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星を泳ぐ小さな命  作者: たんすい
第1章:喪失の水辺
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失われた座標

 爆発の衝撃でモジュールが分離され、カンナは宇宙の闇に投げ出された。

 ゆっくりと意識を取り戻す。


 視界はまだぐるぐると回り、世界が何層にもずれて重なって見えた。

 吐き気が喉元までこみ上げ、指先の感覚がじわじわと戻ってくる。


 耳の奥では、断続的な警報音と金属が軋むような不協和音が響いていた。

 〈OTOHIME〉のコクピットは乱れたままで、表示パネルの一部は黒く滲み、

 残った文字が小刻みに点滅している。


(どれくらい、気を失ってた……?)


 カンナは操縦桿を握りしめ、機体の制御を取り戻そうとした。

 だが〈OTOHIME〉は無反応のまま、ゆっくりと回転を続けている。

 甲高い警告音が鳴り響いた。


『警告:オートバランサー機能不全。姿勢制御システム故障』


「くそっ、一番大事なとこが……!」


 悪態をつきながら、強制的に手動制御へと切り替える。

 IMCS(慣性姿勢制御システム)とスラスターを連動させ、逆噴射でジャイロ回転を相殺。

 数秒の格闘の末、機体はようやく静止した。


 荒い息を吐き、HUDヘッドアップディスプレイを起動。

 その瞬間――凍りつく。


 ――腕の中にあったはずの温もりが、ない。


 爆発の瞬間、〈OTOHIME〉のアームで庇ったはずの神崎優希の姿が、どこにもない。


「ユウ……?」

 声が空間に吸い込まれていく。


 通信回線を開く。

「ユウ! どこ!? 返事して!」


 しかし、通信ステータスは『OFFLINE』のまま冷たく点滅している。

 爆発の衝撃で通信機ごと吹き飛ばされたのだろうか。


 カンナはパニック寸前でARK-μの回線を開いた。

「ARK-μ! ユウがいない! どこにもいないの!」


『無事でしたか、カンナ。落ち着いてください』


 鋼鉄の声は、こんな時でも冷静だった。

「落ち着けるか! ユウがいないんだ! 座標を教えて!」


『……スキャンを実行します』


 永遠のように長い数秒。


『神崎博士の座標を特定できません。爆発の影響で宇宙服の通信機およびビーコンが故障した可能性があります』


「そんな……」


 カンナは唇を噛んだ。胸の奥がざわつく。

 恐怖と怒りが入り混じり、心臓を叩いた。


「どうやって探せば……いや、探す。絶対に探す。まだこの宙域にいるはずだ……!」


 彼女がセンサーを乱暴に動かそうとしたその瞬間、――回線に割り込む声があった。


『ARK-μ、優希からか? 優希とカンナは無事か?』


 ――カガトだ。


 カンナが言葉を発するより早く、ARK-μが重々しい声で応答した。


『はい。二人とも無事です。リングコア2の分離は成功しました。ただし、爆発の影響で神崎博士の通信機が故障した模様です』


 カンナは息を呑んだ。


 ARK-μが――嘘をついた。


 それは、彼女が信じていた“命を守る機械”が、命を切り捨てた瞬間だった。


『カガト。地球の運命は我々の手にかかっています。優先すべきは、残るリングコア1の分離です。急ぎましょう』


 AIは「感情」を捨て、「論理」を選んだ。

 もしここで神崎の失踪を報告すれば、カガトは息子の救出を優先する。

 作戦は破綻する――ARK-μは、その可能性を排除したのだ。


 だが、カガトは黙らなかった。


「ARK-μ。カンナの回線に繋げ。直接話す」


『その必要はありません。リングコア2の分離は神崎博士とカンナの連携により成功しました。今、優先すべきは――』


「いいから繋げと言っている!」


 怒声が真空に響いた。

 AIの論理と人の情が、無音の宇宙で衝突する。


 沈黙ののち、合成音声が低く応じた。

『……回線を接続します』


 スピーカーが切り替わり、カガトの声がカンナのコクピットに届く。


『カンナ、一体何があった。優希は本当に無事なのか』


「……ユウがいなくなった。リングコア2の分離時の爆破で宇宙に投げ出された。今、探してる。でも無線が繋がらない……!」


『……そうか』


 カガトの声は静かだった。

 だが、その奥には炎のような決意があった。


『わかった。いますぐそちらに戻る。リン技術士にも伝えてくれ。宇宙での遭難は、一刻を争う』


 その言葉を遮ったのは、ARK-μの冷たい音声だった。


『カガト氏、任務放棄は許されません。戻るのであれば――こちらに返答のない極端な行為と判断し、阻止措置を執行します』


「どうするというんだ?」


『リングコア1から離れるなら――撃ちます』


 ARK-μのパワードスーツが、カガトのいる方向へ重い機体を向けた。

 肩部兵装が起動シークエンスに入る。


 だが、カガトは鼻で笑った。

「嘘が下手だな、ARK-μ」


『……どうしてですか』


「俺を撃てば、リングコア1の生体認証は二度と通らん。地球は救えない。お前の論理は、破綻している」


『…………』


「戻るぞ、ARK-μ。お前もだ。二人を探す」


 そう言い残し、カガトは推進器を点火した。

 ARK-μの巨体は、その場で静止した。


 完璧な論理が、“親子の絆”という名のバグによって、初めて沈黙した。


 宇宙は静かだった。

 だが、その静けさの中で、確かに命が動いていた。

 星の光が、かすかな希望を灯す。

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