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虫編

10年前


西国の果てで天草天動党と言う麻薬カルテルと新興宗教が合わさった組織が乱を起こした


最初はただの宗教組織の暴走と思われていたが紆余曲折の末、その乱は現地で麻薬を生産していた武装農民のカルテルや、他国を巻き込み、幕府に対する独立戦争と化した


男の所属していた部隊は、飛空挺に乗って戦闘に参加するも対空ミサイルに撃ち落とされて密林に不時着する


敵地に不時着した男たちは敵地のジャングルから、仲間がいる本陣に戻ろうとするのだが、その途中で天草天動党の少年兵たちに襲われる


少年兵たちは強力な銃火器で武装しているばかりか、薬により正気を失っており、恐れを感じることなく男の部隊に襲撃を仕掛けてきた


少年兵とはいえ、銃火器で武装している以上、躊躇すればこちらがやられる


男の武士道は子供を殺すために誓ったのではない


男の極めた示限流は決して子供を斬るための剣ではない


男の義体化された体は仲間を護り、国家に奉公する為に作られたものだ


しかし、戦場ではそのようなものは風の前の塵である


斬らなければこちらが殺される、残るのはその非情な事実のみ


男は容赦なく、その示限流の豪剣を振るい、薬に心を縛られて向かって来る少年兵たちを斬った


彼らを救うと言う選択肢は敵地では取れなかったのだ


少年兵や仲間の死体を転がしながら、男の部隊はなんとか味方の陣地に戻った


しかし、待っていたのは軍法会議だった


男は戦闘行動は全て敵地で仲間を助けるためのものであり、多数の少年兵を死なせてしまったのは残念であるが、刀を振るう以外仕方がない事態であり、士道に賭けて戦争犯罪に当たる行為ではないと主張を繰り返した


しかし、軍法会議で男に向かって囁かれたのは人殺し、子供殺しの汚名だった


特に問題になったのはサイボーグを含めた部隊が、圧倒的に戦力に劣る子供の兵士、しかも天動党に薬漬けにされた犠牲者を殲滅したことにある


強化された武士が哀れな彼らを助けることを選ばずに、殲滅を選んだのは人道的にも士道的にも正しいといえるのか?


裁判中、マスコミは反戦主義者や反義体主義者の意見を中心に、お茶の間が面白がるように報道番組に取り上げ、偏った情報を新聞に書き叩いた。


ネットではさらに話題が炎上し、出所不明の情報に人々は振り回されて、結果、少年たちが武装していたと言うことが綺麗に抜け落ち、世間の間ではサイボーグ兵士が戦争を隠れ蓑に戦場の少年たちを虐殺したということになってしまった


軍法会議では時間がかかったが無罪を勝ち取ることができた


しかし、民衆との友好を掲げる幕府は反発を恐れて、少年殺しのサイボーグ兵士たちを英雄としてはおろか、武士として迎えなかった


男の部隊は故郷に帰ると同時に改易を申しつけられる


男の家は取り潰され、妻と離縁させられることとなった


浪人となった自分に残ったのは国のために作り替えた巨大な黒鉄の腕


その腕も民草から見れば奇異的なものに映り、行く先々で男は虫のように扱われてきた


さらに少年兵殺しのサイボーグとバレると人々は自分のことを「人殺し」、「化け物」と罵ってくる


10年の月日を流された旅先でついに路銀がつきて、行き倒れたところに温かい手を差し出してくれたのは、今の雇い主だった



「黒手の先生、どうぞ」


現在の雇い主『浄元虫の元次』は穏やかな微笑みを浮かべながら徳利を向けてきた


元次は、今は、蛾の刺繍が入った紫色の袴を着こなす、商家の若旦那風の姿をしちょる


その姿は、まこと極悪非道な盗賊の頭に見えんかった


「すまんな」


おいは頭を下げるとお猪口を差し出す


おいの腕は作り物の腕でお猪口を指先で握り潰さぬように気をつけねばならぬ


義体化した直後は力の調整がわからず、よく茶碗を握り潰したもんだわい


人肌に温められた清酒は義体化されていないオリジナルの五臓六腑にまことに染み渡る!


元次とおいの間でグツグツ鍋が煮えている


赤味噌でじっくり煮込んだ軍鶏のモツ鍋よ。西の方ではホルモノで作ったからホルモン鍋と呼ばれとる


「鍋の方も煮詰まってきましたね」


元次はよく煮込まれた具材をお椀に掬っておいに差し出す


おいは箸を手に取って砂肝を口に入れる


味噌が染み込んでいてうまい


軍鶏肉、砂肝、レバー、ハツ、つくね、食えば食うほど腹が空いてくる


そしてモツのなんともいえぬ香りが食欲を誘う


まさに軍鶏の命をおいはいただいておるのだ


「うまい。お主、これをどこで修行した?」


「いやいや、そんな大したもんじゃないでさぁ。モツ鍋は兄貴の得意料理でね。肉屋で捨てちまうものを掻き集めて作っちまうんだ。臭くてお世辞にもうまくはなかったが、兄貴が一生懸命作ってくれるから俺にはご馳走様だったよ」


「いい兄上よな」


「ああ、今日みてえな寒い日は、クソ寒い部屋で兄貴が俺を抱きしめてくれたもんさ」


元次は一瞬、遠い目で懐かしむように微笑んだ、がすぐに眉を吊り上げ歯軋りをする


「その兄貴を出雲の野郎は殺しやがった。虫ケラみてえによ」


兄のことは今や、元次にとっての地雷である


一度思い出せは、すぐに顔を歪め不機嫌になる


「必ず、この報いは受けてもらう。奉行所も盗賊改も餌にかかり、俺たちの狙いは長谷川出雲とその配下の命だと思って守りを固めている。しかし、そいつは実は囮で俺たちの狙いは日本橋の廻船問屋『北辰屋』だ」


「既に3年前から店に引き込み役を送りつけていたというお主らにしては念の入った仕事じゃのう」


「そうよ、俺ら兄弟が、基本的に引き込みなんて使わない急ぎ働き専門と思い込んでいるのも付け目さ。計画は明日の23時に予定通り決行だ。黒手の先生にも働いていただきますから、存分にお働きを期待しておりますぜ」


「ああ」


「奉行所ごと守りに徹している出雲を尻目に引き込み役が鍵を外した廻船問屋に押し入り、家人を皆殺しにして溜め込んだ200億とも、300億とも言われる金を丸ごと掻っ攫う。幸い明日は風が強い。引き際に火を撒き散らしゃあ、 日本橋は火の海。爽快豪快、出雲の失脚は免れめえ。奴の吠え面が目に浮かぶぜ」


元次はまことに楽しそうに犯行計画を語るわい


人は善悪で分けるのは難しい


なぜなら人は善人と言われる者が悪事を働く場合があるし、逆に悪人が善行を働く場合もある


元次と言う男は、誰からも相手にされず、虫のように扱われておった、おいを拾い、居場所や10年間縁がなかった、こんな温かくて人間らしい食事を与えてくれた


反対に世間的に善人と言われる人々は、おいには、こんなに親切にしてくれることはなかった


無論、元次は忍び込んだ家人を殺して金を奪う、畜生働きの盗賊であり外道と呼ぶには十分な男ということは、おいも知っておるし、この男の兄上の敵討ちの計画に乗り、おいはこの手で同心を一人ぶった斬った


この男は、生まれ育った環境と兄の思想を譲り受け、差別されている者、虐げられている弱者は仲間として迎え入れるが、金持ちや、力のあるものには、弱者はなにをしても構わない、金持ちは敵だと信じておる


他の仲間も例外なく、世間に虫のように虐げられた者たちばかり


世間への憎しみと、金持ちへの羨望から浄元虫兄弟の思想に賛同しており、特に金持ちの命などなんとも考えず、弱者である自分たちにはそれが許されると思っておる。


そして、おいは、世間から虐げられ行き倒れになったのを救ってくれた元次と言う男に、一宿一飯の恩を返すために外道だと分かりながら味方をすると決めておる


浄元虫の一味の善意はその小さい集団が形成する世界にしか無く、その外の者は須く敵であると信じて、彼らにドス黒い悪意を振り撒く、非常に歪んだ集団なのた。


それをわかっていながらおいはここにおる


ここにいる以上、おいもその虫の一匹として堕ちてゆく


明日も仕事の邪魔するものを、この『大黒刀』で叩き斬るのが、用心棒であるおいの役割である



月が冬の夜に浮かぶ


冷たい空気を切り裂くような三味線の音が閻魔堂の地下に響いた


三味線を弾くのは女郎の格好をした『火車の会』の元締、『妙多羅のお清』


その後ろでは遊び人風の男が、パイプ椅子に縛られてその前に立つ190㎝を超える大柄な僧侶風の姿をしたサイボーグに腹を蹴りあげられた。


サイボーグに腹を蹴られて、口から吐瀉物を盛大にぶち撒けるのは、浄元虫一味の『蜉蝣の利助』


僧侶風のサイボーグの男『摩利支のゴンゲン』は構わず、丸太のような拳を利助の顔面に叩きつける


前歯が折れ、血と吐瀉物と折られた歯が床で混じって汚い虹になる


閻魔堂の地下室は完全防音、()()()()()()外に一切音は漏れない


火車の会のハッカー『照魔の鏡助』が奉行所のコンピュータにハッキング、鐘引の奥方の腹に残された弾丸の線状痕を盗賊改のデータベースに照会したところ、蜉蝣の利助の拳銃が犯行に使われたとわかった


そして、利助が無類の女好きということを突き止め、色街を歩いているところを、女郎に変装した妙多羅のお清が誘き出して、ゴンゲンが運転する車で拉致、そのまま閻魔堂に監禁することになった


はじめは知らぬ存ぜぬの態度を崩さなかったが、椅子に縛られてゴンゲンにサンドバッグにされれば、容赦のない暴力と死ぬことを問題としない司法機関ではあり得ない、本気の暴力の前にすぐに心が折れて命乞いをし出した


「奉行所への襲撃はあくまで囮、本命は廻船問屋『北辰屋』、盗人宿は元『籠屋ホテル』の廃墟ビル、間違い無いね?」


お清は優しい声で確認する


「そ、そうだ。間違いねえ、なあ、俺を離してくれよ」


「そうだねえ。もう一つ。散々、玩具にした女をこの銃で撃ったのはあんたかい?」


お清は利助から奪ったアキュ・テク H C380を見せる


「そ、そうだよ。だが、あんたらにも俺にも関係ねー女だろ!」


「そうさね、関係ないね。ゴンゲンさん、知りたいことは十分、この兄さんを()()()おやり」


「ああ、そうだな。()()()()()()


ゴンゲンはニヤリと笑うと腰のホルスターに吊るされた10インチのデザートイーグル・カスタムを抜く


「な、た、助けてくれよぉ!俺は全部話したじゃねえか!」


「なぁに、寂しがることはねえさ」


ゴンゲンが銃口を利吉に向けるとデザートイーグルの撃鉄を上げる


「すぐに全員、地獄そっちに送ってやるからよ」



ズドン!


銃声が地下室に鳴り響く


ーー『虱潰し』さ


硝煙が漂う中、お清は再び、三味線を奏でだす


「あたし達にゃ関係ないが頼み人の注文でもある。お前さん方、人より虫として生きることを望んだんだ。だったら虫ケラのように殺してやるのが本望だろうさ」

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