第20話 プール
「暑っちぃ~」
数日前から気温が上がってきていた。夏だ。こちらの世界にも四季があるらしい。俺たちがこちらの世界に来たときは春だったようだ。
屋敷は美陽姉の魔法具によって空調が管理出来る。勿論快適な室温にすることも可能なのだが、美陽姉たち曰く、
「季節感を味わうのも大事なことよ」
ということで、時々こうして空調を切って夏の暑さを味わうことにしている。勿論熱中症には気を付けている。というか、俺以上に美月姉が俺の体調を把握しているので、熱中症になることなどないけれど。
今日は依頼を受けることも無く、家でのんびりしている。美月姉は夕飯の仕込みやら洗濯やらと家事に勤しんでいる。手伝おうとしても「私の生き甲斐を奪わないで」と懇願されるので、もう諦めている。
美陽姉は工房に篭って何やらやっているが、こちらも放っておくことにする。
というわけで、俺は一人リビングで美陽姉の作ってくれた団扇を仰ぎながらぼおっとしているだけだ。
「しかし、こう暑いとプールにでも入りたいところだな」
「いいわね、プール」
いつの間にかリビングに来ていた美陽姉が俺の何気ない呟きを聞き取ったらしく、良い笑顔で答えた。
「じゃあ、作ろうか、プール」
「えっ?」
そんな簡単に作れるものなのか? プールって。俺の戸惑いを余所に美陽姉は俺を連れて裏庭へと向かった。
「うん、広さは十分ね」
雑草やら立木やらを伐採した土地は自由に使っていいとマーロンさんから言われているが、その土地は優に学校のグラウンドくらいの広さがある。プールを作るのには十分な余裕がある。
「じゃあ、どんなプールにしようか。無難に二十五メートルの長方形? それとも円形が良いかな? ちょっと趣向を変えて八の字型なんてのもありかもね」
待て待て待て。このまま放っておくと、どんどん話が進んでいってしまう。俺は一旦落ち付かせようと美陽姉に待ったをかける。
「ちょっと待った美陽姉、本当にプールを作るつもりなのか?」
「えっ? 勿論、そのつもりだけど? 大地が入りたいって言ったんじゃない」
「いや、確かに言ったけど、あんなのは只の戯言だろ。本気にするなよ」
「大地、確かに戯言かもしれないけれど、本当に思っていなければ、何気なく言葉にはならないものよ。それに土地があって、作れる技術があって、作らない理由が無いじゃない」
言われてみれば確かにそうなんだが、どうやら俺はまだ日本での常識に引っ張られているのかもしれないな。
「よし分かった。じゃあ、作ろうか、プール」
とは言っても実際に作るのは美陽姉なんだが。一応、俺もアイデアを出す方向で協力するという態で。
「せっかくプールがあるなら真剣に泳ぎたいとこもあるから、やっぱり二十五メートルプールは欲しいかな」
「そうね。トレーニングとかにも使えるし、じゃあ二十五メートルプールを作って、他に八の字型を作って、そっちは水遊び用ってことにしない?」
「良いな。あっ、八の字型の方はそれぞれで深さを変えてみるってのはどうだ?」
「面白そうね。そうしようか」
こうして二つのプールが作られることになった。二十五メートルの長さでコースは四つ。もう一つは八の字型で片方は浅く、もう片方は少し深めなレジャー用プールだ。
美陽姉が魔法陣を展開し、魔力を込めると雑草や立木を巻き込んで地面に長方形の穴が拡がっていく。土を圧縮して空間を拡げているらしい。凄いな魔法って。土木工事まで簡単に出来てしまう。いや簡単そうに見えるのは美陽姉だからか。
拡がりきったところで再び魔法陣を展開。今度は塗装されたように穴が水色に変わっていく。
「水漏れや破損しないためのコーティングってところね」
さらに飛び込み台やプールラダーなどを設置してプールが完成した。ものの数分でプールが出来上がるなんて、日本の友人に言ったところで絶対に信じないだろうな。
美陽姉はそのまま八の字型のプールも作り始めた。なんとウォータースライダーまで付いている。両方のプールにこれまた魔法で水を満たした。これだけやっても疲労した様子が欠片も無い。改めて美陽姉の凄さを実感する。
「じゃあ、美月も呼んで水着に着替えてくるわね。楽しみにしていて」
そう言って美陽姉は屋敷へと戻った。俺も美陽姉が作ってくれた水着に着替えよう。最初はブーメランパンツを用意されたが、はっきり固辞すると仕方ない様子で無難なトランクスタイプを用意してくれた。初めからそうしてくれよ。
水着に着替えて準備体操をしていると、屋敷から美陽姉たちがやってきた。
美陽姉は赤いビキニタイプ。活動的な美陽姉らしくまさに健康美といった感じだが、豊かな胸部がそこはかとない色気も醸し出している。
一方の美月姉はというと、薄紫色のホルターネックのワンピース。深く切れ込んだVネックが普段清楚な感じな美月姉のイメージを覆し、艶めかしさを引き出しているように見える。
まさに眼福である。
「どうかな? 大地」
「どう? 大地ちゃん」
「うん、二人とも綺麗だ。そして、何か色っぽい。改めて惚れ直したよ」
俺が正直な感想を伝えると、二人は嬉しそうな笑顔を浮かべた。こんなに素敵な二人が俺の恋人なんて、俺は世界一の幸せ者だと大声で叫びたい。
準備運動を終えた俺たちは、せっかく作ったことだしと、まずは競泳で勝負することにした。
コースを二往復の百メートル自由形。結果は美陽姉と美月姉のほぼ同着であった。俺の記録は……、まあ聞かないでくれ。
その後は八の字型のプールに移動した。八の字型は直径五メートルの円形が二つくっついた形で深い方は一メートルくらい。そこでビーチボールやウォータースライダーで遊んだりと楽しく過ごした。
思い付きですらないただの呟きから、思いがけない展開になっていったが、やっぱりプールを作って正解だった。美陽姉には感謝しかないな。
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