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第11話 初めての戦闘

 音がした場所から俺までの距離は大体十メートルといったところか。俺は剣を抜き構えながら茂みを観察する。他の茂みとは明らかに違う。風で揺れているわけではない。確かに何かがいる。


 茂みの大きさからいっても、熊などの大きい動物ではないと思う。大型犬くらいだろうか。どうする? 美陽姉たちに声をかけるか。


 いや、音がした場所とはまだ距離がある。下手に美陽姉たちを呼ぶために大声を出して逆に刺激するのも得策ではない。人数の多い美陽姉たちの方へ向かっていくとは思えないが、ここは異世界だ。俺の常識が通じない可能性だってある。落ち着いて、まずは音を出している存在の正体を見極めよう。


 剣を構えたまま音がする方を凝視していると、茂みが二つに割れ中から一匹の獣が姿を現した。


 猪か? 実際に猪を生で見たことは無いんだが、目の前に現れたそれは俺のイメージする猪に似ていた。四つ足で豚のような鼻に口元には鋭い牙が見えている。全身はこげ茶色の毛に覆われていて、確かにこいつは猪だ。大きさは一メートルは無いな。七、八十センチくらいか。思ったほど大きくない。


 とはいえ、猪の生態なんか知りはしない。猪突猛進って言葉を思い出すくらいだ。雑食だっけ? 猪に襲われたなんて話も聞いたことがあるが、あくまでそれは日本での話だ。目の前のこいつがどんな習性なのかは分からない。いっそのこと逃げてくれれば良いんだが……


 目の前の猪モドキはどうやら俺を視認しているようだ。美陽姉たちは俺から見て左側の方向にいる。顔は出来るだけ動かさず視線だけをそちらに向ければギリギリ視界に入った。三十メートルくらい離れているか。開けているところならともかく、茂みが多いこの場所では視界も良くない。どうやらこちらの異変にはまだ気が付いていないみたいだ。


 どうする? 改めて美陽姉たちを呼ぶか考える。目の前の猪モドキはそれほど大きい個体ではないが、間違いなく俺の手に負える相手ではない。だけど、もし俺が大声で美陽姉たちを呼んだとして、猪モドキがそちらへ襲い掛かったらどうする? 美陽姉や美月姉なら問題ないとは思うが、万が一ってことだってあり得る。美陽姉たちならともかく、薬師の子たちは対応出来ないだろう。慌てて逃げようとして怪我をしてしまうことだってあるかもしれない。


 ――決めた。


 一度目立たない動作で大きく深呼吸をする。そして改めて剣を握り直し剣先を猪モドキへと向けた。


 どうすることが正解かなんて今の俺には分からない。ならば、美陽姉や美月姉を危険な目に合わせない。俺が最優先に考えることはそれ以外にない。なあに、これでも毎日剣を振ってきたんだ。それを思い出せ。


 猪モドキに意識を集中させる。猪モドキも何かを感じとったのか、俺の方を向いたまま微動だにしない。良いぞ、持久戦になれば流石に美陽姉たちが異変に気が付くだろう。そうすれば美月姉の魔法で倒してくれるかもしれない。とにかく今は時間を稼ぐことにしよう。


 猪モドキと対峙して一分ほど時間が経ったころだった。突然、右後ろの高い位置からバサバサっと物音がした。


 いきなりの物音に俺はつい、そちらに顔を向けてしまった。鳥が飛び立っていったのが視界に入る。


「しまっっ!」


 俺が視線を外したことで、猪モドキが襲い掛かってきた。慌てて体勢を立て直す。


「速い!!」


 想像以上の勢いで俺に向かってくる猪モドキに対して、俺は剣を振りかぶり勢いよく振り下ろす。


 不意を突かれた格好ではあったが、短い期間ながらも毎日行っていた素振りはそれなりに身になっていたようで、猪モドキが俺に襲い掛かるよりも早く俺の剣は猪モドキに当たった。


 ガスッ!!


 猪モドキの頭頂部に当たった俺の剣は鈍い音と共に左側へと滑っていった。そして猪モドキの牙が俺の右足の太腿を浅く抉っていった。


「痛えぇ!!」


 日本で普通に生活していれば決して味わうことの無い激しい痛みに思わず叫んでしまう。しかし痛がってばかりもいられない。大丈夫、立てないほど深い傷じゃない。


 右足を庇いつつ振り向き、再び猪モドキを視界に入れる。向こうもすでに振り向きこちらを警戒していた。剣が当たったであろう頭部からは血が流れていた。


 俺の体勢が悪かったのか、猪モドキがとっさに躱したのか、俺の剣は猪モドキの頭を掠っただけに終わった。野球で言えばファウルチップってとこか。しかし、だからこそ足の傷もこの程度で済んだのかもしれない。


 それなら――


 俺は今度は剣を斜めに構えた。袈裟切りというやつだ。これなら当たる面積も増えるから掠ることもないだろう。


 傷を負った足はズキズキと痛み、心臓がバクバクと激しく鼓動しているのが自分でも分かる。恐怖で逃げ出したい一方で、不思議と冷静になっている自分も確かに存在していた。


 さっきは突然の物音に驚いてしまったけど……


 俺は一瞬、ぷいっと猪モドキから視線を外す。それを見て猪モドキが再び俺に襲い掛かってきた。


 ――掛かった。


 わざと見せた隙にまんまと引っかかった猪モドキに、俺は剣を斜めに振り下ろす。


 ボクッ


 俺の剣は見事に猪モドキに当たりはした。だが漫画やアニメのように一刀両断とはいかなかった。体毛で覆われた猪モドキの身体には、ダメージこそ与えはしたものの致命傷には至っていなかった。


 全力で剣を振り下ろした勢いを、傷ついた右足では支えきれず、俺はそのまま倒れてしまった。


 すぐに上半身を起こし猪モドキを確認する。俺の与えた二度の打撃で猪モドキの頭部は血だらけだったが、こちらに対する戦意が衰えている様子は無かった。そして俺が体勢を崩しているのを見てか、今度は間髪入れず俺の方へ襲い掛かってきた。


 ――拙い!!


 剣を持ったままで上半身は起こしたものの、まだ尻餅をついたままだ。このままだとやられる!

 立ち上がる暇がない俺は咄嗟に剣を放し、膝を起こし身を縮こませる。今度はこっちが攻撃面を小さくしてやる! そして籠手のついた腕を目の前で交差させ頭をガードする。鋭い牙でも手や足に当たれば致命傷にはならないだろう。革製の大したことない防具だが、この際は当てにさせてもらう。


 そうして猪モドキの突撃に備えたが、ボゴッと鈍い衝突音が聞こえただけで、俺へと衝撃が襲ってくることは無かった。そしてドスっと何かが刺さったような音がした。

 恐る恐る目を開けると、俺の目の前に魔法陣が現れていた。どうやら猪モドキの突進はこの魔法陣によって阻まれたらしい。そして側頭部には魔力で出来た矢が刺さっていた。考えるまでもない。美陽姉と美月姉の魔法だ。


「大地!!」

「大地ちゃん!!」


 声がする方を向けば美陽姉と美月姉がこちらへ向かって走ってくるのが目に入った。どうやら助かったらしい。

 

 俺の元へ辿り着いた二人は左右から俺を抱きかかえてきた。


「ありがとう美陽姉、美月姉、助かったよ」


 それだけ言うのが精一杯だった。危険が去った今になってから恐怖が最大限に襲ってきた。ガタガタと歯の根が合わない。全身が震えてきているのが分かる。


「大丈夫。もう大丈夫よ、大地ちゃん」


 美月姉がそう言って俺を抱く手を強くする。あぁ温かいなぁ。恐怖で震えていた身体に温かい何かが拡がっていく気がした。

 

 そして俺はそこで意識を失った。

恐らく年内最後の更新になると思います

不定期、そして間が空いたり遅かったりとダメダメな更新でしたが、

よろしかったら来年もお付き合い下さい。


それでは皆様良いお年を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二週間庭で棒を振り回していただけでは、ゲーム脳を矯正できなかったみたいですね。もしかしたら逆に間違った自信(剣を使えるようになった)をつけてしまった可能性が…。探知魔法で周囲を警戒していると…
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