誓います! ~デンカって名前じゃないの?~
「新郎、マイケル・トーミウォーカー。
あなたは隣にいる女性を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
理想の王子様を、ちょっぴり残念にしたような金髪蒼眼のマイケル・トーミウォーカー王太子20歳は、恭しく頷いた。
白いタキシード姿で、新婦の隣に立っている。
「新婦サリー。
あなたは隣にいる男性を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
新婦の名を呼ばれた時から、ザワザワと会場が落ち着かなくなる。
場所は大聖堂。
今日はマイケル・トーミウォーカー王太子とリリー・カサブランカ公爵令嬢の結婚式。の、はず!
式の規模は盛大で、ドアの外には野次馬が詰めかけている。
「そうですか。それでは誓いのキスを」
マイケルが訝しげに、新婦のベールを持ち上げる。
するとーー
「さ、サリーっ?!」
「エッヘヘー! サプライーズ! 成功、イエーイ♪」
と、ご機嫌なサリーが鬘ごとウェディング・ベールを取った。ピンク・ブロンドの髪が露になる。
そして「足が痛ーい」と、ドレスの裾に隠していた15cmのハイヒールを脱ぎ捨てた。
明らかに予定していた花嫁と違うことに、列席者たちが騒ぎ始める。
「サプラ? え、何? どういう?」
マイケルがパニクってると「説明いたしましょうか?」と声がする。
会場中の視線が一気に、出入り口前の階段に集まる。
リリー・カサブランカ公爵令嬢が手摺に軽く手を添えて、優雅に降りてくる。
「そちらにいるサリー王太子妃殿下は、昨日マイケル王太子殿下との婚姻届が受理され、晴れて王族になられました」
神父が婚姻証明書を掲げる。
会場のあちこちから、息を飲む音が聴こえる。
「はぁあ? お前の名を書く前提で渡した婚姻届に、サリーの名を書いて教会に提出したということか?!
そんなことして、タダで済むと思っているのか?!
こんなもの無効だ、話にならない!」
神父が首を振る。
「1度、受理した婚姻は取り消せません」
「しかし、こちらは騙されたのだぞ?」
「騙しておりませんよ。
王家と我が家との婚約契約書に、私の個人名は1つもありません。
あるのは『カサブランカ家』と『カサブランカ公爵の娘』だけです。
『リリー』とは、どこにも書いてありません。
つまりカサブランカ公爵の娘であれば、私でなくていいということです」
マイケルは国王唯一の男児。リリーも1人っ子のため、わざわざ個人名を書く必要がなかった。
「へ? ま、まさか……」
「サリー王太子妃殿下を、我がカサブランカ家の養女にしました」
「でぇえええぇえっ?!」
マイケルは、鼻水を垂らしながら驚愕する。
「嬉しいでしょ?
デンカ、ずっと『サリーと結婚したい』って言ってたもんね。
夢が叶ったね♪」
サリーがキャッキャと跳び跳ねる。
「しかし既成事実があるだろう」
と、立ち上がったのは、マイケルの父である国王。
ざわついていた会場が静まる。
「『既成事実』と言いますと?」
「婚約者としての既成事実だ。
世間は、リリー嬢をマイケルの婚約者と思っている。
そなたも、そのように振る舞ってきた。
それを、このように裏切るのは世間に不誠実であり、何より王家への侮辱ではないか」
「まず私は、自分が王太子殿下の婚約者であると言ったことはありません。
次に婚約者として、ですが……2人で茶会をしたこともなければ、手紙は時候の挨拶すら交わしたことがありません。
夜会のドレスどころか、誕生日プレゼントをいただいたこともありません。
王宮の夜会で何度かエスコートを受けたのは、当時カサブランカ家に私以外の娘がいなかったためです。
それも殿下から事前連絡はなく家に迎えにも来ず、入場口で急に『俺がパートナーだろう』と、エスコート役だった従兄から立ち位置を強引に奪ってのことです。
おかげで従兄は入場できず、御者と馬車で数時間、待機しておりました」
「そんな……しかし、婚約者に割り当てた予算は遣われていた。
それは一体どこに?」
マイケルと王妃が、国王から目を逸らす。
「学園時代は、常に私以外の令嬢方を侍らしておいででした。
世間に対して不誠実であり、我が家門を侮辱しているのは王太子殿下の方です」
父王は息子を見るが、マイケルは震えて俯いている。
「あい、わかった。
マイケルと、その娘の婚姻を認める」
「そんな! マイケル様! あんまりよ!
『私とは身分が違うから結婚できない』と言っておいて、奴隷と結婚するだなんて!
こんなことなら最初から、私と婚約しておけば良かったのに!」
と、叫んだのは、マイケルの元同級生で不貞相手の1人である男爵令嬢。
サリーは、牧場主が所有する奴隷だった。
視察に訪れたマイケルが見初めて買い取り、王都の別宅に囲っていた。
王子と奴隷のロマンスは、貴族の間では有名だった。
「『正妃との婚姻が済んだら、後宮に召し上げる』とマイケル様は仰せでしたが、奴隷の下なんて絶対嫌です!」
こちらは子爵令嬢。
側妃であれ公妾であれ、正妃サリーより立場は下になる。
「「私だって!」」
と、2人の少女が立ち上がる。
着てるものからしても平民とわかる。
マイケルは顔が真っ青なのに、額からは滝のような汗が落ちていく。
「ねえねえ、デンカ~?
さっきから皆に『マイケル』って呼ばれてるけど、それってデンカのアダ名か何かなの?
確かに"デンカ”って変わってるもんね~。
サリーは、個性的で良い名前だと思うよ~?」
しばらくの間、呼吸の音すらせず聖堂は静まり返った。
ハッと我に返ったマイケルがリリーを指差す。
「おい! サリーはカサブランカ家の出身なのだろう!?
まともに教育していないではないか!
この責任をとって、お前が側妃となり我らを支えよ!」
「王太子妃殿下が私の義姉でいらした時間は、たったの1週間でした。
1週間でできることには、限りがあります。
すでに籍を分けて(除籍)おりますので、王太子妃殿下と我が家とは無縁でございます。
責任と仰るならば、殿下がお取りになるべきです。
王太子妃殿下。この度は、ご懐妊おめでとうございます」
と、頭を下げる。
「ありがと~。
ゴカイニンって何~?」
「お腹に赤ちゃんがいる、ということでございます」
「ああ、それね!
ゴカイニンしたした!
デンカ、嬉しい?」
「ほ、本当に子供ができたのか?」
「うんうん」
「避妊してたのに?」
「避妊は100%ではありません。
少なくとも『既成事実』がおありになるのですから、責任をとりませんと」
と、リリーが助太刀する。
「本当に?」
と、しつこく疑うマイケルに王妃が怒る。
「何にせよ、嫡子です!
無事に産まれるまで、母体に負担をかけてはなりません。
式を続行します」
こうして、マイケルとサリーは結婚した。
その後の披露宴でサリーは、手を叩いて笑い、フィンガーボールの水を飲み、メインディッシュを手掴みで食べ、最後にゲップした。
晩餐が終わる頃には、各国の貴賓は全員退席していた。
王家はリリーに側妃になるよう求めたが、そう言われるのを見越してさっさと他国の王子と入籍していたため事なきを得た。
カサブランカ家がサリーの持参金として送った権利書は不良債権ばかりで、嫁いで間も無く、それはタダの紙切れになった。
サリーは出産前に呆気なく暗殺され、マイケルは再婚しようとしたが、誰にも相手にされなかった。
マイケルの従弟が立太子したことで王家は命を永らえたが、国王の長男が奴隷と結婚したことは面白おかしく報道されたため、何年にも渡ってその求心力は失われ衰えていった。
◽完◽