セカチュー
「んー」
口をチューとすぼめながら、あたしは黒子の顔に口を近づける。
理由は単純。
そう至って、単純なんだ。
それなのに、目の前の鈍感美人さんは、少し含み笑いを浮かべるように、
「なぁに? もしかして、タコの真似?」
とか言ってきた。
あたしはそれに対し、
「そ、そうだよっ! あたし、タコが大好きだから、黒子にもタコを大好きになって欲しかったんだよっ!」
我ながら素直になれない。
本当に素直になれない。
黒子が好き過ぎるあまりに、どうしても常に逆の態度を取ってしまう。
黒子が好き過ぎるあまりに、どうしてもいつも空回りしてしまう。
黒子が好き過ぎるあまりに、どうしてもあたしの心は乱されまくってしまう。
(黒子のばかっ! ばかばかばか! なんであたしの気持ちに気づいてくれないのよっ!)
視線を落としながら、いじけるように口を尖らせていると、ふいに黒子のあまい爽やかな香りが、あたしの顔に充満する。
「ふぁあ……」
あたしは今、黒子のぺったんこなお胸に顔を沈められているようだ。
「――別にさ、気づいてないわけじゃないよ」
「えっ!?」
思いもよらず、変な声を上げてしまった。
黒子はあたしの顔を自分の胸に押しつけて、そのまま全くといって離そうとしてくれない。
「ほ、ほへなは、はんへ?」
なんかよく分からないけど、黒子に思いっきり頭を押さえつけられてしまい、上手く喋れない。
「ふふっ」
「は、はひみょ?」
「あっははははははははは!!」
黒子の手の力が緩んだところで、あたしは思いっきり、その魔の手から逃れることに成功した。
「あんた、いい加減にしなさいよねっ! あたしをいつまでも、おもちゃにしてるんじゃないわよっ!」
「ふふふ、ごめんね。だって、緑子ってホント可愛いから」
「はあ!?」
「自覚なしかぁ」
漏れる、深いため息。
軽く両手を上げながら、黒子はやれやれと言った。
「ど、どういうことよ?」
「教えない」
「あんた、ツンデレでしょ!?」
「緑子ほどじゃないわよ」
どこか素っ気ない黒子の態度に、あたしは思わず気が立ってしまう。
(何なのよ! いつだってあたしは、黒子のことが好きなのに! ただ黒子のことが好きなだけなのに!)
素直になれない自分の不器用さに、思わず泣いてしまいそうになる。
自分が、もっと素直であれば。
そして、自分に、もっと愛嬌があれば。
言葉にできない想いを、心の中で何度も反芻する。
『可愛らしさがほしい』
『愛らしさがほしい』
『少しでいいから』
『ほんの少しでもいいから……』
(……そしたら、黒子はもっと、あたしのことを)
『大切に思ってくれたのかな』
堪えきれず、思わず涙が滲んでしまう。
「――ネコっているじゃない?」
ふいに、黒子が口を開いた。
その視線は横にそらされている。
「な、なんだよぉ……」
「いいから、黙って聞いてて。ネコってみんなから好かれてる生き物よね?」
「うん……」
「それって何でだと思う?」
「可愛いからじゃないの……?」
「違うわよ。そんな単純な理由じゃない。ネコがみんなから愛される理由――それはね」
黒子は珍しく真剣な表情で、あたしの目をじっと見据える。
「“心が読めないから愛されるの”」
「どういうこと?」
「人だってネコだってね、相手のことが完全に分かってしまったら、多分、それでもう関係はおしまいってこと。だって、そうでしょ? 最初からすべて分かっちゃってたら、“興味が持てない”じゃない。少なくともわたしは、“仲良くなりたい”なんて思わないわ。知らないからこそ、知りたいと思うのだし、理解したいからこそ、“好き”になったりもするのよ。それこそ引力のようにね。わたしはさ、緑子の複雑で厄介でツンデレなところが好き。大好きっ!!」
「……ホント?」
「当たり前でしょ。一体何年一緒にいると思ってるのよ」
「きききき」
「……緑子、あなたってまだその変な笑い方直ってなかったんだ」
「うるせーし! これがあたしだし!」
「やっと、いつもの緑子に戻ってきたわねぇ」
あたしたちは大きく笑い合うと、どちらからともなく――唇を寄せようとして、ガン!と勢いよく歯をぶつけてしまった。
どうやら、互いに緊張して、勢いが余りすぎたらしい。
「……緑子の、下手くそ」
「そ、そんなの、あんただってそうでしょ!」
この世は、ときに上手くいかない。
むしろ、上手くいかないことの方が多すぎる。
でも、だからこそ、そういう世界だからこそ――
人は“頑張ろう”って思える。
人は“生きよう”って思える。
(――あたしも)
次に、黒子とキスをする時は、もっと頑張ろうという気持ちになった。
“世界はいつだって輝いている”
(たとえ、もし、輝いていなかったとしたって、その時は――)
“輝かせればいいのだ”
(――きききき)
『世界はあたしたちを中心にまわっている』