さな命のプロジェクト】。それでこそ、私たちの始まりに相応しいです』


 過去の痛みを分かち合い、未来への希望を共有した二つの魂は、星々の海を越えて固く結ばれた。神崎とリンによる、小さな命を宇宙そらへ届けるための共同開発が、静かに、しかし確かな熱を帯びて始まった。


 二人は即座に役割を分担した。神崎の担当は、容器の規模設定。具体的には、アベニーパファーの一ペアが長期飼育と繁殖を可能とする最低限の水量を、既存のデータと観察から導き出すこと。リンは、宇宙ステーションの限られた資源を考慮した設計の全体像を、ARK-μと連携して練る。時間は限られている。ISERCの再提案期限は、わずか一週間後だ。


 神崎は、研究室の中央に据えられた小型水槽に視線を移した。そこには、母の遺した最後の血統――アベニーパファーのペアが、静かに泳いでいる。オスは活発に動き回り、メスは優雅に水草の陰を巡る。リンのホログラムが、水槽に近づく。光の粒子が水面に反射し、幻想的な揺らめきを生む。


「ほんとだ……絶滅したフグが、ここにいるなんて」

 リンの声は、感嘆と微かな驚きに満ちていた。彼女の故郷を失った喪失感が、この小さな命に重なるように。


「ああ。この子たちが、母さんが僕に遺してくれた最後の命だ」

 神崎は、水槽を覗き込むリンの横顔に、穏やかな視線を向けた。


 神崎は、静かに頷いた。

「メスは抱卵しているんです。繁殖行動が始まれば、産卵も見られると思いますよ」


 リンのホログラムが、わずかに身を乗り出す仕草を見せた。

『本当ですか? どのような繁殖行動なのですか?』


「オスがメスのお腹を突くんです。まるで『早く産め』と急かすように。産卵する時には、寄り添って体を押し付けるんですよ。あの小さな体で、互いに支え合う姿は……本当に美しいんです」


 言葉を交わす間も、二人は水槽を注視した。やがて、オスの動きが活発化する。メスが水草の葉に体を寄せ、腹部を震わせる。オスは素早く近づき、鼻先でメスの腹を優しく、しかし執拗に突く。メスは抵抗するように体を捻るが、やがて諦めたように体勢を整える。二匹の体が、ぴたりと寄り添う。オスがメスの体に密着し、静かな圧力を加える。


 そして――産卵が始まった。


 小さな卵が、次々とメスの体から零れ落ちる。一粒一粒が、水草の葉に付着する様子は、まるで星屑が夜空に散らばるよう。卵は透明で、内部に微かな黄色い点――これが未来の命の兆しだ。オスは即座に精子を放ち、受精を促す。全体のプロセスはわずか数秒。だが、その集中した緊張と、達成された安堵の余韻は、二人の胸に深く刻み込まれた。


 リンのホログラムが、息を呑むように沈黙した。『……感激です。こんなに小さな命が、こんなに強い意志で繋がろうとするなんて』


 神崎は、観察データを即座に記録しながら、静かに応じた。

「これで、データが揃いました。容器の大きさは、260ミリ×140ミリ×120ミリ。水容量は約2リットル。これが、最低限の繁殖スペースと水量です。一ペアであれば、長期飼育も可能。ストレスを最小限に抑えられます」


 リンは、データを即座に受信し、ホログラムの指先で仮想のメモを取る仕草を見せた。

『了解しました。これを基に、最高の設計を練り上げます。……そして設計が固まったら、今度はあなたの番です、神崎博士。』


 そういうとリンは手を差し出した。


『行きましょう。アクア・ドームへ』


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