黒子と緑子
――今日はパパとママが家にいない。
常日頃からラブラブなふたりは、前々から計画していた結婚記念旅行に出かけている。
まだ十五のわたしをひとり家に残して、何日も家を空けるなんて、なかなか思い切ったことをしてくれると思う。
(ふん、別にいいし。わたしはわたしで、好きにやらせてもらうから)
パパとママへの仕返し――というわけではないけれど、今日は幼なじみの緑子を家に呼んだ。
わたしの幼なじみであり親友の緑子とは、幼稚園の頃からずっと一緒で、片時も離れたことがない。
もはや、わたしにとっては『半身』と言ってもいいくらいの仲だ。
緑子の家は、わたしの家から歩いて二、三分の距離にある。
そのため、わたしたちはお互いの家をしょっちゅう行き来していた。
今日も、わたしが「家にパパとママがいないの」と軽く愚痴ると、「すぐに行くから!」と言って、あっという間に駆けつけてくれた。
そして、今わたしたちは、ふたりでソファに腰掛け、のんびりとホラー映画を観ている。
普段、わたしたちはあまりホラー映画を観ない。
だけど、このときのわたしたちは、なぜだか――いや、間違いなく“そういう気分”だった。
いくつものホラー映画を観始めてから、おそらく数時間は経っただろう。
夜も更けてきて、わたしは近くに置いてあったスマホを手に取る。
時刻は、まもなく二十二時になろうとしていた。
(……わたしは別に怖がりじゃないし、どれだけこういう映画を観ても夜道なんて怖くないけど……緑子は大丈夫かな)
わたしたちが今日観たホラー映画たちは、いわゆる『Jホラー』と呼ばれるおぞましいものだった。
世間で言われる『身の毛もよだつ』という表現は、まさに『Jホラー』のためにあるんじゃないかと思うほどの、上質でぞっとするような雰囲気の映画たちだった。
というか、ぶっちゃけ怖すぎた。
下手をすれば、わたしでさえ夢に出てきそうな勢いである。
(なんとなく、緑子といい雰囲気になりたくて観たんだけどな……)
ふっと視線をやると、緑子がそっとわたしの肩に頭を乗せてきた。
「どうしたの?」
「……ねぇ、黒子。今日あんたの家に泊まっていってもいい?」
「ふふっ、もしかして、家に帰るの怖くなった?」
「ち、ちげーし! そんなわけねーし!」
「じゃあ、どういうわけよ?」
「そ、その、あんたと一緒に久し振りに寝たいから……」
「なぁに、えっちなことでもしたいわけぇ?」
「はあ!? ばばばばばばばばっかじゃないの!?」
「ふーん。じゃあ、緑子はそういうの興味ないんだぁ?」
「えっ!?」
「どうしたの?」
「べ、べつに、そんなこと、ひ、一言も言ってねーし!」
「じゃあさ」
『しちゃおっか?』
「し、しねーし! あたし、ちゅーだけで十分だし!」
緑子は思わずたじろぐ。
そんな緑子の桃色の唇に、わたしはそっと、優しく口づける。
「……分かってると思うけど、わたしたちの関係はみんなには秘密だからね」
「わ、分かってるし!」
わたしたちはそっと両手を重ねると、互いに見つめ合い、ふたたび穏やかで優しいキスを交わし合った。
黒子と緑子。
わたしたち“とくさいろ”は、この世で一番“相性のいい色”なのだ。