第12話 戦いが終わって
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
微睡から覚めて目を開けると、俺の顔を覗き込むようにしている美月姉の顔が映った。相変わらず綺麗な顔だ。後頭部には柔らかく温かい感触がある。ああ、美月姉の膝枕だ。日本にいた頃から頻繁にしてもらっているから、良く分かる。
少しだけ視線を上に移すと実に柔らかそうな部分が目に入る。まだ直接触ったことは無いが、いつか触れてみたいと思っている。実のところ美月姉は「触っても良いよ」と何度も言われているのだけど、流石に実行に移す勇気は無い……………… って、何を考えているんだ俺は。
慌てて身体を起こし美月姉の方へ膝立ちの状態で向き直り、状況を確認する。
「俺、寝てたのか? 猪はどうなった?」
意識を失う前の記憶が曖昧だった。猪モドキと対峙したことは覚えている。が、最後にどうなったか、イマイチ思い出せない。
「大地ちゃんが寝ていたのは五分くらいね。猪は私の魔法で倒したわ。死体は美陽の鞄の中。家に帰ってから血抜きと解体をするそうよ。美陽は今は薬師の子たちのところへ戻ったわ」
美月姉の簡潔かつ明瞭な言葉を聞いて朧気だった記憶が思い出されてきた。そうだ、俺は結局猪を倒すことが出来ず、美陽姉たちに助けてもらったんだった。
美月姉の言う鞄とは美陽姉たちが背負っていたリュックの事だが、これも美陽姉の魔改造(?)が加えられて収納量がほぼ無限状態になっている。ラノベなんかでよくあるやつだ。
「はぁぁ」
守ると決意しておきながら、結局助けてもらった情けなさと、初めて行った命のやり取りから生還出来た安堵感とが混在したため息が無意識に零れた。
危機から脱したことを漸く実感した俺は、そのまま後ろに座り込んだ。
「あれっ?」
戦闘中もズキズキと痛んでいた足が今は何も感じない。猪モドキにやられたはずの患部を見てみると破れたズボンと、その裂け目から覗く太腿に乾いた血がこびりついていた。しかし、傷自体はどこにも見当たらなかった。
「足の傷は美陽が治してくれたわ。ズボンの方は家に帰ってから私が繕うわね」
「……ありがとう」
何とか平静に礼を言う事が出来た。が、胸中では複雑な思いが駆け巡っていた。守るつもりだったのが、逆に助けられてしまった。
――まだまだ足りない……か。
いろいろと思うところはあるが、それは後で考えることにする。今は冒険者としての依頼の真っ最中だからな。
俺は離れたところで薬草を摘んでいる薬師の子たちの方を見た。
「猪モドキが現れたってのに、まだ続けているんだな」
「彼女たちにも生活があるからね」
これが日本なら即刻中止にして、さっさと撤退ってところなんだろうけど、こちらの人たちは逞しい。依頼だって只じゃないからな。自分たちに危機がなければ、そりゃあ続けるのも無理はないか。
「彼女たちの作業はもうしばらく続くみたいだから、それまでは休んでいなさい、大地ちゃん」
そう言って美月姉は自分の膝を軽く叩く。どうやら膝枕の続きを要求しているようだ。さて、どうしたものか……
しばらくしてセディさんたちの作業が終わった。太陽がほぼ真上に見える。正午くらいってところか。
これ以上は取り過ぎることになるし、今から帰って薬草の下処理を行わなければならないらしい。薬師の子たちも色々と大変なようだ。
相変わらず姦しい会話をしながら帰宅の途についた。道中は何事もなく街まで戻り、ギルドにて依頼の達成と報酬を受け取った。
ギルドでセディさんたちと別れ、俺たちはそのまま家へと帰った。
「お風呂はいつでも入れるから、先に入っちゃいなさい」
家に着くと同時に美陽姉から風呂を勧められた。まだ日は高かったが、今日は色々あって疲れていたので、素直に言葉に甘えることにした。
風呂から上がり、リビングへ行くと美月姉が俺が昼間履いていたズボンを繕っていた。
「はい出来た。どう?」
繕った部分を見せてもらったが、殆ど分からないように縫ってあった。流石美月姉。
「ありがとう、美月姉」
「いいのよ、したくてしているんだから」
なんでも、本当は美陽姉の魔法で直すことも出来たらしいが、美月姉が自分が繕うと、頑として譲らなかったらしい。
「美陽姉は?」
「工房。また何か作るみたいよ」
裏庭に美陽姉が魔法で建てた工房がある。美陽姉はそこで色々な魔道具を作ったり付与魔術を行ったりしている。今も何か作成しているらしい。
「じゃあ、私も汗を流してくるわね」
「分かった」
美月姉がリビングを出ていく。美陽姉が何を作っているか興味もあったが、今日はもう疲れていたので、俺は自室に戻ることにした。
自室に戻った俺は、今日使った剣を取り出し手入れを始めた。手入れの仕方は武器屋の親父に教わっている。刃毀れが無いかを確認し、猪モドキの血を落とし、油を薄く塗りぼろ布で拭き取る。二、三度振ってみておかしなところが無いことを確認し鞘へ戻す。
日課の素振りをしようと思ったが、帰り道、美陽姉に今日は素振りは禁止と言われてしまったので、それも出来ない。仕方がないのでベッドで横になることにした。
いつの間にか。もう夕刻になっていた。美陽姉が夕食に呼びに来てくれるまで、ぼーっとしているだけだった。
食事を済ませ、再び自室に戻ったが、横になっても眠ることが出来なかった。心も身体も疲れているはずなのに、いつまでたっても睡魔が襲ってこない。
気が付けば、昼間猪モドキと対峙した時のことを思い出していた。
あの時の選択は正しかったのか? ああすれば良かったのではないか? いや或いは…………。
結構な時間が経っていたが、俺の頭の中はいつまでも昼間のことで堂々巡りをしていた。
――コンコン
もう日付が変わろうかという時間に、俺の部屋をノックする音が響いた。一体こんな時間に誰が?
って、この家に住んでいるのは三人だけだ。「開いているよ」と答えると静かに扉が開かれた。
扉の外にいたのは美陽姉と美月姉の二人だった。部屋の中に入ってきた二人の姿を見て驚いた。
二人はネグリジェを着ていた。美陽姉は淡いオレンジ色。美月姉は薄い水色。それぞれ二人の雰囲気に合っていてとても良く似合っている。が、俺が知る限りでは二人はパジャマ派だったはずだが……。
いや、そんなことじゃなくて、問題なのは、そのネグリジェが透け透けだってことだ。こんなものどこで売っているんだ。って、まさか昼間工房で作ってたのって、これなのか? 二人共、よく見ればノーブラだ。
あまりのことに動転している俺を余所に、二人は俺のベッドまで近づいてきた。そして両側から俺を挟むように二人でベッドに倒れこんできた。
「今夜は一緒に寝るわよ、大地」
「と言っても寝かさないんだけどね」