第4話 大賢者 真田美陽
閑話的内容なので、少し短めです
真田美陽は現在十七歳。五月の誕生日を迎えれば十八歳になる。本来ならば高校三年生だった。
子供の頃から、双子の美月と共に近所では可愛い双子として評判だった。
隣に住む橘大地とは物心がつく頃から仲が良く、それは小学校、中学校を経ても変わることが無かった。
中学校に上がる頃には、その美貌に磨きがかかり、告白する者も後を絶たなかったが、全て「好きな人がいる」と言って断っているのは有名な話だった。そしてその幸運な想い人が誰なのかも同じくらい有名であった。
烏の濡れ羽色というにふさわしい、艶のある黒髪は、まっすぐ背中あたりまで伸びている。スタイルも良く、スラっとした手足に、それなりに大きい胸。街を歩けば誰もが振り返るほどの美しい見た目だった。
明朗快活な美陽は、男女を問わず誰からも好かれていた。身体を動かすことが好きで、才能もあってか、どんなスポーツもある程度こなすだけですぐにコツを掴み、かなりの成績を残した。幼馴染である大地曰く「美陽姉は感覚派の天才」である。
しかし様々な勧誘があったにも関わらず、特定の部活に入ることはせず、時折、頼まれて練習試合などの助っ人をすることがあるくらいだった。
活発ではあるが、がさつなところなど全く無く、所作も美しかった。意外と思う人も多いが、家事的なことも決して不得手ではない。
学業の方も優秀で、定期試験ではいつも美月と学年の一二位を争っていた。全国模試でもかなり上位の成績を取ることもあった。
そんな美陽だったから、高校二年生の時に生徒会長へと推薦され、九割以上の得票率で当然のように当選した。
まさに完璧超人といった美陽であるが、数多くの心無い人たちが挙げる唯一の欠点が「男の趣味」であった。
彼女の想い人である橘大地は決してみすぼらしい男ではない。しかし、真田美陽が想いを寄せるには足りないところが多すぎる。男女を問わず何人もの無遠慮な者たちが、そう言って要らぬ忠告を美陽にしてきた。
そういう時、美陽は不快さを決して隠すことなく、毅然とした態度で相手に対し「余計なお世話だ」と言ってきたし、その後もそういう輩とは関わらないようにしてきた。
結果、面と向かって要らぬ忠告をする者はいなくなった。――陰で言っている連中がいなくなったわけではないが――
そして、知る者はかなり限られているが、美陽のもう一つの欠点が、プライベートでの重度の甘えたがりである。
「大地ぃ、お姉ちゃん、疲れちゃったよぅ」
帰宅すると同時に、美陽は大地を求めてリビングへと向かう。
大地の両親は海外赴任で不在、美陽たちの両親は共働きで二人とも帰りが遅い。防犯上とか光熱費の節約とか、色々な理由をつけて双子は、大地に学校から帰るとすぐに真田家に来るようにお願いした。
大地とて若い男子。世間体なども考慮して最初のうちは遠慮していたが、結局ずるずると真田家に出入りするようになった。美陽たちの両親からも頼まれたことで、大義名分が出来たことも大きかった。
気が付けば、夕飯どころか風呂まで真田家で入るようになっていた。もう自分の家に戻るのは寝るときくらいであった。
そんなわけで真田家のリビングにいる大地の元へと向かう美陽。
真田家での大地は、大体はゲームをしているか漫画などを読んでくつろいでいる。美陽は大地が何をしていようとお構いなしに縋り付き、そのまま身体を休めた。
「美陽姉、くっついても良いから、せめて制服くらい着替えてきたら?」
「いーや、このまま大地分を補充するの」
冷静な振りを装っている大地ではあったが、実のところ心臓はバクバクいっていた。大地とて健康な高校生男子。年頃の女性がこれだけ近くにいて何も思わないわけがない。汗臭さなど微塵も感じさせない女子高生特有の甘い匂い。故意にやっているのか、押し付けられている豊満な胸。ましてやそれらが普通の女性ではない、かなり美人の美陽から与えられているともなれば効果は絶大だった。
今、大地は鉄の理性を総動員して、なんとか手を出さずにいられた。それはひとえに自分を信頼してくれているであろう美陽たちの両親、そして大地の生活費を稼いでくれている遠き地にいる自分の両親を裏切らんとする一心からだった。
――実のところ、美陽の両親は、大地が早く手を出さないものかと待っているのだが、当の本人は知る由もない――
そんな大地の気持ちを知ってか知らずか、――恐らくは知っててやっているのだが――美陽はずっと大地に凭れかかったままだった。それは美月が夕飯を作り終えるまで続いた。
欠点とは言いながらも、実際に被害にあっているのは大地だけで、それも本人にとっては被害だけでない部分も多々ある以上、欠点とは言えないところではあるが、とにかく完璧超人である美陽の唯一の欠点ではあった。
そんな美陽が異世界にきて得たギフトは『大賢者』。
あらゆる魔法を使いこなすことが出来るという特級のギフトだった。精霊魔法に始まり、治癒魔法、付与魔法、召喚魔法、ありとあらゆる魔法を使うことが出来るとんでもないギフトである。
普通、この世界の魔法使いは精霊魔法なら四大元素である地水火風のどれか一つ。よほど凄い才能の持ち主で二つの精霊魔法が使える程度。治癒魔法なら治癒魔法のみ、付与魔法や召喚魔法などは使えるものはごく僅かしかいない。
そんな凄まじいギフトなのだが、肝心の本人がさほど凄いと思っていないところが何とも残念なところである。
「って言ってもさ、結局のところ、魔法陣なり呪文なり、基本的な知識がなければ使えないんだし、言うほど便利かなぁ」
確かに、例えば『弓使い』のギフトがあったとしても、弓を持たなければ意味がない。弓を使うには矢がいる。美陽が言っているのはそういうことだ。
たとえ『大賢者』のギフトがあっても、呪文を知らなければ使うことは出来ない。
が、そこは完璧超人と言われた美陽である。なんだかんだと言いながらも、マーロンの伝手を使い幾つかの文献をあさり、基本的な呪文や魔法陣の知識は得られた。
そこからは大地が言うところの感覚派の天才らしく、自分なりに応用発展をさせ、すでに新人冒険者とは思えない種類の魔法を習得していた。
それらの魔法を感覚派の天才が絶妙のタイミングで使用していく。隠された罠を見抜き、解除する魔法。移動に便利な転移魔法。負傷、疲労に対しての治癒魔法。空間魔法を利用したアイテムボックス。戦闘時――主に大地の――フォローをする戦闘補助魔法や付与魔法。大地たちのパーティーを支えているのは間違いなく美陽の魔法だった。
加えて恐ろしいのは、天才ゆえなのか、その保有魔法量である。老齢の宮廷魔導士が持つ魔法量の数倍ともいえる魔法量を有していたのである。まさに異世界チートとはこのことかと、大地が裏で言っていたほどである。
美陽は言う。
「未来の世界のネコ型ロボットって呼んでくれて良いよ」