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第9話 冒険者デビュー

 初めて剣を握ってから二週間ほど経過した。あれから毎日、美陽姉の指示通り素振りを続けてきた。美陽姉が目標と定めた五百回もなんとかこなせるようになってきた。


 素振りを始めてから二、三日経った頃、美陽姉に訊ねてみた。


「軽量化の付与魔法(エンチャント)をつければ、こんなことしなくても良いんじゃね?」

付与魔法(エンチャント)は付けられるけど、もし戦闘中にその剣を失ったらどうするの? 落ちている武器を拾って使おうとして重くて使えませんでした。じゃ困るでしょ」


 なるほどごもっとも。まあ俺も日課の素振りを終えての疲れた状態から出た軽口だったから、そこまで本気で言ったわけじゃない。言われた通り素振りをこなす方を選び、ようやく剣を振る姿も様になってきていた。

 気のせいか、身体つきも少しがっちりしてきたようだ。風呂上りに鏡――勿論、美陽姉が魔法で作った――で我が身を見ても筋肉がついてきた気がする。


「うん、及第点といったところかな。これからも素振りは続けるように。回数は増やしても良いけど程々にね」

「はい、師匠」

「誰が師匠よ」


 微妙に辛口の評価ではあったが、なんとか許しを得ることが出来た。これで俺も冒険者として活動出来る。少しの不安と大きなドキドキが俺の中を駆け巡っている。明日が楽しみだ。


 余談ではあるが、美陽姉と美月姉は俺が素振りに興じている間にすでに冒険者デビューを果たしていた。とは言っても所詮は鉄ランクの冒険者パーティーなので、大した依頼は受けていないらしい。

 俺が羨ましくなったり、素振りが疎かになってはいけないからと詳細は教えて貰っていない。


 更に余談になるが、あれから美陽姉の屋敷の魔改造は進み、屋敷中の空調、照明は全て魔法で行うようになっている。簡単に言えば元の日本の生活と同じように全てスイッチ一つでON/OFFが切り替えられ、つまみで調節可能。元の世界で電気だったものが魔力に置き換えられただけだ。魔力の供給源は勿論、美陽姉たち。

 水道も美陽姉が作った魔道具で水を生成したものが蛇口から出てくる仕組みだ。言うまでもなく温度調節も可能。

 キッチンに至っては主な使用者でもある美月姉の意見も取り入れ、凄まじく高性能なシステムキッチンが出来上がっている。

 こちらも勿論美陽姉たちの魔力で賄っている。

 ちなみに真っ先に改造された風呂とトイレも地味にアップデートが繰り返されていて、風呂など今や見た目や手触り、香りに至るまで、俺程度の目利きでは本物と全く区別がつかない物になっている。

 

 いや本当にチートの無駄遣いにも程がある。


 そんなわけで現在、光熱費に関しては全て美陽姉たちの魔力で賄っているので金が掛からない。日用雑貨も一部を除き美陽姉がなんとかしているので、これも無料に近い。金が掛かるのは食費くらいなので、鉄ランクの報酬でも十分に暮らしていけるのだった。



 閑話休題


 似非檜風呂にゆっくり浸かり、風呂上りには美月姉のスペシャルマッサージを受けた俺は、前日の疲れなど一切感じず翌朝を迎えた。

 興奮して寝付けないかと思ったが、意外とぐっすりと眠ることが出来た。美月姉に起こしてもらい軽く朝食を取った後、いよいよ冒険者としてギルドへ向かうため身支度を始める。

 一週間目くらいから素振りの時にも着けるようにして漸く馴染んできた感じの防具たちを身に着け、剣を腰に下げて準備は整った。その他の道具などは美陽姉たちが持っているということで、俺は剣と防具だけだ。少し寂しい感じもするが低ランクの現在では然程荷物は必要無いらしい。


 身支度を終えてリビングに向かうと、既に準備を終えた美陽姉たちが出迎えてくれた。二人は同じような恰好をしている。少し厚めの生地で作られた長袖長ズボン。手首まで覆っている手袋。脛まで覆っている長ブーツ。後は肘と膝にプロテクターを付けている。背中には小さめのリュックを背負い髪はまとめてアップにしている。結構軽装だ。慣れている感じがする。


「おー、なんとか様になっているじゃない」

「大地ちゃん格好良いわよ」


 美月姉、流石にそれは身贔屓が過ぎるだろう。


 全員準備は整っているので、さっそくギルドへ向かった。俺たちの家がある区画は一応高級住宅街に位置しているので、ギルドまでは少し歩くことになる。


 冒険者ギルドの建物は四階建て。外から見ると結構大きいことが分かる。


「ほら、行くよ大地」


 美陽姉に手を引かれて中に入ると熱気と喧噪に包まれた。冒険者登録したときに一度来ているのだが、どうやらあの時は思った以上に緊張していたらしい。あまり周囲が見えていなかったことが分かる。

 フロアの広さはテニスコートくらいだろうか。いくつかパーテーションで区切られたスペースがある。他にも小さい丸テーブルがいくつかある。きっと簡単な打ち合わせとか報酬の分配とかを行うんだろう。

 すでに冒険者として活動している美陽姉たちが慣れた感じで依頼表が張られている掲示板へと向かう。俺も遅れないように付いていく。周囲の男たちの美陽姉たちを見る目つきが気になるが、今はどうしようもないので無視することにする。前回のように諍いになったとして、また都合よく助けが入るとは限らない。


「あっ、これが良いわね。どう美月?」

「そうね、手頃なところね」


 いつの間にかこっちの世界の言葉を読むことが出来ている二人だった。分かっていたことではあるが、どこか理不尽なものを感じる。くそう、天才め。

 美陽姉は掲示板から一枚の依頼表を剥がして、俺の手を引いたまま受付へと向かう。俺とは別の意味で周囲の反応は全く気にしていない様子だ。


「おはようございます、フローネさん。今日はこの依頼をお願いします」

「あっ、おはようございます、ミハルさん。ミツキさん。えっとそちらの方は確かダイチさんでしたね」


 驚くことに、二週間前に登録に来ただけの俺の名前を憶えている。いや、ひょっとしたら美陽姉たちとの会話で名前でも出ていたのか? 


「ええと、薬草採取――」


 おおっ、初級冒険者定番の薬草採取クエストか。


「――の護衛ですね。承りました」

「えっ? 護衛?」


 俺の呟きに応えたのは美月姉だった。


「そうよ。私たちは薬草を摘む薬師さんの護衛」

「俺たちが薬草を摘むんじゃないの?」

「素人の私たちが無闇矢鱈に摘むと質が落ちちゃうらしいの。それに採取場所が荒らされたりとか。だから薬師さん達が自分たちで摘みにいくんだけど、獣が出たとき対処出来ないんですって」


 ああ成程。子供の頃美陽姉たちの爺ちゃんちに遊びに行ったとき山菜摘みについていったことがあるけど、その時も爺ちゃんが同じようなことを言ってたっけ。摘み方にも気を付けなければならない事や守らなければならない事があるって。

 確かに冒険者が依頼を達成するためだけに採取していたら、質も保障出来ないし、群生地も荒れてしまうかもしれない。

 そして山菜摘みの時に熊に注意とか言われたっけ。今回は俺たちが熊が出た時の対処をするってことか…… 

 ん? 熊の対処?


「なあ、美月姉、俺たちの仕事って護衛だよな。熊みたいなやつと戦うって事?」

「えっ、当然でしょ。護衛なんだから」


 そうだよな。護衛なんだから出てきた獣と戦うんだよな……

 分かっていたつもりだったが、冒険者として活動するってことは野生の動物と戦うこともあるんだよな。

 動画サイトで見たことのある熊の映像が頭の中に浮かんでくる。鋭い爪や牙。あれと戦う? 出来るのか、そんなこと…………


 素振りをするとき相手を思い浮かべながらやりなさいと美陽姉には言われていた。が、俺が頭に思い浮かべていたのは愛くるしい容姿で有名な粘体生物だった。あるいは角の生えた兎とか、無意識に自分よりも弱そうなものばかり想像していた。

 身体が急激に冷えていっている気がする。自分の能天気さを呪いたくなるが今更どうしようもない。いや、今ならまだ間に合うか? 情けない話だが、今から美陽姉に言って依頼を取りやめて貰うか…………


「フフっ 大丈夫よ大地ちゃん。実際に戦うなんてこと滅多にないから」

「えっ?」


 俺がビビっているのまでお見通しなんだろう。美月姉が微笑みながら安心させるように俺の背後から包むように抱きしめてきた。気のせいか冷たく思えた身体がまだ温かくなっていくようだった。


「ごめんね。ちょっと驚かせすぎちゃったわね。薬草の採取場所は街からそんなに離れていないし、護衛と言っても保険みたいなものだから、獣に出くわすことも殆どないわよ。それに考えてみて、これは初心者の鉄クラスの依頼よ」


 そこまで言われて俺はハッとなった。山菜摘みだって熊に注意とは言われても実際に熊に襲われたって話は聞かなかった。熊除けの鈴を鳴らしていれば熊は寄ってこないとも言ってたっけ。

 それに確かにこれは鉄クラスの依頼だ。


「あー 人がちょっと目を離した隙に一人だけ良いことしてる」


 俺が平静を取り戻そうとしていると、受付を済ませたであろう美陽姉が咎める様な口調で抗議の言葉を飛ばしてくる。これは俺ではなく俺を抱きしめている美月姉に対して言っているな。俺が弁解しようとする前に美月姉が悪びれもせずに応えた。


「ちょっと大地ちゃん分を補充しようと思って」


 俺が臆病風に吹かれていたことを隠すように適当なことを言ってくれる美月姉に感謝しつつも情けなく思う。もっとしっかりしなければ、二人を守るどころの話じゃないぞ。


「ずるい。じゃあ私も」


 俺の決意は美陽姉に伝わるはずもなく、美月姉に対抗しようと俺の正面から美陽姉が抱き着いてくる。

 二人の美女に前後から抱き着かれるのは嬉しいけれど、正直人前では止めてほしい。落ち着いてきた今、二人の良い匂いとか柔らかい部分とかがダイレクトに伝わってくるのは高校生男子には刺激が強すぎる。それに恥ずかしい。


「あのー」


 俺が二人を制止しようと声を発する前に、近くから第三者の気まずそうな声が聞こえてきた。

 俺たち三人が声の方を向くと若い女性の人が立っていた。


「あっ、ごめんなさいセディさん」


 そう言って美陽姉が俺から離れる。美月姉も同じように離れていく。少し名残惜しいなんて思っていないぞ。


「紹介しますねセディさん。この子が大地。うちのパーティーのリーダーです。大地、こちらセディさん。今回の依頼主でもある薬師さんよ」

「初めましてセディさん。大地と言います。って、俺、リーダーなの?」


 今初めて知ったんだけど……


「男の子なんだから当たり前じゃない」

「そうね、大地ちゃんがうちのリーダーよね」


 美月姉まで乗っかってきた。って二人共俺より能力の年齢も上なのに、何で俺がリーダーなんだよ。っていうか、リーダーって何するんだ?

 俺が疑問を浮かべていると、セディさんが右手を差し出してきた。


「初めましてダイチさん。セディと言います。今回はよろしくお願いしますね」

「あっ、はい、大地です。よろしくお願いします」


 セディさんの挨拶に応えながら差し出された右手を握る。こちらにも握手の習慣はあるようだ。


「じゃあ、早速出発しますか」


 何事も無かったように皆を促しギルドを出ていこうとする美陽姉。こういうのは気にしたら負けだな。俺も気を取り直して美陽姉に続いた。

 なんだか思いもかけずバタバタしてしまったが、とにかくこれが俺の冒険者としてのデビューだ。気を引き締めていこう。

一応の補足説明

作中に出てくる「大地ちゃん)分」とは糖分、塩分と同じ〇〇分です。

糖分、塩分は場合によっては要らないものと思われがちですが、

大地分に関しては美陽、美月にとっての必要成分なのです。

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