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第29話 ゴブリン

 美陽姉の転移魔法が完成した日、港町に行こうと美月姉が言っていたんだが、中々その日は来なかった。

 どうして行かないのか尋ねてみると、とある依頼を待っているらしい。

 そんなある日、いつものようにギルドへ向かうと、美陽姉たちのお目当ての依頼が掲示されていた。


「この依頼を待っていたのよ」


 まだこちらの文字を完全には読めないのだが、一部は分かるようになってきた。どうやら何かの討伐依頼のようだ。


「ゴブリンよ」


 そう美陽姉は言った。


 ゴブリン。ゲームでも序盤に出てくる雑魚として扱われることが多い有名なモンスターだ。俺はまだ直接見たことは無いんだが、人型で大して強くはないらしい。それなりに経験を積んできた今の俺なら、なんとか倒せるのかもしれない。

 詳しい依頼内容を美陽姉に聞いた。街から少し離れたところにある村の住人が畑仕事の際中、ゴブリンを数体見かけたらしい。依頼はこのゴブリンの調査、討伐ということだ。

 一体、二体なら村人たちだけでもどうにかなるのだが、ゴブリンは繁殖力も強く、放っておくとすぐに数が増えてしまう。素人の村人が見逃してしまったため、数を増やしたゴブリンに村が襲われたという事例も珍しくはないらしい。


 支度を整えた俺たちは早速出発した。

 街道を歩いて一時間、街道を外れて更に一時間歩いたところに村はある。以前にも別の依頼で行ったことがある村なのだが、その頃はまだ美陽姉の転移魔法が完成していなかったので、今回は徒歩で向かった。


 村の近くまで来たところで、農作業をしている村人たちを見かけた。以前にも依頼を受けているので、若い三人組だけのパーティーだからというトラブルも無く、俺たちは早速ゴブリンを見かけたという場所まで案内してもらった。

 

「じゃあ後は任せて下さい」


 美陽姉がそういうと、案内してくれた男は、村の代表に伝えるため走っていった。

 前の時は信用ならないとばかりに、監視するように俺たちについて来たのだが、美月姉の魔法に驚いていたっけ。


「さて、じゃあ始めますか」


 この手の討伐依頼のお決まりの様に美陽姉が探知魔法を発動する。


「いるわね。全部で十体。まだ若いコロニーね」


 いつもなら、この後美月姉の魔法で全滅させるはずなのだが、今回は違っていた。


「じゃあ、いくわよ、大地」

「えっ、行くって何処に?」

「ゴブリンの群れのところ」


 そう言って美陽姉たちは俺を連れて歩き出した。

 数分歩いたところ森があり、俺たちはそのまま森の中へと進んでいった。少し歩いたところで美陽姉が止まった。


「あそこね」


 樹の陰に隠れ、ある方向へと指さす美陽姉。その先を見ると少し開けた場所があり、ゴブリンらしき個体の姿が見えた。さらに奥の方には大きい岩があり、その周りに木の枝らしきものが積まれている。見た感じ巣のように見える。

 ゴブリンは、距離にして二十メートルくらい離れたところにいる。体長は一メートルくらいか。ゲームなんかだと腰蓑のような物を身に付けているイメージだが、目の前のそれは全裸と言って良いのか分からないが、何も身に付けていない。体毛も生えている様子がないが、冬とかはどうやって体温調節をするのだろう? 片手に太い木の枝を握っている。どうやら武器のつもりのようだ。道具を使う程度の知能はあるらしい。

 目に見える範囲にいるのは一体だけ。周囲の様子を伺っているように見えるから見張り役なのだろうか。


「それで美陽姉、どうするんだ?」

「猪の時と同じよ。今回は大地に経験を積んでもらうわ。あれと戦って頂戴」

「えっ?」


 思わず聞き返してしまった。あれと戦う? いや、勿論元々はそのつもりではいるけれど、あまりに突然なことだったので、驚いてしまった。


「段取りを説明するわね。大地は今からあの一匹に襲い掛かって。そうするとあの見張りのゴブリンは仲間を呼ぶわ。仲間の方は私が魔法で動きを鈍らせるから、大地は最初の一匹を何とか倒して」


 簡単そうに言うなあ。とはいえ猪の時と違って、今回は心づもりが出来ている分、あの時よりはマシだろう。それにさっきも思ったが俺もそれなりだが経験を積んできている。一体だけなら何とかなるだろう。


「ちなみに、他のゴブリンはどうするんだ?」

「大地が最初の一匹を倒したら、あとは美月が残りを魔法で倒すから安心して頂戴」

「分かった」


 ぐだぐだしててもしょうがない。俺は覚悟を決めて腰の剣を抜き、ゴブリンの姿を目に焼き付けた。一度だけ大きく深呼吸をしてゴブリンへと近づいていく。

 美陽姉が抑えるとは言っても、なるべく気付かれたくはない。ゴブリンの様子を伺いながら樹の陰を移動する。

 あまり視力が良くないのだろうか。幸い見つからずに、ある程度までは近づけた。だが、これ以上は流石に無理だろう。ゴブリンとの距離は十メートルくらい。足場もそれほど悪くは無い。一気に駆けていき、最初の一太刀で倒す。そんなイメージを頭に思い浮かべて、俺は樹の陰から飛び出した。


「ギャギャーッ」


 ゴブリンはすぐに俺に気が付き、叫び声を上げた。恐らく仲間を呼んだのだろう。だが仲間は美陽姉が抑えてくれるはず。俺は目の前のゴブリンに切り掛かろうとした。


 ドクン。


 一瞬、鼓動が跳ね上がった気がした。斜め上に振り上げた剣をゴブリンに向かって袈裟懸けに振り下ろすだけで良い――。

 はずだったのだが、俺の身体は硬直してしまった。人の形をしたものに剣を振るうということに俺は恐怖してしまった。


「うわああああああ」


 恐怖を振り切るように大声を上げ、俺は何とか剣を振り下ろした。しかし、一瞬の躊躇が災いして、俺の剣は相手が持っていた木の枝で受けられてしまった。漫画なら木の枝ごとゴブリンを叩き切っているところだろうが、無闇矢鱈に振った剣ではそうもいかない。

 しかし、元々の体格の差があるため、ゴブリンはそのまま後ろへと跳ね飛ばされた。


「ハアハア」


 一度しか振っていないのに、何故か息を切らしてしまっている。周囲に気を配れば、数体のゴブリンが近づいてきていた。しかし美陽姉の魔法のおかげか、動きはかなり鈍い。何かに掴まれているかの様だ。

 そちらは放っておいて、目の前のゴブリンに集中する。相手はまだ起き上がっていない。突き刺すか、振り下ろすか、どうとでも好きなように出来るはずだったが、またしても俺の身体は動かなかった。

 俺の戸惑いを余所に目の前のゴブリンが立ち上がった。襲い掛かってくるかと思いきや、周りを見て仲間が近づいてこれないと知ったゴブリンは逃げ出そうとした。一対一では勝てないと踏んだのだろう。

 逃がすわけにはいかない。追撃しようとしたところで、美月姉の魔法弾が飛んできてゴブリンに当たった。


「ギャアアッ」


 断末魔を上げて目の前のゴブリンが倒れた。周りのゴブリンたちも次々と美月姉の魔法弾に倒されていく。

 最後の魔法弾が巣の方に放たれると、短い断末魔が聞こえてきた。恐らく雌や子供がいたんだろう。



 近くに来た美陽姉と美月姉に俺は頭を下げた。


「ごめん。肝心な時に身体が動かなかった」


 美陽姉が俺の頭をポンポンと優しく叩いて、声を掛けた。


「そんなの当たり前でしょ」

「へっ?」


 思わず頭を上げて美陽姉を見てしまう。


「ついこの間まで日本で暮らしていた、武道の経験も無い普通の男の子が躊躇もなく人の形をしたものに切り付けられたら、逆にそっちの方が引くわよ」

「えっ、じゃあ何で?」


 俺の問いには美月姉が答えてくれた。


「今後、長い旅をするとなると、盗賊とかと戦うこともあるかもしれない。その時、全く経験が無いよりは、少しでもあった方が良いでしょ。勿論、私たちが大地ちゃんを護るから、本当に万が一って場合だけどね」


 美月姉たちの考えは理解した。実際、ゴブリン相手ですら躊躇してしまっていた。これが人間相手ならどうなっていたんだろう。ましてや相手が盗賊となると、攻めてくる勢いもゴブリンどころではない気がする。命のやり取りになるだろう。その時、俺はどう動けるんだろうか……。

 ……しかし、二人に護られる前提というのは、かなり情けないなぁ。


「大地ちゃんには留守番してもらうって手もあるんだけど……」

「それは私たちが我慢出来ないからね」


 悪びれずあっけらかんと言う美陽姉。いや、出来れば俺も二人とはいつも一緒にいたいと思う。なるべく足手まといにならないようにしなければ。



 そんなわけでゴブリン討伐は無事(?)に終えた。さて、これで港町に向かって出発出来るのかな?

ツイッターを始めました。主に更新のお知らせ程度ですが。

https://twitter.com/3U03925224

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