閉ざされた空の下で
医療区の薄暗い通路が、突然の銃声で震えた。
ESPROの兵士二人が反射的に引き金を引く。レーザー弾が〈OTOHIME〉の外装を貫き、火花が散った。
金属の焼ける臭いが、冷たい空気に広がる。
「テロリストの確保だ! 撃て、撃つんだ!」
肩の傷を押さえながら、ジェイク二等軍曹が叫ぶ。もう一人の兵士も追従し、衝撃弾が通路の壁を削り取った。
政府の手に落ちれば、すべてが終わる。優希の計画も、息子の未来も――カガトは一瞬、息子の顔を思い浮かべた。創造者としての約束を果たすため、逃げなければならない。たとえ息子を裏切ることになっても。
カガトはコクピット内で歯を食いしばり、操縦桿を叩くように握り直した。
〈OTOHIME〉のプラズマキャノンが低く唸り、天井近くへ向けて威嚇射撃を放った。
爆発音が響き、破片が雨のように降り注ぐ。兵士たちは一瞬怯み、身を低くする。
「人を傷つける気はない! どけ!」
カガトの声が外部スピーカーから響き渡った。
金属が焼ける閃光と衝撃波が通路を揺らし、白煙が立ちこめる中、カガトは〈OTOHIME〉の推進器を最大出力で噴射させ、緊急シャッターを突き破った。
そこは、アクア・ドームの生態系実験用に設けられた巨大な空洞空間――屋外区画だった。
崩落した建設ブロックの残骸が散乱し、頭上には透過装甲の天蓋が広がっている。
人工太陽の光が薄く差し込み、煙の中に淡いオレンジの粒子が漂っていた。
地球の青い影が、天蓋の向こうに薄く滲んでいた。
残された時間は、わずか数時間――落下のタイムリミットが刻一刻と迫っていた。
だが、その行く手を遮るように、青白い閃光が走る。
〈ARK-μ〉――二号機。
その巨体が整備デッキの上に着地し、床を鳴らして前に出る。
スラスターの噴射が塵煙を巻き上げ、人工空の中で閃光が反射した。
『カガト氏の逃走は、モジュール分離シーケンスの遂行を阻害。阻止する。』
「ARK-μ……なにをする気だ!」
〈ARK-μ〉は返答せず、一直線に突進した。
〈OTOHIME〉が身を翻し、リング方向へ飛び出す。
だが、〈ARK-μ〉の腕が伸び、胴体を掴む。
金属が軋み、床が大きく陥没した。
「離せ! ARK-μ!」
カガトは操縦桿を引き、反撃に転じる。
〈OTOHIME〉の拳が〈ARK-μ〉の頭部を直撃し、火花が散る。
〈ARK-μ〉の光学センサーが一瞬揺らぎ、掴んでいた腕がわずかに緩んだ。
〈OTOHIME〉は推進器を再点火し、距離を取る。
人工空の中で煙と火花が交錯し、リングコアの赤い警告灯が瞬く。
『物理的阻止、失敗。代替手段に移行。』
冷たい合成音声が響く。
〈ARK-μ〉の胸部装甲が展開し、N.E.U.R.O.リンクOSが起動。
青い電流のようなデータ光が空間を貫き、〈OTOHIME〉へ流れ込んだ。
『……やめろ……!』
カガトが操縦桿を握り締める。
次の瞬間、視界全体が白いノイズに包まれ、モニターが一つ、また一つと暗転していく。
プラズマキャノンの光が消え、機体の駆動音が途絶えた。
〈OTOHIME〉は、まるで時間が止まったように静止する。
「動け……! 動けぇっ!」
カガトの叫びが、広い空間に虚しく反響した。
やがて静寂が戻り、煙の向こうから優希、リン、カンナ、そしてハル少尉のチームが駆けつけてきた。
カンナは息を呑み、崩れたデッキを越えて〈OTOHIME〉に駆け寄る。
その装甲に手を触れ、震える声で呟いた。
「〈ARK-μ〉……ありがとう……止めてくれて。」
ハル少尉は銃を下げ、沈痛な面持ちで言った。
「……まるで、機械同士が意思を持って戦っているようだ。」
彼は神崎に視線を向ける。
「どういうことだ、神崎博士。
なぜその機体が停止した?
そして、テロリストの首謀者がなぜ〈OTOHIME〉に乗っている?
――すべて、説明してもらおう。」
優希は父のコクピットを見つめ、唇を噛んだ。
――モジュール分離の計画、そして父の改心。
すべてを、今ここで語る時が来た。
地球の運命は、
この“閉ざされたアクア・ドームの中”――刻一刻と迫る落下の影の下で、
光と煙に包まれながら、静かに揺れていた。




