第7話 冒険者としての準備
しばらく入院してました
ゆっくり再開していきます
「さて、最初は大地ちゃんの物からね」
武器屋に着くと美月姉がそう提案してきた。武器屋の中は結構広い。教室くらいはあるだろうか。左右に分かれ右側が武器、そして左側が防具というように分かれていた。それぞれの壁には武器や防具がかけられていて、防具側には鎧なんかも並んでいる。幾人かの冒険者然とした者がいるくらいで、然程混んではいなかった。
「美月姉たちは良いのか?」
「私たちは後衛だからね。大地ちゃん優先よ」
確かに大魔導士と大賢者のギフトがあるなら後衛だよな。なんとなく美陽姉は前衛向きな気もするが…… 大賢者じゃなくて大魔導士だったら前衛をやっていたんじゃないか?
そんな他愛もないことを考えながら俺は武器が並んでいる一角へと足を運んだ。
武器と一言で言っても色々とあるようだ。剣もあれば槍もある。あっちには小さめの斧がある。手斧と言うんだっけ。日本だったら全く同じ形の物が並んでいるんだろうけど、こっちの世界では全てハンドメイドなのだろう。どれもこれも微妙に形が違う。変なところで異世界だと実感するなぁ。
槍や斧もいいけど、やっぱり剣だよな。とりあえず近くに置いてある箱に無造作に刺さっている長剣が目に入る。傘立てに入っている傘のようだ。ゲームなんかでいうところのロングソードというやつか。ドラ〇エだと鉄のつるぎかな。
その中の一本を手にする。金属――恐らく鉄なんだろうな――で出来た刀身の部分は真っ直ぐな両刃。長さは九十センチくらいだろうか。そして恐らく木で出来た柄の部分のシンプルな構造。グリップの部分には何かの革が巻かれていてしっかりと握れるようになっている。実際に持ってみるとイメージよりも意外と重いことが分かる。
「ふう、やっぱり剣を選ぶのね。出来れば槍にしてほしかったんだけど……」
そんな美月姉のつぶやきは俺の耳には届かなかった。
長剣を両手で握り二、三回軽く上下に振ってみる。反動というか、結構手首や肘に負荷がかかるな。金属の塊なんだから当たり前か。
「それにするの? ちょっと貸して」
剣を決めたところで美陽姉が俺が持っていた剣を借りて軽く素振りをする。悔しいが俺よりも様になっている。確か剣道もやっていたっけ。面倒臭いと言って段は取らなかったらしいけど……
「まぁこんなところね。良いんじゃない」
美陽姉からの許可(?)も出たところで剣は決まった。
「じゃあ次は防具か。剣といったら次は盾かな」
そう言って盾を置いている一角に向かおうとしたところで美陽姉から待ったがかかった。
「今はまだ盾は要らないわ。とりあえずこれをつけておいて」
美陽姉が渡してきたのは革で出来た籠手だった。俺が剣を選んでいる間に見繕っていたらしい。美陽姉から籠手を受け取り腕に着けてみる。革製のベルトで腕に固定する。少し緩いようだが、後で微調整を行うんだろう。着けてみるとそれほど重くもなく、悪くない感じだ。
「悪くはないけど、何で盾じゃなくて籠手?」
「帰ってから説明するわ」
まあ、美陽姉のことだから何か考えがあるんだろうし、ここは素直に応じておくことにする。
その後も胸当てや脛あてなんかを選び購入した。美陽姉たちもそれぞれ適当な防具を選んで購入した。支払いは美月姉が済ませたので幾らかかったのかは分からない。まあ美月姉に任せていれば大丈夫だろう。
カウンターにいた店主であろう親父さんに、手入れなど一通りの説明を受けて品物を受け取る。サービスということで剣の鞘も付けてくれた。
結構な荷物になったので一旦家に帰ることにした。
家に戻り買ったものを部屋に置いたところで美陽姉から声がかかる。
「大地、剣だけ持って中庭に来てちょうだい」
言われた通り、買った物の中から剣だけ取り出して中庭へと降りていく。中庭には美陽姉と美月姉、二人がいた。
「よし、じゃあ剣を持って素振りをしましょう」
「へ?」
「聞こえなかった? 素振りをしようって言ったのよ」
「いや、それは聞こえたけど、何で?」
「何でって、今のままだと、満足に剣を振るうことが出来ずに、下手すると死んじゃうからよ」
何を当たり前のことを聞いているんだ、という顔をしている美陽姉。ああ、これは本気の顔だ。
いや、でも言われてみれば確かに今のままだと剣に振り回されそうだ。どうもゲームやラノベのイメージが抜け切れていないんだろうな。剣を持っていきなり実戦なんて出来るわけがないじゃないか。
幸いなことに、美陽姉は真剣を振った経験がある。闇雲に剣を振るより、指導出来る人がいるだけラッキーだと思うことにしよう。
最初の数回振ったところで、美陽姉のチェックが入り、都度微調整を加えて何回か剣を振るう。そうして五十回を超えた程度振ったところで、腕が上がらなくなってしまった。手の平には豆も出来ている。
「まあ最初だからこんなものね。とりあえず明日は、そうね百回くらい振ること」
「百回!」
「最初だからね。最終的には五百回くらい振れるようにならないと冒険には出られないわよ」
「え?」
「当然でしょ。今はとにかく武器を体に馴染ませること。そのための素振りよ」
「ひょっとして、盾を買わなかったのも……」
「今の大地だと、盾を持っても邪魔になるだけだからね。その剣、片手、両手兼用みたいだけど、片手で振れる?」
「間違いなく無理」
「でしょ。だから籠手だけにしたの。盾を腕に着ける方法もあるけど、バランスを考えるとやっぱりね」
成程、さすがに色々と考えているんだなぁ。いや、俺が考えなさ過ぎなのか。反省しなくては。
とにかく美陽姉たちがいてくれて良かった。だけど、俺が守る、なんておこがましい考えだったのかも。
「大地ちゃん、お風呂沸かしてあるから入って汗を流してきなさい。お風呂から上がったらマッサージしてあげるわ」
それまで黙ってみていた美月姉が声をかけてきた。美月姉のマッサージは良く効くからありがたい。
「あっ、でもその腕だと満足に身体を洗えないわよね。私がやってあげようか?」
いかん、美月姉の世話焼きモードが発動している。このままだと下手すると全身ピカピカに磨き上げかねん。流石にそれは恥ずかしい。背中だけならまだしも、前は駄目だろう。ここは丁重にお断りしておくことにする。
「いや、そこまでしてもらう程じゃないよ。それより風呂から出たら美月姉の美味しい料理を食べたいな」
「あら残念。まあ良いわ。疲れが取れる料理を用意しておくから、ゆっくり入ってらっしゃい」
「ありがとう」
いつの間にか用意されていた着替えをもって、俺は風呂へと向かった。豆の出来た手の平にお湯が沁みたが、疲れた身体に温かいお湯は心地良かった。