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病院のベッドの上が人生の殆どだった私にとって窓外に見えるのはいつも同じ白黒の景色だった。
しかし、今移動する馬車の窓から見える景色は輝いていた。
「見てマリアンヌ!真っ白な建物よ!」
「はいオリビア様」
「いっぱい人が歩いているわマリアンヌ!」
「はいオリビア様」
「中世ヨーロッパの街みたいねマリアンヌ!」
「ここはオルドーの街ですオリビア様」
「広場にいっぱい露店が出ているわ!マリアンヌ!」
「はいオリビア様」
「寄って行くわよマリアンヌ!」
「ダメですオリビア様」
「何でもいいから買ってきてマリアンヌ!」
「学園に間に合わなくなるのでダメですオリビア様」
「…………」
あきらめで窓にへばりつくのをやめて席に座り、賑わっている広場を眺める。
「活気があっていい街ね」
「はい、オリビア様」
それまで呆れていたマリアンヌの表情が、少し微笑んだ気がした。
* * * * *
そんなこんなで学園に到着した私は、正門前に呆然と佇んでいた。
この現実を受け入れるしかないのか。
私の一番の楽しみだった恋愛ゲームに出てくる学園の正門そのものだった。いや、ゲーム内ではイラストだったがそれよりも重厚で存在感がある。
馬車で走っている時の街並みも、要所要所イラストで見た事があった。ここまで来たら疑う余地がない。
はしゃぎすぎた疲労感のお陰もあって、夢じゃない事はよく分かる。
なんでこんな事になっているのかは分からない。
でも呆然ともしている理由はそこじゃない。悪役令嬢である自分の運命を思い出したからだ。
このゲームは男性5人女性5人のメインキャラが織り成す恋愛ゲーム。男性キャラを使って女性キャラを攻略する事も出来るし、女性キャラを使って男性キャラを攻略する事も出来るのだ。
なんで?と思うかもしれないが、この恋愛ゲームは男女両方に売れるように製作されたからだ。
発売されると制作者の予想を上回って大ヒットした。予想通り男性にも女性にも売れた上に、ボーイズラブやガールズラブと言うコアなファンにも売れまくったのだ。
ゲーム会社は意図してなったが、同性を落とす事も出来てしまうゲームだったのだ。
まぁゲーム内容はこれくらいにして何故私が呆然と佇んでいるのかだが、それは悪役令嬢がNPCキャラで卒業イベントで極刑になると言う役目が待っているからだ。
………せっかく健康な身体に生まれ変わったのに。
「大丈夫ですかオリビア様?お身体の調子が良くないのでしたらお屋敷に戻りましょうか?」
それまでのハイテンションが無かったかのように突然黙ってたちどまってしまった私に、マリアンヌは優しく声をかけてくれた。
学園につれていくのが役目なのに、お屋敷に戻りましょうかだなんてちょ~優しい!
ガバッとマリアンヌに抱きつく。
マリアンヌは戸惑うが、そっと私の背中に手を添えてくれた。
三年経ったら卒業式イベントで極刑を言い渡される………3年か。
死を待つなんて、今までの人生と一緒ね。
背中をさすってくれているマリアンヌの手が温かい。
前の私は15才で死んじゃったって事なんだろうなぁ。
ここは15才からか、続きって感じね。
まだ頑張って生きて行くか。なんてったって、めっちゃ元気な身体なんだから今までの分も楽しまなきゃ!
落ち着いた私は恋愛ゲームの事を思い出す。 かなりやり込んだので殆どの事は知っている。
そういえば悪役令嬢には極刑以外のその後もあったような………。
あっ!!
マリアンヌに抱きついているお陰で落ち着いて考えに集中できた。
そして思い出した!
唯一極刑にならない方法。
確か全てのキャラのハッピーエンドデータが揃っていた時は悪役令嬢のその後が変わってた筈。
通常エンドロールには、誰に見守られる事無く刑は執行されたとか、大観衆の罵声を浴びながら刑は執行されたとかだったのだが、全てのキャラのハッピーエンドデータが揃っていると、修道院に入り余生を過ごしたとの一文になってた!気にして無かったけど確かそうだ!
えつ?修道院はハッピーエンドじゃないじゃないかって?私にとってはちょ~ハッピーエンドよ!
よし決まった!そうなる為にはどうすればいいか。そもそも一回のプレイで全キャラのハッピーエンドデータを揃えるとか出来るのだろうか。
メインの男性キャラ5人と女性キャラ5人をかぶる事無くカップルにすれば全てのキャラのハッピーエンドデータが揃った事になるのでは?
条件を色々な方向からもう一度考える。
うん、きっと大丈夫だ!条件は満たしている!
マリアンヌに抱きついていた私はガバッと顔を上げる。
「いけるわマリアンヌ!私学園に行くわ!行って頑張る!」
「ふふっ、オリビア様がお元気になられて嬉しゅうございます」
マリアンヌの笑顔からは優しさが溢れていた。
* * * * *
1年1組の教室の前にマリアンヌが連れて来てくれた。
私は教室までの行き方なんて知らなかったから、マリアンヌが一緒で良かった。
みんながいる教室に入るのって凄く緊張する。
マリアンヌが私の身なりを整えてくれて、見覚えのある黒い扇子を持たしてくれた。
悪役令嬢が常に持っていたトレードマーク的なやつだ。
「はい完璧ですオリビア様」
「ありがとう」
マリアンヌが教室の扉を開けてくれたので、大きく深呼吸をしてから中に入る。
教室には30人ほどの生徒が座っていて、メインとなる男性キャラ5人と女性キャラ5人が前の方の席で私を睨んでいた。
おおっ!悪役令嬢が最初に登場するシーンってこんな感じだったかも!
よ~し!全員カップルにしてあげるからね~!
私は、みんなの前で流れるように扇子を開いて口元を隠す。
シュパッ!
「皆様ご機嫌よう。わたくしがオリビア・ルーナピエーナよ」
ふわっとした優雅なカーテシーにみんなが見とれる。
うそ!やった事無いのにカーテシーできちゃった?
教室のみんな私のカーテシーに見とれて口をポカンと開けている。
これも知ってる光景だわ。
悪役令嬢はNPCだけどみんなを見下せる程の高スペックなのよね。
「オリビアさん、初日から遅刻ですよ。席に着きなさい」
おっと、教壇に立っているひょろくて頼りない担任のピエトロ先生に注意されてしまった。さすがこの状況に於いても悪役令嬢の美しさに見とれる事無く役目を果たすNPCね、さすがだわ。
私は担任が指し示した窓際最後尾の席に着席する。
不良とか悪役は一番後ろの席と相場が決まっているからね。