前編
北町奉行『長谷川出雲』は度重なる凶行に頭を悩ませていた。
今月に入り、3件も奉行所の役人が襲われている
7日前、北神一刀流免許皆伝の腕の立つ同心が早朝、何者かと立ち会い斬殺されて死亡
ただの刀で斬られたのではなく胴体が強力な力で両断されたような亡骸だった。
人間離れした力による刀傷におそらく義体化したサイボーグが下手人と言う線で義体化犯罪取締課が捜査を開始
3日前、その事件を捜査していた同心二人が仕掛けられた自動車爆弾で爆破されて死亡
そして昨日、同心の若い細君が近所の荒れ寺で複数の男から乱暴されて、最後に腹部を撃たれて殺害された。
手口は全て違うが、現場には甲虫を象った木彫りの像が置かれていたことから、明らかに同一犯 と考えられる。
そして出雲は、この甲虫の像に心当たりがあった
虫は糞虫
古代エジプトでは糞団子を運ぶ姿から太陽の虫とよばれた甲虫である
ーー糞虫の像を犯行現場に残すのは浄元虫の浄一の手口であった
出雲は3年前、まだ、火付け盗賊改の長官を勤めていた頃、捕らえた盗賊を思い出す
浄元虫の浄一
上方を中心に手間をかけない急ぎ働で荒らし回った賊である
その罪状は外道の極み
高利貸しや大店、豪農の屋敷に押し込み、その家の家人は赤子まで殺し、女がいれば必ず犯して殺す、金持ちに対して悪事をなすことが悦びと言わんばかりにその残忍性と異常性は極まっていた
幸せにしている金持ちを見ると殺したくなる、大切に育てられている娘を見ると汚したくなる、自分のような弱者を見下して調子に乗る奴らが苦しむところは面白くて仕方がないと浄一は笑いながら、そう語る
浄一の片方の目は失明している。
粗相した弟を庇い、叔父から灰皿で殴られて失明したそうだ
「なぜ、弟を庇った優しい心を今まで殺めてきた人たちにかけてやらなかったのだ?」と尋ねると浄一は「じゃあ、そいつらが俺や弟が苦しい時、一銭でも出して助けてくれたかい、出されるのは唾ばかりだい」
ーー俺は弱者、奴らは強者、この世で泣くのは弱い奴ばかり。だったらたまにはてめえらも泣きを見ろよ
幼い日に二親を亡くし、困窮し、盗賊の叔父に虐待を受け、盗みの手先として育てられた過去を知れば、どうあってもこの不幸な生い立ちの兄弟がまともに育つわけがない。
しかし、だからといって世間で幸せに生きる人々に危害を加えていいはずもない
厳密な調べが済み、浄一は至極当然に、磔刑(銃殺)となる
その判決を述べた後、浄一はこちらを睨みながらこういった
「鬼の出雲さんよ。俺を殺したって俺たちは虫だ。虫は弱いがその分、数だけは多い。虫は地面からいくらでも湧いてくる。地獄にだって仲間は大勢いる、だから死刑なんて怖くもない、どうせ生きていたって死んだって地獄だ。だがよ、出雲、そんな俺たちみたいな虫ケラのような人間を生み出しているのは、他ならねえお上なんじゃねぇのかい?」
死が怖くないと豪語した浄一だが、壁に立たされて銃を向けられた時は他の盗賊たちと同じく泣き叫んで死んだ
その時、奴の口から出てきた名前は弟の元次の名だ
浄一は非道な男だが、弟の元次のためならば左目を差し出すほどに溺愛していた
元より浄元虫は兄弟の盗賊
弟の『浄元虫の元次』が、まだ捕まっておらず、この一連の凶行は盗賊改方として、兄を処刑した自分への復讐なのではないか
僕のことを一言で言い表すならば、『昼行灯』、もしくは面白味のない男だろうか
職業は北町奉行所でしがない窓口業務に明け暮れている
煙草は健康にいいはずがないから吸わない
酒は下戸で飲むとすぐに気分が悪くなる
結婚はしていて婿養子
義理の父『桐谷大平』は既に亡くなっており、妻の『桐谷ナツ』と義理の母と一緒に奉行所の役宅に住んでいる。
身長は180㎝、体重は65kg、身長に対して適正体重が71kgだそうだから、やや痩せ気味というところか
趣味は読書(特にないということ)
年はもうじき三十に手が届く
面倒な出世には興味はとんとなく、日々のつまらない業務をそつなくこなす毎日
名前は桐谷壱兵衛、またの名を斬一倍と呼ぶ人もいる
その日は朝から雨だった
僕と家内のナツは喪服を来て、同僚の鐘引さんの奥方の葬式に来た
僧侶のお経を上げる、その背後で鐘引さんの啜り泣く声がここまで聞こえる
「無理もありませんね。あんなに酷い殺され方をするなんて」
妻のナツは気の毒げに鐘引さんを見つめる
「ああ、僕もどう声をかけたものか」
「まだ、下手人の手がかりは掴めないのですか」
「有力な手掛かりを掴んだという話はない。君も気をつけるんだ」
「御心配無く。私はただでは殺されませぬ」
彼女は女だてらに父親から無骸流の剣術を仕込まれており、道場で家事の合間に修練を重ねている
その腕前はそこら辺の剣客が束になっても敵わないだろう
腕力も強く、こないだも米俵を両手に抱えて帰ってきた
僕が米俵を一つ持ってフラフラしていると、「旦那様は力が足りませぬな」と涼しい顔で僕の手から米俵を取ると米倉の方に持って行った
身長は172㎝、やや筋肉質で腹筋が六つに割れている
武家の女としてストイックに心身共に鍛え続けるハンサムウーマンが僕の家内だ
確かに賊の狙いが同心や、その家族だとしても彼女ならばただではやられないとは思うが、やはりいくら鍛えようが彼女も女性、心配である
鐘引さんの奥方は近所の荒れ寺に連れ込まれ複数の男に乱暴されて、挙句射殺された
そう言うことにならないように今は用の無い時は無闇に家から出ない
買い物はなるべくネットショップを使う
出歩かなければいけない時は北町奉行所婦人会で決めた班で薙刀やライフルで武装して行動するように取り決めているようだ
腕が立ち威厳があるナツは婦人会の防犯隊長を任されている
困りましたわと言うが、防犯術を婦人方に教える姿は普段よりも生き生きしているように見える
火葬場に奥方の死体が出棺した後、鐘引さんが僕に話しかけてきた
ナツはあちらで婦人会の人たちと話をしている
鐘引さんのその顔はやつれていた
しかし、その目は何かを決意したように鋭い光が宿っていたのを感じた
「桐谷」
「鐘引さん」
「EDには金次第でどんな殺人を引き受けてくれる殺し屋集団が存在していると聞く。そう言う連中に心当たりはないか?」
僕はその話を聞いた瞬間、心臓が高鳴った
しかし、表情は一切変えない
僕はその連中に心当たりがあった
いや、その一味となって、既に何人も人を殺めている
僕には幼き頃より育ての親から殺人訓練を受け、幕府の抱える暗殺組織の刺客として長らく活動してきたからか、そもそも、天性のものなのか、時折、殺しをしたくて仕方がなくなる殺人衝動を抱えている
その衝動を晴らすために『火車の会』と呼ばれる始末屋の組織に加わり、以来この火星都市 E Dの裏で殺人を繰り返している
ーーこのことはもちろん、ナツにも誰にも気付かれてはならない。知られた時はこの平穏な役人生活の最後である。そんなのは嫌だ
「生憎だが、そんな連中に知り合いはいない」
僕は嘘をついた
始末屋は決して弱者の味方ではない
その実態は法外な報酬と殺戮を好む殺人鬼たち
そんな連中に鐘引さんのような人が関わりを持って欲しくない
「それに僕が知っていても教えないよ。考え直した方がいい・・・、下手人のことは奉行所に任せたほうがいい。どうせ、人殺しを生業にする連中なんて、TVに出てくるキャラと違って悪辣に決まっている。そんな連中に御上に仕えるあなたが関わったことが知れたら責を負わされて腹を切ることになる」
「それでも構わん」
鐘引さんは強い意志を込めてそう言った
「妻は、妻は」
うう、鐘引さんは再び嗚咽を漏らす
「妻はよくできた女だった。気立も良く私のような男に嫌な顔をせずに長年支えてくれた。誰にでも優しいあれが誰かの恨みを買うはずがないのに、荒れ寺で大勢の男たちに玩具にされて殺された。しかも、なかなか死なねえように腹を撃ちぬいてだ。奴らは罪のない女を酷く殺した。残念ながら私には復讐を果たす術はない。ならばこの E Dに潜む血に飢えた殺人鬼たちに財産も命も魂さえも捧げるつもりである」
ヒラヒラと蛾が窓から迷い込み鐘引さんの肩に止まった
それを鐘引さんは手で握りつぶした
鐘引さんは指で蛾の羽をすり潰しながら涙を流して笑っていた
「下手人たちは始末屋たちに殺してもらう。しかし、ただの殺し方ではない。妻が味わった恐怖と羞恥を味わいながら虫のように惨めに死んでもらう。何度も頭の中で描いた光景を現実のものにできるなら、俺はどんな対価でも払おう」
鐘引さんはもう、狂っていた
僕はどんな悪人も始末屋も怖くはないが、憎悪と怨嗟が渦巻く人間の顔は直視できない恐怖を感じる
弱者だと思っている人間ほど、枷から外れると何よりも恐ろしいと言うことを知るものは少ない
ーー鐘引さんが腹を切って自害したのは葬式から三日後のことだった
不思議なことに鐘引さんは家屋敷を全て売り払ったというのに、無一文だったと言う
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