第27話 秘策
すみません、少し予定より遅れました。
「フローネさん、あそこの場所借りるよ」
ギルドにはパーティーで簡単な打ち合わせ等に使える小部屋がいくつかある。パーテーションで区切られただけの簡易スペースだが。
俺はセディさんを連れて美陽姉たちと共に、その小部屋の一つに入る。
「美陽姉、遮音結界を頼む」
「ええ」
美陽姉が魔法陣を展開する。これでここでの会話は外には漏れない。
「さて、セディさん時間もあまりないから早く済ませたいんだけど、その前に一つだけ約束して欲しいことがある」
「約束?」
「ああ。今回の件で俺たちがやることを絶対に口外しないで欲しい。これが守られるなら薬草を必ず手に入れて見せる」
「わかった。それでアレックが救われるなら、何でも約束する」
「良し。じゃあセディさんはこれから美陽姉たちと薬草を採りに行ってくれ」
「でも、それだと間に合わない――」
「分かっている。ここからが口外して欲しくない部分なんだけど、薬草を手に入れたら美陽姉の魔法で薬草をこの街へと送る。なあに時間はかからないよ。そういう魔法なんだ」
そう。美陽姉の転送魔法を使って薬草をこの街に送れば良い。問題はセディさんが転送魔法の事を知ってしまうという点だが、これはセディさんを信じることにする。関わった時間は短いけれど、セディさんの人となりは多少は理解しているつもりだ。こういう時の約束を裏切る人ではないと思う。
「大地。転送魔法は長距離での実験はまだしていないのよ」
美陽姉が憂慮した様子で口を挟んでくる。
「分かっている。でも理論は完璧なんだろ? じゃあ上手くいくに決まっているじゃないか。それとも美陽姉は自信が無いのか?」
「……大地の癖に生意気だぞ。そんなのあるに決まっているじゃない」
美陽姉の表情から不安の色が消えた気がする。
勿論、俺の言葉には何の保証も無い。そんなことは俺自身が一番良く分かっている。
「全く大地ちゃんてば、魔法は根性論でどうにかなるものじゃないのよ」
「いやあ、俺は魔法に関してはド素人だからね」
呆れた様子の美月姉だったが、美月姉も美陽姉の事を信じているのは分かっている。
「セディさん、聞いての通りだ。実はこの魔法はまだ長距離での実験はしていないんだ」
だから美月姉はこの方法を言い出すことが出来なかった。石橋を叩いて渡る性格の美月姉だから確証の持てない方法は採れないんだ。
だからこそ、これは俺が言い出さなければならない。例え実験はしていなくても、美陽姉の魔法は失敗しない。俺はそう信じている。今まで美陽姉を見てきた俺だからそう言い切れるんだ。
「美陽姉の魔法は絶対に失敗はしない。俺はそう信じている。でもセディさんが信じられないというのなら、この話は無しだ」
「…………分かったわ。どっちにしても他に方法が無いんだし、私もミハルさんを信じる」
「ありがとう。じゃあ美陽姉、美月姉、そういうことだから、後は二人が詳細を決めてくれ」
「そこで私たちに振るの? こういう時は最後まで格好付けなさいよ」
半分呆れた様子で美陽姉が苦笑する。いやあ、やっぱりこういうのは二人に任せるのが正解だと思うぞ。
「じゃあセディさん。誰か信頼出来る薬師の人はいる? 薬草を手に入れても薬を作れる人がいないんじゃ意味がないからね。勿論口外しないという条件を飲める人よ」
「それならサンディが良いわ。私の親友でアレックの妹なの。あの子なら約束は守ってもらえるはず」
「身内ならうってつけね。じゃあセディさん、今からその子に説明してきて。明日の朝までには薬草が届くから薬を作ってくれるように」
「分かった」
「大地は家で待機ね。薬草が送られてきたらすぐにサンディさんのところへ届けて」
「任せてくれ」
「私たちは馬車を用意してくるから、セディさんは説明を終えたらここへ戻ってきて。そのまま出発するわ」
「はい」
よし、話は決まった。相変わらず俺は殆どやることが無いんだが、まあ俺らしいと言えば俺らしいのか。
セディさんはギルドを飛び出すように出ていった。俺も家へと戻るとするか。
「じゃあ、美陽姉、美月姉、悪いけど後は任せるよ」
「任されたわ。 …………ありがとう、大地」
「何が? 礼を言われるようなことは何もしていないぞ」
「それでもよ」
なんとなく照れ臭くなってきたので、誤魔化すように俺もギルドを出ていった。
「少し美陽が羨ましいわ」
「美月だって同じだって分かっているでしょ」
「それでもよ」
二人の会話は当然、俺の耳には届くことは無かった。
家に帰ってからの俺の仕事は簡単だ。工房にある転送魔法陣の前でひたすら待機するだけだ。
とは言っても流石にまだ届くはずもないので、一旦食事やら入浴やらを済ませ、この日は早めに寝ることにした。
翌朝というか、まだ未明ともいえる時間、俺は目を覚まして工房へ向かった。とりあえずまだ届いた様子は無い。不安が無いと言えば嘘になるが、それでも俺は美陽姉を信じている。
俺が椅子に座って待とうとした時、魔法陣が光り輝きだした。
「えっ!」
突然のことに俺が驚いていると、魔法陣の光が収束していき、光が消えた後には薬草が現れていた。
やった! 転送魔法は成功したんだ。 ……だけど。
「早すぎないか?」
予定よりも大分早い時間に届いたその薬草は参考用にと預かっている絵と同じ形をしている。とりあえず俺はその薬草を持ってサンディさんの家へと向かった。
まだ辺りは薄暗かったが、サンディさんの家には明かりが点いていた。寝ずに看病しているのだろうか。俺が玄関の扉をノックすると中から女性が出てきた。サンディさんだ。念のため昨日のうちに挨拶は済ませておいた。
「サンディさん、この薬草で良いのかな?」
「それです! でも一体どうやって?」
「詳しい話は後で。とにかくこれで薬を」
「は、はい。ありがとうございます」
俺が薬草を渡すとサンディさんは慌てたように奥へと戻っていった。どうしよう? 俺もこの場で待機していた方が良いんだろうか?
数分後、調合した薬をアレックさんに飲ませると、しばらくしてそれまで苦しそうだったのが大分楽になった様子だった。
「もうこれで大丈夫だと思います。後はもう二、三日安静にしていればすぐに治ると思います」
「良かった」
「本当にありがとうございました。でも、どうやって薬草を手に入れたんですか?」
「その辺は企業秘密ということで」
「あっ、はい、分かりました」
まだ納得は出来ていないようだったが、アレックさんも峠は越えたようだし、これ以上は詮索しないことにしてくれたらしい。
「じゃあ俺はこれで失礼します」
「はい。本当にありがとうございました。お礼は後で必ず」
「その辺の話は美陽姉たちとしてください。俺は薬草を届けに来ただけなんで」
「ふふっ。はい分かりました」
サンディさんの家を後にし、俺は家へと帰った。少し早めに起きたから、まだ少し眠い。どうせ美陽姉たちもまだ帰ってこないはずだから、もう一度眠るとするか。
そろそろ夕方になるという頃、何もすることが無い俺はリビングでボーっとしていた。するとそこに誰かが勢いよく飛び込んできた。
「大地ぃー、 ただいまぁー」
「えっ! 美陽姉?」
驚いている俺を余所に、美陽姉は俺にしがみついてくる。何で美陽姉が? 帰ってくるのは夜遅くになるはずだろう?
「ただいま、大地ちゃん」
遅れて美月姉もリビングに入ってきた。一体どういうことなんだ?
「えーと、とりあえずお帰り。それで? 何でこんなに早かったのさ?」
気が付けば美陽姉は俺にしがみついたまま眠ってしまっていた。俺は美月姉に説明を求めた。
「話せば長くなるんだけれどね」
美月姉の話を要約すると、転送魔法で薬草を送るという方法以外にも美陽姉たちは何とか時間に間に合うような策を考えることにしたらしい。
まず馬車の軽量化。付与魔法で馬車を軽量化しようとしたのだが、既存の馬車ではそれほど軽量することが出来なかった。そこで美陽姉は魔法で馬車を作った。なんとサスペンション付きで尻も痛くならない仕様だとか。
その馬車に軽量化の付与魔法を施し、馬車自体の重さはかなり減ったらしい。実質の負荷は美陽姉たちとセディさんの体重のみだ。何キロなのかは聞かないことにした。
それに加えて美陽姉は馬車が進む道を全部舗装することにした。勿論そのままでは大騒ぎになるので走った後は元に戻したらしい。
それで薬草が届くのがかなり早くなったらしい。
更に帰りには馬に体力増強の魔法をかけた。これにより大幅なスピードアップになった。行きにかけなかったのは体力増強した分、馬の負担も増えるため回復する時間も増えてしまうからだとか。帰りだけなら回復する時間が増えても何ら問題は無い。勿論、馬へのケアも忘れてはいない。
「何だ。じゃあ俺が転送魔法のアイデアなんて出す必要が無かったんだ」
「そんなことないわよ。リミットが二日だと言っても人の身体はタイマーで動いているわけじゃないからね。三日持つ人もいるかもしれない、あるいは一日持たない人だっているかもしれない。それに病気が身体への負担になるのは間違いないんだから、早く治療出来るのなら、それに越したことはないわ」
「そうか」
一応は自分がやったことが全くの無駄では無かったことに少し救われた気がした。
「そんなわけで、今回は結構魔法を使い続けたから、肉体的にはともかく精神的な疲労は相当なものだったと思うわ。悪いけど、しばらくそのままにしてあげて」
「こんなことくらいで良いならお安い御用だよ」
「ありがとう、大地ちゃん」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。それに美月姉だって疲れているんだろうから、早く休んでよ」
「ふふっ、そうね。そうさせて貰うわ」
そう言って美月姉は美陽姉とは反対側から俺に凭れかかってきた。
「じゃあ、しばらくこのままでいさせてね」
「……まあ美月姉がそれで良いのなら構わないけどね」
こうして数時間の間、俺は二人に挟まれてじっとしているのだった。とりあえずトイレは限界まで我慢することにする。