オカルトマニアのぼくっ娘と陰キャオタクな先輩のラブコメホラー(仮)
私の父には「70年代にファンタ・ゴールデンアップルを飲んだ」という”存在しない記憶”がある
○登場人物
ぼく:本作の語り手。オカルト蒐集や謎解きに情熱を燃やす女の子。学園内外から不思議な事件や体験談を募集して、先輩と共に”謎解き”活動をしている。
先輩:アニオタにして学園随一の秀才で、”ぼく”の謎解きに協力する男子。重度の懐疑主義者で、「この世には信じられるものなど何もない」という信念を唯一信じている。
○登場飲料
ファンタ:コカ・コーラ社が開発・販売している大人気炭酸飲料。おいしいよ。
私の父には”存在しない記憶”があります。
それは1970年代に「ファンタ・ゴールデンアップルを飲んだ」という記憶です。
調べてみると日本コカ・コーラ社の公式発表では70年代にゴールデンアップルを発売した事実はないとのこと。
この事実を何度説明しても、父はこう言い張るのです。
「いや、たしかにおれはファンタ・ゴールデンアップルを飲んだ」
どうやら父の知り合いや同僚も同じことを言っているみたいで、父はこの記憶が事実だと信じて疑いません。
私は70年代には生まれていなかったし、父があまりに自信を持って断言するのでもうわけがわからなくなってしまいました。
お二人はこういうことに詳しいと聞きました。
どうかこの謎を解いてください。
件名:私の父には「70年代にファンタ・ゴールデンアップルを飲んだ」という”存在しない記憶”がある
投稿者:田崎
昼休み。
教室でお弁当を食べ終わったぼくは、”避暑地”に向かっていた。
”避暑地”というのは、学園でも知る人ぞ知る涼みスポットのことである。
おおげさな名前だけど、一言でいうと昼頃に校舎の日陰に入るベンチなのだ。
いい感じに風通しも良くて湿度も低いから、休憩がてらさっき届いたメールの謎解きに勤しもうかな――なんて考えていた。
「ん……先客?」
しまった。ベンチには先に座っている人影がいた。
このスポットを知っているとはなかなかやるヤツ……と思ってよくその人影を見ると、見知った顔だった。
「先輩だ」
先輩というのは、ぼくの”謎解き活動”の協力者だ。
ぼっちで陰キャのアニメオタクなんだけど、頭の冴えだけは天下一品。
そんな彼が今はベンチに座って、目を閉じて静かに寝息を立てていた。
「寝てる……」
疲れてるのかな? 起こすのはかわいそうかな?
なんて思いながら隣りに座った。
「……」
気持ちのいい風が吹き抜ける。
穏やかな時間が流れる。
せっかくだし、さっきの依頼メールを読み返す。
ファンタ・ゴールデンアップルかぁ。
ぼくも70年代には生まれてないしなぁ、なんて思いながらインターネットでいろいろと情報を収集してみた。
ふむふむ、確かにネット上でも”ある派”と”ない派”で論争になってるみたいだ。
なんてひとしきり情報収集してみて、
「……せんぱい? ねてますかー?」
ぼくは暇になった。昼寝中の先輩につい話しかけてしまう。
「せんぱーい? ぼくですよー? 先輩の後輩が来ましたよー?」
無防備な先輩に顔を近づけてみる。
陰気なオーラと鋭い目つきでかき消されてるけど、やっぱり先輩って……。
認めたくないけど、先輩の顔は悪くない。というかむしろ整ってると思う。
なんというか気品があるというか、どこか貴族的な雰囲気が漂ってるっていうか。
改めて思う。
先輩って、何者なんだろう?
ぼくは先輩のことを何も知らない。どういう家に生まれて、どういう人生を過ごしてきたのか。
時々、先輩は普通の人とは違うんじゃないのかって思う時がある。
ぼくなんかとは、住む世界が違うような気がしてしまう。
そんなミステリアスさも、なんとなく気になっちゃって。
気づいたら目で追うようになってて……。今じゃ、こんなに――。
「せんぱーい? こんなトコで寝ちゃうなんて不用心ですよー?」
ぼくは耳元でささやく。
唇が触れてしまいそうな、互いの吐息がかかる距離で。
「悪い子にチューされちゃっても知りませんからねー?」
その吐息が、少しずつ近づいて、混じり合って。
暑い夏の熱気に変わってゆく。
もう少し、もう少しで――2つの影が、重なっちゃいそう。
「……んんっ」
その時だった。先輩が声を漏らした。
ヤバッ、調子に乗りすぎたかな? 起こしちゃったかも!
ぼくは大慌てで身を引いた。
先輩は目を閉じたまま唇をモゴモゴと動かして、こう言った。
「ち……」
「ち?」
「ちさたき……てぇてぇ……」
「うわぁ……」
いくら顔が良くても先輩は先輩だった。
やっぱりキモオタでしかない。
先輩の寝言の”ちさたき”というのは、先輩が最近ハマっている深夜アニメ『リコ○ス・リコイル』の主人公2人を省略した呼び方のことだ。
つまり先輩がこんなところで昼寝をするくらい寝不足になったのは『リコリコ』にハマったのが原因であり、”ちさたき”という百合カップリングを夢の中でもお楽しみだということなのだ。
はぁ……なんかときめいて損した。
ぼくは急激に熱が冷めてしまい――ピトッ! 先輩の頬にさっき買ったファンタのペットボトルを押し当てた。
「ぐあっ、冷たっ!? 何、敵襲!? 者ども出会え!!」
「なに武士みたいなコト言ってんですか。”謎解き”の依頼ですよ――キモオタ先輩」
「……え?」
☆ ☆ ☆
「ファンタ・ゴールデンアップルの”存在しない記憶”ねぇ」
先輩は顎に手を当てて考えこんだ。
これは先輩の定番のシンキングスタイルだ。
ぼくは依頼文に加え、さっきまでネットで収集した情報を説明した。
「ネットで調べてみたんですけど、日本コカ・コーラ社は1970年代にゴールデンアップルというフレーバーを販売していないって明言してるんですよね」
「公式回答があるってことはそれが結論じゃねえか」
「そうなんですけど、実際依頼者のお父さんとその周囲だけじゃなくて、ネット上でも確かに記憶にあるっていう人がたくさんいるみたいなんです」
「なるほど――”マンデラ効果”だな」
「マンデラ効果? マンドリルの仲間ですか?」
「ああ、哺乳綱霊長目オナガザル科マンドリル属に分類される霊長類――じゃねえよ」
「おおー、先輩の伝家の宝刀ノリツッコミだ」
ぼくはパチパチと手を鳴らした。
先輩は恥ずかしそうに顔を赤くして「やめろ、ハズい」と言ってから続けた。
「マンデラ効果ってのは、”事実と異なる記憶を不特定多数の人が共有している現象”のことだ。学術的な用語ではなく、あくまで俗語の一種だがな」
「はえー」
「マンデラというのは、1990年代の南アフリカ共和国で大統領を務めたネルソン・マンデラという人物に由来する。不思議なことに、彼が1980年代に死亡したという記憶を持った人間が多数確認されたんだ」
「えっ、ちょっと待ってください。おかしくないですか? 90年代に大統領になるくらいの有名人が、80年代に死んでいたって。そんな記憶――」
「そう――ありえない。”存在しない記憶”ってわけだ。コカ・コーラ社から公式に否定されたファンタ・ゴールデンアップルと同じだろ?」
「確かに……」
不思議な話だった。
当時存在しなかった炭酸飲料のフレーバーの記憶。
当時生きていた人の、訃報の記憶。
”存在しない記憶”。確かにその人にとって存在しているのに、どうして?
「他には、ないんですか? その……曼荼羅、みたいなヤツ」
「そうそう、密教で描かれた絵画のことな――って曼荼羅じゃねえよ。マンデラ効果だ。わざと言ってんだろ」
「テヘペロ♡ 先輩のノリツッコミが見事だったので、つい♡」
「こいつ……っ」
先輩はわなわなと肩を震わせながら続けた。
「日本で有名な”マンデラ効果”の例といえば『天空○城ラピュタ』の別エンディングだな」
「別エンディング? そんなのあるんですか?」
「あったと主張する人が少なくない数いるんだよ。久々に『ラピュタ』を見たら、公開当時に劇場で見た時とエンディングが違ってるって具合にな」
「不思議ですね……」
「もちろんスタジオジブリ公式は否定している」
「それもマンデラ効果……ですか」
公式に否定されていても、その記憶を主張する人が確かに少なくない数存在する。
この依頼文も、先輩の話も確かに考えれば考えるほど奇妙だった。
「どうしてこんなことが起こるんでしょうか?」
「一説には、パラレルワールドの影響と言われている」
「ええっ、いきなり壮大な話になりましたね! どういうことなんですか?」
「パラレルワールド説ってのはだいたいこんな感じだ。まず、この世界は些細な違いによって無数に分岐していく構造になっている。そんな中で別のパラレルワールドの記憶が混入してしまうことが起こるってこと……らしい」
先輩の言うことは相変わらずちんぷんかんぷんだった。
「ええと、つまり……ファンタ・ゴールデンアップルのある世界と、ファンタ・ゴールデンアップルのない世界があって、この世界は後者だけども、前者の記憶を持った人間が複数いるって――そういうコトですかぁ!?」
「まあそんなトコだ」
「ホントに壮大な話ですね……」
「他には、タイムパラドックス説だな。タイムトラベラーが過去に干渉し歴史が改変された影響で、”改変前”と”改変後”の記憶を持った人間が混在してしまうという仮説だ。パラレルワールド説と類似しているが」
「タイムトラベラーが来る前はゴールデンアップルはあったけど、タイムトラベラーが過去の歴史を改変した影響でゴールデンアップルの存在しない歴史に切り替わった。だけど、一部の人はゴールデンアップルの存在した歴史を覚えていると……」
「ああ、面白いコト考えるよな」
先輩はケラケラと笑った。
どうやら、先輩自身はあまりこれらの説を信じていないらしい。
「先輩はどうして”マンデラ効果”が起こると思うんですか?」
「記憶違いだろ」
「はへ?」
あまりにさらりと答えるものだから、間の抜けた返答をしてしまった。
先輩は念押しするようにもう一度言った。
「記憶違いだろ。人間の記憶なんて、いいかげんなモノだからな」
「そ、そんなつまらない理由で!?」
「ああ、真実なんて、蓋を開けてみればつまらないモノだ。さてと、そろそろ”謎解き”の時間だ」
そう言って先輩はぼくのスマホを覗き込んだ。
そして「コカ・コーラ社が70年代に発売したフレーバーを調べてくれ」と言った。
検索すれば簡単だった。50年代に発売されたのが”オレンジ”、”グレープ”、”ソーダ”。
そして70年代に追加で発売されたのが”アップル”と”レモン”、そして”ゴールデングレープ”。
「え……?」
何かひっかかった。
70年代、アップル、ゴールデングレープ。
「やはりな」
先輩は言った。
「70年代に発売されたアップルは今でも発売されている。お前が今まさに持っているそれだ。金色の定番炭酸飲料だな」
「た、確かに」
「そして70年代には”ゴールデングレープ”も発売されていた。通常のグレープとは色が違い、アップルと同じ金色ってことだ。一見、アップルと混同してもおかしくない」
「同じ70年代に登場した同じ色の2つのフレーバー……」
「色の類似する同時期の2つのフレーバーの名前と記憶が混同した結果生まれたのが――」
「1970年代のファンタ・ゴールデンアップルということですね!」
「その通り」
なんというか。
スッキリした。先輩の言う通りだと思った。
ぼくは1970年代には生まれていない。
だから過去を自分の目で確かめることはできないけれど。
先輩の説にはかなりの納得感があった。
「そもそも人間の脳は、現実そのものを認識するようにはできていない」
「? どういうことですか?」
「例えばこういう文章がある」
先輩はメモ帳にさらさらと文章を書いてぼくに見せた。
『にげんんは こんな デラタメな ぶうんでしょも さしょいと さごいの もさじえ あって いれば よめて しまう もなんのだ』
「口に出して読んでみろ」
「えっと、『人間はこんなデタラメな文章でも最初と最後の文字さえ合っていれば読めてしまうものなんだ』ですか?」
「そうだ。メチャクチャな文章だが文節の最初と最後が合っていれば案外スラスラ読めてしまう。”タイポグリセミア”という現象だ。これもマンデラ効果同様、学術的な用語ではなくあくまで俗語だが……。人間は現実そのものではなく補正をかけて認知しているという一例にはなるだろう」
「事実じゃなくて、自分が補正した形に認識していまう……そういう人間の認知特性が、”存在しない記憶”を生み出したというコトなんですね……」
「おそらくは、な。とはいえ結局俺たちはその時代に生まれていないし、過去に戻ることもできないから、確かめることはできない。何かを存在しないと主張すれば、それは“悪魔の証明”になる」
先輩はそう結論付けた。
ぼくも異論はなかった。
こうしてこの日の謎解き依頼は、放課後に持ち越さずに昼休み中に解決したのだった。
☆ ☆ ☆
夜。
今日の活動記録を書いて、依頼人に一応の結論を返信して。
その後は暇だったのでリビングでテレビを流しながら、なんとなくスマホで知恵袋系サイトをポチポチ覗いていた。
「マンデラ効果、いっぱいあるなぁ」
芸能人のAさんってもう亡くなってましたよね? みたいな「死亡説」がけっこう書き込まれている。
テレビに露出しなくなった芸能人の死亡説が流れるのは確かによくある。
こういうのも、マンデラ効果ってヤツなのだろうか。
だいたいは、親切な回答者さんから「まだ存命ですよ」と否定されているけど。
「うーん……あれ?」
その時、誰からも回答されていない「死亡説」系の質問を一つ見つけた。
タイトルはこうだ――。
『O山R太郎の死亡日は』。
本文も全く同じで、『O山R太郎の死亡日は』とやけに簡素な質問だった。
だからだろうか、1週間前に投稿されたのに誰も回答していなかった。
「しょーがない、答えてあげよっか」
O山R太郎さんというのは有名な俳優のことだ。最近ドラマに出ていたのを見たことがあるし、訃報のニュースなんて見たことも聞いたことがない。
回答期限がちょうど1週間後に設定されていて、ぼくが今回答してギリギリだった。
ぼくは回答欄にこう書きこんだ、『テレビに出てるO山R太郎さんは、まだ亡くなってないですよ』と。
「さーて、スッキリした。今日の活動おわり!」
スマホをしまい、その日の”謎解き活動”はすべて終了となった。
「お風呂でも入ろっかな~」
なんて呟きながら立ち上がり、伸びをした。
その時だった。
リビングでなんとなく流していたニュース番組の様子が変わった。
スタッフが持ってきた新しい原稿を受け取るとアナウンサーの顔色が変わり、
『ここで臨時ニュースとなります。先程俳優のO山R太郎さんが心肺停止状態で病院に救急搬送され――』
え――?
「は……?」
その後、程なくしてO山R太郎さんは亡くなった。
関係者の証言も警察も調査も一致していた。健康状態に問題はなく、事故でも自殺でも他殺でもない。不審な点はないとのことで事件として扱われなかった。
彼は突然テレビスタッフの前で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。突然の心停止。診断は”急性心不全”だった。
後日、例の知恵袋系サイトでぼくが回答した質問を探したけれど、すでに削除されていた。
少し探してみたけれど、キャッシュもネット上のログも見つからなかった。
スクリーンショットなんて当然撮っていない。
痕跡そのものがないものだから、それ以上追求しようがなかった。
はたして、例の質問者はこのことを予知していたのだろうか。
彼は何らかの方法で、O山R太郎さんの死を知っていたのか。
健康問題はなく、事故でも他殺でも自殺でもない人物の完全な急死を、事前に知ることなどはたしてできるのだろうか?
それとも、やっぱりマンデラ効果で、たまたまパラレルワールドにおける彼の死の記憶を持っていたのか。
もしかしたら――。
「質問者はタイムトラベラーで、ネットの書き込みという形で彼と接触したぼくにも時空の改変の影響が起こった。書き込みが消えてしまったのは、時空改変の影響。ぼくだけがあの書き込みを覚えているけれど、あの書き込みがなかった世界に改変された……」
その仮説ならば、成り立つかもしれない。
なんにせよ、今となってはO山R太郎さんの死を予知したネットの書き込みを覚えているのはきっと、ぼくだけだろう。そして証拠はもうない。
マンデラ効果だ。過去を確かめる方法なんて、ないのだ。
ぼくだけの、”存在しない記憶”。
ぶるる、と背すじが震えた。
「あー」
こんなときは、気を紛らわすしかない。
真面目に考え込んでもいいコトない。だって全部、過去のことだし。
先輩の言う通りだ。過去に戻ることはできないし、なにより――。
「アニメでも見よっかな。なんだっけ、先輩のハマってるアニメ……『ココリコ』だっけ? ああそれはお笑いコンビか――」
人間の記憶なんて、いいかげんなモノなんだから。
ΦOLKLORE:マンデラ効果 END.
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