表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

シルエットフォーミュラ

「……緑子は、こういうの、嫌?」


 黒子のまん丸で潤んだ瞳が、熱を帯びて縋るようにあたしを見つめてくる。


 やがて、黒子は、あたしをじっと見つめたまま、右手をそっと優しくあたしの胸に添えてくる。


 黒子の突然の積極的な行動に、顔がカーッと熱くなるのが自分でもはっきりとわかった。たぶん、今、真っ赤になってる。


「ふぇ!? ふぇえええっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいってばっ!」

「……やだ。今日は、もう絶対に待たない」


 いつもはまったくそんなことないのに、今日の黒子は、何故だか小さな子供のように聞き分けがなく、どうしようもなくわがままで不機嫌だった。 


(――ど、どどどどどうしよう!?)


 思わず、大慌てになってしまうほどには、あまりにも突然で――それはまさに、『青天の霹靂』という言葉がぴったりとしか言いようがなかった。


 い、いや、今さら確認するまでもないけど……あたしは、黒子のことが好きだ。


 というか、好きなんてもんじゃない。大好きで大好きで、軽くおかしくなるほどには大好きだ。


 こんなことを言ったら、笑われるかもしれないけど……


 でもあたしは、正直、自分自身のことなんかよりも、ずっとずっと、黒子のことを大切に思ってる。


「ふふっ」


 ほとほと困り果てたあたしを見て、黒子はふっと笑った。


 まるで、『ほんと、仕方ないなぁ』って顔をして。


 ――そう、その顔だ。


 その顔が、いつだってあたしの胸をドキドキさせて、ワクワクさせて、しまいには、胸のもっともっと奥のほうを、ぎゅっと――痛いくらいに締めつけてくるんだ。


 目の前で朗らかに笑う黒子は、あたしにとって――誇張でもなんでもなく、この世界でいちばん愛おしい存在なのだ。


「もしかしてさ、今さらかもしれないけど……黒子って、あたしと“そういうこと”、したいと思ってるの?」

「ふふっ、どうだろう? でも、それは――あなたが一番わかってるんじゃない?」

「……どういう意味?」

「だってさ、あなたが見てるわたしは、あなた自身なんだから」

「もう、意味わかんないっ!」


 わけのわからないことを言われて、あたしはぷくーっと頬を膨らませた。


(黒子のバカバカバカっ! せっかく、あたしが勇気を振り絞って“誘い”を匂わせたっていうのに、それを華麗にスルーするとか、ありえないっ! あんたってほんと、底抜けの大バカなんだからっ!)


 何も言わなくたって、察してよっ!


 顔が笑っていなくたって、そんなの気にせず、強引に行動で示してよっ!


 大好きで、大切で、どうしようもないくらい愛しいあんただからこそ――あたしは、多少無理やりにでもいいから、“特別っぽいこと”をされたいの!


 後のことなんて考えなくていい。


 ぎゅっとしてよ。骨がきしむくらい、強く強く、あたしを抱きしめて。


 何もかも、全部、あんたに奪われたい。


 生殺与奪の権利だって、まるごとあんたに渡して――その代わりに、あんたの心に、消えない傷を、永遠に残してやりたい。


 ……わかってるよ。こんなの、重たい女って思われるかもしれない。


 でも、もうそんなの、全然気にしてない。


 だって――誰かを好きになるっていうのは、本気で、その人のことを心の底から大切に思って、ちゃんと真剣に向き合うってことなんだから。


「……い……いいわよ」

「どうしたの?」

「だ、だからっ! い、いいって言ったのよっ!」

「何が?」

「くどいわねっ! あんたの好きにすればいいって、さっきからずっと言ってるじゃないっ!」


 涙混じりに、それでもあたしははっきりと言い切った。


「ふふっ、よく言えたわね」


 三日月のように口角を上げて、黒子がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 ……分かっていた。最初からずっと、嫌というほど分かっていたことだけど、黒子は間違いなく――小悪魔どころか、悪魔そのものと呼ぶにふさわしいほど、心の底から意地悪だった。


「……座って」


 状況がまったく掴めないまま、あたしはベッドの端に半ば強引に腰を下ろされた。


 黒子は、そんなあたしの前にひざまずき、身をかがめる。


 そのまま、黒子の指先がすっと胸元へ伸び――谷間をなぞりながら、おへそのあたりまでゆっくりと滑り降りてくる。細く長い指が、あたしのお腹を優しく撫でた。


「な、何をする気だよっ!?」

「知りたい?」

「当たり前だろ!?」

「ふふっ、いいわよ。つまりね、こういうこと――」


 ――そこで、朦朧としていたあたしの意識が、唐突に、しかしはっきりと覚醒した。


「……どうしたの? さっき、すごくうなされてたみたいだけど」


 ゆっくりとベッドの上で体を起こす。


「うなされてたって、あたしが?」

「うん。なんか、変な声を出してたよ……苦しそうな」

「それ、多分……い、いや、なんでもないっ! 絶対になんでもないから、この話はこれで終わりにしよう!」

「? なんか怪しいわね。何か思うことがあるなら、ちゃんとわたしに言いなさいよ」

「ば、ばばばばばばか言わないで! あんたになんか絶対に何も話さないからっ!」


(――あたしが黒子と、“ごにょごにょ”したいだなんて、そんなのたとえ死んでも言ってたまるかっ!)


「……はあ。仕方ないわね。まあ、別に言いたくないならそれ以上は言わなくてもいいわ。でも」

「?」

「寝てるときのあなたの声、ちょっと可愛かったわよ」


 ボンッ、と顔から煙が立ち上るような感覚に襲われた。


 “気づかれていないと思ってたのに”


 だけど、どうあがいたって、目の前の“こいつ”には敵わない――そんな気持ちにさせられる。


 それは、あたしが黒子という存在に、勝手に“シルエット(憧れの)フォーミュラ(白光)”を重ねてしまっているがゆえだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ