誰かの夢の盾
カガトが去り、〈STYx〉が動いた瞬間――
追放区画は、地獄と化した。
爆炎が奔り、粉塵が焦げた空気を巻き上げる。
居住モジュールの骨組みを踏み潰しながら、黒い鋼鉄の群れが一斉に進軍を開始した。
十六体。すべてが自律戦闘機。冷徹な殺戮アルゴリズムを宿す、鋼鉄の獣たち。
「くそっ……こんな数、正気じゃない!」
OTOHIMEのセンサーが赤く染まり、照準警告が同時に八つ点灯する。
プラズマ弾が壁を抉り、破片がカンナのコクピットを叩く。
機体の警告音が重なり合い、戦場の空気は電子の悲鳴で満ちた。
だがカンナは、怯まなかった。
両親が造った“救うための機械”を、戦うために変えたのは自分だ。
ならば、せめて救うために――戦い抜く。
「来いよ……おまえら全員、相手してやる!」
スラスターが咆哮を上げた。
OTOHIMEの白銀の機体が閃光の中を突き抜け、最前列のSTYxに膝蹴りを叩き込む。
金属が悲鳴を上げ、爆散した破片が鉄雨となって降り注ぐ。
続けざまに右腕のプラズマブレードが唸り、二体目の頭部を両断。
爆発の閃光がコクピットの内側を青白く照らした。
「まだだっ!」
だが敵は止まらない。
背後から三体が同時に射撃を浴びせ、装甲が悲鳴を上げた。
火花が散り、計器が一つ、二つと消えていく。
カンナは咄嗟に機体をスライドさせ、崩落した天井の梁を盾にする。
振り抜いたアームで一体を掴み、壁に叩きつけた。
その瞬間、モニターの隅に小さな反応。
――八つの生命反応。
居住区の残骸の影に、微かな呼気の熱源。
「よかった……まだ生きて……」
それは子供たち、女たち、老人たち。
テロリストに見捨てられ、地球政府に消されようとしている命。
カンナの喉が震えた。
「絶対に、わたしが守り抜く!」
STYxの一体がコンテナを発見し、砲身を向けた瞬間、
OTOHIMEが白光を残して突撃した。
プラズマ砲が発射される直前、カンナの機体がその射線を遮り、爆風をまともに受け止める。
装甲が焼け、警告が鳴り響く。だがカンナは叫んだ。
「奪わせない、このスーツが盾になってやる」
アームの一撃で敵の胴体が裂け、オイルが霧のように散った。
炎と煙の中、カンナの動きはもはや舞踏のようだった。
怒りと祈りが、機械を通して流れ出していた。
だが戦場は彼女を休ませない。
背後で複数の照準がロックオン。
轟音――。爆風が彼女を飲み込み、地面が波打つ。
機体が傾き、HUDに裂けた装甲のデータが赤く流れた。
「いける。まだ……動ける……!」
操縦桿を握り直し、全身の推進器を再点火。
OTOHIMEは半壊した姿のまま、再び立ち上がる。
その眼前――最後のSTYxが肩部を開き、内部のエネルギーコアが赤く光った。
『警告:高エネルギー反応を検知。起爆まで――30秒。』
地面、壁、天井。
無数の赤点が、死の予兆のように灯った。
それはESPROが仕掛けた爆薬。
STYxは戦闘のためではなく――殲滅のために投入された。
「……ふざけないでよ……!」
カンナは通路の奥で逃げ惑う生存者たちを見た。
距離が遠い。間に合わない。
なら、やることは一つだ。
脳裏に、父と母の笑顔がよぎる。
白衣の母が笑い、父が言っていた――
『この子はきっと、人を救う手になるんだ。』
「……悪くないじゃん、父さん。」
カンナは微笑み、スラスターを最大出力にした。
機体が唸りを上げ、通路脇の隔壁へ突進。
アームが金属を掴み、音を立てて引き剥がす。
――ギギギギギギ……ガコン!
巨大な鉄板が裂け、火花が降り注ぐ。
カンナはそれを抱え、爆薬のある方向へと身を晒した。
「これで……終わらせるんだ!」
隔壁を盾にし、生存者の前に立ちはだかる。
モニターのカウントが赤く染まる。
3……2……1――
光。
爆風が、世界を丸ごと呑み込んだ。
衝撃波が通路を砕き、灼熱がすべてを焼いた。
警告音の嵐。酸素警報、冷却喪失、装甲融解。
「——耐えろ、OTOHIME……!」
溶けゆく装甲の奥で、カンナは歯を食いしばる。
両親の夢が、ここに宿っている。
この機械は“人を救う”ために造られた――だから、退かない。
視界が白く歪み、全ての警告が止まる直前、
カンナは静かに呟いた。
「——生き延びて。あんたたちは……」
そして、世界は光に溶けた。




