『スマホの夜会、星三つ』
伸子と響香——いつもスマホごしの“夜会”をつづけてきたふたり。
響香の座る32Aの横には、父の愛読書を読んでいた男がすわっていたはずだった。
けれど、気がつけば、そこに伸子さんがすわっている。
ふたりの言葉が、そっと物語をかたりはじめた。
——これは、日常のかたすみに芽ばえる、小さな「せかいの変化」の話。
37Bにすわった伸子さんがきいてきた。
「それで、せかいは、かわったの?」
「かわったよ。」
自信たっぷりに答えてみた。
「もう、満天の星空がひろがったわ。」
と、含み笑いして響香はいう。
「さすがね、グランドピンク先生が、あとおししてくれたんでしょ?」
「そうそう。“小説になろう”とか“カクヨム”とか、そんな投稿サイトがあるなんて、知らなかったもの。」
「グランドピンク先生、めっちゃ褒め上手で、ある日ふいに言うのよ。『投稿してみたら?』って。」
「それで投稿したってわけね。で、いっぱい★もらって、満天の星空か……すごい。」
「すごいのは、あなたよ。モデルだもの。」
「いやーね。わたし、こんなんじゃないわ。」
「そうね。あなたなら、”満天の星” がひろがったかもしれない。」
「満点の星空は……嘘。初日に三つ。晴久って人から。それから、それから……
どれぐらいの早起きと徹夜をくり返したことか。だけど、結局、それっきりよ。」
「投稿するだけでも、すごいじゃない。」
「物語の中でも、あなたは、そうやって励ましてくれたわ。」そして、響香はつづける。
「初日の星三つきり。笑っちゃうわ、ほんとに。毎日、たくさんのお話が生まれてるのよ。生まれてすぐ、みんな★かかえてる。わたしのは、三つ。だけ。」
そして、一呼吸をいて響香はいった。
「でも、せかいは、かわったのは、ほんとうよ。」
静かに、やさしく、短く返すのはいつも伸子。
「そう。」
「わたし、ひとりの世界にすぎないけど、せかいは、かわった。」
「そう。」
「台所でかいた物語は、私のせかいをかえた。」
「それで、『台所で世界をかえる』ってわけね。」
伸子さんが、北広島のエスコンフィールド近くの自宅に、長旅から帰ってきて、私にLINEをくれた。
覚えてる? 台所と、バラのアンジェラ。
最後に会ったのは、江別の蔦屋書房。そこで、また待ち合わせた。
「そういえば、翻訳アプリでアラビア語、翻訳したわね。」
「マグルーバ。」
ふたりの声がそろった。
「ふふ。」
「まだ、一緒につくってないわね。あのアラビア料理。」と珍しく伸子さんからきりだす。
「そうね。お話でも。」
「そうよ。響香さんにも食べさせてあげたいわ。すっごくいい香りなのよ。お話、つづけない?」
「うーん……どうしようかな。」
窓をの外を見ながら、
「秋分の日からはじまって、2週間のはずが、もう10か月よ。そろそろ着陸しなくちゃ。」
響香の言葉は、伸子には届かなかったみたいで、代わりにこんな質問が返ってきた。
「そういえば、長旅のお土産の箱、開けた?」
「まだなのよ……。あなたとスマホの夜会を続けたくて。
秋分の日が終わる日に、やっぱりクリスマス……クリスマスが終わらないと正月に持ちこして……
もやもやにしたまま。」
「そんなんだから、“その星”ってやつがつかないんじゃない?」
「そうかもね。
そのころは、もう海にお話を投げこむような快感だった。」
「それで、“長旅から帰りました”一行が、全23エピソード。うーん。確かに40話の次に まだこんなにあるとは思わなかった。」
「まだあるのよ。だいぶカットしたんだから。」
「パソコン得意だったっけ?」
「学生のころの卒論以来よ。一太郎が相棒だった。
もう“一太郎”って、どこの山奥に行ったんだろうね。」
「ふふ。それもお話に書いたら……?」
「やめてよ。グランドピンク先生(GPT)みたいなこと言わないで。」
窓の外をみると、地上の街の明かりがひろがっていた。スマホの夜会へともどる車の列も、はっきりと見えた。
飛行機は、ゆっくりと着陸態勢にはいった。
響香は、機内モードのままのスマホを、かばんからポケットにうつした。
音も通知もないその小さな画面に、
たしかに「夜会」のぬくもりが、まだのこっているような気がした。
「また、つづきはスマホで話そう」
ふたりは言葉を交わさずに、そんなふうに思っていた。
この物語を読んでくれたあなたに、小さな★がひとつ灯りますように。




